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Business & Economic Review 2002年04月号

【POLICY PROPOSALS】
「市場重視の保育改革」の経済分析

2002年03月25日 新美一正


要約

  1. 男女均等化社会構築への政策的対応として、あるいは進行しつつある少子高齢化への政策的処方箋として、保育サービスを巡る問題が喧しく論じられるようになって久しい。その際、深刻化する待機児問題への対応の鈍さなどから、現在の保育供給システムに本質的な欠陥が存在するのではないかという見方が次第に広がりつつある。
    競争原理の導入を通じた制度改革の必要性を強調する「市場重視の保育制度改革」論が勢いを増しているゆえんである。一方、拙速な制度改革に対しては、保育の質を損なうという批判論も少なくない。本稿では、以上のような現状認識に立ち、今後の保育制度改革の方向性に対して可能な限り中立的な立場から検討を試みた。

  2. 近年、保育サービスに対して、「保育に欠ける」児童に必要最小限の保育を供給するという枠組みを脱し、より普遍的な保育サービスを提供する必要性が強く主張されるようになった。これが「保育の多様化」論であるが、最近の保育を巡る議論においては、保育ニーズの多様化と「供給主体の多様化」とを同一視し、またそれが「時代の流れである」という論調が支配的になりつつある。
    しかし、現行の認可保育所制度におけるコスト負担の大宗が公費によるものである以上、ニーズ多様化への対応においては、どこまでを公的な供給責任とし、どこからを利用者責任とするかの明確な線引きが必要である。

  3. 本稿の実証分析結果によると保育所の整備は女性就業率と正の相関を示しており、また、保育需要の保育料に対する弾力性はかなり大きいことがわかった。したがって、保育所の整備や保育料補助などの施策は女性の就業を促進する効果を持つ。女性の就業が社会にもたらす貢献は公的コスト負担を上回っており、保育コストの一部を公的に負担することには社会的意義がある。

  4. 育児サービス供給を民間の自由競争メカニズムに委ねているアメリカにおけるサービスの現状は芳しいものではない。低いサービスの質、供給量の絶対的な不足、質の高い育児サービスが極端に高価となること、サービス供給者の能力・経験不足と高い離職率、甚だしい情報の非対称性、等々、典型的な「市場の失敗」状態に陥っている。
    第三者評価機関や情報提供機関の設置、貧困層への資金援助などの措置が講じられているにもかかわらず、なお深刻な市場の失敗が発生し続けている点に、育児サービスを市場メカニズムに委ねることの難しさがある。

  5. 多様な保育所運営主体の参入を促すために行われた近年の規制緩和策のうち、保育士の配置や施設面積などに関する最低基準の緩和は、行政サイドの負担軽減のみをもたらし、新規参入を促進する効果はほとんどなかったように思われる。
    民間企業が保育サービス市場への参入をためらう真の理由は、使途規制によって運営費の自由な処分ができないことと、立ち上げ費用への公的補助がないことの2点である。このことは、担い手の属性に関係なく、保育ビジネスの量的拡大には国・自治体による補助が不可欠であるという冷徹な事実を示している。しかし、民間企業に対する公的援助は、その代償として行政による規制・支配の強化をもたらし、自由な企業行動を阻害するリスクを高める。
    全ての保育サービス供給を単一の競争システムの枠組みに一律に押し込もうという市場重視論者の改革コンセプトには無理がある。むしろ、今後の保育サービス供給システムのあり方としては、多様化するニーズに対応した多層的保育供給システムを構築することの方がはるかに望ましく、また現実的な対応である。

  6. 保育制度の改革には、「子育ての社会化」に対して国民的なコンセンサスを得ることが大前提である。育児サービスの供給を質・量の両面で充実させるためには、それなりの国民的コスト負担増が不可欠だからである。そのうえで、具体的な政策の方向性として以下の3点を提言する。

    第1に、多層的保育サービス供給システムの基礎部分を担うことになる、 現行の認可保育所制度内部における一層の主体的努力を求めたい。とりわけ公立保育所の運営を活性化し、遅れている利用者ニーズ対応体制を整備することが喫緊の課題である。

    第2に、公的補助に依存しない健全な形で民間企業の保育サービスへの参入を促進させ、多層的保育サービス供給システムの高層部分を担わせる必要がある。これら二つの市場は、市場間競争を通じて、利用者ニーズへの対応を問われることになる。

    第3に、基礎的保育サービス市場の主な担い手となる公立保育所ないし社会福祉法人、NPOなどの非営利主体については、より一層地域に密着した運営を徹底させる必要がある。中長期的にはこれらを保護者の就業にかかわらず、その地域に居住する児童すべてを対象とする、いわば子育ての地域拠点、地域の子育てセンターとして機能させていく方向性が望ましい。この目的を実現するためには、保育現場への思い切った予算・権限の委譲と地域住民の保育所運営参加とが不可欠である。
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