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Business & Economic Review 2003年04月号

【STUDIES】
雇用不安と家計の消費・貯蓄行動-雇用リスクと予備的貯蓄の実証分析

2003年03月25日 調査部 経済・社会政策研究センター  飛田英子、東京大学大学院 経済学研究科 博士課程 別所俊一郎


要約

  1. 1990年代半ば以降、わが国経済が長期低迷状態を持続している要因として、将来不安の増大を要因とする消費の不振が指摘されている。一般に、将来不安を原因とする消費減・貯蓄増は予備的貯蓄といわれており、その存在については理論的・実証的にかなりの研究蓄積が存在している。わが国においても予備的貯蓄に関する実証研究はいくつかあるが、その多くは不確実性を所得リスクに求めていることに加えて、推計に際しては時系列データを使用している点で限界がある。そこで本稿では、離職率や転職離職率に代表される雇用不安が家計の消費・貯蓄行動に与える影響を、Carroll, C.D., Dynan, K.E. and Krane, S.S.[1999].“Unemployment risk and precautionary wealth : Evidence from households, balance sheets”, Finance and Economics Discussion Series, Number 1999-15, Federal Reserve Board. の緩衝在庫モデルに基づいて、マイクロ・データ(日本経済新聞社「金融行動調査1997年」)を用いて検証することにする。

  2. 予備的貯蓄については、マクロ・マイクロの消費行動や所得・消費・資産の個人間の分布を説明する要因として研究されてきた。さらに、最近では、所得リスクより雇用リスクの方が消費・貯蓄行動を適切に説明することが出来るとの観点から、雇用リスクに基づく予備的貯蓄の検証が行われている。

  3. 本稿で採用するCarroll et.al.[1999]の緩衝在庫モデルは、一致性の問題をクリア出来る点で計量経済学的にもっとも問題が少ないとされる。さらに、同モデルは、その数値シミュレーションから得られるライフ・サイクルでの金融資産形成プロファイルが現実のデータと整合的であるなど、これまでの単純なライフ・サイクル/恒常所得仮説ではパズルとされてきたいくつかの事実を明解に説明することが出来る。したがって、緩衝在庫モデルは、消費者の貯蓄行動を描写する有用なモデルの一つであるといえよう。

  4. 推定結果をみると、まず、離職率(雇用リスク)については、リスクの増大が家計の金融資産比率を有意に上昇させていることを示しており、予備的貯蓄の存在を強く示唆する結果となっている。ちなみに、離職率の1%ポイントの上昇は、家計の金融資産-恒常所得比率では0.0295~0.0394%ポイント、金融資産残高では22.5~30.0万円(2.5~3.1%)増加させるとの結果が得られる。一方、離職率以外の変数の推定結果から導かれるインプリケーションは、以下の3点である。

    a.世帯主が女性の世帯は、男性の世帯に比べて金融資産を積み増す傾向が大きい。すなわち、女性の方が男性に比べ消費抑制効果が大きい。
    b.持家でローンを保有する世帯では、ローンのない世帯に比べて金融資産の蓄積が乏しい。
    c.子供と同居している世帯は、その他の世帯ほど多くの金融資産を積み増していない。

    なお、b.とc.の結果は、ローン返済や教育費負担などの義務的支出の増大が貯蓄・消費双方に抑制的に作用していることを示唆する。

  5. 本稿の分析結果を踏まえて消費回復に向けた政策の方向性を示すと、以下の3点である。

    a.雇用のセーフティ・ネット(安全網)の整備

    離職が将来不安を招かないように、雇用の受け皿の拡大や職業紹介制度の充実、職業訓練給付の効率化などを通じて再就職を円滑化する必要がある。具体的には、「就業促進手当」の創設や失業手当の給付水準の引き下げにより、失業者に対して早期再就職のインセンティブを高めるとともに、新規雇用創出特別基金の見直しにより、雇用者に対して長期雇用のインセンティブを付与する。

    b.子育てコストの軽減

    2004年から配偶者特別控除の上乗せ部分の廃止によって見込まれる税収増の全額を、児童手当の拡充の財源として支出する。具体的には、児童手当の対象年齢を、現行の義務教育就業前(6歳未満)から義務教育終了後(15歳未満)にまで引き上げることを提案する。

    c.住宅ローン控除の恒久化

    2003年12月までの入居年に関するローンが対象になっている住宅ローン減税を恒久化することにより、家計の消費環境を改善する。

  6. わが国経済を自律的な回復軌道に乗せるためには、雇用不安に象徴される将来不安の払拭が不可欠の前提である。小泉政権の推進する構造改革は重要であるが、その半面、構造改革の断行が失業増を通じて将来不安を増幅させる点にも留意が必要である。政策運営としては、デフレ経済からの脱却を最優先課題に置きつつ、中長期的な将来不安の解消を図っていくという二段構えの対応が不可欠といえよう。
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