Business & Economic Review 1998年09月号OPINION
新政権の課題-求められる政治プロセスへのグローバル・スタンダード導入
1998年08月25日 藤井英彦
発足後直ちに危機回避策に着手
7月30日、小渕新政権が成立する見通しである。新政権は、発足後直ちに、焦眉の急となった危機回避策に着手する構えである。しかし、デフレ・スパイラルの本格始動を実際に阻止するには、次のような修正や追加によって、危機管理策を一段と強力な対策に仕立て上げる必要がある。
まず、日本版ブリッジバンク制度の導入を柱とする金融再生トータルプランの始動と積極的推進である。
もっとも、現在検討中のプランでは、貸し手・借り手双方にモラルハザードが発生し、金融システム健全化という所期の目的が成就しない懸念を否定できない。そのため、新政権は、単に法案成立に注力するだけでなく、(1)5年から3年前後へのブリッジバンク最長存続期間の短縮等によって問題先送り型から早期処理型システムに変更する、(2)ブリッジバンク制度運用の鍵となる「金融破綻」、「分類債権」、「善意かつ健全な借り手」、等のテクニカルタームについて、その詳細を明確にかつ細大漏らさず法案化し、行政裁量を排除する、(3)破綻金融機関の経営者の総退陣や、金融機関・債務者・行政当局等、関係者に対する責任の追及、さらに銀行検査の結果や不良債権額の公表等によって、責任の明確化と徹底した情報公開を行うことが不可欠である。
次に、所得・法人税の恒久減税を中核とするわが国経済再生に向けた税制のグローバル・スタンダード化である。
減税規模については、(1)法人税で40%への実効税率引き下げによって3兆円、(2)所得税では、まず、規模を既定の特別減税2兆円にさらに2兆円を上乗せして4兆円としたうえで、全額、最高税率引き下げを通じた累進性緩和による制度減税に切り替える(課税最低限は特別減税実施前の水準に戻す)、(3)さらに住宅ローン減税では、アメリカ並みの利子全額所得控除制度の導入によって1兆円とし、総額8兆円の減税とすべきである。ただし、法人税での特別措置制度見直しによる課税ベース拡大や外形標準課税制度導入、所得税での課税最低限引き下げ等の税収増加策の実施時期は、現下の危機的状況を踏まえ、わが国経済が再生した後とされるべきである。一方、直間比率の見直しやエンジェル税制の拡充、さらに資産課税制度の再検討等、21世紀を見据えた抜本的税制改革については、今後直ちに本格的検討に入り、2年以内に実施すべきであろう。
加えて、新政権には、国内問題では裁量労働制の拡大が盛り込まれた労働基準法改正や旧国鉄債務処理法案、国際問題では日米防衛協力のための指針(ガイドライン)関連法案等、内外にわたり様々な難問が待ち受けている。
緊急避難的対策だけで難局打開は困難
しかし、そうした緊急避難的対策だけでは、現下の戦後最大の危機を克服するには依然不十分である。現下の深刻な停滞を招来したわが国戦後システムの制度疲労という構造問題には、何等メスが入っていないためである。国内の少子・高齢化傾向の加速や世界的な情報通信革命、さらに旧社会主義諸国での資本主義定着や東アジア経済発展によるデフレ圧力増大等、わが国経済を取り巻く内外情勢が急変するなか、わが国では、既得権層を中心に構造転換への抵抗は依然として根強く、現状維持・構造改革先送り型の政策が採られてきた結果、国内市場の不透明性や高コスト体質が引き続き温存される一方、起業マインドが一段と低下してリーディング産業は生まれず、経済活力の衰退傾向に歯止めが掛かっていない。
そうした点に着目してみると、金融再生トータルプランの策定や恒久減税への政府・自民党の積極的姿勢を受けて、このところ金融為替市場は小康状態を回復しているものの、複合的なマイナス・サイクル、すなわち、(1)実体経済悪化と金融機能不全の相互作用、(2)国内経済の悪化と東アジア経済混迷の共振、(3)内外経済悪化と先行き不安の増大や政策コンフィデンス低下の悪循環によって、戦後最大のデフレ・スパイラルが再び本格始動に向かう懸念は大きい。加えて、参議院選挙に表出した国民の厳しい判断のまえに前政権が突如瓦解に追い込まれた経緯を踏まえてみれば、新政権にとって、もはや従来路線からの訣別に選択の余地は無い。
このようにみると、新政権にとって、単に直面する経済危機を回避するために緊急避難的対策を講じるだけでなく、現状維持・改革先送りによって現下の困窮を招来した根因を糺(ただ)し、難局打開に向け、積極果敢に抜本的対策を断行することこそ本来の使命である。もっとも、単純に構造改革に着手するだけでは、重責完遂の見込みは薄い。恒久減税をはじめとする諸対策の効果を最大限引き出し、起業マインドの回復等、民間活力の発揚を通じて、日本発世界不況の回避と現下の停滞打破を実現するためには、構造改革に対する国民の支持とマーケットの信認を取り付け、さらに国民や企業の結集を通じて持続的かつ強力な改革推進力を保持していくことが不可欠なためである。すなわち、構造改革成功の鍵は、(1)まず、構造改革を経て復活する新生日本の姿、いわば、わが国経済の21世紀ビジョンを内外に明示したうえで、(2)官主導型政策決定メカニズムを根絶し、政治の強力なリーダーシップ発揮によって新たな国際政治・経済パラダイムに適合するシステムの構築を図る一方、(3)ディスクロージャーやアカウンタビリティー等、政治へのグローバル・スタンダード導入によって改革推進に向けた国民的求心力を高めていく、いわば「政治プロセスの変革」の成否に帰着する。具体的には次の通りである。
将来展望に向けた明確なメッセージ
第1は、構造改革によって生まれ変わるわが国経済の展望を、明確なメッセージとして内外に打ち出し、(1)将来のグランドデザイン、(2)改革遂行のタイムスケジュール、(3)実現のための具体的方策、を明らかにすることである。
そもそも、国際的視点からみれば、構造改革に路線問題はもはや有り得ない。すなわち、構造問題に数十年以前から直面してきたわが国以外の先進各国や、近年の先進国以外の国々の動向をみると、政権与党が自由主義的か民主主義的か、さらに社会主義的かによらず、大きな政府か小さな政府かの選択はすでに政治的イシューではなく、小さな政府をどのように実現して経済成長や雇用創出に繋げていくのかが各国共通の最重要政治課題となっている。米英経済が構造改革に成功し、現在、歴史的好調を享受する一方、近年、イタリアも米英に追随して経済復権を果たしており、小さな政府とそれによる減税等、公的負担の軽減が今日のグローバル・スタンダードとなっている。こうした観点からみると、わが国が今後本格的に行うべき改革のメインメニューは次の通りとなる。
まず、行政改革では、イギリスを手本に、民営化、外注化、エージェンシー化を通じた官民の役割の抜本的見直しが根幹となる。ちなみに、イギリスの公務員は、サッチャー政権が誕生した79年の74万人から、97年には48万人へ4割減少する一方、97年48万人の全公務員のうち、エージェンシー職員は36万人と8割弱を占める。
次に、財政構造改革では、16兆円の経済対策や10兆円の景気対策追加による大きな政府化リスクを回避すると同時に、財源手当てのない恒久減税実施による財政規律弛緩の防止に向けて、(1)当面、赤字国債の発行によって財源を確保するものの、(2)中長期的には行財政改革を通じて財源を捻出するとともに、(3)PFI(Private Finance Initiative)を公共事業のみならず、公的サービス一般に導入し、コスト削減を積極的に推進していく基本方針を明確に打ち出す。ちなみに、イギリスでは、98年総公共事業費の15%がPFIで調達されるなか、公共事業分野では総じて2割前後、情報サービス分野では4~6割に及ぶコスト削減に成功している。
さらに、社会保障改革についても、減税と並ぶ公的負担軽減の柱として積極的な見直しが必要である。まず、年金制度では、諸外国ですでに確定給付型から確定拠出型への転換が基本的潮流となるなか一日も早いグローバル・スタンダードへのキャッチアップが望まれる一方、医療・介護分野では、民間企業の参入自由化によって効率性とサービス水準の向上が展望されよう。
また、地方分権では、全国一律を基本とするナショナルミニマム思想から脱却し、地方の独自性が優先される体制づくりが基本テーゼとなる。とりわけ、国から地方へ徴税権限を移管して3割自治と揶揄される財源問題の解決を図る一方、中央政府の地方行政に対する関与を原則廃止し自治体の自主性を確保することが2本柱となろう。
最後に、経済構造改革では、まず抜本的かつ早急な経済的規制の撤廃が課題となる。例えば、電力の小売自由化問題は、わが国では、95年12月14日に行政改革委員会が公表した「規制緩和の推進に関する意見(第一次)『光り輝く国をめざして』」で指摘されて以来2年半が経過するものの依然検討段階にとどまっているのに対して、イギリスやアメリカの加州・ニューヨーク州等では、事業がすでに開始されており、彼我のギャップは一段と拡大している。すなわち、規制緩和は、単に推進に努力するだけでは不十分であり、わが国経済の活力が枯渇する前に、グローバル・スタンダードへのキャッチアップ、さらにオーバードライブに向けた早急な断行が必須要件である。加えて、社会的規制についても見直しが必要である。社会的規制を完全に撤廃することは困難としても、規制によるコストとベネフィットがバランスしているか、コスト圧縮が可能な規制方法は他に無いか等の観点から、ゼロベースかつ不断の見直しが不可欠である。
官主導の政策決定メカニズムの打破と強力な政治のリーダーシップ 第2は、官主導の政策決定メカニズムを根絶し、強力な政治のリーダーシップ発揮によって21世紀を展望した新たなシステムを構築することである。
これまで、わが国官僚システムは戦後の高度成長を支える基盤となってきた。それは、(1)わが国を巡る世界の政治・経済パラダイムに大きな変化がなく、かつ、(2)キャッチアップ過程のわが国にとって目指すべき目標が明確であるという2条件のもと、政治コストを最小限にとどめ経済資源の効率的配分を図る点で有効に機能したためであった。
しかし、現在は、戦後の世界システムが根底から変化を遂げていく歴史的変革期であり、新たな状況に適合的なシステムを早急に再構築できるか否かが各国の消長を左右する焦点となっている。それだけに、ファイン・チューニング手法等、官主導型政策決定・遂行システムはもはや無力であり、政治が強力なリーダーシップを発揮して新たな状況に適合的なシステムを早急に構築する以外、現下の苦境を克服する方策は無い。
官主導型システムの機能低下に対応したシステム変革を、政治が強力なリーダーシップ発揮によって推進する動きは、改革に成功したアメリカですでに大きな流れとなっている。例えば、アメリカ経済復活の原動力となり、さらに今後の経済成長の根幹と位置づけられている電気通信市場についてみると、政治の強力なリーダーシップのもと96年電気通信法改正によってそれまでの規制型から市場委譲型に政府の位置づけが180度変わり、市場システムのパラダイム転換が実現されている。その根底には、電気通信分野は自然独占が発生するため政府規制に委ねるべきという考え方がかつては普遍的であったものの、デジタル技術が長足の進歩を遂げ、マルチメディア化が飛躍的に進展する一方、市場の国際化が急速に進展する等、内外情勢が激変するなか、電気通信分野に対して行政セクターが効果的に規制を行うことはもはや不可能になったとの判断がある。
さらに、そうした官主導型システムの限界に対する認識の萌芽はわが国でもみられる。例えば、最近では、厚生省の薬事行政に対する総合研究開発機構の提言が指摘されよう。薬害エイズ事件の後、96年に菅直人厚相から薬害の再発防止策を依頼された総合研究開発機構は、98年7月14日、急速に進歩する新薬の知識水準を厚生省の審査担当者が維持し続けるのは不可能なため、官民の頭脳を集約した民間の審査機関を新設し新薬審査の主体を厚生省から移行すべし、すなわち、厚生省は新薬審査機能を放棄すべし、との最終報告書を作成して厚生省に提出している。
アカウンタビリテイー確保による政治へのグローバル・スタンダード導入
第3は、ディスクロージャーやアカウンタビリティー(説明責任)など、政治にもグローバル・スタンダードを導入することである。
わが国経済の再生に構造改革が不可欠であり、改革遂行によって21世紀には明るい未来が展望可能であるとしても、諸外国の経験をみるまでもなく、改革成就に至るプロセスは平坦ではなく、さらにその期間は長きにわたる。そのため、単に明確なグランドデザインを提示したり、政治が強力なリーダーシップを発揮するだけでは、長期にわたる茨の道を、苦しさを分かち合いながら、国民が一致協力して進んでいくことは困難である。
こうした観点から、改革に成功した英米をみると、わが国との相違点として、国民の同意と協力を取り付ける政治システム、すなわち、政府・当局のアカウンタビリティーを確保するシステムと、政府・当局の積極的姿勢を指摘することができる。
まず、政策決定プロセスの透明性および情報開示等、デュープロセス、すなわち正当な手続き重視の原則が確立されていることである。キャッチアップ時代を過ぎ、明確な目標が定めにくく、多数の選択肢のなかでいずれが最適か一義的には判定できない状況下では、政治的正統性を確保するためにデュー・プロセスは不可欠の要件である。さらに、上述の通り、市場メカニズムによって新規需要やニュービジネス、新商品が決定されるなかで、政府が情報開示を怠る場合、国内市場がより適切な解答に着地できなくなり、諸外国対比、競争力を一段と喪失する事態に陥る懸念が大きい。
次いで、政治のリーダーから国民への直接的な語り掛けも不可欠である。サッチャーからメージャー、さらにブレアに至るイギリスの歴代首相も、レーガンからブッシュ、クリントンに至るアメリカ大統領も、改革を断行する前に、(1)現状認識、(2)解決策、(3)さらに将来ビジョン、についてメディアによる所信表明やグリーンペーパー(政策提案書)の配布を行い、国民一般に広く理解と支持を求めてきた。さらに、近年では、インターネットの普及を背景に、eメール等、国民の疑問や不満等に対する双方向かつ個別対応の道が積極的に開かれ、直接民主制の導入を通じた国民の支持拡大が図られ始めている。
政治サイドからの分かりやすいメッセージは、マーケットの支持を獲得するうえでも有効である。一部には、マーケットは利己的な投機の集合体に過ぎず、政治とは懸け離れた存在であり、それに右顧左眄することは政治の退嬰であるかの如く認識する向きがある。しかし、マーケットの実体は、内外の経済主体が行う多様な判断の集積であり、国民や国内企業も直接・間接に参画する。すなわち、今日、マーケットは経済と密着し、その変動によって国民生活に様々な影響を及ぼす存在に成長してきた。それだけに、マーケット重視の姿勢は、市場への迎合として否定的に受け止めるのではなく、国民を守る政治最大の責務を果たす必須要件として、最重要の危機管理のひとつと位置づけるべきである。
小渕新政権への期待
今春以降、16兆円対策に続き、金融システム健全化策や恒久減税等、様々なプランが打ち出されてきた。しかし、実体経済の悪化に依然歯止めが掛からないなか、内外市場を中心にわが国経済の先行きに対する不透明感が一段と強まっている。
こうした情勢を踏まえてみれば、わが国経済恐慌から日本発世界大不況への危機を回避するには、政治改革も包含した抜本的構造対策の早期断行という明確なメッセージを一日も早く打ち出し、内外の支持と協力を確保する以外に方策は有り得ない。小渕新政権の果断かつ強力なリーダーシップへの期待は大きい。