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コラム「研究員のココロ」

ソーシャル・キャピタル 2008全国調査を終えて
~再び、ソーシャル・キャピタルの政策的意義を考える~

2009年02月23日 東一洋


1.これまでの取り組みと状況把握

 弊社では、わが国における最初のソーシャル・キャピタル(以下SC)に関する全国調査であった2002年度の内閣府調査を受託実施した。その際、分析のためのデータの未整備を痛感し、報告書の提言部分において経年変化を見ることの出来る全国データの整備を強く主張した(注1)。幸いにも3年後の内閣府社会経済総合研究所の調査で再び全国データを取ることが出来たが、委託調査であることから、個票を自由に使って独自の分析を実施することは難しかった。ならば自分たちでデータを取ればよい、という訳で昨年度社内に研究チームを発足させ、学識者による「SC政策展開研究会」を主宰し、全国アンケート調査を実施するとともに、大阪大学国際公共政策研究科NPO研究情報センターと協働し、SC研究のためのポータルサイトである「ソーシャル・キャピタル・アーカイブ(注2)」を開設した。今年度は日本大学稲葉陽二研究室と共同で、2回目の全国アンケート調査を実施するに至った。これらのデータを広く公開することで、わが国におけるSC研究が多方面で拡がりまた深化することが、今後のこの国のカタチを認識・議論する上で重要なのだという思いを強く持っていたからである。
 一方で昨年度の「SC政策展開研究会」という研究会の名称からも推察されるように、この概念をいかにして政策(もしくは施策)に結び付けていくのか、という大きな命題も同時に抱えていた。
 現時点において、上記前者のSC研究への寄与という側面では一定の成果を感じている(特にアカデミックの分野では著しい。ある大学の研究室の博士前期・後期課程では10%以上の学生がSCを研究テーマに掲げている)が、後者の政策・施策展開については学識者による知見を持ってしても未だに明快な解答を見つけられずにいるといった状況であると認識している。

2.SCの政策展開への示唆

 SCを考えるときにいつも気になってしまう映画監督がいる。M・ムーア監督である。アメリカの医療制度を扱った彼のドキュメンタリー映画「シッコ SiCKO」(注3)を観た読者も多いと思う。映画では、保険加入者の病気や怪我に対し、あらゆる手段を講じて保険金の支払拒否をして利益を上げる医療保険会社や製薬会社とそれら大企業から献金を受ける政治家、また5,000万人に達する医療保険未加入者の悲惨な状態をルポすると同時にイギリスやフランス、そしてアメリカの仮想敵国であったキューバでさえも、誰もがいつでも医療サービスを受けることのできる公的医療制度を運用していることを取り上げ、「なぜアメリカではこれが出来ないのか」と問うている。
 わが国でも国民健康保険などそのシステムは早くから整備されているが、実は対岸の火事ではなく、今まさしくそのサステナビリティが様々な要因で危惧されていることは皆がよく知っている。ここ数年「貧困」という言葉がわが国の社会や経済を説明する機会のいかに増えたことか。
 M.ムーア監督のメッセージは前作のアメリカの銃社会を扱った「Bowling for Columbine」においてもSCの毀損したアメリカ社会、そしてそれを利用する共和党ブッシュ政権への批判という文脈で実は共通している。さすがにその後アメリカ社会も「CHANGE!」を選択したことは記憶に新しい。

 一方、関西学院大学の林宜嗣教授(財政学)は、行政需要の再考として、「需要とは『支払う意思』をともなった欲求のことであり、行政需要として顕在化しない社会的ニーズのキャッチが重要。『声なき大多数』(silent majority)のニーズをどうとらえるかが課題。そして社会全体に利益が及ぶものはスクラップしやすく、特定のグループ・個人に利益が集中するものはスクラップしにくい実態」を指摘する(注4)。すなわち、「声なき大多数に利益が及ぶもの」=「実は社会的便益が大きいもの」ほど、財政的理由などでスクラップされやすい、ということだ。これは実に困ったことである。
 こうならないためには、我々一人ひとりが「声なき大多数」から脱却し「声の大きな大多数」に変貌を遂げるしかなさそうである。

 これらの(映画)表現や主張はいったい何を問うているのか。いずれも国や地域における民主主義が健全に機能しているのかどうかを我々に問いかけていないか。そしてその民主主義が健全に機能するのかどうかは、我々一人ひとりの「心の持ち様と行動」にあるのだと言うことを。まさしくパットナムの主張である「Making Democracy Work」なのだ。
 近年、欧州各国の政策担当者は「Social Inclusion(注5)」という言葉を多用する。この言葉は本来貧困者や失業者、ホームレス等を社会から排除(Exclusion)された人々として捉え、その市民権を回復し、再び社会に参入することを目標としている概念である。だが、実は社会から排除されているのは、上記のような弱者だけではなく、ごく平均的な多数の我々自身、読者ご自身なのかも知れないのである。

3.まとめ

 再び、SCの政策的意義を考えるとき、筆者は次のような大きな議論から始めなければならないのではないかと考える。

(1)地域住民の声を反映し、信頼に足る行財政システムの構築

 これまでNPM(ニュー・パブリック・マネジメント)手法が重要との認識のもと、国も地方自治体も「民間的経営手法」を学び、その中の「効率的経営手法」については一定の理解や導入が進んだと思う(第一段階)。しかし「民間的経営手法」の本質は「顧客有りき」である。すでに多くのメーカーでは自社製品に価格さえつけることさえ出来なくなり価格は顧客が設定する時代になってしまっている。さすがにこれは行き過ぎた「顧客主義」であるとの批判もあるが、現実である。国や地方自治体もこの現実から学ぶべきであろう。
 上で述べたような社会的排除が少なく、多くの人々が幸せを感じることの出来る社会を構築していくプロセスは、基本的には「ボトムアップ型」であろう。その地域の歴史や文化、そして住民の特性に応じたオンリーワンの社会の仕組みが理想である。ただしきちんと声を上げる住民がいないことには始まらない。住民が声を上げるためには、その価値があること(すなわち耳を傾け、その声を反映する信頼に足る行政システムが存在すること)が前提となる。国や自治体は早急にNPMの第二段階(地域住民ありき)へと進むべきである。
 民間企業で取り組まれている「日本版SOX法」対応の公的セクターへの適用(G-SOX)も行財政システムへの信頼性を担保することになろう。

(2)市民教育の重要性

 次に地域住民の側について考えたい。
 筆者はSCの邦訳として当初より「市民社会資本」を主張してきた。
 しかし、市民という言葉はいまだに様々な場面で物議を醸し出す。思想的な背景から市民という言葉を否定する勢力もいるだろうし、自虐的な発想からわが国にはそもそも市民なんて存在しないと声高に叫ぶ向きもおられるだろう。
 しかし、不毛な議論ではなく、現実としてこの国の主権を有し、自立性・公共性を有しながら能動的に社会に参加する存在としての市民としての立ち振る舞いについて、幼少時よりきちんと教育するシステムの構築が必要なのではないか。成人になると選挙権が付与される、という表面的な制度論だけでなく、それがどういう意味を持つのか、そのために自分達はどのような責務を果たさなければならないのか、といった本質的なことをきちんと教え、議論する場が必要だと思う。そしてそれは学校だけに頼ることはあってはならない。このような市民教育の充実が市民社会資本の蓄積となり、信頼に足る行政システムを通じ、一人ひとりが幸福を感じることの出来る社会の実現に近づくのだと信じたい。
 その結果の公表を巡って大騒ぎになった全国学力テストについては、データをきちんと見た賢明な読者のかたはお解りだと思うが、教科別の学力に大きな地域差があるわけではない。むしろ生活習慣や学習環境にこそ地域差が存在するのである。

 「百年に一度の経済危機」を迎えたわが国にとって、国家財政(もしくは政府の役割)にこれまでにない大きな期待が寄せられている。今後、大きな政府として国民の安心・安全をとことん守る国になっていくのか、それとも一過性のものとして再び小さな政府を目指すのか。
 SCの政策的意義について考えると、「小手先」の政策や方策ではなく、この国の仕組みそのものへの言及になってしまうことを再度強く認識している。「Making Democracy Work」がわが国において「世界認識の最前線」という叢書となったように、SCは世界認識・国家認識といった大きな議論のための考え方の提示、きっかけなのであり、わが国も大きく「CHANGE」しなければならない今こそ、その議論を再び活性化させるべきではないかと思う。


(注1)NPOホームページ「ソーシャルキャピタルの培養に向けた市民活動の今後の展望と課題」103ページ参照
(注2)>ソーシャル・キャピタル・アーカイブホームページ
(注3)「SiCKO」公式ホームページ
(注4)「財政健全化法への自治体の対応」日本総合研究所 財政健全化に向けた地域経営セミナー資料 2008年10月21日
(注5)イギリスやフランスなどのヨーロッパ諸国で近年の社会福祉の再編にあたって、その基調とされている理念
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