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Business & Economic Review 2008年01月号

【POLICY PROPOSALS】
日本版Sovereign Wealth Fundの課題

2007年12月25日 調査部 ビジネス戦略研究センター 主任研究員 河村小百合


要約

  1. 近年、a.アジア諸国を中心とした、多額の外国為替市場介入の実施による外貨準備の積み上がり、b.原油高の持続を背景とする、産油国へのオイル・マネー還流の増加、等を背景に、国際金融市場におけるSWF(Sovereign Wealth Fund)のプレゼンスが増大している。

  2. 各国によるSWFの保有形態は様々であり、一部の例外を除き、一般的にはその運営に関する透明性が低く、投資内容のみならず、資産規模さえも明らかにされていないケースが少なくない。市場の推定によれば、2007年1月時点でのSWFの総額の規模は、1.5~2.5兆ドルに達している。

  3. 諸外国のSWFの目的としては、原油等の埋蔵資源が豊富で、その輸出代金を歳入に組み込んでこれを原資とする国々においては、a.歳入安定化、b.貯蓄、c.開発(社会資本整備)、等が掲げられているほか、外貨準備を原資とする国々においては、d.積極運用自体が目的として掲げられているケースが存在する。また、組織形態の面では、a.政府(中央・地方)が直接保有する形式、b.別機関方式、c.中央銀行が保有する形式に分けられる。このうち、a.とb.に関しては、資金形態の面で、無償原資方式(租税や原油輸出代金といった歳入を原資とするもの)と有償原資方式(市場から調達した資金を原資とするもの)に分けられるが、実際には前者がほとんどであり、わが国の外貨準備のような後者によるものは、目下のところ存在しない模様である。

  4. 2007年入り後、SWF等による投資行動は、国際金融市場におけるプレゼンスを高めてきている。その対象としては、金融、公共インフラ、防衛・航空等の産業分野の企業への投資が中心となっている。
    投資元の国別にみれば、中国のプレゼンスが極めて大きくなっており、国有商業銀行や株式制銀行が外国銀行へ出資を行うケースも目立っている。SWFの定義付けいかんという問題はあるものの、国際金融市場においては、こうした主体は、事実上SWFに準ずるものとして扱われている。SWF等によるこのような投資行動に対して、欧米主要国からは、総論としてはおおむねニュートラルながら、各論になると、各国ごとに複雑な反応がみられる。

  5. 情報開示のレベルが極端に低いSWFが少なくないなかで、ノルウェーのSWFである「政府年金基金-グローバル」や、同国中央銀行の投資ポートフォリオにおいては、「透明性と包括的な情報が、高いレベルでの信認を得るうえでの前提条件の一つ」との考え方を基本に、極めて高いレベルの情報開示が実施されており、国際金融界においては、ベスト・プラクティスとして広く認識されている。同国では、投資ポートフォリオの構成を、エクイティ約4割、債券約6割、とする運用方針を事前に策定したうえで、オペレーションが行われているほか、投資先の1企業当たりの出資比率の上限(5%)、倫理ガイドライン、といった運用上の規律付けが課されている。1997~2006年の平均のリターンの実績をみると、名目ベース(為替はバスケット方式で評価)で6.5%程度、実質(管理コストを除くベース)で4.6%程度となっている。

  6. わが国の状況をみれば、過去の外国為替市場介入・外貨準備政策の評価は別として、現実問題として、すでにこれほどまでに積み上がった外貨準備(欧米主要国の約20倍の規模)の有効活用を図るという意味で、積極運用を行うことが最初から排除されるべきものでもなかろう。ただし、諸外国の経験に照らせば、年ごとの収益の振れは大きくなる可能性が高いため、その目的として一般会計への繰り入れの積み増しを掲げることは現実的には難しい。むしろ、SWF等の投資行動に対する警戒感が強まるなか、主要先進国の一角として、他国の範たり得るベスト・プラクティスを構築することを、目的の一つとすることが必要ではないか。

  7. 日本版SWFの組織的なアレンジメント上は、以下の点がポイントとなろう。すなわち、a.狭義の外貨準備からSWFに切り離す資産の規模いかん、b.移行期間の設定、c.SWFにおける資産の保有形態(有償資金方式を継続するか、何らかの形で無償資金方式に転換するか、その際、狭義の外貨準備<現行の外国為替資金特別会計>が抱えている金利リスクはどうなるか)、d.関係する通貨当局、およびSWF自身との間での責任分担、リスク・シェアリングの在り方、e.リザーブの水準の設定、f.運用規範の在り方や制度の運営上透明性をいかに確保するか、といった点である。

  8. 具体的な組織形態の在り方としては、大別して、a.現行・特別会計方式(外国為替資金特別会計のバランス・シート上で積極運用を導入)、b.バランス・シート分離方式(現行の特別会計を、有償原資方式のまま、狭義の外貨準備とSWFとに分離)、c.バランス・シート上出資方式(現行の特別会計上で、積極運用を行うSWF<別会社>への出資を実施し、特別会計上その出資に見合うリザーブを確保)、の3通りが考えられる。a.の方式は相対的に高いリターンが得られやすいものの、財政規律上問題があると考えられるほか、国際金融市場におけるプレーヤーに求められる最低条件の観点からみても、諸外国の理解を得ることはかなり難しく、到底、模範とはたり得ないと考えられる。

  9. b.のアプローチは、仮に民間準拠の会計方式(為替差損益も損益計算上勘案)とし、資金調達も民間の条件準拠で行うと仮定すれば、諸外国の理解も得やすい方式であると考えられる。狭義の外貨準備が抱える金利リスクを切り離し、SWFで自律的にマネジメントすることが可能となるメリットが存在する一方で、実際に確保することが期待できるリターンの幅が目減りするというデメリットがある。過去の外国為替資金特別会計の実績の計数を用いて試算を行ったところ、為替差損益を損益計算上勘案すると、単年度ごとの損益は、過去一貫してプラス(利益)を計上していたものが、マイナス(損失)を計上する年度が発生し、年度ごとの振れはかなり大きくなった。ただし、一定期間ごとの通算でみると、円安に振れた年度は逆に利益が膨らむため、通算の損益は必ずしも現行の実績値から縮小するとは限らず、通算期間のとり方次第で変化することがわかる。これに資金調達の条件変更(短期・長期市場金利ベース)を加えると、一定期間通算ベースの利益幅は、縮小することになる。

  10. c.の方式は、SWF設立の時点で、リザーブを確保するための一定のイニシャル・コストを投入することにより、積極運用に伴う種々のリスクをカバーしつつ、相対的に高いリターンを得ることも可能な点がメリットと考えられる。現実問題としては、相対的に小規模な金額を積極運用に回そうとする場合に、使いやすい方式であるということができるかもしれない。狭義の外貨準備が抱える金利リスクへの対応にはなり難いものの、狭義の外貨準備との間の線引きの在り方や出資先のファンドにおける会計処理方法、情報開示等に関して適切な対策が合わせて講じられれば、諸外国の理解も得やすい方式ともなる可能性がある。

  11. 国際金融市場における各国のSWF等のプレゼンスは、日増しに大きくなっている。わが国として、本気でSWFの設立を検討するのであれば、多少時間がかかっても、先進国の一角として、国際金融市場における安定性と効率性の向上に資するような、確固たる枠組みを形成することが求められる。具体的には、SWFが、現在の市場主義経済・変動為替相場制下における民間経済主体と同様の経済的な制約(会計制度、競争規制等)のもとで、資金運用活動を行うべく制度基盤を整えることが肝要である。わが国として、諸外国の模範となるようなベスト・プラクティスを構築できれば、同時に、現在のわが国の外貨準備(外国為替資金特別会計)が抱えているリスクの適切なマネジメントにも、結果的につながっていくことが期待できよう。
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