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国際戦略研究所

国際戦略研究所 田中均「考」

【ダイヤモンド・オンライン】G7声明は中国との「衝突の序曲」なのか、⽇本の国益にかなう道

2021年06月16日 田中均・日本総合研究所国際戦略研究所理事長


|注目を集めた英サミット
|「民主主義対専制主義」浮き彫りに

 英国のコーンウォールで⾏われていた主要7カ国⾸脳会議(G7サミット)は久しぶりに世界の注目を集めたサミットになった。1999年にG7に新興国を加えたG20が創設され、もはや先進⺠主主義7カ国のサミットは意義を失ったかに思われてきたが、ここへきて、⼆つの意味で⼤きな注目を浴びることとなった。第⼀には⼆国間主義を掲げたトランプ⽶国⼤統領が去り、国際協調主義を掲げるバイデン⼤統領が登場して最初のサミットになったことだ。そして⽶中対⽴が、G7を巻き込むことにより、「専制主義対⺠主主義」がコロナ後の世界の対⽴軸として認識された。印・豪・韓・南アの4カ国がゲストとして招待され、⺠主主義国「G11」の意味合いも⽣まれた。果たして専制主義と⺠主主義の「衝突への序曲」となるのか、それともグローバルな発展のために共存関係に進んでいくのか。

|ワクチンやインフラ支援など
|あらゆる面で中国を意識

 新型コロナウイルス問題への対処や途上国のインフラ⽀援、サプライチェーンの再構築、気候変動、地域情勢など、サミットの主要課題のいずれにも中国が⼤きな影を落としていた。先進国と途上国との⼤きな格差が問題となっているワクチンの接種で10億回分のワクチン提供に合意したのも、中国、ロシアの活発なワクチン外交を意識してのことだった。ワクチン不⾜が切実な途上国にしてみれば中国であれ、⽶国であれワクチン輸出の拡⼤は歓迎すべきことだ。インフラ⽀援についても同様のことがいえる。透明で環境に配慮したインフラ⽀援を抜本的に拡⼤することに合意したのも、中国の「⼀帯⼀路」構想を意識してのことだ。中国の同構想を通じる途上国への資⾦投下は中国の影響⼒拡⼤とともに、「債務の罠」といわれるように、債務が履⾏できない途上国に対しては、例えばスリランカで港湾の管理権を確保したように、物理的⾒返りを求めるやり⽅への批判が⾼まっていた。だがワクチン供給やインフラ⽀援の拡⼤、さらには気候変動に向けての協⼒は、中国に対抗してのものであっても、コロナで打撃を受けている途上国にしてみれば歓迎すべきことだ。「専制主義対⺠主主義」の対⽴というより、グローバル経済の底上げという観点から好ましい動きと考えられる。

|日米共同声明での対中懸念
|欧州とも共有する機会に

 G7が懸念するのは、中国の強権的な⾏動だ。特に台湾や東シナ海・南シナ海での⼀⽅的な現状変更の⾏動や、新疆ウイグル⾃治区や⾹港での⼈権を蹂躙し⺠主主義を抑圧する⾏動をどう抑⽌できるかだ。これらの問題で、中国は「核⼼的利益」に介⼊するのは許さないと国際社会の批判をはねのけてきた。⽇⽶は4⽉の⾸脳会談後の共同声明で中国を名指しして強く批判したが、今回のG7サミットはまさにその認識を他の先進⺠主主義国とも共有する機会になった。これまで欧州は、中国が地理的に遠い存在であり、急速に拡⼤していく中国市場への輸出や投資の利益を中⼼に考えがちだったが、⾹港に国家安全維持法を導⼊するとともに選挙制度を改正し、急速に「中国化」を図りだした頃から中国に対する態度も変わった。⾹港や新疆ウイグル⾃治区での⼈権蹂躙的⾏動に批判を強め、中国とEUの間の象徴的協⼒案件であった中国EU投資協定も欧州議会は審議⼿続きを凍結した。こうした背景の中で、G7は中国の⾏動を名指しで批判する声明を発出したものだ。

|中国はどう受け止めるのか
|G20に向け外交攻勢強める?

 中国はG7の圧⼒にどう答えようとするのだろうか。これまで同様、中国⾃⾝の影響⼒を拡⼤していくために活発な外交を⾏うだろう。上海協⼒機構やBRICSといった新興国のフォーラムや近年とみに⼒を⼊れ出している中東欧、アフリカ、中南⽶諸国への働き掛けを強めるだろう。特に今年10⽉にローマで開かれるG20が中国に不利な声明を発出しないようにG20のメンバー国への⼯作も強化すると思われる。
 しかし⼀⽅で、中国の⾏動そのものが穏健化していく可能性が全くないわけではない。習近平国家主席は「中国は愛されなければいけない」と語ったと伝えられる。中国は鄧⼩平⽒の指導で、「⼤きくなるまで⼒をためる」として対外的には低姿勢を貫いてきたが、2010年にGDPで⽇本を追い越し世界第2の経済⼤国になると、もはや⼒をためる段階は終わったと考えたのか、⾃⼰主張が強くなった。最近は「戦狼外交」と⾔われる通り、攻撃的な対外姿勢を⾒せるようになった。中国がこうした姿勢を改めるとしたら、諸外国の圧⼒に屈するからではないのだろう。中国が姿勢を変えるとすれば、それは、このままでは共産党の統治が⽴ち⾏かなくなる可能性があると考える時なのだろう。

|「穏健化」の可能性もある
|鍵を握る経済成長

 鍵は経済成⻑だ。習近平体制が国⺠の不満を封じてこられたのは、国内を監視社会とし厳しい引き締めを続けると同時に、⾼い経済成⻑を達成し、世界で最も豊かな国になるという「中国の夢」を語り、ナショナリズムをかき⽴てることができたからだ。これが壊れると、途端に共産党統治に対する不満が強まる中で党内の権⼒闘争へとつながっていく。だが⾼い経済成⻑を続ける限りは、その⼼配はない。しかし先の国勢調査に⽰された通り、65歳以上の⾼齢者が総⼈⼝に占める割合は13.5%に達する⾼齢化社会となり始めている。⽣産年齢⼈⼝の減少は経済成⻑のスローダウンにつながっていくだろう。近年の⽶国との摩擦を通じてハイテクを中⼼にデカップリングといわれる市場分割が進み、単に輸出先だけではなくハイテク素材の調達先や投資先も限られていく。政府がバイドゥやアリババ、テンセント、ファーウェイといった巨⼤企業を国家の統制の下に置こうとすればするほど、企業の効率は損なわれ、成⻑鈍化につながっていく。そして⺠主主義諸国の結束した圧⼒は⼀帯⼀路による海外市場拡⼤の思惑を難しくしていくことになるだろう。こうした経済成⻑阻害要因が重なったとき、中国は再び対外姿勢を穏健化せざるを得ないと考えるかもしれない。

|日本は戦略を間違えてはならない
|米国の対中強硬姿勢は変わらない

 ⽇本はどうすべきか。⽶国追随に徹するだけということであってはならない。⽶国は既に2022年中間選挙に向けて政治的動きが強くなっている。バイデン⼤統領はオバマ政権の副⼤統領として「中国に弱腰」であったとの批判に極めて神経質となっている。したがって中国に対して強硬な姿勢を変えることはないだろう。もっとも中国への輸出拡⼤の展望を損なうようなこともないだろうが。⽇本としては、中国の覇権的⾏動は阻⽌するべく⽇⽶安保体制を強化していく必要はある。だが同時に、中国との関係を断ち切るわけにはいかない。過去四半世紀にわたり成⻑しない⽇本経済を⽀えてきたのは外需であり、特に中国との経済の相互依存関係だった。東南アジア諸国も中国を第⼀の経済パートナーとして重視しており、この地域の貿易・投資が縮⼩していくのは⽇本経済の展望をさらに厳しくする。⽶国と外交や安全保障などで共同歩調を取る必要はもちろんあるが、同時に中国を巻き込みルールに基づく経済圏を構築していくのが⽇本にとって必須となる。

|「インド太平洋戦略」への
|極度な傾斜に強い違和感

 こうしたことを考えると、近年の⽇本外交が「インド太平洋戦略」に極度に傾斜していることに強い違和感を持つ。「⾃由で開かれたインド太平洋」は、誰も阻害していないというが、⾃由で開かれていない中国をけん制し、それに抗していく概念であることは明らかだろう。そして⽇⽶が、その戦略の中核にあるクアッド(⽇⽶豪印4カ国の集まり)を重視するのも理解できる。しかしそれは⽇本の国益の⼀部をかなえる概念ではあっても、国益の全てを満たす概念ではない。⽇本は「インド太平洋」の協⼒を強化するとともに、以前から⽇本外交の重要な概念だった「アジア太平洋」を忘れてはならない。「アジア太平洋」は⽶国の同盟国であるとともに、アジアの⼀員であるという⽇本外交の基盤を満たす概念だった。アジアの協⼒の中に⽶国を招き⼊れることにより、中国の覇権的⾏動を抑⽌してアジアの安定を達成するということだ。この概念のもとでの外交の成果として、APEC(アジア太平洋経済協⼒会議)や東アジアサミット(ASEAN、⽇中韓、豪・NZ、印、⽶、ロ)さらにはCPTPP(もともとのTPPから⽶国が⼀⽅的に撤退)とRCEP(東アジア経済連携協定︓⽇中韓、ASEAN、豪、NZ)、そして北朝鮮非核化のための6者協議(韓国、北朝鮮、⽇、⽶、中、ロ)といった形で包摂的な地域協⼒を推進してきた。「インド太平洋」だけではなく、「アジア太平洋」の概念を進め、対中圧⼒⼀辺倒ではなく中国を協⼒に引き込みルールを守らせていくことが⽇本の国益にかなうことを今⼀度、認識するべきだろう。そしてそれは「専制主義対⺠主主義」の対⽴を緩和しグローバル世界の安定を図っていくために必要な施策である。

ダイヤモンド・オンライン「田中均の世界を見る眼」
https://diamond.jp/articles/-/274084
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