オピニオン
平成29年度 子ども・子育て支援推進調査研究事業
妊産婦等への食育推進に関する調査
2018年04月09日 小島明子、青山温子
*本事業は、平成29年度 子ども・子育て支援推進調査研究事業の国庫補助を受けて実施したものです。
事業の目的
平成28年3月に決定した「第3次食育推進基本計画」において、20歳代および30歳代の若い世代は、食に関する知識や意識、実践状況等の面で他の世代より課題が多いことから、新たに「若い世代を中心とした食育の推進」が重点課題として設定された。計画のなかでは、平成32年度までに、朝食やバランスの良い食事を食べる割合を向上させるための目標設定等が行われている。
20歳代および30歳代は、(配偶者含め)妊娠、出産を経験する者が多い世代でもある。妊娠期や授乳期は食生活を見直す契機となりやすいこと、また、親となる若い世代が食に関する知識を身につけ、実践し、次世代につなげていくことが重要であることから、妊産婦やその配偶者・親を通じた食育を一層進める必要がある。
「『健やか親子21』(第2次)推進検討会報告書」(厚生労働省)によれば、若い女性を中心に、食事の偏りや低体重(やせ)の者の割合が増加するなど健康上の問題が指摘されている。一方、社会環境としては、女性(30~54歳)の家事時間は過去10年間で大幅に減少しており(「平成23年社会生活基本調査」(総務省))、女性の就業率の増加等に伴い、女性が食事を作るために費やせる時間は少なくなっていると考えられる。2020年までに政府が掲げる女性の就業率増加の目標設定を踏まえれば、子どもを持つ女性が仕事と家庭を両立しながら行える食育推進の在り方を示していくことが求められている。
厚生労働省では平成18年2月に「妊産婦のための食生活指針」を策定し普及を進めているが、さらに妊産婦や子どもを持つ保護者への食育推進の取組が効果的に展開されるよう、本事業では市区町村や企業における妊産婦への食育推進の取組および妊産婦の食生活に関する実態とニーズの把握とともに、食事を手軽に整えるための事例集を作成する。
妊産婦の食生活の実態調査の結果を踏まえ、今後、妊産婦や子どもを持つ保護者に対する市区町村、民間団体・企業等からの食育推進と、栄養・食生活の改善を効果的に進めていくための基礎資料を得ることを本事業の実施目的とする。
主たる事業の内容
本調査における主な実施事項は以下のとおりである。
1.妊産婦の食生活に関する実態の調査
2.市区町村の妊産婦への食育推進に関する取組に関する調査
3.企業の食育推進に関する取組に関する調査
4.手軽に美味しい食事を作るための事例集作成
調査結果のまとめ
アンケート調査結果を踏まえて、明らかとなったポイントは以下の通り。
(妊産婦の食生活の実態)
・妊婦・産婦は推奨される食行動について概ね認知しており、必要性も感じているが、理想的な食生活の実践度は6割を下回っており、特に産婦では5割を下回っている。
・理想的な食生活が実践できていない最も大きな理由としては、妊婦では、「体調がすぐれないから(つわり、産後の回復が悪いなど)」(26.8%)、産婦では、「時間の余裕がないから」(40.0%)がトップ。次いで、妊婦・産婦ともに「面倒だから」(妊婦:19.8%、産婦:19.4%)が挙げられている。
・妊婦は産婦に比べて、「普段から料理や食に関する情報を意識的に集めている」(妊婦:57.1%、産婦:51.1%)割合が高く、産婦は妊婦に比べて「家族の食事に比べ自分の食事はいつもおろそかになる」(妊婦:67.0%、産婦:77.3%)、「食事に手間や時間はかけたくない」(妊婦:67.2%、産婦:75.3%)、「食費はおさえてほかの事にお金を使いたい」(妊婦:55.2%、産婦:60.6%)、「食事はお腹が満たされればよい」(妊婦:37.3%、産婦:43.7%)割合が高い傾向にある。
(自治体の妊産婦に対する食育取組の実施状況)
・面談機会における食生活向上のための情報提供・相談対応について、妊婦向けの取組として、母子健康手帳の交付時に「妊娠中の一般的な食生活に関するパンフレットや冊子を配布」を行っている自治体は約9割、母親学級・両親学級時に「レシピ提供や調理実習など技術情報の提供」を行っている自治体は約4割である。産婦向けの取組として、新生児訪問時、乳児家庭全戸訪問時に「産婦の食生活に関する個々の状況や悩みに合わせた相談対応」を行っている自治体は約6割である。
・ウェブ、広報誌等を通じた情報提供について、妊婦向けに実施している自治体は13.6%、産婦向けに実施している自治体は8.2%である。
・理想的な食生活の実行に役立つ商品やサービスの紹介や利用を通じたサポートの推進について、妊婦向けに行っている自治体は6.1%、産婦向けに行っている自治体は6.3%である。
・妊婦の食に関する課題やニーズの収集を行っている自治体は37.3%であるが、産婦の食に関する課題やニーズの収集を行っている自治体は15.7%である。
・事業評価の実施について、「妊婦との面談機会における食生活向上のための情報提供・相談対応」の評価を実施している自治体は29.0%、「ウェブ、広報誌等を通じた妊婦の食に関する情報提供」の評価を実施している自治体は13.9%、「妊婦の理想的な食生活の実行に役立つ商品・サービスの紹介や利用のためのサポート」を行っている自治体は12.3%である。「産婦との面談機会における食生活向上のための情報提供・相談対応」の評価を実施している自治体は14.1%、「ウェブ、広報誌等を通じた産婦の食に関する情報提供」の評価を実施している自治体は14.9%、「産婦の理想的な食生活の実行に役立つ商品・サービスの紹介や、利用のためのサポート」の評価を実施している自治体は22.4%である。
・事業評価を実施した自治体のうち、取組へ反映をしている自治体は妊婦向けで93.0%、産婦向けで82.6%である。
・自治体が、妊産婦の食生活の向上のための取組を実施する際に困っていることとして、「妊産婦の食生活の向上のための取組以外の事業の優先度が高く専念できない」が45.1%、「組織内の専門人材の不足」が45.0%である。
(企業の妊産婦に対する食育取組の実施状況)
・「社会貢献活動(CSR)の一環として」、あるいは、「自社製品・サービスのマーケティング活動の一環として」、食育活動を実施している企業は、約6割に上るが、妊娠適齢期の女性(12.9%)、妊婦(19.4%)、産婦(12.9%)を対象としている割合は2割以下である。
(自治体の取組内容と妊産婦のニーズとのギャップ)
・自治体が、妊産婦に向けたウェブ、広報誌等を通じた情報提供にあたって「自治体ホームページ」を利用している割合は、妊婦向けで50.7%、産婦向けでは40.2%である。
・「自治体の公式ホームページ」や「自治体の広報誌」から「食生活に関する情報を得た」割合は、妊婦・産婦ともに1割以下で、食に関する情報収集源としてはあまり活用されていない。食に関する情報収集源としては、妊婦・産婦ともに「医療機関の医師・看護師・助産師・栄養士」、「情報ポータルサイト(例:こそだてハック、mamari、等)」、「妊娠子育てアプリ(スマートフォン)」が上位である。
・自治体による妊産婦を対象としたサービスを利用した妊産婦のうち、サービス提供時に「食生活に関する情報を提供され、相談もした」と回答した割合は、「自治体が行う母親学級・両親学級」利用者が最も高く、24.5%である。
・自治体サービス提供時に、食に関する情報取得・相談をした人の多くが、「役に立った」「どちらかといえば役に立った」と回答している。対象となる自治体サービス全ての提供時点においても、情報取得だけでなく、相談ができた場合の方が「役に立った」と回答した割合が高くなっている。
・各推奨される食行動を認知している妊婦・産婦のうち、それらの食行動に関する知識を「自治体から提供された」と回答した割合は、ともに概ね3割前後である。
(企業の取組内容と妊産婦のニーズとのギャップ)
・妊娠適齢期の女性、妊産婦への食育活動に関する食育活動の今後の方向性として、「推進していく予定がある」と回答した企業は約2割程度であり、現時点では、妊娠適齢期の女性、妊産婦への食育活動に積極的に取り組む姿勢のある企業は多くはない。
・妊婦・産婦ともに食生活の向上意向は高く、9割以上が「自身の現在の食生活を向上させる必要がある」と答えている。
・妊産婦が食生活の向上をサポート/現在の食生活をサポートするために今後最も利用したい商品・サービスは、妊婦・産婦とも「レシピサイト」(妊婦:27.3%、産婦:29.9%)が最も多く、「カット野菜」(妊婦:12.3%、産婦:13.2%)、が続いている。「レシピサイト」の利用に対しては支払い意向がほとんど見られない一方で、「カット野菜」への支払い意向は、「1~1,000円/月」(妊婦:50.0%、産婦:57.6%)が最も多く、「3,001円~/月」(妊婦:13.0%、産婦:6.6%)と回答した妊産婦も一定数存在する。
(自治体・企業の妊産婦への食育の取組に関する連携状況)
・妊婦向け、産婦向けともに、「面談機会における食生活向上のための情報提供・相談対応」、「ウェブ、広報誌等を通じた情報提供」においては、約6割が自治体単独で行っている。「理想的な食生活の実行に役立つ商品やサービスの紹介や利用を通じたサポートの推進」については、単独で実施している自治体が最も多い(妊婦向け:30.8%、産婦向け:31.3%)ものの、「公益法人(社団、財団)(医師会、栄養士会等含む)」(妊婦向け:13.8%、産婦向け17.9%)、「(地域に本社がある企業、その関係業界団体以外の)企業、その関係団体」(妊婦向け:13.8%、産婦向け:10.4%)といった、行政機関以外の関係者との連携も一定程度見られる
・妊産婦や妊娠適齢期の女性の食生活に寄与する製品・サービスを展開している企業のうち、その展開において自治体と「現在連携している」企業は26.7%である。(ただし、分析対象となった回答企業数は15社であったため参考値である)
(自治体・企業の妊産婦への食育の取組に関する連携意向)
・妊産婦の食生活の向上のための取組を推進する上で役立つ支援として、おおよそ、人口規模が大きい自治体ほど、「企業による優良取組事例」、「取組において連携可能な企業・団体等のリスト」を求める傾向がある。
・妊産婦や妊娠適齢期の女性の食生活に寄与する製品・サービスを展開している企業のうち、その展開において自治体と「現在連携していないが、良い連携先が見つかれば連携先を検討したい」と回答した企業は約3割である。(ただし、分析対象となった回答企業数は15社であったため参考値である)
インタビュー調査結果として、明らかとなったポイントは以下の通り。
(自治体向け)
・妊婦は、就業している女性も多く、母親学級や面談等での接触機会を得る(あるいは増やす)ことが難しく、食生活向上に向けた支援が難しい。妊産婦にとって大切な栄養素が含まれる食品の支給や、あえて産婦に着目した講座の提供は、食生活を見直すきっかけにつながっている。
・講座に参加をする際に必要とされる調理技術のレベルを下げる、対象者を夫や妊産婦の父親等まで広げるなど、現在の妊産婦が抱える課題の解消につながるように、講座の内容を変えていく必要がある。
・特定の企業とのつながりが強くなることへの懸念から、企業との連携は難しいと考えられてきたが、実際に、企業との連携を行うことで、妊産婦向け食育活動の内容を充実させることにつながっている。
・地域の特産物によっては、妊産婦の食生活の向上のつなげていくことが可能である。野菜の価格が高騰すると、経済的な負担から摂取を控えるケースなども踏まえ、JA等地域の農業団体等と連携をした取組の余地が残されている。
(企業向け)
・自治体側の抵抗感が企業との連携を難しくしているので、ハードルを下げる工夫が必要である。
・妊産婦向けの製品・サービス市場を盛り上げていくためには、メーカー単独では限界がある。新たな売り場を作るのは流通側であるため、流通側からの理解と協力が必要である。
・妊産婦にとって大切な栄養素(例:葉酸)に関する社会全体への情報発信や、自社製品に関する妊産婦への情報発信が十分ではなく、取組の余地が残されている。
・妊産婦の食や栄養に関する知識は、妊産婦になってから提供するのではなく、子ども向けの食育活動など、低年齢のときから提供することが必要である。しかし、企業側が提供する活動の内容は、教育機関側の意向を踏まえて行われ、そのようなテーマに対する要望や関心が薄く、実現が難しい。
調査結果からの示唆
調査研究の結果を踏まえた上で、得られた示唆は以下の6つである。
1.企業に対する普及啓発活動の推進
企業側には、妊産婦の食生活向上に向けた食育活動(社会貢献活動)の取組を拡充させることや、自社の従業員(妊婦の従業員、あるいは妊婦を配偶者に持つ従業員)が両親学級・母親学級への参加等ができるような配慮をすることが期待される。そのためには、妊産婦の食生活向上が、企業が取り組むべき社会的課題であるという発信を国や地方公共団体が強化するとともに、妊産婦の食生活向上に取組む企業が、国や地方公共団体によって評価される取組を行うことが期待される。具体的には、既に国や地方公共団体が実施している子育て支援をテーマとした表彰制度等の評価項目の中に上記の視点を盛り込むことが挙げられる。
2.企業、地方公共団体が連携しやすい環境づくり
既に連携を行っている地方公共団体と企業が、すこやか親子21のホームページに連携事例を積極的に掲載していくことが期待される。加えて、すこやか親子21のホームページには、地方公共団体が企業との連携に至るまでの具体的なプロセスや、連携を希望する企業側のコンタクト先も含め、情報開示を拡充させていくことが必要である。
3.情報提供の質と量の向上
インターネット上には正確性を欠いた情報も存在しており、特に医療・健康分野ではその影響が問題視されている。妊産婦がより正しい情報を得られるように、地方公共団体の情報提供のあり方を多様化する必要がある。例えば、携帯電話やスマートフォンでアクセスができる情報提供を充実させる、妊産婦向けに情報提供を行っている有望な企業・民間団体等と連携を行い、それらが提供している情報サイト等を紹介するという方法もある。
4.産婦の支援の強化
妊産婦や妊娠適齢期の女性の食生活に寄与する製品・サービスを展開している企業のなかには、地方公共団体との連携意向を持つ企業も一定程度存在している。地方公共団体の側も、人口規模が大きい地方公共団体ほど、企業との連携に関心が高い可能性がある。インタビューのなかでも、地元スーパーと連携し、妊娠期と授乳期の2回に分けて、食品の支給を行うことで食生活の改善につなげている地方公共団体の事例を挙げた。地方公共団体の支援が手薄な産婦を中心に、正しい食事を整えるための実行支援の部分で、企業や民間団体等の連携が広がれば、産婦支援の強化の一環となり、食生活の向上のきっかけにもつながる可能性がある。前述した2.2.企業、地方公共団体が連携しやすい環境づくりを進めていく上では、より産婦の支援をテーマに、連携することが期待される。また、インタビューからは、就業をしている女性のなかには、育児休業を取得しているため、産婦向けの講座の方が参加しやすい女性がいるという実状も窺え、地方公共団体は、産婦を対象とした講座を充実させることが必要である。
5.地方公共団体による妊産婦の食育活動の支援の拡充
時間の不足や、専門人材の不足を補うために、取組に使用するツール作成の効率化を進めるべきである。具体的には、今まで地方公共団体が独自で作成、利用している資料の共有化を進めるために、地方公共団体が、健やか親子21のデータベースに積極的に資料を掲載することが望まれる。また、個別相談などの相対のコミュニケーション機会を増やすために、医療機関等専門機関との連携を積極的に行うなど、地方公共団体には、効率よく支援を拡充するための取組を検討することが期待される。
6.事業評価手法の仕組み
各地方公共団体が、取組結果をスコア化して自主評価できる共通の評価基準やガイドラインが必要である。これが、他の地方公共団体の取組状況とも比較しながら、取組の改善を検討することを可能にし、PDCAをまわすための一助になると考えられる。
※詳細につきましては、下記の報告書本文をご参照ください。
妊産婦等への食育推進に関する調査 報告書(PDF:8160KB)
レシピ「妊娠中・産後のママのための食事BOOK」通常版(PDF:3320KB)
レシピ「妊娠中・産後のママのための食事BOOK」見開き版(PDF:3390KB)
本件に関するお問い合わせ
創発戦略センター ESGアナリスト 小島 明子
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