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インバウンド消費継続とバイオマス活用との隠れた関係性

2023年05月10日 清水久美子


 2022年10月に新型コロナウィルスの水際対策が大幅に緩和されてから、それ以前よりも多くの観光客を見かけるようになりました。日本政府観光局の統計では、2022年の3月の訪日外客数の推計値は66,100人だったのが2023年同月の推計値は1,817,500人となっており、2023年はインバウンド消費の復調がわが国の景気回復を後押しするだろうとの予測も示されています(注1)。2023年3月に閣議決定された「観光立国推進基本計画」ではインバウンド回復戦略を掲げ、2025年までに訪日外国人旅行消費額5兆円、国内旅行消費額20兆円の早期達成を目標としました。インバウンドはコロナ禍後もわが国の成長戦略の柱と言えるでしょう。

 ところで、インバウンド需要を確実に取り込むためには、環境負荷削減への取り組みが切り札になるという指摘があります。国際エネルギー機関(IEA)は、国内航空分野におけるCO2の直接排出量はほぼ横ばいである一方で、国際航空分野における直接排出量は2021年の3億8,446万トンから2030年には5億4,145万トンまで増加すると試算しています。国際線の排出量については国際民間航空機関(ICAO)による市場メカニズムを活用した排出削減制度が構想されており、2027年以降、ベースライン(注2)を超えて増加した排出量を各運航者に割当て、運航者は炭素クレジット又はSAF(持続可能な航空燃料)等を用いて割当量を相殺することが義務付けられます。「観光立国推進基本計画」では、我が国との往来の増加が見込まれる国や地域との間でのオープンスカイ(注3)、ASEANとの地域的な航空協定に向けた協議を推進していくことが掲げられていますが、こうした施策の成果をあげていくためには、日本国内のSAF供給体制構築が鍵を握るでしょう。

 SAFは廃棄油・植物油、木質バイオマス、都市ごみ・廃棄物、バイオマス糖、CO2・水素等を原料とし、国際規格等の認証取得の上、従来のジェット燃料に一定割合(原料により10~50%)を混合することで従来のジェット機に搭載が可能となります。日本は国内線・国際線のSAF導入比率を2030年に10%とする目標を掲げています。輸入SAFの調達・国内SAFの商用化に向けた開発・実証等を進めたのち、2025年頃、国産SAFの商用化に目途を立てるという計画です。
 ここで最大の課題となるのは、需給ギャップでしょう。もし供給が追い付かないのであればインバウンド観光客がどれほど存在しようとも、日本に迎え入れることが困難になるからです。国内におけるSAF需要は、2030年に250~560万kL/年、2050年に2300万kL/年とされています。他方で、足元の未利用原料をすべてSAFに振り向けたとしても、706万kLに留まると推計されています。未利用分およびバイオマス以外の供給源のある既利用分をすべてSAFに振り分けて、初めて、ポテンシャルは984~1085万kLに達すると推計されています(注4)。資源の限られたわが国では、国内外における原料調達の多様化を進めることを前提に、国内で「既存用途からの転換」や「未利用のバイオマス原料の活用」に取り組む必要があるということを意味しています。

 こうした動きの一例として、2023年4月には日揮ホールディングスら30弱の企業・自治体が参加して、SAFの原料となる家庭や飲食店等から排出される廃食用油の収集を促進する「Fry to Fly Project」が立ち上がりました。今後は個人も含めた排出側の視点に立った市場メカニズムに基づく分別・回収行動のインセンティブ設計等も進んでいくと考えられます。インバウンドによる景気回復の兆しを確実なものとし、今後も継続させていくための必須の取組が、廃食油回収を始めとするバイオマス活用に向けたプロモーションだというのには、論理の飛躍という誹りがあるかもしれません。しかし、観光振興施策、環境保全施策とぞれぞれが縦割りにならず、一体的に推進されていくことが、改めて求められていると言えるでしょう。


(注1)株式会社日本総合研究所「わが国のインバウンド需要に本格回復の兆し ― 2023年のGDPを0.4%押し上げ 」
(注2)2022年10月に開催された第41回ICAO総会では、2035年までの取組についてオフセット量算定の基準となるベースラインを2019年の85%に変更すること等が決定された
(注3)企業数、路線及び便数に係る制限を二国間で相互に撤廃すること
(注4)一般財団法人運輸総合研究所「我が国におけるSAFの普及促進に向けた課題・解決策」


※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。

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