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【人的資本経営】
【第9回】 人的資本経営概論 ~人材の競争力向上に向けたプロアクティブ人材育成の必要性~

2023年04月24日 方山大地、足立知美、半田翔也


1.はじめに
 「シリーズ:人的資本経営」は、人的資本経営の基本的な考え方を示し、その実践に向けて企業が取り組むべきポイントを体系的に提言する連載である。連載は、経済産業省が2020年9月に公表した「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会報告書〜人材版伊藤レポート〜」(以下「人材版伊藤レポート」)において、「人的資本経営のあるべき人材戦略を特徴づけるもの」として掲げられている3P・5Fモデルに沿って、解説を進めている。
 第9回目は、第4回目の「動的な人材ポートフォリオの構築」でも言及したプロアクティブ人材に焦点を当てる。企業内の各職務・業務に対して、適切な人材が配置されている状態を実現するには、内部の人材の育成・リスキル・配置転換などを大胆に進めなくてはいけないこともある。企業がこうした育成・リスキル・配置転換などを進めていくには、内部の人材がその必要性を理解し、前向きに取り組んでいくことが必要である。そのため、企業が前述の状態を実現するには、積極的な学習行動や主体的な実践に取り組む人材、すなわちプロアクティブ人材の存在が重要になってくる。そこで、本稿では日本企業におけるプロアクティブ人材の必要性やその実態、およびプロアクティブ人材の育成方法について解説する。

2.プロアクティブ人材とはどのような人材か?
 中長期的な見通しを踏まえた、主体的かつ自律的行動はプロアクティブ行動と呼ばれており、本稿ではプロアクティブ行動を取る人材のことをプロアクティブ人材と定義している。
 プロアクティブ行動は、2000年代初頭より組織行動学の文脈で研究が重ねられてきた概念である。先行研究により定義の仕方は異なるが、代表的な定義の一つは「個人が自分自身や環境に影響を及ぼすような先見的な行動であり、未来志向で変革志向の行動」(※1)という定義である。さらに、先行研究ではプロアクティブ行動の実態を捉える枠組みとして、プロアクティブ行動を複数の行動に類型化して整理している。例えば、プロアクティブ行動を「キャリア戦略とイノベーション」「社会的ネットワーク構築」「組織社会化行動」「問題解決行動」「学習と自己開発活動」の5つの類型に分類されることもあれば(※1)、「意味形成行動」「関係性構築」「職務変更の交渉」「ポジティブな認知枠組み」の4つの類型に分類されることもある(※2)
 本稿においては、前述の先行研究におけるプロアクティブ行動の類型の共通点を踏まえつつ、企業の人材マネジメントで活用しやすい尺度にしていくことを見据え、プロアクティブ行動を以下の4つの行動で整理している。4つの行動とは、①革新行動②外部ネットワーク探索行動③組織化行動④キャリア開発行動である。(詳細な行動の定義は図表1に記載)



3.日本企業におけるプロアクティブ人材の実態
 実際に日本企業に在籍する社員はどの程度プロアクティブ行動を実践しているのだろうか。日本総研は、日本企業の社員2万人を対象とした「プロアクティブ人材の実態に関する総合調査」を実施した。本調査では、前述の4つの類型に基づくプロアクティブ行動の実践状況に加え、各人の職場環境や職務特性についても対象者より回答を得た。
 本調査において、5段階の回答結果に基づき、各人のプロアクティブ行動の度合いを1(最小)~5(最大)の間で指数化し、指数が高いほど各プロアクティブ行動を積極的に取っていることが示されるようにした。併せて、各人の職場環境や  職務特性に関しても、5段階の回答結果に基づき1(最小)~5(最大)の間で指数化し、指数が高いほど各人にとって良好な職場環境・職務特性であることが示されるようにした。具体的には、指数が高いほど、「サポートがあり、チャレンジを認めてくれる職場」「裁量があり、やりがいのある職務」となる。
 上記の通り、各人のプロアクティブ行動の度合い(以下、プロアクティブ度)・職場環境・職務特性等を指数で把握し、それに基づき調査結果を分析し、主に以下の結果を得ている。

・20-30歳代の社員のプロアクティブ度は高いものの、40歳代ではプロアクティブ度が低い傾向が見られる。(図表2)近年、多くの企業で課題になっている「中高年になると積極的・自発的な行動を取らなくなる傾向」を裏付ける結果と言える。



・40歳代の社員のプロアクティブ度が低くなる背景の一つとして、役職のない一般社員のプロアクティブ度が、何らかの役職を持つ社員と比較して優位に低い点が挙げられる。(図表3)回答者数ベースで見ると、40歳代のうちの多くを一般社員が占める(図表4)ことから、非管理職の社員がこの年齢帯のプロアクティブ行動の平均指数を押し下げていると考えられる。管理職になれなかった社員の中には、モチベーションが低下してしまい、その結果プロアクティブ行動に後ろ向きになってしまった可能性も考えられる。また、現在の40歳代は就職氷河期世代に該当し、自身が望む業界・職種に就職できなった者も多く存在している可能性がある。そのような層は、仕事のやり方をより良い方向に変える革新行動や、自ら関係者を巻き込みながら仕事を進める組織化行動を実行するモチベーションが起きづらくなっていることも想定される。
・一方、60歳代においては、プロアクティブ度が高い。図表3に記載の通り、60歳代では、一般社員でもプロアクティブ度が30歳代に近い水準となっている。一般的には60歳代になると役職定年などに伴って組織内での職責も小さくなり、昇格の可能性もほとんどなくなるため、再びプロアクティブ行動が活発になることは考えにくい。しかし、60歳以降の就業者では、それ以前の就業者と比較して「高い収入を得ること」や「昇進できること」に対する価値観の重要度が下がり、「他者への貢献(ex. 仕事で自身の責任を果たす)」「能力の発揮・向上(ex. 能力を生かせる仕事をする)」に対する価値観の重要度が上昇するという研究もある(※3)。このように、60歳代のプロアクティブ度の高さの背景の一つとして、自身の経験を生かして他者に貢献しようとする意識の高まりが存在している可能性がある。



・プロアクティブ行動が、本人の職場環境や仕事の特性とどのような関係性を持っているのかも分析した。各人のプロアクティブ度と、職場特性および職務特性との相関関係を分析したところ、職場特性および職務特性は4つのプロアクティブ行動と正の相関関係にあることが分かる(図表5)。各人の職場特性・職務特性の指数が高ければ高い、すなわち「サポートがあり、チャレンジを認めてくれる職場」であり、「裁量があり、やりがいのある職務」に従事しているほど、プロアクティブ行動にも積極的であることを示している。図表5の結果はあくまでも相関係数であるため、上記のような職場特性・職務特性がプロアクティブ行動を促進しているという因果関係を断定することはできない。しかし、各人の職場・職務は個人の力では変えにくい要素であることから、各人の職場・職務の状況を見直すことで、プロアクティブ行動を促進できる可能性は存在していると考えられる。



 前述のように40歳代の一般社員を中心としてプロアクティブ度が低いことから、組織としてはこの年齢帯のプロアクティブ度を「いかに高めていくか」が重要であると考えられる。併せて、こうしたプロアクティブ度と職場特性・職務特性が正の相関関係を持つことから、職場・職務の状況を変えることで、この年齢帯のプロアクティブ度を改善することも有効である。

4.組織のマネジャーが中心となったプロアクティブ人材の育成
 組織としてプロアクティブ人材を計画的に育成していくには、前述の通り職場環境・職務特性の2要素において、社員のプロアクティブ行動が促進されやすい状況を生み出していくことが鍵となる。
 前者の職場環境については、社員の自己学習を積極的にサポートし、なおかつ社員のチャレンジも認める組織風土を醸成していくことが必要になる。後者の職務については、各人の職務上の裁量をいかに確保するかが鍵になる。仕事の進め方を自身で決める余地が大きく、なおかつその仕事の結果が自分でも実感できる状態になっていることが望まれる。こうした職場環境・職務を実現していくために、組織全体で人事関連制度の改定や上司・部下間の1on1ミーティングの実施など具体的な施策を実行していく必要がある。
 こうした組織内の現状の職場環境・職務を踏まえ、そこから施策を展開していく際に中心的な役割を担うのは他ならぬ組織内のマネジャーである。マネジャーには、部下のプロアクティブ行動の実践度合いや職場・職務の状況を把握した上で、その状況に適した施策を推進していくことが求められている。しかし、多くの組織のマネジャーは部下のプロアクティブ行動の実践度合いなどを全く把握しない状況でマネジメントしているのが実態である。「頭の中では分かっている」というマネジャーも一定数存在していると考えられるが、それを正確なデータで押さえている方はかなり限られていると想定される。
 前述の通り、マネジャーにはプロアクティブ行動の後押しになるような施策を推進していくことが必要であるが、それだけでなく適切な個別サポートも必要になってくる。特に、前述の40-50歳代の社員にアプローチしていく際には、全社的な施策も重要であるが、各人への個別のサポートも重要になってくる。しかし、こうしたサポートは各人のプロアクティブ行動の実践度合いや、彼らの置かれた状況を正確に把握してこそ、より効果的なものになる。
 そのため、経営側には、現場のマネジャーが部下のプロアクティブ化に向けて使える情報やツールを付与し、現場でプロアクティブ人材育成に向けた取り組みが自律的に推進できるようにしていくことが必要である。昨今は、サーベイツールの高機能化が進み、簡便な質問項目で社員の状況を定期的に把握することが可能である。こうしたツールを用いて社員のプロアクティブ度合いを適宜把握し、その情報をマネジャーが活用しながら、現場でプロアクティブ人材の育成を推進していける状況を全社一体で作っていくことが重要である。

(※1) Grant, A. D.& Ashford,S. J. 2008 The dynamics of proactivity at work. Research in Organizational Behavior,28,3-34
(※2) Ashford, S.J. & Black, J.S. 1996 Proactivity during organizational entry: The role of desire for control. Journal of Applied Psychology, 81, 199-214
(※3) リクルートワークス研究所(2021)「変貌する価値観~定年を境に仕事の価値観は変化するか」
以上

※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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