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【地域中小企業のDX推進に向けた枠組み作り】
(後編・先進的な事例から学ぶ自治体による支援の可能性と今後求められる支援スキームの提言)

2022年05月27日 渡部稜、濱本真沙希、佐藤善太


 本稿では、地域中小企業のDX推進の支援に向けて地域において実施すべき施策の方向性について、前後編に分けて論じる。前編では、全国の自治体を対象に実施したアンケート調査の結果から、自治体が実施すべき3つの施策の方向性を導出した。後編では、この3つの方向性で実際に行われている、地域中小企業のDX推進を支援する自治体の先行的な取り組み事例を紹介する。また、それらの事例を踏まえつつ、筆者らが構想する支援スキームを提言する。

1.自治体が実施すべき3つの施策の方向性(再掲)
 前編では、自治体向けに日本総研が実施した地域中小企業のDXに関するアンケートの分析結果を紹介した。また、図1に示すとおり、アンケート分析結果を基に、①自治体間広域連携・地域金融機関連携体制構築、②ニーズを起点とした包括的な支援、③人材育成・人材あっせん等に係る支援の3つが自治体による地域中小企業のDXの推進において必要な施策であることを述べた。



 ①自治体間広域連携・地域金融機関連携体制構築は、人口規模の小さい自治体では地域中小企業に対するDX支援が進展していないというアンケート結果を踏まえて提示した施策の方向性である。都道府県などが中心となり、人口規模の小さい自治体も巻き込んだ支援体制を構築することで、個々の自治体の人的リソースや知見の不足を補い合うことが期待できる。また、アンケートでは地域中小企業に対するDX支援に向けた地域金融機関との連携を望む自治体が半数近くに上っており、自治体間の連携体制に地域金融機関を巻き込むことも十分に考えられる。
 ②ニーズを起点とした包括的な支援は、地域中小企業のDX支援に係るニーズを自治体が十分に把握できていないというアンケート結果を踏まえた施策の方向性である。前編で確認したとおり、現状の自治体による地域中小企業のDX支援策は補助金の交付など金銭的なものが多いが、実際には中小企業のDX推進を阻む課題は数多くあり、中小企業の支援ニーズも多様である。企業のニーズを見極め、適切な支援を組み立てることが望ましい。
 ③人材育成・人材あっせん等に係る支援は、アンケートにおいて、地域中小企業のDX推進に向けた課題として中小企業側の人材・ノウハウ不足を挙げる自治体が多くあったことを踏まえた施策の方向性である。また、自治体が行うさまざまなDX支援施策の効果を自治体に問う設問でも、人的な支援(人材育成・人材あっせん等)の効果は自治体から高く評価されており、人的な支援の充実は地域中小企業のDX推進に向けて有効な方策と考えられる。
 次節2.事例研究では、上記の3つの方向性で実際にDX支援施策を展開している自治体の取り組み例を紹介する。

2.事例研究
 (1)自治体間広域連携・地域金融機関連携体制構築の例 (埼玉県DX推進支援ネットワーク)
 まず、広域の自治体間連携体制に加え、地域金融機関等を巻き込んだ連携体制を構築し、地域企業のDX推進を支援している好例として、埼玉県の取り組みを紹介する。
 埼玉県は県内企業のデジタル化を推進するため、さいたま市、川越市、川口市、越谷市や埼玉りそな銀行等の地域金融機関、埼玉県中小企業団体中央会や埼玉県商工会議所連合会等の経済団体、中小企業基盤整備機構関や独立行政法人情報処理推進機構(IPA)等の支援機関と連携して、「埼玉県DX推進支援ネットワーク」を2021年に立ち上げた。同ネットワークは、デジタイゼーション~デジタライゼーション~デジタルトランスフォーメーション(DX)(※1)の各段階で、構成機関の持つリソースを生かした支援を県内企業に提供することを目的としている(図2を参照)。同ネットワークでは、埼玉県内中小企業を対象とした調査(※2)を通じて、県内企業のデジタル化の現状やデジタル化に関する支援ニーズ等の把握にも努めている。専用のウェブサイト(※3)では、ネットワーク構成機関が提供する支援策の一覧や、さまざまな業種・業界でのDX支援事例等を確認できる。また、DXの概要を、言葉の定義からわかりやすく解説した中小企業向けのDX推進ハンドブックも公開している。同ハンドブックは、自社のデジタル技術活用状況を簡易的に確認するチェックリストも備えており、一読することで、DXの意味や進め方、現時点の自社の状況が確認できるような資料となっている。



 この埼玉県DX推進支援ネットワークについて、特筆すべき点は多様なステークホルダーで構成する支援体制にある。前編で述べたとおり、「自治体職員のノウハウ不足」は地域中小企業のDX促進における主要な課題の一つだが、埼玉県DX推進支援ネットワークのように自治体が地域金融機関・地元支援機関・国の機関等と幅広く連携することができれば、例えば地域中小企業の状況・課題をよりきめ細やかに支援する、各者の有する支援策や優良事例の情報を活用するなど、自治体単独では難しい支援も可能となる。特に地域金融機関は、日頃から地元企業の経営層と向き合っており、そのコネクションは地元企業のDX促進において重要な要素になると考えられる。実際に、図2のとおり、埼玉県内企業のデジタル化支援体制においては、地域金融機関が「豊富かつ密接な企業ネットワーク」を通じて「地域金融機関による取引企業との対話」をし、「デジタル化ニーズの収集」を行う役割を担うものとされており、地域金融機関の持つ地元企業とのコネクションを生かすことが期待されている。
 このように広域的に行政・金融機関・支援機関が連携してDX支援体制を築く取り組みは、自治体単独でのリソース・ノウハウの不足に対応する方策として有効と考えられる。同様の取り組みは埼玉県以外の自治体も行っており、例として、地域金融機関(佐賀銀行)を含む多様な県内外のDX支援事業者、IT領域の専門家、県内外支援機関・団体等と連携して、県内産業のスマート化を支援する「産業スマート化センター」を運営する佐賀県や、金融機関と行政等が連携し、県内企業への支援を通して、県全域の自立的なデジタル化を推進する「群馬県DX 推進金融機関連携会議」を立ち上げた群馬県が挙げられる。

 (2)ニーズに即した包括的なDX促進支援の例(燕版共用クラウド「SFTC」)
 次に、ニーズに即した包括的なDX促進支援の例のうち、地域の産業特性に応じた支援の好例として、新潟県燕市の燕版共用クラウド「SFTC (Smart Factory Tsubame Cloud)」を取り上げる。
 燕市は金属加工業の集積地である。市内の事業所のうち約40%を製造業が占め(※4)、その半数が金属製品を扱う。これら多くの市内金属加工事業者は、互いに連携・分業して質の高い金属製品を製造している。しかし、この分業は電話、FAX、対面での打ち合わせなど、アナログ的に行われており、生産性を高めるために業務のデジタル化が必要であった。市特有のこの現状・課題を打開するため、燕市では自らイニシアティブを取り、受発注や納期確認、製造進捗などの情報を地元企業間で共有するためのクラウドサービス「SFTC」の開発に取り組んだ。地元ベンダーの力を借りて2019年から開発が始まり、2021年に運用試験を実施、2022 年 4 月に本格運用を開始している(※5)
 燕市の取り組みについて、本稿では市の産業特性に起因するDXのニーズに的確に対応している点に着目したい。燕市は、中核産業である金属加工業において企業間の分業が多く行われ、受発注伝票のやり取り等の効率化が求められていることを認識し、企業間取引のDXに資するクラウドサービスの開発を主導した。自治体主導のクラウドサービスの開発は地元企業のDX支援策としては全国的にも珍しいが、燕市の地元企業の現状・DXに関するニーズを踏まえると自然な施策といえる。
 このような取り組みは他の自治体でも確認することができる。例えばモノづくりの集積地として知られる大田区でも、町工場同士で作業工程を分担し合う「仲間まわし」と呼ばれるプロセスをデジタル化し、効率化と共同での受注力強化につなげるシステムを開発し、2022年7月頃に運用開始予定である(※6)。これも地元企業の特性・ニーズに即して柔軟に支援策を講じている事例といえる。なお、燕市、大田区のように特定の産業の集積が見られる自治体でなくとも、地域中小企業のニーズを見極めることの重要性は変わらない。(1)で紹介した埼玉県での取り組みのように、まずは地域の中小企業の現状・ニーズを、調査を通じて把握し、適切な支援を組み立てることも有効といえる。

 (3)人材育成・人材あっせん等に係る支援の例(長崎県:県内中小企業DX促進事業及びサービス産業経営体質強化事業)
 最後に、人材育成・人材斡旋等に係る支援の例として、令和3年度に、日本総合研究所が事務局として携わった長崎県の県内中小企業DX促進事業とサービス産業経営体質強化事業について紹介する。
 県内中小企業DX促進事業では、県内企業向けのDX啓発セミナーが実施され、また相談窓口が開設された。セミナーは、地域企業のDX化に対する意識を高めるため、企業の経営層/マネジメント層向けと、実務リーダー・若手社員向けにそれぞれ実施された。相談窓口では、日本総研のコンサルタントが、県内企業のDXに関する疑問や課題に対して支援策等の提案・助言、適切な専門家・ベンダー等(第三者パートナー)の紹介を行った。一方、県内のサービス企業に対象を絞ったサービス産業経営体質強化事業では、飲食、卸・運輸等の業種別DXセミナーや、日本総研のコンサルタントによる県内サービス企業への伴走支援が実施された。伴走支援では、ラーメン店、百貨店、文具店等の多様なサービス事業者の現状分析、課題の整理から、事業者の現状・課題に応じた専門家・ベンダー等(第三者パートナー)の選定およびマッチングまで支援を行った(※7)
 長崎県のこの2つの事業では、地域中小企業のDX化における課題である企業内の人材不足に対して正面から取り組んだ。また、相談窓口での企業への提案・助言、最適な専門家・ベンダー等への紹介、企業の現状分析から深く携わる伴走支援の実行にあたり、自治体(長崎県)は支援対象企業の発掘や地域内の協力専門家・ベンダーの確保を、地域外から参画した事務局(日本総研)はDX支援ノウハウの提供等を担い、それぞれのリソースを上手く組み合わせて事業を遂行した。ここまでに見てきたように、多くの自治体は地域中小企業が抱える課題として人材不足を認識していながら、実際には人的な支援はあまり実施できていない。自治体単独ではリソース、ノウハウが不足する場合でも、長崎県での取り組みのように地域内外との連携によりきめ細かな人的支援を提供していく余地はあるといえる。

3.今後求められるスキームの考察
 ここまで、①自治体間広域連携・地域金融機関連携体制構築、②ニーズを起点とした包括的な支援、③人材育成・人材あっせん等に係る支援の事例を確認してきた。本稿の締めくくりとして、これら3つの方向性を取り入れた新たな地域中小企業のDX支援スキームの案を示す。以下では、まずアンケート結果と事例を踏まえて支援スキームに求められる要素を整理する。さらに、それらを満たすスキームの一案として、地域中小企業向けのDX支援プラットフォームを核にして、自治体・地域金融機関・地元ITベンダー/コンサル等のステークホルダーが協働する仕組みを築くことを提案したい。

 (1)支援スキームに必要な要素
 アンケート結果および事例から、自治体による地方中小企業のDX推進支援スキームに必要な要素は以下の図3のとおりと筆者らは考えている。



 「①広域的に官民が連携する支援体制」は、人口規模の小さい自治体では地域中小企業に対するDXの支援が進展しておらず、自治体職員のノウハウも不足しているというアンケート結果を踏まえると、効果的な支援スキーム構築に向けて重要な要素といえる。先述の埼玉県、佐賀県、群馬県の取り組みのように、広域的に地域金融機関、支援機関等をステークホルダーとして巻き込み、支援情報を共有することで、それぞれが単独では実現しえなかった支援が可能となる。
 支援体制を構築した上で、「②地域中小企業のDXニーズを把握し、支援の方向性を判断する仕組み」が次に求められる。アンケートでは、中小企業のニーズを自治体が十分に把握できていないという課題が確認された。埼玉県の例のようにまずは調査を通じてDXの現状・ニーズの把握に取り組むことや、中小企業と日頃から接点を持つ地域金融機関等と連携して課題の吸い上げに取り組むことが重要と考えられる。その上で、先述の燕市や大田区の事例のように地域の産業特性に応じたニーズに対応した支援や、個々の企業のニーズに応じた適切な支援の方向性を組み立てていくことが求められる。
 また、ニーズと支援の方向性を見極めた上で、「③地域中小企業のDXに必要な支援リソースをマッチングさせる仕組み」も必要となる。長崎県の例では日本総研が地域の企業のDXを伴走支援したが、こうした地域外の事業者に加え、地域内のITベンダー・コンサル、公的支援機関等の支援リソースを集約し、地域中小企業に適切にマッチングする仕組みを設けることが、DXを地域で推進していく上で重要と考えられる。
 以上に加えて、DX推進の取り組みを一過性のものに終わらせず、「④DXに向けた取り組みを継続・発展させる仕組み」も求められる。DXに関心を持つ企業の輪を広げ、企業内のDX人材のスキルアップを図る仕組みや、DX支援に加わる地域金融機関やITベンダー・コンサル等にもメリットを提供する仕組みが設けられていることが望ましいといえる。

 (2)DX支援プラットフォームを核としたスキームの概要
 以上の要素を備えた自治体による地方中小企業のDX推進支援スキームのイメージをまとめたものが図4である。中心にあるDX支援プラットフォーム(以下、PF)を核にして、地域の中小企業と自治体、地域金融機関、ITベンダー・コンサル・支援機関等の専門家がつながるスキームとなっている。DX支援PFにおいては、中小企業が自らの課題やDXの方向性を診断する機能や、専門家への相談、各種ITサービス・ツールを確認・利用できる機能のほか、DX関連の公的支援情報、身近な企業のDX事例、スキルアップにつながるコンテンツを提供する。自治体はPFを介して企業へ支援情報を届け、金融機関はPFを活用しながら企業のニーズ発掘を行い、専門家は企業からの相談受付・支援提案を行うことを想定している。



 上記のスキームにおいては、自治体(都道府県・基礎自治体)・地域金融機関・専門家により「①広域的に官民が連携する支援体制」が築かれ、それぞれのリソースを生かして地域のDX推進に貢献する。また、地域金融機関のネットワークを介して地域中小企業にPFの利用を促し、DX課題診断機能も生かして「②地域中小企業のDXニーズを把握し、支援の方向性を判断する仕組み」を設けている。さらに、「③地域中小企業のDXに必要な支援リソースをマッチングさせる仕組み」として、PF上で地域中小企業から専門家への相談・専門家からの支援提案を行う機能や、企業自ら必要なサービス・ツールを検索・利用できる機能を提供する想定である。加えて、PFを介してDXに関わる支援情報の周知、地域中小企業のDXに対する関心の喚起・スキルアップを図り、地域におけるDXの機運醸成・人材育成等につなげていく。このほか、図5に示すように、地域金融機関には顧客との関係深耕の機会を提供し、ITベンダー・コンサル等には地域中小企業との接点を拡大する機会を提供するなど、各ステークホルダーにメリットを用意することでこのスキームに関わるプレーヤーを集め、「④DXに向けた取り組みを継続・発展させる仕組み」を築くことを想定している。



 上記のスキームイメージは構想段階のものではあり、筆者らとしても今後さらに具体化していきたいと考えているが、(1)に示した必要な要素を満たす地域中小企業のDX化支援策の一案として参考となれば幸いである。

4.おわりに
 本稿では、中小企業を支える一員である自治体による支援の方向性を模索し、①自治体間広域連携・地域金融機関連携体制構築、②ニーズを起点とした包括的な支援、③人材育成・人材斡旋等に係る支援の3つが自治体に求められる施策であることを論じてきた。また、アンケート調査、事例研究を基に、新たな支援スキームを提言した。
 前編の冒頭で述べたように、日本の中小企業は地域経済の重要な担い手であり、そのDX推進の支援は地域の活性化等のさまざまなメリットにつながり得る。日本総研としては今後も、本稿のような情報発信や、最後に紹介したDX支援PFを核とした支援スキームの具体化等を行うことで、全国の中小企業のDX促進の支援に尽力したいと考えている。


(※1) デジタイゼーションとはアナログ・物理データのデジタルデータ化を指し、デジタライゼーションとはデジタル技術を活用して、作業の進め方や、顧客との関わり方を変えることを指す。デジタイゼーション、デジタライゼーションともに、デジタル技術を活用して、業務の在り方を抜本的に変革するデジタルトランスフォーメーションを実現するために必要なステップである。
(※2) 埼玉県DX推進支援ネットワーク, 「埼玉県内中小企業のデジタル化の実態及び支援ニーズ調査報告書, 令和4年3月
(※3) 公益財団法人埼玉県産業振興公社デジタル・技術支援グループ, 「埼玉県DX推進支援ネットワーク,2021/4/11アクセス
(※4) 事業構想ONLINE「燕市 自治体主導で企業連携のDXを推進 賢くつながる工場を実現」, 事業構想2022年4月号, 記事中の燕市産業振興部小澤直義氏の発言を参照。
(※5) SFTCの詳細は、株式会社ウイング「燕版共用クラウドSFTC専用ウェブサイトが詳しい。
(※6) 日本経済新聞電子版「受注分担をデジタル化 大田区と町工場がシステム、以来に係る時間10分の1に」(2022年3月31日2:00配信)を参照。
(※7) 伴走支援の様子は、長崎県DXフォーラム事務局のnoteにて詳しく紹介されている。


※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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