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CSRを巡る動き:東証市場区分見直し 高まる人的資本への関心

2022年06月01日 ESGリサーチセンター


 かねて報じられてきた通り、2022年4月4日から、東京証券取引所は市場区分を見直し、従前の東証一部/二部・マザーズ・JASDAQから、プライム市場・スタンダード市場・グロース市場の三区分に再編された。日本取引所グループが公表する市場区分見直しの概要では、プライム市場は「多くの機関投資家の投資対象になりうる規模の時価総額(流動性)を持ち、より高いガバナンス水準を備え、投資者との建設的な対話を中心に据えて持続的な成長と中長期的な企業価値の向上にコミットする企業向けの市場」と定義され、2021年6月に再改訂されたコーポレートガバナンス・コード(以下、改訂版CGC)への対応が求められることが前提となっている。
 プライム市場上場企業には、次の株主総会後に提出するコーポレートガバナンス報告書から対応状況の開示/説明が適用されるが、目下の課題対応に留まらず、中長期的な経営方針/戦略と改訂版CGCを十分に擦り合わせ、ステークホルダーには必要十分な情報を開示し、対話・エンゲージメントを行うことも期待されている。

 足元では、企業が経済活動を通じて得られる付加価値の源泉として重要性が高まっている無形資産と、それを生み出す人的資本に着目する傾向が顕著にみられる。日本では経済産業省から2020年9月に公表された「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会 報告書(人材版伊藤レポート)」以降、経営戦略に連動した人材戦略の必要性、人材投資に関する情報開示の重要性に関心が高まった。改訂版CGCにおいても、補充原則3-1③で「上場会社は経営戦略の開示に当たって、自社のサステナビリティについての取り組みを適切に開示すべきである。また、人的資本や知的財産への投資等についても、自社の経営戦略・経営課題との整合性を意識しつつ分かりやすく具体的に情報を開示・提供すべきである」との記載が盛り込まれた。補充原則4-2②では「取締役会は、・・人的資本・知的財産への投資等の重要性に鑑み、これらをはじめとする経営資源の配分や、事業ポートフォリオに関する戦略の実行が、企業の持続的な成長に資するよう、実効的に監督を行うべきである」との記載もなされている。更に直近では、これまで欧米が先行していた人的資本の可視化とその開示について、内閣官房の「非財務情報可視化研究会」で検討が進んでいる。日本でも今夏を目途に開示指針の公表を目指すという。

 このような投資家及び政府側の動きに呼応し、プライム市場上場企業にも、自社の経営戦略/人材戦略の構築と実行を通じて、経営を磨き上げていくことが大いに期待されるといえるだろう。もっとも「人的資本について、単に関連する非財務情報を可視化するのみでは企業価値の向上にはつながらない」という真っ当な指摘もある。「人的資本に関する経営戦略の構築とその可視化は『車の両輪』として機能することが求められる」との意見は、正鵠を得ていると思われる。
 企業にとって人材こそが重要であることは、偉大な経営者たちが残した言葉を引用するまでも無く、今日でも多くの経営者が賛同する話だといえるだろう。無形資産の重要性が増している現在こそ、一層、真実味は増している。
 ところが日本企業の現状は心許ない。人的投資は他の先進国と比較して劣後し、労働分配率も低下している。労働分配率を下げながらなんとか利益を捻出する企業に対して、中長期的な投資を志向する投資家なら魅力を感じないし、既存投資先であればダイベストメントを決断するケースも増えてくるのではないだろうか。

 戦後から1990年代前半まで、日本企業では経営陣と従業員は労使一体で、密接な関係性を保ち、それが人を大事にしている文脈で語られることも多かった。人的資本を重視すると言っても、その時代に戻ればよいというわけではない。関係性自体は、良い意味での一定の距離感を保ちつつ、従業員を信頼してリカレント教育やリスキルの機会を提供し、時間や場所にとらわれない働き方を推進する姿勢が企業には必要だろう。同時に、従業員が一定の裁量を与えられるなかで、成果と自己実現を図る組織を目指す必要がある。言い換えれば、経営陣と従業員が良い意味で大人の関係性を構築した組織と言える。
 こうした組織像を、人的資本の情報整理/開示と人的資本経営の実践の起点におけば、今後の展望は拓けていくのではないか。進取の精神で「人的資本経営」に舵を切る企業の出現を待望したい。

本記事問い合わせ:岡田 昌大


※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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