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コラム「研究員のココロ」

「今日からできる」マーケティング基礎体力増進のススメ

2006年03月20日 紀伊信之


■ マーケットを知る -「何を」「どこまで」「どのように」
 消費者のニーズが多様化して、見えにくくなった、消費者の実態がつかみにくくなった、とよくいわれます。確かに、様々な消費者がいます。日々の食事代を百円単位で切り詰める同じ一人の消費者が十万円を超えるスーツを平気で購入する時代です。同じ「20代OL」といっても、そのライフスタイルや趣味志向は、実に多様になっています。単純に世代・年代、性別、職業といった「伝統的」な切り口では、消費者を一括りにすることは難しくなっているといえるでしょう。
 しかし、一方で消費者を知るための「道具」も、格段に充実してきていることも事実です。インターネットリサーチが普及し、大規模なアンケート調査も、以前に比べればかなり安価な費用で実施できるようになりました。ネット上のブログや口コミを眺めていれば、一人一人の消費者の生活スタイル全般や、ある商品・ブランドを購入した背景や思いも、かなり踏み込んでみることができます。小売業やカード会社等では、データベースを使えば、顧客の購買履歴データを分析して、どんな消費者が、何を、いつ購入しているか、ということも把握できるようになりました。
 つまり、いま問われているのは、これらの道具を使いこなすマーケティング担当者のスキルなのです。私は、マーケティングというのは営業、研究開発、財務等と同様、ある種の特殊技能であり、営業担当者や研究者に必要なスキルがあるように、「マーケティング担当者に求められるスキル」というものがある、と思っています。かつ、そのスキルは訓練により鍛えることが出来る、とも感じています。

■ 「兆し発見力」
 「マーケティング担当者に必要なスキルとは何か」を体系的に語ることは別稿に譲るとして、現在、特に必要なのは、市場や消費者ニーズの新しい流れの「兆しを見つける」、「風をよむ」、「潮目を見る」という能力です。ここでは仮に「兆し発見力」とでもしておきましょう。以下で少し説明します。
 多くの製品や市場が成熟化している中で、これまで以上に、マーケティングによって「新たな市場を創造すること」が求められています。そのためには、既存の枠組みを捉えなおし、「新しいカテゴリー」や、新たな「顧客ターゲット軸」を設定しなければなりません。これらの市場創造に向けた「切り口」のヒントは、(曖昧で明確なかたちにはなっていないかもしれませんが)現在の市場の中に、小さな変化=「兆し」としてあらわれているものです。混沌とした市場の中から生まれつつある、この、ニーズの「兆し」を読み取る、つかみとる力、そんな能力・スキルが問われているのです。
 「先見」とか「先読み」というのとは、少しイメージが違います。予測は予測に過ぎず、未来のことは誰にも正確にはわかりません。そうではなくて、まだ小さい=今はニッチかもしれないが、今後、大きくなりそうなターゲットなり、顧客ニーズに、他社に先駆けて注目できるか、ということが重要なのです。
 この「兆し発見力」は、勿論、消費者に関するリサーチや商品企画・開発、ブランドのコミュニケーション開発など、通常の業務の過程からも身につけることができるでしょう。しかし、これは、日常のちょっとした訓練からも、かなりの部分は鍛えることが可能な、いわば、マーケティング担当者にとっての「基礎体力」とでも呼ぶべき能力ではないかと考えています。
 別に「流行に敏感になれ」と言っているのではありません。流行の商品を手に入れたり、流行の場所に行ってみることも大事ですが、それは、あくまで体力をつける強化メニューの一つに過ぎません。
 また、アンケート分析やグループインタビューを何度も繰り返せばよい、というのでもありません。そもそも基礎体力が出来ていなければ、グループインタビューに参加したとしても、自分が既に持っている仮説の裏付け・検証をするに留まり、消費者がポツリとつぶやいた、その何気ない一言から、大きな消費の変化を感じとったり、一見「おやっ」と思われる消費者の意外な一言から、次の仮説を作り上げる、といったことができないからです。
 むしろ、通勤電車内の風景、昼食に訪れるオフィス街の食堂、出張の際にふと立ち寄ったコンビニエンスストア、休日に家族と出かけたときの高速道路のサービスエリア…といった、日常的にみているはずの風景や、自分自身が一人の消費者として商品やサービスを購入する体験こそが、見方を変えれば消費者ニーズの「兆し」の宝庫なのです。
 問題は「どんな点を意識して観るか」ということです。人間は意識していないものは「見えない」ものです。同じ場面、事実に遭遇しても、それをどう記憶し、理解し、そこから何を得るかは、その人次第です。

■ 「基礎体力」作りに向けて
 私が今までコンサルティングを通じて知り合った、優れたマーケティング担当者の方々は、多かれ少なかれ、次のようなことを日々意識して、「兆し」を発見する努力をされておられました。主なポイントをご紹介しましょう。

○ 「定点観測」をする
 消費の現場である店頭をチェックする、ということは多くの方が実践されていると思います。ここでのポイントは「ここは常にチェックする」という定点を決め、その変化を定期的におさえることです。日頃よく行くスーパーの棚であれ、居酒屋の客層やメニューであれ、「月9」ドラマの主人公の職業であれ、何でも構いません。定点を決めて、一週間、一ヵ月、一年…と見続けてみると、大小様々な「変化」が肌で感じられるはずです。

○ 自分が担当している業界、カテゴリー、顧客層以外にも目を配る
 たいてい、自分が担当している業界や製品カテゴリーについては、ライバルの動向も含め、日頃からチェックを怠らないはずです。それに加えて、世の中で起こった出来事に注目してみたり、他の業界や現在のターゲット層とは違う顧客の動きにも目を向けてみるのです。例えば、耐震偽装問題、この冬の寒波、レクサスの本格展開…こういったことが、「うちの商品・ブランドにどんな影響を与えるだろう」といったことを考えてみてください。自分の担当するものからは、少し距離のある業界やターゲットの方がいいでしょう。今まで見えていなかった地平が開けるかもしれません。

○ 常に「何故」を問いかけながら、観察する
 新聞で取上げられているヒット商品や、近所の人気の店といったものについて、「何故、人が集まるか、人気が出ているか」を常に問いかけましょう。「~という広告表現が良かった」「~というコンセプトがあたった」などメディア等で書かれていることを読んで納得するのではなく、むしろその定説に反論を挑み、自分なりの仮説を練り上げるのだ、というくらいの気概が必要です。「思考を停止させないこと」、これがポイントです。

○ 世の中で言われていることを鵜呑みにせず、自分の目で確かめ、判断する。
 世の中で言われている「常識」を自分なりに検証したり、掘下げて考えてみましょう。例えば、2007年に退職をむかえる団塊の世代に注目が集まっており、「団塊世代はこういう消費者だ」「2007年問題で市場はこうなる」と、様々な人が様々な見解を述べておられます。果たして、どの意見が正しいのか、消費の現場を観察し、自分の目や耳で考えることが必要です。

○ 消費者である自分と、冷静なマーケッターとしての自分の、二つの視点を忘れない
 自分がある商品やサービスを利用するとき、「自分も一人の消費者である」ということを忘れて「この商品のコンセプトはここが良い、悪い」といった供給者側の視点で、つい見てしまいがちですが、純粋に一消費者としての素直な感覚を忘れないことが大切です。それと同時に、「自分が何故その商品を購入したのか」「何故、満足/不満を感じているか」「自分はどういう消費者なのか」という冷静かつ客観的なマーケッターとして視点で、その一消費者としての自分を眺めてみることも必要です。つまり、消費の場面で「消費者としての自分」と「マーケッターとしての自分」の「二重人格」に意識してなる、ということです。

 健康のために一駅分歩く、これは、やろうと思ってもなかなかできないことですが、いざ「やる」と決めて、続けてみると効果が出るものです。「マーケティング基礎体力作り」、その一歩を今日から踏み出してみませんか。
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