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イノベーション勉強会:第115回討議録

研究本_M&I勉強会(第115回)
「新規事業の実践におけるポイント 」討議録
(記録:武藤。その後、参加者による修正・加筆)

1. 日時、場所、参加者

日時、場所 2006年9月27日(水) 8:30~10:30 日本総合研究所514会議室

参加者 蓬田(コンサルティング営業部)、梅田(コンサルティング営業部)、新保 (TMT戦略)、浅川(同)、今井孝之(同)、武藤(同、研修生)
2. 発表の概要
「新規事業の実践におけるポイン ト」(TMT戦略クラスター 今井孝之さん)
≪主な内容≫
ビジャイ・ゴビンダラジャン(ダ ートマス大学タック・スクール・オブ・ビジネス教授)、クリス・トリンブル(同非常勤準教授)『戦 略的イノベーション-新事業成功への条件』(2006年7月、ランダムハウス講談社)[原題:Ten Rules For Strategic Innovators]を題材として、新規事業の実践におけるポイントを考察する。
「戦略的イノベーション」を実現 するためには、「忘却」、「借用」「学習」の3つの課題を克服するケイパビリティを持つ組織を作り上 げることが必要。

「忘却」と「借用」のバランスを とることが必要。


「忘却」:既存事業の事業定義( 顧客、提供価値、提供方法)、既成概念(競争力、必要資源に関する概念)を捨てることが必要。


「借用」:新興の独立系企業に比 べた優位性は、既存事業の資源を活用できること(ただし、これを必要最小限に絞り込むことが重要) 。

新事業にとって特に重要な「学習 」は事業成果の予測精度を上げていくこと。


目標、計画を神聖視(絶対化)せ ず、かつ、予測を軽んじることなく、短いサイクルで予測と結果のブレの分析を繰り返していくことが 重要。

「戦略的イノベーション」を実施 する際には、「忘却」と「借用」を同時に実現する「独自だがつながりがある」組織を形成することが 求められる。
「忘却」の課題の判断と取り組み 方針について

新規事業の事業特性、企業の組織 特性による「忘却」の課題の必要性(マトリクスを活用)を判断し、新規事業の組織構造を設計するべ きである。

「忘却」を可能にする、既存事業 から独立した組織をつくるべきである(ただし、同時に「借用」に支障をきたさないための仕組みが必 要)。

「借用」の課題の判断と取り組み 方針について

新興の独立系企業に比べた優位性 は、既存事業の資源を活用できることであり、「借用」は重要である。

ただし、「借用」はこれを必要最 小限に絞り込むことが重要。

既存事業、新規事業間の接点の総 数と、緊張関係・あつれきの原因があるかどうかをもとに、「借用」の課題の難しさを判断する。

[1]正しい接点を選ぶ、[2]協 調的な環境を整える[3]健全なかかわりあいをモニターする、という3つのステップが必要。


[1]「借用」における正しいつ ながり、接点を選ぶ。


[2]本社上層部が関与し協調的 な環境をつくる:接点は現場レベルに限定し、リーダー同士のかかわりあいを避ける。


[3]協力関係をモニターしつづ ける:2社間の協調関係を見守り、必要に応じ仲裁する上級幹部としてダイナミック・コーディネーター (DC)を置く。

新事業が既存事業を利用する一般 的な方法として、既存事業の事業、資源を借用する6つの借用戦略がある。

「学習」の課題(予測精度の向上 を重視した計画方法)について

新事業にとって特に重要な「学習 」は事業成果の予測精度を上げていくこと。

戦略的実験事業の本質は、もとも と分からないものであり、予めどれだけ調査や計画を積み重ねても行方が分からない、当初予測は常に 誤っているという前提に立つ。いち早く学習し適応したものが勝つ。

予測精度を上げるために、事業の 成否を占う「決定的疑問」を解消する術を組織として身につけるべき。

既存事業で適用される伝統的計画 法を、戦略的実験事業に用いるのはそぐわない。

理論中心計画法(TFP:Theory- Focused Planning)では、不確定要素の多い予測のために、トレンドの分析と決定的疑問の解消に重点 を置く(手軽に直感的に概観、仮説を把握できることを重視し繰り返しブレを分析しながら学習するこ とを目指す)。
≪発表者(今井孝之)の考察≫
新事業実践における実践体制・組 織体制、予測を埋め込んだ計画実行体制をもとに主張はシンプルである。一方、適用範囲、実効性(具 体性)について要再検討である。
イノベーションにおける実践の重 要性に着目し、「決定した新事業をいかに成功させるか(いかにやりきるか)」の議論に徹している。
クレイトン・クリステンセンの「 イノベーションへの解」では種の発掘も含めて対象としており、組織を独立にする点では一致。
新事業の種を見極める、新事業の 種を創出するための方法論も別途必要であろう。
「学習」に関する考え方およびそ の手法「理論中心計画法(TFP:Theory-Focused Panning)」について

手法、やり方としては、BSC、TOC と近い。利用目的、シーンとして「予測」を想定し、何回も繰り返す、そのために直感的に理解しやす く重要な「決定的疑問」と「トレンド」に焦点をあてる、という点が相違か。

不確実性の高い事業を実践してい く上では、有用性は高いだろう(通常のコンサルティングプロセスとも近い)。
3. 議論の内容
朱記部分(P10)など、携帯電話 事業にかかわる具体例の記述があるが、これは、書籍からの引用か?【浅川】

私が、身近な案件の事例と照らし て挿入したものだ。【今井】

「忘却」とは何を忘却するのか。 「忘却」すべき既存事業の事業定義の中(P1)に「顧客」が挙がっているが、ここでいう「戦略的イノ ベーション」では、既存の顧客は忘却し、新しい顧客のみを対象とすることが前提となるのか?【浅川 】

新しい顧客も該当するが、既存事 業の事業定義(顧客、提供価値、提供方法)、既成概念(競争力、必要資源に関する概念)のいずれか を捨てることが「戦略的イノベーション」であり、既存の顧客を捨てることは必須ではない。【今井】

この「忘却」は、クリステンセン がいうオーバーシューティングの概念を意識して書かれているのではないか。【新保】

「忘却」すべきものとして「価値 観」や「信条」があげられている(P4)が、違和感を持っている。これらは、新規事業とはいえ、揺る がすべきものではないのではないか。【浅川】

どう定義するかの問題だが、ここ での「価値観」とは、クリステンセンがいう「資源」「プロセス」「価値基準」における「価値基準」 に通じるものであり、どこに価値を見つけるかという意味であると考えている。【今井】

クリステンセンがいうバリューネ ットワークの話で、ビジョンよりの話ではないだろう。【浅川】

ここでの議論では、コアコ(コア コーポレーション、既存事業)と、ニューコ(ニューコーポレーション、新規事業)の話をあげていて 、新規事業が独立体としてスピンオフするフェーズにあるときには、価値観、信条の忘却が必要な場合 も考えられる。しかし、社内での新規事業立ち上げのフェーズのときには、価値観や信条を踏襲するこ とも必要だろう。


欧米のやり方との対比の話になる が、クリステンセンや本書の著者のように、一般的にケーススタディとして欧米での事業を取り上げる 研究者が多いが、野中郁次郎氏は著書『イノベーションの本質』の中で日本企業の事例をとりあげ、富 士通の「夢を形に」やサントリーの「やってみなはれ」など守るべき信条、価値観について述べている 。


また、「ダカラ」(サントリー) 、「ちょい乗り」(スズキ自動車)の事例でいえば、着想者は既存の事業と異なった価値観を持ったか らこそ成功できた。本著者がいう「価値観」とは、具体的なレベル(商品レベル、事業レベル)での価 値観であると捉えるべきであろう。【以上、新保】
本書は、クリステンセンより実用 的である。クリステンセンが『イノベーションのジレンマ』で「イノベーションにふさわしい組織形態 」(もともとキム・クラークのモデル)について述べているが、実際の案件では適用しにくい。本書は より実用的レベルで書いてある。アイディアの掘り起こしのフェーズではなく、事業の実行フェーズに おいては、こうした組織マネージメントのテンプレートやフレームワークが重要ではないか。【新保】
「忘却」、「借用」の話は、組織 的に制限がある企業があるのではないか。【武藤】

右上の領域(P2の図表)「戦略的 実験事業」は、「忘却」、「借用」をしないとできない事業領域であり、既存事業の延長でやると失敗 する。多くのケーススタディがそれを物語っている。成長をめざし実験的チャレンジをする領域である 。失敗する可能性が非常に高く、「千三(せんみつ)」といわれる世界。4兆円のマーケットといわれる 国内清涼飲料業界では、実際、その年に出た1,000の新商品の中で翌年生き残るのは3つ程度であるそう だ。【新保】
さまざまな面から、本書の著者と 野中氏は、視点が大きく異なるように思う。【新保】

それは、欧米と日本でものの見方 が違うということか。【蓬田】

ハイデッガーは『存在論』で、未 来が現在や過去を規定するとしている。日本の企業の成功例は概ね暗黙知からの発想で捉えていること が多い。

本書でいう「当て推量」は、東洋 的思想に近いのではないか。結果と仮設の間ぐらいにある暗黙知からスタートしている【下の図表】。


暗黙知は、もやもやとしているの で表現しにくい、だから、これまで企業組織的に理解されにくかった。【以上、新保】
「忘却」、「借用」、の度合い( P2)は、新規事業の性質によって変わるのか。【武藤】

ドラッガーは、この「千三」とい われるようなリスクが高い領域を勧めない。ドラッガーはコントロールのできる右下や左上のマトリク ス領域が良いといっている。【新保】
本書と違い、経済性の面からでき るだけ「借用」する事を勧める新規事業論が多いように思うが。【今井】

範囲の経済性の観点は、主体がコ アコ(既存事業)であり、右下の領域(既存ビジネスモデル内のイノベーション:統合)となる。スラ イウォツキー(経営学の分野ではGuru’s Guruと呼ばれている米国人)は、著書の中で「隠れた資産」 について述べているが、本書の著者は、表面的な資産のみ捉えているように伺える。

スライウォツキーは、もっと隠れ た資産を探しなさいといっている。顧客の持っている潜在ニーズ(ディマンド)を掘り起こし、そこに イノベーション(ディマンドイノベーション)を起こしなさいとも。

GMの「オンスター」(GMの中のニ ューコ:車載のGPS対応ナビゲーションサービス)の成功事例では、「製品の地位」という隠れた資産を 利用している。その成功は、ニューコ、コアコ双方に利益をもたらし、現在は他の自動車会社から「オ ンスター」搭載の依頼が来て、現在それを実装しているほどである。これを「隠れた資産」の「借用」 と考えると、「オンスター」はフレームで右下(P2)に分類されるのかもしれない。【以上、新保】
ダイナミック・コーディネーター (DC)(P6)については、議論が必要だろう。野中氏の、社長(トップマネジメント)が組織内での対 立を緩和する「場」を創るという考え方に通ずるものであろう。ただ、DCという地位には違和感を覚え る。ゴビンダラジャンのアプローチは、この点西洋的思想、特にヘーゲルの弁証法「正・反・合」(合 =DCか?)のようなものに近く、野中氏は、東洋的思想の「守・破・離」のアプローチをよく引き合い に出す。【新保】
本書では、新規事業所と既存事業 所は物理的に距離を持つべきであると書かれているが、新規事業の独立については、業種の特性、イノ ベーションの形態に応じて、別途議論が必要であろう。たとえば、連続してイノベーションが必要な業 種の場合、事業として独立的に切り出すと、組織としての柔軟性に欠けることになる。また、研究段階 と開発段階でも違ったマネージメントが必要だろう。【浅川】

着想段階においては、石井正道氏 の『独創の条件』として、本社からの距離が離れているほうが良いのかも知れない。スパイラル的に発 展していくには、「距離が近いということ」よりも、「議論する頻度」が重要なのではないか。【新保 】

本書では、イノベーションの種を 生み出す、選択する過程を対象としておらず、実施するべきイノベーションが固まった後に実行する過 程を対象としているため注意が必要である。持続的にイノベーションを生み出していくための組織につ いては別途検討が必要かもしれない。【今井】
TFP(理論中心計画法)は、学習 を促す方法論として現場で実行できるよう、もっとブレークダウンした方が良いのではないか。研究者 は、自分の研究に対する説明責任があると考えている。研究に関するドキュメントをストックしておけ ば、経営層はそのストックをもとに資源配分や選択ができる。研究開発の現場で日常的に知の蓄積がで きるように、簡便化しツールとしてブレークダウンすれば良い。【浅川】

X造船プロジェクトでは、「アナ リシス(分析)⇒ディスクリプション(記述)⇒プレゼンテーション(説明)⇒予見」というフローを 使ったが、この中でもディスクリプションが重要。たとえば、冊子としてディスクリプションしておけ ば、内部の人が気づく部分があるだろう。ゴビンダラジャンは、本書を体系的にまとめるにあたって、 相当なケーススタディを行っているだろう。少なくとも3年は費やしているのではないか。

JRIとしては、プロジェクトごと に論文化し、ストックするのが良いのではないか。どういう判断でそのツールやメソッドを使ったか、 なぜ、そのオプションを選んだかといった点を記述して、蓄積する。帰納法的アプローチになるが、そ のノウハウの蓄積から体系化できるとよいのではないか。【以上、新保】
マッキンゼーのポートフォリオ( P12)は、あくまでスタティックなものでその適用に限界あり。動的に変化させなければいけない。印象 に残りやすい図表のため誤解を生みやすく、クライアントに説明するとき注意が必要。【新保】
新規事業のコンサルティングでは 、「忘却」と「借用」は、自然にやっていることである。実践の部分で、DC(P6)が上手くいかない企 業が多い。先進的な企業でも既存事業を伸ばすところに重きが置かれがちである。たとえば、教育出版 関係のX社は、各事業部の力が強すぎて調整が上手くいかず、社長肝いりの新規事業のはずが既存事業の 枠組みでやることになった事例がある。【梅田】

(『イノベーションの本質』内の 図を参照して説明)日清のカップラーメン「具多(グータ)」は、左端にポジショニングされる有名店 のラーメン(現場の教室での教材?)、中央に位置する主力カップヌードル(X社の現行主力商品?)、 そして、右端に置かれた事業原点であるチキンラーメン(X社の創業の原点たる教材商品?)というフレ ームの中で、左端と中央の間に位置づけられることで、独自の価値を消費者へ提供することに成功した 。一方、創業者と現社長と現場マネジャーという3者の場創りの中で生まれたヒット商品である。この「 フレーム」と「場」の中で、X社の課題と活路を見出してはどうか。【新保】
4. 次回予定

2006年10月11日(水)8:30~  514会議室 講師:河野賢一さん

5. 記録者(武藤)の感想
 今回の勉強会は、難易度も高く、また、ボリュームもあったが、発表者の今井 さんが、要点を簡潔に資料にまとめてくださったため、理解しやすかった。また、基となったハーバー ドビジネスレビュー掲載の論文を事前に読んでいたのも理解を深める助けになった。

 本書での「忘却」、「借用」、「学習」、の3つの切り口は、わかりやすく大変興味深かった。 勉強会での議論のとおり、日本の企業にそのまま適合し難いところもあるだろうが、非常に実用的で検 討の価値があるマネージメント手法だと感じた。

 新規事業といえば、いかにアイディアを掘り起こすかに関心が向いてしまいがちだが、最終目 的である事業化による収益の確保まで考慮に入れると、マネージメントの難しさの方が大きな問題とな るかもしれない。

 ホンダやソニーのように、常にイノベーションを生み出している企業なら、新規事業に対する 社内の理解は得られやすく、マネージメントに悩むことは少ないだろう。しかし、日本の多くの企業、 特に長い歴史を持つ企業は、伝統に引きずられ、ひとつのビジネスモデルにぶら下がってそこから抜け 出せず、悪戦苦闘している場合が多いのではないだろうか。そういった古い体質を抱える企業にとって も、本書は大変助けになると思う。
以上






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