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アジア・マンスリー 2024年5月号

外資企業の誘致にかじを切る中国政府

2024年04月30日 佐野淳也


中国政府は景気の回復や西側諸国が画策する脱中国の防止を狙い、外資企業の誘致にかじを切った。内容は、外資企業の要望に応えようとする一方、事業活動の制約も強く、対中投資の停滞は続く可能性が高い。

■外資誘致が重点政策の一つに
2 月の国務院常務会議において、中国政府は外資企業の誘致を2024年の重点政策の一つと位置付けた。3 月には「行動プラン」を公表し、外資誘致策の具体的な方針を提示した。行動プランの主なポイントは、以下の 3 点である。

第 1 に、製造業の参入規制の全面撤廃である。中国政府はこれまでにも、外資参入のネガティブリストから製造業に関連する項目の削除を進めており、製造業で参入規制が残った分野は印刷や一部薬品に限られていたため、今回の全面撤廃は大きな変化ではない。しかし、外資企業の間では、米中対立が先鋭化するなかで参入規制が再び強化されるとの懸念があり、実際、中国政府はハイテク分野などで国内企業の生産体制を強化する政策を進めてきた。今回、中国政府は全面撤廃を表明することで、外資企業の懸念を緩和する狙いがあったとみられる。

第 2 に、サービス業の開放拡大である。サービス業は製造業に比べて対外開放が遅れており、全 31 項目ある外資参入に関するネガティブリストの大半を占めている。さらに、出資比率の制限といった参入障壁も残っている。行動プランでは、電気通信や医療関連のネガティブリストが見直されるほか、条件を満たした外資企業には、自由貿易試験区で試験的なプロジェクトの実施が認められることが打ち出されている。また、金融分野での対外開放を進める方針も示された。

第 3 に、公平な競争を中心とするビジネス環境の整備である。これまで政府調達では、国産製品・サービスの購入が優先されてきたほか、知的財産権保護などの面でも外資企業は不利な条件下での競争を強いられることが多かった。今後は政府調達などでも地場企業と公平に競争できるような環境に変えていく方針が示された。

■景気回復や脱中国防止が狙い
中国政府が外資企業を誘致する背景には、景気押し上げや脱中国の動きの防止がある。中国経済は、ゼロコロナ政策の解除後も低迷から抜け出せておらず、政府は外資企業の参入を景気回復の起爆剤と位置付けている。さらに、最近では、西側の外資企業はリスク分散の観点から、中国依存度を下げる方向でサプライチェーンの再編を進めており、対中直接投資は昨春から大幅な前年割れに転じている。中国政府は外資企業を積極的に誘致することで、こうした脱中国の動きにブレーキをかける構えである。

■事業展開上の懸念が対中直接投資を抑制
行動プランの公表と並行して、中国政府は外資企業の懸念に対応する取り組みを強化している。その事例として、2023 年 8 月に出された外資誘致措置の進捗状況に関する説明などを行うために、定期的に開催される会議が挙げられる。これは、中国政府が外資企業から事業を展開するうえでの要望を聴き取るほか、政府の側から問題解決策を外資企業に示すことを目的とした座談会である。この会での外資企業の要望を踏まえて一部の政策が見直されており、たとえば、本年 3 月に情報の円滑な越境移転に関する規定が施行され、条件を満たした企業には情報の移転を巡る規制緩和が適用されている。

こうした政府の取り組みにもかかわらず、外資企業は、中国への直接投資を再び活発化させることに今なお慎重であると考えられる。その主な理由として、以下の二つが挙げられる。

第 1 に、中国政府による外資企業に対する活動規制の強化である。その最たる例は、2023 年 7月に改正された反スパイ法である。もともと反スパイ法は 2014 年 11 月に施行されたが、今回の改正で、スパイ行為の範囲が拡大したほか、当局の監視手段が強化されるなどの措置が講じられた。国家安全部は、反スパイ法はスパイ行為と通常のビジネス活動を明確に分けており、商用を目的とした情報の収集は摘発対象とはならないと主張している。また、反スパイ法は厳格に運用されており、恣意的に運用されるとの見方は誤解であると説明している。しかし、これまでに多くの外国人が詳しい説明もないまま、反スパイ法を適用されて拘束されるという事件が相次いでいる。外資企業の間では通常のビジネス活動でも摘発されかねないとの不安が払しょくされず、摘発後の司法手続きや処遇の不透明さもあって、当局の説明を額面通りには受け取れないとの見方が根強い。

第 2 に、中国市場で高い収益を期待できなくなったことである。中国では、外資企業にとって従来のような高い収益性が期待できなくなっている。近年、中国企業は技術やブランドなどの面で競争力を高めており、中国に進出した外資企業の強力なライバルとして立ちはだかるようになった。実際、中国本土に進出した日系企業の売上高経常利益率は、2010 年代後半までは着実に上昇したものの、その後は非製造業で頭打ち、製造業で低下傾向にある。中国はもはや大きく稼げる市場ではなく、これから中国に進出する外資企業は、限られたパイを中国企業と奪い合う競争に身を投じることになる。このため、将来性のあるインドやベトナムなどに経営資源を投下した方がよいと判断する外資企業が今後増加する可能性がある。

改めて中国の状況をみると、景気回復が遅れているほか、中長期的にみても構造的な供給過剰体質や少子高齢化などが課題となっている。中国政府はこうした課題解決に取り組んでいるものの、対策の規模や内容が総じて不十分であるうえ、産業や経済の活性化を損なうような規制を強化する動きも見受けられる。外資企業からすれば、中国が直面する経済問題を克服し、これまでのような高い成長を持続できるという見通しが立ちにくくなっており、中国への投資意欲は大きく後退している。

これらの中国ビジネスを展開するうえでの懸念材料が残っている限り、中国政府による外資誘致活動は思うような効果を発揮せず、対中直接投資は停滞を続ける可能性がある。中国政府が経済安全保障の確保を重視するあまり、諸政策と並行して行われている企業への規制を強化し続ける場合、脱中国の潮流はかえって加速するであろう。

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