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アジア・マンスリー 2024年5月号

インディア・スタックにみるDXの進め方

2024年04月30日 岩崎薫里


インド政府が開発・提供するインディア・スタックは、社会・経済の DX を進めるために有効な取り組みが数多くみられ、その背景にある考え方は、とりわけ日本が自治体 DX を進めるうえで参考になる。

■インディア・スタックとは
インディア・スタックが、現在世界的に注目されている。社会の様々な分野でデジタル・トランスフォーメーション(DX)を効率的に、かつ恩恵が国民全体に及ぶ形で行いたいという各国共通の命題に一つの解法を示しているためである。日本ではとりわけ自治体の DX において、インディア・スタックが参考になる。

インディア・スタックとは、日本のマイナンバーに相当する個人識別番号アドハーをベースに開発された諸機能のオープン API(アプリケーション・プログラミング・インターフェース)の集合体である。諸機能それ自体を指してインディア・スタックと便宜的に呼ぶことも多い。それぞれの機能は中央政府によって開発され、州政府をはじめとする行政組織や民間企業はそのなかから活用したいものがあると、その API を利用し、当該機能を自組織のアプリケーションと連結することができる。

■インディア・スタックの特徴
インドは、DX を通じて山積する社会課題を解決し、経済的に発展していくことを目指している。多様性に富み、かつ巨大な人口を抱えるインドでは、社会課題やその解決策もおのずと多種多様となる。そこで、まずは中央政府が DX に向けたインフラを提供し、官民の様々な主体がそれらを活用しながら解決策を講じていくのが有効との考えに基づき、インディア・スタックが開発された。中央政府がインフラの提供役を担うのは、各主体が独自に整備するのでは重複投資となり社会全体のコストが増すうえ、インフラを組織横断的に利用できず、その分、社会・経済への恩恵も限定的にとどまるためである。

インディア・スタックは目的別に、①確実な本人確認、②データの管理と活用、③電子決済の推進の 3 本柱からなり、それぞれで複数の機能が開発されている。各機能は一つのことだけに特化し、簡単に取り扱えるように徹底してシンプルな構造となっている。利用者はパッケージとしてではなく、必要な機能のみを選んで自組織に取り入れることができる。こうした構造は、インディア・スタックの開発において IT 専門家のボランティアからなる民間シンクタンク iSPIRTが深く関与していることが大きく影響している。民間事業で鍛えられたIT の専門家の知恵と工夫が取り入れられることで、利用者目線に立った使い勝手のよい機能の開発が実現した。

■インディア・スタックの活用例
インドでは生活に密着する政策の多くは州政府に権限がゆだねられていることから、インディア・スタックがどのように活用されているかについて、州政府の取り組みを例にみていく。

インドでは従来、社会保障給付金が手渡しで給付されていたため仲介者による横領が横行していたほか、偽造身分証明書や二重登録による給付金の不正受給なども頻発した。そもそも国民の一定数が身分証明書を何ら所持していなかった。このため、膨大な政府予算の投入にもかかわらず、真に必要とする人への支援を適切に行うのが困難であった。

しかし、インディア・スタックの開発により、州政府は本人確認機能「アドハー認証」や銀行口座への振り込み機能「APB(アドハー・ペイメント・ブリッジ)」を通じて、不正を抑制し給付金を適正かつ効率的に給付できるようになった。また、アドハーとリンクしたクラウドストレージ「デジロッカー」を活用し、例えばパンジャーブ州では 70 種類以上の書類が電子的に発行・保管・共有可能となっている。それにより同州の住民は、高校の卒業証明書を大学に提出するのにデジロッカー経由で電子的に行うことができるほか、運転免許証をデジロッカー内に保管することもできるため運転時に現物を携行する必要がない。また、電気料金の請求書もデジロッカー経由で受け取れる。

■日本の自治体 DX への示唆
インディア・スタックの具体的中身が参考になるのは、日本よりもむしろ、経済の発展状況や抱える課題が類似する新興国・途上国であろう。日本が参考にすべきはむしろ、インディア・スタックの特徴およびその背景にある考え方である。

DX の推進によって様々な社会課題を解決することを目的に、中央政府がそのためのインフラを整備し、官民に広く開放することが効率的であり、かつ社会全体の利益になるとの認識がインディア・スタックの根底に流れている。シンプルで相互運用性が確保された機能が複数用意され、そのなかから利用者が目的に応じて自由に選択・組み合わせて自らのサービスに取り込めるという制度設計は、利用者の立場に立ち、使い勝手を追求した結果である。どのインフラをどのように使うかは利用者の判断にゆだねられており、そうした自由があってこそ、イノベーティブな解決策が創出される、との姿勢が採られている。

日本でも、自治体 DX を進めるに当たり、こうした姿勢を追求していくべきである。日本では、厳しい財政状況と地方公務員のなり手不足という問題を抱えながらも行政サービスを続けていくために、自治体による DX が不可欠となっている。もっとも、全国 1,700 余りの自治体のうち少なからぬ割合は、DX のための人材もノウハウも不足しているのが実情である。そこで、岸田政権は「デジタル田園都市国家構想」を掲げ、自治体に共通するデジタル基盤・機能についてはデジタル庁が調達・構築し、それらを自治体に提供する、という方向で動き始めている。

この取り組みにおいて、デジタル基盤・機能は、あくまでも DX のためのインフラであり競争したり独自性を打ち出したりする性格のものではないこと、したがって国が整備したほうがよいことを、自治体に対して丁寧に説明する必要がある。そのうえで、インディア・スタックのように民間の力も借りながら、利用者目線に立脚した使い勝手のよいシンプルな構造の API を複数開発し、自治体に提示することが重要である。各自治体はそのなかから有用と考えるものを取り込みながら、自地域の事情や目指す方向性に合致した独自の価値を付加していくことができよう。

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