創発戦略センター ISSUE 357 2017/11/14(火)発行
創発
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 今週の創発eyesは農業生産者に寄り添い、共に成長する農業ロボット「DONKEY」の検討に至った背景をご紹介。
 農業分野におけるIoTの先駆的取り組みとして検討進めている「DONKEY」に今後もご期待ください。
   1. Yumoto Message

・株高の持続性を吟味する

   2. 創発Eyes

・農業ロボットIoTの新時代を目指して

   3. 北京便り

・中国のママはたいへん

   4. 連載_シニア

・第24回 ギャップシニアの「動機の壁、認識の壁」



副理事長
湯元 健治
 

株高の持続性を吟味する

1. はじめに
 本年秋口以降、日経平均株価は2万円台を回復し、その後わずか2ヵ月弱で一時2万3000円台に乗せるまで急騰を演じるなど、株高傾向が鮮明になった。1996年のバブル崩壊後の戻り高値(2万2666円)を更新した後は、一気にバブルのピーク時(1989年末)の史上最高値3万8915円とバブル崩壊後の最安値(2009年の7054円)までの下げ幅の「半値戻し」となる水準である2万2985円を上回ったことで、「半値戻しは全値戻し」との相場格言が意識され、この先は、2万5000円は当然のこと、3万円台に向かうとの強気の予想も目立ち始めてきた。
 もっとも、足下では、これまでの株価上昇ピッチが余りにも急で、高値警戒感が強かったことに加え、2万3000円台乗せへの達成感から利益確定の売りが優勢となり、株価が乱高下しつつも、一旦調整局面を迎える兆しも見られ始めている。本稿では、今回の株高の背景にある諸要因を丁寧に吟味することで、今後の株価上昇の持続性について、考えてみたい。以下では、最近の株価上昇の背景として、(1)米国経済を中心とする世界経済の回復、(2)米国株高と世界的長期金利の安定、(3)円安・ドル高、(4)好調な企業業績と上振れ期待、(5)外国人投資家の日本株買い、の5つの観点から先行きを展望したい。

2. 米国経済の回復基調は容易に崩れない公算
 まず今回の株高の背景には、米国、欧州を中心に世界経済の回復基調が強まり、わが国を含めて各国の輸出回復と企業業績の改善をもたらしている点が指摘できる。とくに米国経済は、リーマン・ショック後の景気回復が今年の10月で100ヵ月となり、戦後最長記録(120ヵ月)を抜く勢いがある。本年7~9月期の実質成長率は、前期比年率3.0%と4~6月期(同3.1%)に続き、2四半期連続で3%以上の高成長を記録、個人消費、設備投資を中心に内需が堅調を維持している。企業業績も5四半期連続で増益が続いており、景気の腰はしっかりしている。ハリケーンの影響はあったものの一時的で、年末以降は復興需要も期待されることから、今後とも景気の回復基調は容易に崩れないとみられる。景気回復期間が長期にわたっているため、そろそろ景気後退に陥ってもおかしくないとの議論もあるが、物価・賃金上昇率が中々高まらない中で、景気過熱の心配は全くなく、金融面でも、出口戦略を遂行している割には、そのペースは緩やかで、長期金利の低位安定が保たれるなど、景気後退要因は当面見当たらない。こうした事情は程度の差こそあれ、欧州でも同様だ。

3. 長期金利の低位安定が支える米国株高の構図
 第2に、米国株が史上最高値を更新するなど、好調を続けていることも日本株にとってプラス要因だ。NYダウは、足下、やや調整気味となっているが、11月上旬まで2万3500ドル前後で推移するなど絶好調を維持している。この背景には、景気の回復と企業業績の好調というファンダメンタルズ(経済の基礎的条件)の改善があることは言うまでもない。米国株はバブルを警戒すべき水準にあるとの指摘もあるが、PER(株価収益率)は18倍程度と過去の平均(16.8倍)をやや上回るが、バブルとまでは言えないレベルだ。ただし、米国金融当局は、バブルの発生を未然に防ぐため、断続的な利上げに加えて、本年10月以降、国債やMBS(住宅ローン担保証券)などの再投資を停止する形でのバランスシート縮小に着手、12月には、5度目の利上げに踏み切ることが確実視されている。FOMC(連邦公開市場委員会)メンバーによる来年以降の利上げ回数予想は、2018年に3回、19年は2回見込まれているが、そうした状況下でも長期金利(10年物国債利回り)は2%台前半の低水準にとどまっている。市場では、物価上昇圧力が容易に高まらないことが、金融当局の引き締め姿勢を慎重化させると予想しており、来年以降の利上げは1~2回程度に止まるとの見方がコンセンサスとなっている。「ゴルディロックス(適温)」相場と言われる居心地の良い相場が続いている。
 他方、米国の長期金利の低位安定はドル高ペースを緩やかにするため、新興国通貨安といった副作用が回避されていることも見逃せない。ロシア、ブラジル、インド、インドネシア、南アフリカといった国々では、自国通貨安によるインフレや資本流出が回避され、むしろ金融緩和が可能な状況になっており、このことが世界的な株高や世界経済の回復を後押ししている。

4. 緩やかな円安・ドル高も株高にプラスに作用
 以上のような米国経済の好調や米国株高に加えて、緩やかな円安・ドル高が進んでいることも、日本株の下支え要因となっている。円・ドル相場は、日銀が長期金利(10年物国債利回り)をゼロ%に維持するYCC(イールドカーブ・コントロール)を実施している半面、欧米の金融政策は米国がバランスシート縮小を開始、欧州は国債購入の減額(月600億ユーロ→同300億ユーロ)に来年1月より踏み切る予定となっており、金融政策の方向性が全く反対になっている。このため、円高・ドル安圧力は一頃と比べて薄れており、円ドル相場は1ドル113~114円前後の水準で円安気味の推移を辿ってきた。日銀短観(9月調査)における大企業製造業の2017年度想定為替レートは、109.29円と現行水準よりも円高に設定されており、2017年度の経常利益の上振れが期待されている。
 もっとも、円ドル相場は、(1)米国トランプ政権の税制改革を巡る不透明感やロシアゲート疑惑の行方に対する懸念、(2)米朝開戦など北朝鮮リスク、(3)米国長期金利の低位安定など、円安が一気に進むような情勢でもない。とくに、上記(1)(2)のリスクが顕在化する場合には、円高に反転する可能性も孕んでいる。しかし、現在の内外金利差を前提とすれば、よほどのリスク要因が顕在化しない限り、大幅な円高への反転は見込み難く、このことも、株式相場が大きく崩れにくい要因となっている。

5. 好調な企業業績と上振れ期待が株価上昇の原動力に
 今回の株価上昇要因は、以上のような外部環境の改善とともに、国内景気の持続的な回復を背景とした企業業績の改善とさらなる上振れ期待が最大の原動力となっている。わが国景気は、安倍政権誕生時の2012年12月を底に回復を続け、本年10月時点で回復期間は59ヵ月と「バブル景気」(1986年12月~91年2月の51か月間)や「いざなぎ景気」(1965年11月~70年7月の57ヵ月間)を抜き、戦後で2番目に長い景気回復を続けている。戦後最長の景気回復は、2002年1月~2007年10月までの「いざなみ景気」だが、さしたる景気後退要因が見当たらない中で、戦後最長を更新する可能性も十分にある。
 企業収益は安倍政権誕生以来、4年連続過去最高益を更新し、今年度も良好な上期決算の結果をみても明らかな通り、5年連続で最高益更新の可能性が高い。さらに注目すべきは、増益要因の変化だ。従来は売上が伸びにくい中でコスト削減によって増益が達成された面が強かったが、今年に入って以降は、売上高が伸びる中で増益幅が拡大している。これは、未だ物価上昇幅がゼロ%台の小幅な伸びに止まっているにもかかわらず、株式市場はデフレ脱却を視野に入れ始めた可能性を示唆している。
 今回の景気回復があと1~2年続く場合、企業収益はさらに増益と過去最高益を更新し続けることになる。上場企業の1株当たり純利益(EPS)が足下の1500円から今後2年間、今年度と同程度の7%増を続けると仮定すると、PER(株価収益率)が現在の15倍前後で変わらないとしても、計算上、株価は2万5760円となる。日本経済が現実にデフレを脱却する場合(筆者は、それは容易ではないと考えているが)には、株価3万円台乗せも視野に入ってくる可能性は否定できない。

6. 外国人投資家の買いの持続性が鍵
 以上のような見方は、余りに楽観的との謗りを免れないかも知れない。こうした明るいシナリオは、(1)米国経済の回復基調が続く、(2)世界的な長期金利の低位安定が続く、(3)日本企業の企業業績が向こう2年間、かなりの増益基調が続くといった諸前提を基に組み立てられているからだ。
 筆者は、こうした前提条件が崩れるリスクはさほど高くないとみるが、最近の株価上昇を主導してきた外国人投資家の今後の動向については、慎重に考えることが重要だと考える。9月以降の上昇局面では、短期的に投機的な売買を繰り返すヘッジファンドなどの買いが主導してきたと言われている。他方で、10月下旬以降は年金基金やSWF(政府系ファンド)と呼ばれる長期投資家の買いも本格化しつつあると言われ始めた。今回の株価上昇局面では、国内投資家(年金基金など機関投資家、企業、個人など)は、すべて売り越しており、買っているのは外国人だけとなっている。その中身を分析してみよう。
 第1に、外国人投資家は、9月第4週以降、11月第1週まで6週間連続で日本株を買い越しており、その総額は2兆4871億円に達している。ただし、11月第1週は472億円と買いの勢いが急失速している。それまでの株価上昇ピッチが余りにも早かったことから、短期的な過熱感が生じ、利益確定の売りが増加したものと見られる。11月第2週には、株価が2万2500円台まで下落しており、外国人投資家の売りがさらに広がっている可能性がある。
 第2に、外国人投資家の買いは、現物株よりもヘッジファンドなどが積極的に売買する先物株の方が多い点には警戒が必要だ。9月第1週~11月第1週までの外国人投資家の先物買いは、総額3兆3559億円と現物株の買越額を1兆円近く上回っている。11月に入って買いの勢いが衰えているが、ヘッジファンドなどが手仕舞い売りに転じれば、株価は短期的にはさらに大きく調整することは避けられない。
 第3に、外国人投資家の売買動向を反映すると言われる裁定取引の買い残高は、11月第1週時点で2兆9119億円に達している。経験則として言われているのは、この裁定買い残が3兆5000億円を超えると外国人投資家が先物売りに転じることが多いということだ。11月第2週にどこまで裁定買い残が積み上がっているかを注目する必要があるが、少なくとも、今後の外国人投資家の買いの勢いは衰え、売りに転じるリスクも十分にあると考えられる。
 以上を勘案すると、結論的には、日本株の短期的な調整局面はしばらく続く可能性があると判断される。

7. 下値は堅いが大幅な調整となるリスクには要警戒
 とはいえ、株価下落局面では日銀によるETF(上場投資信託)の買いが期待される。べき論として、景気や企業業績がこれほど良い状況下で日銀が巨額のETFを本当に買い続ける必要があるのかという疑問はある。しかし、投資家にとっては、年間6兆円という買い圧力は、下値不安を抑制する大きな安心材料だ。さらに、ヘッジファンドなどの売りが一巡すれば、良好な内外ファンダメンタルズを背景に、年金などの海外長期投資家の買い増加や国内勢も買いに転じる可能性は十分ある。株価の見通しについて、最近、極めて強気かつ、楽観的な見通しが増えているのも、こうしたプラス要因に対する大きな期待を表していると言える。しかし、皆が楽観的なことしか言わなくなったときこそ、リスク要因について、真剣に考えるべきだろう。筆者が考えるリスクは、以下の3点である。
 第1は、米国税制改革に対する失望リスクだ。現在、米国議会では上院と下院で法案の内容が異なり、最終的にどのような決着となるかは、不透明さが残っている。元々、米国株式市場では1兆5000億ドルの財政赤字を許容する下院案が成立した場合、米国S&P500社の1株当たり利益は4%押し上げられ、株価は900ドルの上昇余地があるとの見方が相場を押し上げてきた。しかし、上院案では法人税減税を1年先送りするとの条項が含まれており、そうなれば、期待は失望に変わる。また、今後、上下両院の法案一本化に向けた調整は難航する可能性があり、法案成立が年明け以降にずれ込む懸念もある。
 第2は、トランプ大統領のロシアゲート疑惑による政治の混乱リスクだ。トランプ政権ではすでに多くの閣僚が辞任に追い込まれているが、モラー特別検察官がトランプ陣営の選対本部長を務めたマナフォート氏ら2名の起訴に踏み切っている。また、最近ではトランプの懐刀と言われるウィルバー・ロス商務長官の関連会社がロシア企業との違法な取引により巨額の利益を上げているとの疑惑が浮上している。これら疑惑が政治の混乱を深め、トランプ弾劾に発展するリスクを市場は過小評価している可能性がある。
 第3は、北朝鮮との突発的な有事発生リスクだ。9月中旬以降、北朝鮮の挑発行為は鳴りを潜めているが、米朝対話の機運は全く盛り上がっていない。そもそも、核放棄を前提とする米国と核保有国として認めさせようという北朝鮮とでは対話の目的が180度違う。対話による決着は、「言うは易し」で現実的には困難だ。他方、米中両国は北朝鮮を巡る解決策に大きな温度差があると言われている。しかし、米中は有事が発生した後の備えをどうすべきかを真剣に考えるステージに入っている。具体的には、(1)誰が核管理をするのか、(2)難民流入にどう対応するのか、(3)誰が国内秩序を回復するのか、(4)危機後の朝鮮半島の政治体制をどうするのか、(5)ソウルに配備されているTHAADシステムの引き揚げなどが米中間で議論されている可能性がある。この5点は、北京大学の賈慶国(ジャーチングァ)教授の英文論文に書かれており、中国政府の意向に沿ったものだと考えることが出来る。そう考えると、米中は本気で北朝鮮の体制転換の可能性を探っているとの見方もできよう。
 いずれにしても、こうしたリスクが顕在化しないと言い切ることは出来ない。リスクが顕在化した場合、調整が予想以上に大きくなる可能性には、常に警戒が必要だろう。 

        



創発戦略センター
シニアスペシャリスト
木通 秀樹
 

農業ロボットIoTの新時代を目指して

 昨年10月に「IoTが拓く次世代農業アグリカルチャー4.0」を刊行して1年が経過した。この間、IoT市場は大きく変わってきた。昨年までは、IoTというと実体がないバズワード(buzzword: 人の関心を惹くだけの、もっともらしい説明が付けられた専門用語)と言われることも多かったが、例えば、各種設備の診断やオペレーション改善といった経営改善の手法として多数の成功事例が登場し、有効性が確信されるようになってきた。その本質は、製品単体で機能を発揮するのではなく、ITで連動したサービスによって付加価値を拡大し続けるという考え方に裏打ちされたものだ。モノを売るのではなく、モノを介在して機能や価値、成果を売ると言ってよい。農業分野においても、農業ロボットというと、従来はいわゆる収穫等の高度な作業を代替する高価なロボットを指すことが多かった。しかし、この数カ月の間に変化が現れ、拙著が提案したようにIoTシステム構築の一要素となる農業ロボットへの期待が高まってきた。
 拙著では、農業生産者に寄り添い、ともに成長する農業ロボット「DONKEY」を提案した。このロボットIoTシステムの特長は主に3つある。

 一つめは、ロボットの価格を下げ、農業生産者の経済的負担を軽減することだ。普及しなければIoTシステムとしての真価を発揮し、次世代といえる農業市場を開拓することはできない。月々の使用料を数千円程度にすることで、使ってみようと思っていただけるようにした。今や、4Kの画像センサーでも数千円で入手できる時代である。高価だったセンサーが安くなることで大幅なコストダウンが可能になった。現在、農業のロボット化が積極的に進められているが、大型設備は農業生産者にとっての負担も大きく、設備の更新時期でなければなかなか導入が進み難い。このため、普及には時間がかかる。迅速に普及させるためには、農業生産者の経済的負担の軽減は必須だ。

 二つめは、対象作業の幅を徐々に広げ、農業生産者の作業を広範に代替することで、生産者一人当たりの生産性を高めることだ。一般にロボット開発は作業内容を特定して、単機能化することでコストを下げる。しかし、単機能だけでは工場での使用や特殊作業には適するが、人とともに働き、変化するニーズに対応できるロボットとしては能力が足りない。また、農業では小規模事業者が多く、単機能のロボットであっても用途ごとに何台も購入する経済的な余裕はない。これに対し、本システムは、初期には価格を抑えるために最低限の機能しか装備しないが、徐々に新機能を追加していくことで、農業生産者とともに成長することを可能とする。機能追加は、新たな機能を持つアタッチメントを追加することで実現させるが、従来のアタッチメントとの協調動作をも可能とするAIロボットプラットフォームを構築しておくことが特長だ。これにより、スマートフォンのアプリケーションのように、ロボットベンチャーなどの参入を誘導することもできよう。

 三つめは、データ利用の幅を広げ、農業生産者のみならず、市場関係者の付加価値を高めることだ。一般に農業IoTは、環境情報を細かくセンシングして栽培に役立てたり、温度などの栽培環境を制御したりするものとして捉えられている。これは、生産環境を安定化することが主眼であり、作物の品質向上や収量改善を目的としたものではない。こうした方法からは、水分を絞って甘みを増す栽培方法などは導かれない。本システムは、農業生産者に寄り添って作業を助けるとともに、作業履歴をモニタリングして、環境情報履歴、作物の品質、収量の因果関係情報を併せてデータベース化する。こうすることで、さまざまな作業者の履歴を統合してベストプラクティスを抽出し、作物の品質向上、収量の改善を実現することができる。この際、農業生産者の知的財産への配慮は欠かせない。さらに、農業生産者の信頼性評価 を行うことで販売の付加価値を向上し、農薬や肥料などの使い方の把握や予測を行うことで資材販売の効率向上を実現する。

 以上の要件を具備することで、農業分野におけるロボットIoTはこれまでの高価な農業ロボットに取って代わり、データ活用を前提として、農業の経営改善を実現することができる。こうした農業ロボットDONKEYの開発は、現在多数の企業の協力のもとに、今まさに始められようとしているところである。人に寄り添い、成長するロボットの実現は、人とロボットの関係を変え、日本農業の産業競争力を強化するとともに、他の産業への波及効果をも有し、産業全体の基盤を強くすると期待されている。



創発戦略センター
シニアマネジャー
北京諮詢分公司
総経理
王  テイ
 

中国のママはたいへん

 中国でママ業を営むのはたいへんです。
 中国のほとんどの家庭は共働きのため、女性が男性と同じように働きます。それに加えて、女性は子供を産んで、子育てをしなければならないのです。子供の教育はほとんどママの役目です。朝早く家を出て職場に行き、厳しい職場の競争にさらされながら、男性に劣らず仕事をこなします。夜、家に帰って家事をし、子供の勉強を見ます。土日や祝日も朝寝坊せず、子供を連れて遊びにいくか、各種の塾をハシゴします。それどころか、最近、ママに対する要求がエスカレートしているのです。

 最近の中国のウィーチャットニュースで、「現在そして未来の理想的なママが備えるべき素養」という記事を読みました。合格とされるママになるためには、(1)家事全般ができる、(2)職場で優雅に振る舞える、(3)ケーキを作れる、(4)絵本や本の読み聞かせができる、(5)英語を教えられる、(6)作文を修正できる、(7)楽器に詳しい、(8)書道ができる、(9)長距離の車の運転も可能、(10)観光名所をよく知っている、(11)重い荷物を持てる、(12)きれいな写真を撮れる、(13)アイデアが豊富、(14)イベントを主催できる、(15)いつも穏やかでなんでも耐えられる、という条件が必要だということでした。この条件で自分自身を照らし合わせてみると、私は全然、ママになる資格がないのだと実感しました。

 いつの頃からか分からないのですが、「(pindie)手へんに併の右、父に多」という言葉が広がりました。まったくの造語です。「(pin)手へんに併の右」とは競うこと、「(die)父に多」とはお父さんのことです。意味は、お父さんの実力で子供の入学、就職などの問題を簡単に解決できるということです。中国では、子供と親にとって、幼稚園入園、小中学校入学、就職、海外留学などが人生の一大事で、さまざまな困難が伴います。これらの節目節目に、社会的地位が高かったり、お金持ちのお父さんを持っていたりすれば、より良い条件を得られ、お父さんの助けを借りて、スムーズにこれらの問題を解決できるのです。この結果、実力あるお父さんを持つ子供たちが、同じ年代の一般の子供との競争で優位に立ち、よい小学校に入り、名門大学に行き、大企業に就職し、成功と呼ばれる人生を送る確率が高くなるというわけです。

 一方、「(pinma)手へんに併の右、女へんに馬」は、ここ2、3年の間に出てきた言葉です。「 (ma)女へんに馬」とはお母さんのことで、「(pindie)手へんに併の右、父に多」のエスカレート版だといえます。つまり、実力のあるお父さんだけでは競争に勝つ確率は低くなり、子供に実力をつけ、競争に勝つためには、ママの素養、ママの教育方式にかかっているという意味です。しかし、上述の15カ条の素養を全部備えるというのは、スーパーマンになることのような気がします。

 まず、家事をこなし、一家の日常生活の面倒を見る。次に、仕事を持ち、稼ぐ。不動産価格や生活コストが高い中国の大都市では、一部裕福な家庭を除き、ママの稼ぎが一家の生活水準を左右します。その次に、子供の勉強を見る。学校での成績はいつも重要で、英語、数学、国語などの項目について、宿題に加え、予習、復習を子供と親が一緒にやるのが普通です。また、子供の教養を高めるために、音楽やお絵描きなどを習わせ、送り迎えだけではなく、練習の付き合い、練習効果の検証もします。加えて、子供の見識を高めるため、旅行にも連れていかなければなりません。さらに、学校の行事やイベントでは、ママのお手伝いが不可欠で、子供の代わりに難易度の高い図工作成から、イベントの企画、運営までこなします。最後に、これらの苦労に耐えて、文句を言わず、怒らないで過ごす。驚くべきことに、 周りのママたちには、この理想を目指し頑張る人が実に多いのです。

 中国女性は働き者です。米国の労働省労働統計局がとりまとめた世界各国の労働力比較調査(2012年版)がそのことを物語っています。そこでは、2010年のフランス男性の労働力参加率がわずか61%に過ぎないのに対して、中国女性の労働力参加率は68%に達していました。この数字がいかに高いか、他国の女性の労働力参加率と比べると、ニュージーランド女性が62%、フランス女性が51%、米国女性が59%、日本女性が48%、インド女性が28%でした。
 中国には、「女人能頂半辺天」(女性は半分の世界を支えることができる)という表現があります。これは、毛沢東が男女平等を促すため発した言葉ですが、いまだに適用しているといえるでしょう。半分どころか、中国のママは7、8割の世界を支えているような気がしてなりません。



創発戦略センター
スペシャリスト
沢村 香苗
 

第24回 ギャップシニアの「動機の壁、認識の壁」

 私たちが「ギャップシニア(※注1)市場の創造」を目指し、ギャップシニアコンソーシアム活動を始めて3年がたちました。ギャップシニアとの接点において、新たな関係を築くことに手ごたえを感じるとともに、実際に商品やサービスを選択し利用していただくことの難しさをあらためて考えさせられる日々です。私たちは、世の中にさまざまな高齢者向け商品・サービスが提案されているのに、ギャップシニアがそこに容易にはたどり着かない(利用しない)理由を、いくつかの「壁」として整理しました。その一部をご紹介します。
 (※注1)ギャップシニアとは、元気高齢者と要介護高齢者の間の高齢者を指す日本総研の造語です

 個人が商品・サービスの利用を決定するまでにはいくつかの意思決定が必要です。消費者行動論的には、購買前後の消費者の意思決定プロセスは「問題解決」であると見なされます。意思決定のステージは6つに分類されています。(Blalwell, Miniard&Engel 2006)
ステージ1)問題・ニーズ認知(今の自分の状態と、望む状態の違いを感じ、それを解消したいと感 じる)
ステージ2)情報探索(問題を解決するための情報を探索する)
ステージ3)購入代替案評価(情報探索の結果得られた選択肢を評価・比較する)
ステージ4)購買行動(実際に購入するために店舗に行く)
ステージ5)購買後評価(実際に使用して、満足・不満足の評価をする)
ステージ6)廃棄行動(使用後、費消し廃棄する)

 本稿では、消費者が自分の問題やニーズに気づくステージ1(問題・ニーズ認知)にある壁を取り上げます。ステージ2(情報探索)以降にも壁はあるのですが、その前のスタートラインに立つところが一番高い壁だと私たちが考えているからです。

 「緑内障発症後、自転車に乗ることをやめたギャップシニアAさん」を例にとって考えてみましょう。
 Aさんは発症するまで自転車で10分かけて大きなスーパーに行くのが日課でした。野菜の鮮度が高く、品ぞろえが豊富だったことが魅力で、料理をして隣近所におすそ分けすることが、日々の張り合いとなっていました。今は、徒歩で行ける近くのスーパーに行っていますが、価格は安いものの品質や品揃えに魅力がなく、荷物も重いので買い物がおっくうになってきつつあります。料理も意欲がわかず最近おすそ分けはしていません。
 そのAさんが、新たなサービス(たとえばネットスーパー)を利用するとして、ステージ1(問題・ニーズ認知)にどのような壁があるか、考えてみましょう。

 ステージ1(問題・ニーズ認知)には、2つの壁が存在します。
 1つめは、「動機の壁」です。Aさんが日々の買い物をなんとなく不満だと感じていても、積極的に解決する道を探ろうと思わないことです。ネットスーパーのようなよく知らないものに手を出して失敗するのは怖いですし、加齢の途上でたくさん諦める経験をしてきたので、何かにつけてギャップシニアの動機はくじけてしまいがちです。

 2つめは、「認識の壁」です。例えばAさんは、毎日の買い物にもやもやと満たされない思いを抱えていて、そのせいで生活の張りが失われていますが、Aさん自身はその思いの内容を突き詰めて認識していません。「普段の買い物でご不自由なところはありませんか」と聞いても、「荷物がちょっと重くてねえ」という答えが返ってくるくらいです。

 2つの壁を乗り越えるためには、ギャップシニアの動機を保ち、ニーズの認識をしやすくする仕組みが必要です。
 1つめの「動機の壁」を乗り越えるためには、Aさんが望む生活のレベルを自然に下げてしまうことを防ぐ、日頃からの工夫が必要です。自己イメージを高いレベルに保ち、それに対して喜びを感じる機会がなければ、自然と「引退」「卒業」という形でギャップシニアは生活を縮小してしまいます。私たちは「楽しみ」「参加・貢献」「承認」を得る機会を、日常生活の中にできるだけ多く設けることが重要だと考えています。それは、「通いの場」でも実現できますし、SNSを活用することでも可能だと思います。「Aさん、今週も○歩歩いたね」「Aさんの料理はおいしいよね」または「いつもAさんの料理の写真を楽しみにしています」という他者の反応だけでも、十分「やり続けたい」気持ちを保つ効果が見込めます。

 2つめの「認識の壁」を乗り越えるためには、ギャップシニアが普段から商品やサービスに触れる機会を多く設け、その商品やサービスが満たしてくれるニーズ(自分の生活に何を与えてくれるか)に気づいていただくことが必要です。Aさんの例では、「買い物に何か不自由があるか」という質問では何も要望が出てきませんが、ネットスーパーや買い物代行、移動販売などのサービスの提案があって初めて、「私は質の高い食品を買いたい」「私はたくさんの品ぞろえの中から選びたい」「私は自分で選びたい」という細かなニーズ(今満たされていないもの)が顕在化し、それらが実現するのであれば新しいものを利用しようという気持ちが喚起されます。若年者は、選択肢を提示されれば自然と利用後の未来像をイメージし、それに基づいた取捨選択をしますが、ギャップシニアはイメージ機能が低下していますので、できるだけ実生活に近い、身近な人の利用例を共有することが、自らの状況の変化に応じた商品・サービスの自然な想起と選択につながると考えられます。

 どちらについても、全く新しい話ではなく、既存の「通いの場」や「口コミ」といった、高齢者に有効だと知られているチャネルをどう意図的に活用していくか、という提案です。なぜこれらのチャネルが高齢者に親和性が高いのかを考え、より有効に活用できるように、意図と一貫性をもって組み合わせていくことが必要ではないかと私たちは考えています。

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