創発戦略センター ISSUE 355 2017/10/10(火)発行
創発
当メールマガジンは、日本総研/創発戦略センターの研究員と名刺交換させていただいた方に配信させていただいています。>> 登録解除はこちら
当メールマガジンは、HTML形式で配信させていただいております。うまく表示されない方は>> こちらからご覧ください
日本総研 創発戦略センター | 研究員紹介 | セミナー・イベント | 書籍 | 掲載情報 | ESG Research Report |
 今週の農業連載ではマクロ分析を手がける調査部の研究員からのトピックご紹介。
“ドゥタンク”を標榜して活動しているわれわれですがマクロ分析等のシンクタンク視点を忘れずに活動を進めています。
   1. Yumoto Message

・衆院選に求められるもの

   2. 創発Eyes

・CLMVの成長を取り込み、中国進出を狙う

   3. 北京便り

・5年ぶりに訪れた天津生態城

   4. 連載_次世代農業

・次世代農業の“芽”
第4回 質・量ともに改善する飲食料品輸出



副理事長
湯元 健治
 

衆院選に求められるもの

1. はじめに
 安倍首相は、臨時国会冒頭の9月28日、衆議院の解散と総選挙実施を表明した。10月10日公示、22日投開票となる。これに対して、野党側は小池百合子東京都知事が党首として希望の党を旗揚げ、民進党の相当数の議員と合流するとともに、日本維新の会と選挙協力を行うかたちで、自公連立政権の最大の対抗勢力として現れる一方、残りの民進党リベラル派は、枝野幸男氏が立憲民主党を立ち上げて、社民・共産党とともに第3勢力として名乗りを上げた。
 今回の衆院選は、その唐突とも思えるタイミングから「大義なき解散」あるいは「加計隠し解散」などと揶揄されたが、安倍首相は「国難突破解散」と銘打ち、2019年10月に2%の引き上げが予定されている消費税の使途を教育無償化に変更することについて国民の信を問う、として解散に踏み切った。これに対して、野党側は、「消費税を凍結する(希望の党)」、「将来的な国民負担の議論は必要だが、直ちには上げられない(立憲民主党)」、「身を切る改革、歳出削減などの成果を前提として時期を特定せず経済状況等を見極めつつ弾力的に実施(日本維新の会)」として、いずれも先送りを主張するなど、消費税問題が最大の争点となっている。また、消費税以外にも、「原発再稼働(自民、公明、維新)vs原発ゼロ(希望の党、立憲民主党)」や「憲法改正(自民、希望の党、維新)vs 「9条改正反対(立憲民主党)」など3大勢力の争点が微妙に絡み合う点で、政権選択の判断が難しい選挙となりそうだ。なお、本稿では、原発ゼロ政策、憲法改正の是非など経済問題以外の対立軸については、敢えて言及しない。

2. 消費税使途変更が突きつける課題
 まず安倍首相が大義と謳った「消費税の教育への使途変更」は、解散総選挙の大義とは思えない。元々、教育無償化は民進党の前原代表らが提唱した政策であり、自公政権が国会に使途変更の法案を提出すれば、選挙をして国民の信を問うまでもなく、成立が可能な政策課題だからだ。とはいえ、この問題が争点とされたからには、与野党は次の3点に対する具体的な政策を明確に示すべきである。

 第1は、全世代型の社会保障制度構築に対する賛否とその具体的な制度設計だ。今回の消費税の使途を保育・教育無償化に充てる案は、社会保障を年金・医療・介護といった高齢世代向け中心から改め、保育・子育て、教育など現役世代への配分を増やすという重要なメッセージが込められている。これは、欧州諸国などでは、すでに大きな潮流となっており、世代間の不公平是正や教育・人材投資による国際競争力の強化という目的がその背景にある。おそらく、この点においては、与野党で大きな対立点はないはずだ。問題は、その財源をどう確保するかだ。社会保障の財源とされる消費税収の何割を教育・子育てなど現役世代に振り向けるかが、与野党間で議論されなければならない。安倍首相は、「おおむね半々とする」と発言しているが、2%分の半々とすると、約2.5兆円の財源が教育に振り向けられることとなる。野党は、この案に対して、財源も含めて具体的な対案を示す必要がある。

 第2に、2%分の半分を教育無償化に充てることで、2020年度までにプライマリー・バランス(PB、財政の基礎的収支)を黒字化するという財政健全化目標の達成は絶望的となった。内閣府が公表している試算では、経済成長率の前提を名目3%以上に置く高成長ケースでも2020年度のPBは▲8.3兆円(名目GDP比▲1.4%)の赤字が残る。低めの成長率を前提とするベースラインケースでは、▲11.3兆円(▲1.9%)の財源が不足する。今回の措置で、さらに▲2.5兆円の収支不足になる計算だ。もはや、PB目標の先送りは不可避だが、与党は新目標年次をいつに変更するかを明示していない。他方、野党はどうか。希望の党は、消費税2%凍結の代替財源として、大企業に対する内部留保課税を打ち出した。この是非は、後に論じるとして、2%の代替財源だけでなく、財政健全化目標の提示や実現のための具体策を明示しなければ、与党と本質は大きく変わらない。希望の党が掲げる国有資産売却は、すでに過去、幾度となく実施されているし、国会議員の定数・議員報酬削減など「身を切る改革」は、精神論に止まっており、仮に実行されても財政収支への影響はごくわずかだ。公共事業の削減余地も乏しくなっており、財政健全化の手段としては効果が乏しい。これは、他の野党も同様だ。

 第3は、教育無償化をアピールする前に、この国の教育をどのように改革すべきか、与野党はその青写真を競って提示すべきだ。そもそも、保育や教育の無償化という政策は、理念や具体的政策が伴わなければ、バラマキ型の所得再配分政策や格差是正策に過ぎなくなる。しかも、財源面を考慮すれば、保育から義務教育、大学、大学院まですべての国民に対して無償化できる余裕は日本にはないはずだ。どこに優先順位を置くべきかが争点となるべきだ。筆者は、少子・高齢化、人口減少が中長期的に続く中で、膨張する社会保障費を賄っていくためには、日本企業が厳しい国際競争に勝ち残って高い経済成長を実現することが必須条件だと考える。アベノミクスでは、そうした認識から「人づくり革命」を標榜しているが、その具体策はまだ十分練り上げられているとは言えない。これからの日本に必要な人材は、グローバル人材、IoT、ビッグデータ、AIなど第4次産業革命の実現をリードしていくIT専門人材、新しい商品・サービスを開発したり、技術革新を引き起こすイノベーション人材だ。こうした人材を生み出していくために、現在の教育、とくに大学、大学院を始め、社会人の職業能力や能力開発を強力にサポートしていく新たな仕組み作りが不可欠である。教育無償化に湯水のごとくカネを使うのではなく、未来の日本をリードする人材づくりにこそ、積極的に資金を投入していくべきである(詳しくは、湯元健治の視点「骨太の方針をどう読み解くか」2017.6.12参照)。与野党が本当にやるべきは、こうした政策論争だろう。

3. 希望の党の政権公約は大胆だが実効性に疑問
 本来、解散総選挙により国民に問うべき信とは、消費税の使途といった細かな話ではないはずだ。この国のかたちとも言える、消費税も含めたわが国の税制をどのように抜本改革すべきか、年金・医療・介護といった社会保障制度をいかに持続可能で安心できる、また高齢世代だけでなく、現役世代に対しても手厚い制度にするには、どのような改革が必要なのか、財政の健全化を真に実現するためにどのような改革を行うべきなのか、といった大きな問題の具体的解決策だ。それがたとえ国民にとって痛みを伴うような改革であっても、この国の未来や将来世代のために行うべき改革を行わせて欲しいということを、真摯な姿勢で国民に訴えることが必要だ。
 残念ながら、今の日本の政治は与野党ともに、選挙の度に国民に耳触りの良い政策を並べ立て、痛みの伴う改革については、議論すらしないという民主主義の本来のあり方とはほど遠い、ポピュリズムの真っただ中にあると言わざるを得ない。
 このような観点から、与党の最大対抗勢力として登場した希望の党の政権公約をみると、大胆な政策が並ぶが、その実効性には疑問符を付けざるを得ない。

 第1に、消費税率引き上げ凍結を表明、その代替財源として、資本金10億円以上の大企業に対する内部留保課税を打ち出している。代替財源を明示すること自体は一定の評価も出来ないではないが、内部留保課税の是非については、(1)法人税を課された後の利益剰余金への課税となり、二重課税になる、(2)法人実効税率の引き下げなど、これまで行ってきた国際競争力強化のための税制改革に逆行する、(3)増税による懲罰的インセンティブは、マイナス金利同様、設備投資や賃金上昇を促すという効果が期待できないだけでなく、副作用すらある、(4)内部留保は、現預金を除いて企業のバランスシート上、様々な資産で運用されており、取り崩しは容易でない、(5)現預金についても、運転資金など資金繰りのために必要な部分があり、その規模は業種によって異なるなど、様々な問題点がある。

 第2に、ベーシックインカム(注)の導入を提唱している。これは、フィンランドなど一部の国家で実験的導入が試みられているが、(1)労働インセンティブを高めるかどうかは1人当たりの給付金額に依存するため、給付額を明示すべきである、 (2)支給規模によっては、100兆円を上回るような非現実的な巨額の財源が必要になる(詳しくは、湯元健治の視点「シムズ理論とベーシックインカム論をどう見るか」2017.5.8参照)、(3)そうでなければ、既存の社会保障給付の縮小・廃止を前提とすべきであるが、その点が示されていないなど、多くの検討課題を抱えており、より詳細な制度設計を示す必要がある。

 第3に、日銀の金融政策について、「円滑な出口戦略の模索」を掲げている。この点は、筆者も評価できる点だが、具体的な実施時期や手法について説明がなく、信頼に足る公約かどうかは即断できない。
(注)ベーシックインカムとは、全ての人々に対して生活に必要な最低限の現金を給付する政策。

4. 財源なきバラマキに陥る懸念がある立憲民主党の公約
 民進党のリベラル派で構成される立憲民主党の政権公約は、耳触りの良い政策が並ぶが、その財源をどう確保するのかについて、具体的な説明が乏しい。
 第1に、長時間労働の規制、最低賃金の引き上げ、同一労働・同一賃金は、与党の政策とどこが異なるのか、その差が分かりにくい。
 第2に、保育士・介護士の給与引き上げも自公政権で実施した政策だ。診療報酬・介護報酬の引き上げ、医療・介護の自己負担軽減は、本来やるべき政策と逆行しており、財源がどこから出てくるのか不明だ。
 第3に、正社員雇用を増やす中小企業への支援は自公政権がすでにやった政策に類似している。赤字中小企業への保険料負担軽減は財源なきバラマキと言われても仕方がない。
 第4に、児童手当、高校授業料無償化の所得制限撤廃も財源なきバラマキの類だ。
 第5に、所得税、相続税、金融課税など所得再配分機能の強化を謳っているが、(1)富裕層増税、とりわけ足の速い金融マネーに増税しようとしても、海外逃避が起きるため課税の実効性は疑わしい、(2)広く薄く課税するため、社会保障の財源として最も優れている消費税については、「将来的な国民負担の議論は必要」としながらも、「直ちには上げられない」との立場で、将来のあるべき姿について、何も語っていない(これは希望の党についても同様だ)。

5. 改革を標榜する日本維新の会もバラマキ的公約あり
 日本維新の会は、消費税率の引き上げ延期は他の野党と同様だが、身を切る改革の実施、徹底した行革、歳出削減を前提に、将来の引き上げの可能性をにじませている。この点は評価できるが、責任ある与党を担える政党ならば、将来の消費税について、具体的な言及がないのは残念だ。その他、企業団体献金廃止、歳入庁を設置して徴税と社会保険料の徴収を一元化、金銭解雇の導入、ホワイトカラー・エグゼンプション(脱時間給制度)の導入、年金支給開始年齢の引き上げなど与党よりも改革色が強く、国民に痛みの伴う政策も盛り込んでいる点は、一定の評価が出来る。ただし、全ての保育・教育無償化は、希望の党に合わせたのか、財源なきバラマキであり、改革との整合性が見えない。また年金積立方式への移行は、納得できる詳細設計を示せなければ、現実的妥当性を欠く政策と言わざるを得ない。道州制移行など地方分権推進が最大の政策テーマとする政党だが、政権公約としては、一部を除いて、真摯な姿勢で国民と向き合う意欲が示されている。

6. おわりに
 消費税率の引き上げや財政・社会保障制度の抜本改革など、国民に痛みを強いるとしても真に必要な改革は、与野党が政争の具にはすべきでない。少子高齢化、人口減少が進む中で、やるべき改革の方向性は、どの政党が政権を取っても同じはずであり、避けられない改革ならば、与野党が超党派で議論し、国民にその必要性を訴えるべきだ。例えば、10%から先の消費税率の上げ幅や社会保障制度改革の内容など、具体的プランを与野党が競い合う姿こそ、健全な民主主義と言える。日本が一刻も早くポピュリズムから脱し、与野党が健全な政策論争を行い、国民にその是非の判断を委ねていく方向への政治の革新が期待されている。

        



創発戦略センター
コンサルタント
七澤 安希子
 

CLMVの成長を取り込み、中国進出を狙う

 成長を続けるASEANは、海外売上高の拡大を目指す日本企業にとって今後も重要な投資先の一つだ。世界銀行によれば、ASEAN経済圏域の平均GDP成長率は2016年も約5%の伸びを示し、世界経済の牽引役として、その影響力は拡大し続けている。
 ただし、海外からの直接投資等を背景に経済成長を続けてきたASEANで、構成国の成長過程に大きな差が出てきており、いわゆる中進国以上とされるシンガポール、マレーシア、タイでは、人件費の高騰等を背景に日本企業の投資が一巡する状況となってきた。特に、タイでは、一般工の労働賃金が、ASEANの後発新興国と位置づけられるCLMV(カンボジア、ラオス、ミャンマー、ベトナム)と比べ2倍近くまで上昇した結果、自動車産業を筆頭に生産拠点の統廃合の動きが加速している。

 反対に、ASEAN圏域における次なる投資有望国となりつつあるのが、CLMVである。CLMVは以前から注目されてはきたものの、これまでは政情、質の高い労働者の確保、電力等のインフラへの不安等が大きく、一部の先進企業が進出するにとどまっていた。しかし、近年は堅調な経済成長を背景にこれらの課題が解消されつつあり、多くの日系企業にとって、有望な投資先となり得る環境が整い始めてきた。
 そこで、今後新たな投資先として拡大が予想されるCLMVの投資先としての「価値」について、改めて考察したい。その価値とは、以下の2つであろう。

1)中間所得層が成長しマーケットとしての魅力が高まりつつある
 CLMVは6~7%のGDP成長率と約1.6億人の人口規模を背景に、ASEANの成長を牽引している。また、特に都市部では富裕層が出現し、将来にわたる消費市場拡大の期待が高まっている。例えば、米国スターバックス社やASEANのタイビバレッジグループ等の大手グローバル消費財関連企業がここ1、2年でCLMVへの進出を発表している。今後もこのような動きは加速していくと考えられる。

2)今後高品質な大規模工業団地が開発される
 ASEANの優良現地企業は AEC(ASEAN経済共同体)の設立を好機と捉え、自国で蓄積した事業の成功ノウハウを広域展開することを目指しており、AECを牽引するプレーヤーとなりつつある。例えばタイの工業団地最大手デベロッパーのヘマラート社やアマタコーポーレーションは、CLMVへの展開をビジョンに掲げ、ベトナム、ミャンマーへと段階的に事業拡大を進めている。生産拠点に求められるクオリティの重要性をよく知る彼らのCLMVへの進出は、日本企業にとってCLMV進出に対する安心材料の一つになるだろう。

 このようなASEAN自体の環境変化から捉えた投資有望性のほかに、世界第二位の経済大国・中国への進出を見据えた視点も考えてみたい。

 日本企業は、これまで多くの企業が中国市場に参入してきた。なかには中国企業との合弁等により、戦略的に「現地化」を進め、現地市場において受け入れられている事例もあるが、多くの企業は歴史的・政治的問題を背景に、豊富な労働力と巨大マーケットを有する中国市場でのビジネス環境に依然として不安を抱えている。結果として、投資に踏み切れない企業や、撤退を選択する企業も後を絶たない。

 このような中国市場に対し、戦略的に進出するための一つの重要な橋頭保となり得るのが、「CLMV」への直接投資となるのではないか。

 タイは、これまで多くの日本企業が進出し、ビジネスを成功させてきた。背景にあったのが、安価で一定の質の労働力、交通や電力インフラの整備、物流拠点としてのアクセスの良さ、仏教を中心とした相互理解の容易さ等である。CLMVは今、労働者の質的向上、交通インフラの整備が進み、「かつてのタイ」と類似する環境となりつつある。巨大市場である「中国への参入の足がかり」として、投資環境が整いつつあるCLMVを活用し、中国市場に向けた生産・物流の拠点として位置づけるという戦略が、今後の日本企業の選択肢になり得る。

 私自身、5年ほどASEAN各国の動きを現場で見てきているが、上記のような視点でCLMVを捉える現地の不動産デベロッパーが少なからず見受けられるようになった。ASEANの成長力を取り込み海外売上の拡大を狙うには、CLMVに対する戦略的投資が重要となってくると考える。



創発戦略センター
シニアマネジャー
北京諮詢分公司
総経理
王  テイ
 

5年ぶりに訪れた天津生態城

 先週、5年ぶりに天津生態城に訪れました。ちょうど平日朝の出勤ラッシュ時間帯でした。メインストリートは、出勤のための車がいっぱいで渋滞していました。バス停にもバスを待っている人がたくさん並んでいたのが印象的でした。9年前の2008年に初めてこの土地を訪れたときの風景を思い浮かべて、わずか10年たらずで別世界のような光景になり、感無量でした。

 天津生態城は中国政府とシンガポール政府が共同で開発した環境都市です。30平方キロの地域に2020年までに35万人の都市を建設する計画でした。2008年8月に初めて計画地を訪れたときのことを昨日ように覚えています。天津市中心部から1時間ほど車に乗って進まなければなりません。市外に行けばいくほど風景が変わり、緑が少なくなり、建物が少なくなり、計画地に到達すると、いくつかの古い民家が残っている以外、すべて更地でした。道路もでこぼこで、アスファルトで舗装されていない道があちこちにありました。当時は、そこに天津生態城管理委員会の建物がぽつんと立っていて、非常に目立っていました。将来、生態城の入り口になる彩虹橋の上に建って、案内してくれた方が、なにもない周りを指さしながら、ここは住宅、ここはオフィスビル、あそこは汚水処理場など教えてくれました。ただ、本当に35万人の都市ができるのだろうかというのが率直な感想でした。天津生態城整備の初期のいくつかのプロジェクトに参画することになり、道路がきれいになり、アニメ産業園ができて、木がたくさん植えられて、住宅が建設されていく変化をつぶさに目にしましたが、当時の人が住んでいない街区は、どこか寂しいものでした。2012年以後、道路やビルにはかなり整備され、変化も感じたのですが、依然として人気(ひとけ)が少なかったことをよく覚えています。政府の不動産開発抑制策のせいか、生態城への住民の入居はもともとの計画通りには進んでいなかった印象でした。

 今回、改めて天津生態城管理委員会の方に案内され、清静湖を中心とした地域を回りました。清静湖は、以前は、周辺工場から排出された産業廃水がたまった池で、汚く、くさく、有毒な重金属がたくさん沈んでいるイメージでした。それが今回、清静湖の展望台に立ってみると、広い水面が目の前に広がって、夕日に照らされぴかぴかと輝いていました。水の色が青々としていて、中には魚も生息しているということでした。回りは木や花、建物で囲まれ、人々が悠々と散歩したり、ジョギングしたりしています。案内の方によれば、休日には、たくさんの人が清静湖周辺に集まって、マラソンをしたりするといいます。また、周辺には3つのテーマパークがあり、祝日や休日には1日最大3万人の観光客が訪れるそうです。

 生態城にはすでに8万人の人々が入居し生活しています。新しく建設された都市で、成熟した都市にあるような大きなショッピングモールやデパートは存在しないのですが、それでも環境の良さを理由に生態城に住みたいと考える人が多いのだそうです。生態城では、新たな住宅が半日で完売するような盛況が続いているそうです。生活空間が実にコンパクトで、生活の利便性は他にはないといいます。シンガポールの街づくり理念を導入しているため、住宅の周り徒歩15分圏内にコミュニティセンターがあり、スポーツ施設、医療サービス、図書館、スーパーのようなものが設置されています。さらに、マンションの敷地内はきれいで、ごみ箱はマンションの一階入り口の外に整然と並んでおり、リサイクルごみ、一般ごみが分別して捨てられています。生態城では、真空輸送というごみ収集システムを導入したため、ごみ収集車を目にすることはありません。2013年以後、行政区としての濱海新区は再編され、生態城周辺の旅遊区、漁港、北塘地区を合併しました。現在、天津生態城の面積は160平方キロにまで広がっています。ここ10年足らずの間に天津生態城30平方キロで蓄積した都市建設の経験とノウハウを、中国はさらに周辺地域の開発に適用し、普及を進めていくに違いありません。



調査部
副主任研究員
菊地 秀朗
 

次世代農業の“芽”
第4回 質・量ともに改善する飲食料品輸出

 今回の次世代農業コラムでは、わが国農水産品・飲食料品の競争力の現状を掴むため、マクロ経済データ、具体的には貿易統計を使って、輸出の動向を確認してみます。

 わが国飲食料品の輸出金額(=輸出数量×輸出価格)は、リーマン・ショック前後から伸び悩みましたが、アベノミクス始動により円安が大幅に進行した2013年以降は大きく改善しています(図表1)。数量が大きく伸びたほか、価格も円安によるかさ上げを除いたベースで持ち直しています。

171011_kikuchi_01

 全体でみれば、アジア、米欧でわが国飲食料品への引き合いが増すなか、価格の上昇と数量の増加が同時に生じており、好ましい状況にあるようにみえます。もっとも、品目別にみると、改善の状況は一様ではありません。図表2は、為替変動を調整したうえで、品目別に2016年の輸出金額、数量、価格を2012年と比較したものです。

171011_kikuchi_02

 タイプ分けすると、まず、黄色(単色)でシャドーをかけた品目は、円安下でも販売価格をほとんど下げずに輸出数量の増加を実現しています。具体的には、肉類、軟体・無脊椎水棲動物性生産品(イカ・たこ・貝類・なまこなど)、ぶどう、菓子類、穀物・ミルク等調製品(乳児用食品やインスタントラーメンなど)が挙げられます。

 こうした品目では、世界的に和食人気が高まるなか、ブランド戦略が奏功し、価格を下げずとも販売量を増やすことが出来ているものが多いと考えられます。たとえば、世界的に「和牛」ブランドの認知度が高まっている牛肉があります。高価格帯のみならず、中価格帯の商品の輸出も増加していることから、統計上は価格が抑えられている面もありますが、それでも単価をほとんど下げずに輸出数量を増加させています。ぶどうは、「シャインマスカット」や「ピオーネ」などの高級ブランド育成の成功や、輸送技術の向上が寄与している模様です。

 菓子類の増加には、訪日外国人観光客がわが国製品の品質に満足し、帰国後に買い求める「リピーター需要」の拡大が寄与しているとみられます。香港・中国・韓国などでの食の安全への関心の高まりも、乳児用食品を中心に、わが国調製食料品への需要を高めています。

 次に、ピンク色(網掛け)でシャドーをかけた品目は、円安を活かし、販売価格を引き下げながら、輸出数量を大きく伸ばしたものです。具体的には、鶏卵、ながいも、いちご・りんご・桃、各種調製品、飲料・アルコールなどが挙げられます。

 これらの品目でも、和食人気・健康志向・ブランド認知度の高まりや、輸送技術の向上など、輸出条件の改善が輸出数量の増加に寄与していますが、事業者は必ずしも価格維持による利益率改善を目指さず、シェアの拡大、認知度の上昇に注力している模様です。

 最後に、上記2タイプに分類されない品目として、輸出数量は伸びていないものの高価格ブランドが堅調なコメ、漁獲量が減少したマグロ類、旱魃で米国産が減少し韓国・台湾向けが急増したたまねぎ、などがあります。

 わが国マクロ経済全体を見渡してみると、製造業の生産拠点の海外移転などが進み、円安による輸出数量の増加は、従来ほど期待できなくなっています。こうした状況下、農水産品・飲食料品は、数少ない輸出増加余地の大きい品目といえます。

 事業者からみても、国内市場が飽和するなか、輸出は成長余地の大きいセクターであり、海外市場を取り込むことができれば、産出量が増えても価格を下げずに利益率を改善することが可能になります。

 わが国農水産品・飲食料品の評価は高く、輸出戦略も一定程度奏功している状況です。今後も、アジアの所得拡大や自由貿易協定の推進などに伴い、輸出を取り巻く環境は改善が見込まれます。引き続き、ブランド戦略や高付加価値化に取り組み、価格を維持しながら数量を増加させられる、牛肉やぶどうに続く輸出品目を育成していくことが期待されます。とりわけ、コメに関しては、減反政策による生産調整の終了に伴い、海外需要の取り込みが極めて重要となりましょう。

この連載のバックナンバーはこちらよりご覧いただけます。

株式会社日本総合研究所 創発戦略センター Mail Magazine (第2週と第4週の火曜配信)
   このメールは創発戦略センターメールマガジンにご登録いただいた方、シンポジウム・セミナーなどにご参加いただきました方、
   また研究員と名刺交換した方に配信させていただいております。

【発行】 株式会社日本総合研究所 創発戦略センター
【編集】 株式会社日本総合研究所 創発戦略センター編集部
〒141-0022 東京都品川区東五反田2丁目18番1号
大崎フォレストビルディング
TEL:03-6833-1511 FAX:03-6833-9479
<配信中止・配信先変更・配信形式変更>
https://www.jri.co.jp/company/business/incubation/mailmagazine/privacy/

※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
Copyright © 2017, The Japan Research Institute, Ltd.