創発戦略センター ISSUE 351 2017/08/08(火)発行
創発
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今回の創発eyesはタイ政府が力を注ぐEEC(Eastern Economic Corridor)についてのご紹介。
高速鉄道の沿線開発を題材とした、日本とタイの新しいパートナー関係構築への期待を整理しています。

※ ESG Research Reportページに「スチュワードシップ・コード改訂で推奨された議決権行使結果個別開示」についての記事
"Japan's Financial Services Agency has revised the Stewardship Code: A look at the highlights "を掲載しました。
こちらからご覧ください。
   1. Yumoto Message

・深刻な人手不足なのに賃金が上がらない5つの理由

   2. 創発Eyes

・日タイ修好130周年に寄せて(1)「注目の大型インフラプロジェクト EEC」

   3. 北京便り

・大都市病解消施策のジレンマ

   4. 連載_シニア

・第22回 「保険外サービス」再考



副理事長
湯元 健治
 

深刻な人手不足なのに賃金が上がらない5つの理由

1. はじめに
 今年に入って日本経済の回復傾向が一段と鮮明になってきた。米国を中心とする世界経済の回復を背景に輸出が増加基調を続ける中で、4~6月期の鉱工業生産は、前期比1.9%のプラスと高い伸びを示した。長らく低迷が続いてきた個人消費も乗用車販売、小売販売が持ち直しに転じるなど、明るい兆しが見え始めている。設備投資も日本政策投資銀行のアンケート調査では、大企業の2017年度設備投資計画は、前年度比11.2%と2桁の増加になる見込みだ。4~6月期の実質成長率は年率2%前後と前期(同1.0%)から伸びが加速すると予想される。
 こうした状況の中で、雇用情勢は一段と改善の度を強めており、6月の失業率は2.8%、有効求人倍率は1.51倍と43年4ヵ月振りの高水準となっている。企業の人手不足感は日銀短観(6月)の雇用人員判断DIで見ても、全規模全産業で▲25とバブル期以来の不足超過となっている。こうした近来にない人手不足と労働需給の引き締まりという環境の中で、待望視される賃金の上昇幅は、依然極めて緩やかなものに止まっている。
3%を下回る失業率は事実上、完全雇用とも言えるレベルで、本来なら賃金上昇が加速してもおかしくないはずだ。

0808_名目賃金上昇率と失業率

 ちなみに、賃金と失業率の関係を表すフィリップス曲線を計測すると(前ページ図)、2.8%の失業率に対応する賃金上昇率は、リーマンショック前で2.3%、リーマンショック後で1.2%と計測される。現在のレベルは、6月の毎月勤労統計の名目賃金指数の前年比で0.4%と5月(同0.7%)よりも増勢が鈍化しており、理論値を大幅に下回っている。本稿では、深刻な人手不足にもかかわらず、賃金上昇率が弱い背景にあるとみられる5つの理由を説明しつつ、今後の課題を指摘したい。

2. 理由1: 大企業の慎重な賃上げスタンス
 安倍政権による財界への賃上げプレッシャーが奏功して、2013年春闘以降、毎年、2%以上の賃上げとベースアップが実現してきた。しかし、いわゆる春闘賃上げ率が2%を超えたと言っても、このうち1.8%程度は定期昇給分であり、賃金カーブの底上げにはつながらないことに留意が必要だ。マクロの賃金上昇率は、基本的にベースアップ分だけであり、毎年0.4~0.6%程度に過ぎない。実際、従業員規模別にフルタイム労働者の賃金上昇率をみると、人手不足感のより大きい中小企業では、この5年間で累計4.5~4.7%賃金が上昇しているのに対して、大企業では累計1.2~1.9%程度にとどまっている。とくに、従業員1,000人以上の大企業では、2015年以降、賃金水準が下降気味である。この理由としては、(1)グローバル企業が多い大企業では、世界経済の先行き不透明感が強く国際競争力を落としかねない賃上げに慎重、(2)社会保険料負担を含めた人件費負担が賃金の1.65倍に上っており、賃上げインセンティブが働きにくい、(3)終身雇用、年功賃金制度が崩れつつある中で、恒久的な人件費負担の増加には慎重、といった理由が考えられる。

3. 理由2: 非正規雇用に労働需要が集中
 2つ目には、労働需要の大半が正規雇用でなく、全体の37.2%を占める非正規雇用に集中していることだ。6月の有効求人倍率をパートなど非正規雇用と正社員に分けてみると、パートは1.80倍に達しているのに対して、正社員は1.01倍とようやく1倍を超えた程度であり、企業は労働力の不足を賃金水準の高い正規雇用ではなく、賃金水準の低い非正規雇用で賄おうとしている。ちなみに、日本の場合、非正規雇用の時間当たり賃金は正規の6割と欧米諸国(8~9割)と比べてかなり低い。パートの賃金は、6月時点で労働需要の強さを反映して前年比2.5%も上昇しているが、正規は同0.2%の上昇に過ぎない。パート等非正規の場合、(1)時間当たり賃金水準が低いだけでなく、(2)労働時間も正規雇用と比べて短いため、賃金のウェートでみると、全体の1割未満に過ぎない。また、給与水準が正社員により近い三大都市圏における派遣社員の平均募集時給は6月時点で、前年比▲0.4%と減少しており、上昇力が鈍い。政府は、同一労働・同一賃金法案を国会に提出する構えだが、こうした構造改革が進まない限り、賃金全体の底上げは難しいといえよう。

4. 理由3: 人手不足感が強い業種ほど賃金水準が低い
 3つ目の理由は、人手不足感が強い業種・職種ほど賃金水準が低いことだ。具体的には、宿泊・飲食サービス、運輸、卸・小売、外食、その他サービスなどの業種では、低賃金の非正規雇用を雇って低価格サービスを行うビジネス・モデルを採用しており、賃金水準が産業平均を下回っている。また、介護など人手不足感の強い職種では、公費が投入されているため、自由な価格設定が出来ず、結果として、低賃金労働者が多くなる。政府は、介護職の給与引き上げ等の対策を取っているが、数%程度の引き上げでは、「焼け石に水」に過ぎず、低賃金が常態化している。一般的に、サービス産業の労働生産性が低いことが低賃金の原因とされるが、生産性の低さは、IT化の遅れなどによる物的生産性だけでなく、低価格サービスというビジネス・モデルそのものに起因する付加価値生産性の低さが根底にあることを認識すべきだ。

5. 理由4: 企業の人手不足対応
 4つ目の理由として、深刻な人手不足に直面する企業が省力化投資やIT投資を積極化することで、生産性を引き上げる事例がみられる。帝国データバンクの調査では、企業の設備投資の目的の中身をみると、「省力化・合理化」が24.7%、「情報化(IT関連)投資」が19.5%(いずれも複数回答)となっており、人手不足対応の必要性が高まっている。例えば、生産工程の自動化、スーパーのセルフレジや無人物流施設の建設、介護ロボットの導入など人手を出来るだけかけないよう対応しようとする企業が増えている。こうした省力化・情報化投資は、正社員の労働需要を代替しているといえよう。
 また、サービス業などにおいては、ファミリーレストランなど外食産業で深夜・24時間営業の取りやめやセルフサービスのドリンクバー導入、宅配業で時間帯指定サービスの廃止、ネットスーパーで再配達サービスを実質有料化する、といった事例が出てきている。いずれも、サービス内容を見直し、人件費負担を軽減しようというのが狙いだ。

6. 理由5: 新たなビジネス・モデルの登場
 5つ目の理由として、まだ例は少ないが、人手不足を乗り切る新たなビジネスが登場し始めたことだ。配車サービスで有名なウーバーは、複数のレストランと提携して、フードデリバリー(出前)ビジネスに参入、労働者はネットを通じて集めたパートナー配達員と呼ばれる一般人だ。配達員は副業として働いており、賃金水準も正規社員と比べれば格段に安い。また、クラウド型ネット印刷事業を営むラクスルは、PCやスマホを使って簡単に荷物を配送するサービス、hacobellを開始している。これは複数の運送会社をネットワーク化して、運送会社の空き人員を有効活用するビジネス・モデルだ。さらに、Amazonは、ネット上で募った一般人の配達員を使って、書籍、その他の配達を行うAmazon Flexというサービスを米国のシアトルなどの諸都市で実施している。このサービスは人手不足が深刻な日本でも早晩導入される可能性がある。こうしたビジネス・モデルは、シェアリング・エコノミーと呼ばれるが、インターネットのマッチング機能を活用することで、潜在的に存在する労働力を安価に活用しようというもので、賃金上昇圧力を抑制する効果がある。

7. おわりに~アベノミクス労働市場改革の課題
 アベノミクスが標榜する「経済の好循環」の一つは、企業収益の拡大が賃上げ→個人消費の拡大をもたらすルートだが、上記5つの要因を考えると、そのパワーは決して強くない。一段のパワーアップを図るためには、(1)経営側と労働組合側の間で、労働需給が賃金にしっかりと反映される新たな賃金設定ルール作りが必要で、政府のイニシャティブ発揮が期待される、(2)非正規雇用の拡大に歯止めをかけ、正規社員への転換を促すこと、(3)正規と非正規の間の不合理な賃金格差をなくすこと、(4)サービス産業の生産性引き上げ、すなわち低価格サービスというサービス産業のビジネス・モデルの転換を促すことである。シェアリング・エコノコミーは避けられない潮流だが、労働の対価に対する正当な価格(=賃金)が支払われるためのルール作りなどが求められよう。
 そもそも、賃金が上昇するためには、労働者の職業能力を高めることが最重要の課題だ。アベノミクスの労働市場改革では、従来ともすれば、解雇規制の緩和やホワイトカラー・イグゼンプションの導入など、雇用流動化に重きを置いたきらいが強かった。しかし、最近では、同一労働・同一賃金制度の導入、生産性の引き上げを目的とした働き方改革などに重点がシフトしてきており、好ましい動きといえる。しかし、これだけではなお不十分であり、現在、介護プロフェッショナルなど3職種に止まっている職業能力評価制度であるキャリア段位制度の大幅な拡充や、スウェーデンなど北欧諸国で一般的となっている、職業訓練や能力開発などの様々なプログラムを実施する「積極的労働市場政策(ALMP: Active Labor Market Policy)」の強化が必要だ。人間の能力を高めることなしに、賃金の上昇を図ることは容易ではない。人材への投資を最大の課題と位置付ける安倍政権には、是非とも労働政策をこうした方向に向けて大きく舵を切って欲しい。

        



創発戦略センター
マネジャー
中村 恭一郎
 

日タイ修好130周年に寄せて(1)「注目の大型インフラプロジェクト EEC」

 今年2017年は、日本とタイとの間で正式な外交関係が開始されて130年目に当たる「日タイ修好130周年」です。さかのぼれば、16世紀にはアユタヤの地に「日本人町」が造られ数千人の日本人が生活していたと言います。その日本人町を切り開いた人々の先祖は、さらに200年以上昔の14世紀には彼の地に到達していたと言われていますから、700年以上の関係が日本とタイとの間にはあることになります。

 現在、日本にとってタイはアジアにおける最重要パートナーの一国です。日本による対タイ直接投資は、タイに対する海外からの投資全体の3割以上を占めています。タイに進出する日本企業は製造業を中心に5,000社を超え、今もってなお、日本からの新規進出が続いています。また、バンコクを走る車のほとんどが日本車であり(シェアは9割以上)、街中には日本食レストランが溢れています。初めてタイを訪れた人の多くが、この日本車シェアと日本食ブームに驚くと聞きます。

 これまでは、相互に「重要パートナー」を自認する日本とタイの関係は、「製造業」を機軸にしたものでした。しかし、私は、修好130周年の今年を節目に、日本とタイの関係はさらに多様な業種を巻き込んだ新しいパートナー関係構築に向けて動き出すと考えています。そのきっかけとなるのが、タイ政府が力を注ぐ “EEC (Eastern Economic Corridor)” 政策とR&D(研究・開発)強化政策です。

 今回は、注目を集めるEEC政策の概要、EECの中核プロジェクトであるバンコク~ラヨーン間の高速鉄道事業をご紹介します。

 EECは、2016年7月に発表され、バンコクから東方に位置するチョンブリ、チャチュンサーオ、ラヨーンの3つの県を対象地域として、今後5年間で総額1兆5,000億バーツ、日本円にして何と5兆円規模の投資を行うという壮大な開発計画です。具体的には、バンコク~ラヨーンを結ぶ高速鉄道事業(投資総額約5,000億円)、ウタパオ空港の機能強化(約6,300億円)、レムチャバン港開発(約2,800億円)などの大型プロジェクトが計画されています。

 私は、中でも高速鉄道事業に注目しています。バンコク近郊のドンムアン空港から、スワンナブーム空港を経て、ラヨーンのウタパオ空港までの道のりを1時間以内で移動出来るようにする計画であり、現在車で(少なくとも)3時間以上はかかる移動が3分の1に短縮されることとなります。官民が協力して事業を進めるPPP方式が採用され、いわゆる上下分離方式で開発することが想定されています。また、事業推進のスピードアップのために、環境影響評価(EIA)の実施効率化などの施策も講じられています。

 私がこの高速鉄道事業に注目する理由は、本事業には「沿線開発」の可能性が見込め、事業としての実現性も他の高速鉄道計画よりも高いと考えるからです。
 もともとタイには本事業も含め5つの高速鉄道事業が存在しており、つい最近までは、どちらかというと本事業の優先度は低いほうにありました。ところが、EECが発表された後の2016年8月、タイ政府は本事業を第1号計画として優先すると発表しました。

 この背景の一つに、現地有力企業の存在があると考えています。本事業の沿線エリアは、タイを代表する財閥企業であるサハ(Saha)、チャラン・ポカパン(CP)、アマタ(AMATA)らが積極的に活動している地域です。サハは、シラチャ(チョンブリ県)を重点的に開発しており、日本の私鉄企業と連携した沿線開発も進めています。CPは、本事業の構想が発表された後、2015年の時点で投資に積極的な姿勢を示しています。ラヨーン、その北側に位置し観光地で知られるパタヤが同社の注力地域の一つであることも関係していると考えます。アマタは、チョンブリ県に東洋最大の工業団地「アマタ・ナコーン」を開発しており、今後も、同団地の周辺開発を積極的に進める方針です。いずれの企業も、高速鉄道事業の計画沿線に多くの土地を保有していることが共通点です。

 現地有力企業が沿線の土地を保有しているということは、高速鉄道事業の一丁目一番地とも言える用地取得が容易だということが言えます。現地有力企業が政府の用地取得に積極的に協力し、一方で、高速鉄道の駅周辺や沿線の不動産開発を官民協働で推進するという構図が考えられるからです。実際、現地ではそのような動きが起きています。高速鉄道の沿線開発となれば、駅周辺の商業施設開発、住宅施設開発、公共施設開発、それらの複合一体開発など、大規模な不動産開発が期待できます。こうした不動産開発が人々を集め、移動ニーズを高め、高速鉄道事業の採算性向上にもつながっていきます。

 これまで、鉄道事業者を中心に日本企業は世界各国の高速鉄道計画に積極的に取り組んできました。加えて、沿線開発の可能性も見込める本事業では、鉄道事業者だけでなく、ゼネコン、デベロッパー、IT・通信、サービスなど、さまざまな業種の企業が持つノウハウや経験が活かせる可能性があります。このように多様な業種の企業が開発に参画することにより、企業間の連携を起点として、日タイ両国の間で新しいパートナー関係の構築に向けて動き出していくことが期待されます。

 次回は、新しいパートナー関係発展のもう一つのきっかけとなる、タイのR&D(研究・開発)強化の取り組みについてご紹介します。



創発戦略センター
シニアマネジャー
北京諮詢分公司
総経理
王  テイ
 

大都市病解消施策のジレンマ

 大都市が抱える弊害は「大都市病」といわれます。北京でも、大都市病の解消に向けて、さまざまな施策に取り組んでいますが、ある種のジレンマが引き起こしていることも事実のようです。
 7月28日に「北京ブルーブック:北京社会発展報告(2016-2017)」が公表されました。「北京社会発展報告」は社会科学院が毎年アンケート調査を行い、北京市の人口動態や就労状況など実態を整理し、対応策を提案するレポートです。毎年、基本的な社会状況の整理に加え、その年の重点テーマも設定されます。2016-1017年版は、流動人口と人材流出が重点的テーマに取り上げられました。

 同報告書では、北京は科学技術人材の流失に直面していると警鐘を鳴らしています。中国のシリコンバレーと呼ばれ、全国科学技術革新の中心であり、北京市の科学技術産業の重要な集結地である中関村に異変が起きていると指摘しているのです。中関村に勤務する研究開発人材は2015年の54.8万人から2016年の57.4万人に増加しましたが、増加率はわずか4.7%にとどまっています。2014年から2015の増加率の23.1%と比べ、はるかに鈍化しています。その原因は、北京の大気汚染と不動産価格の高騰であると分析されています。

 2013年以後、北京では、大都市病を解消するため、一点集中のモデルを変え、北京を中心とした京津翼地域をバランスよく発展させ、北京の首都機能を強化する施策が打ち出されました。北京の機能は、政治中心、科学技術中心、文化中心、科学技術交流中心と位置づけられました。それを背景に、2016年7月に北京市の行政機能を北京市副都心である通州へ移転、2017年4月には非首都機能を副首都である河北省の雄安新区へ移転する予定となっています。

 こうした政策に伴い、北京市は一部のローエンドな製造業や卸売・小売業などの経済活動を周辺地域へ移転させようとしています。卸売市場を取り壊したり、これまで黙認されてきた、マンションの1階部分や胡同の道路に面する部屋を店舗に改造する「違法改造」の食堂、雑貨店、喫茶店の原状復帰や営業停止など規制が強化されたりしました。結果として、ある程度、北京市の過密状況は解消されましたが、一方でこれまで身近にあった商店が町から消えて、生活が不便になるだけではなく、生活コスト高にもつながり、町の活性化に悪い影響が出てきたことを懸念する声もあります。

 市井の人々を北京から追い出す一方で、優秀な人材までも大気汚染と高い不動産価格の影響で、北京から離れていくことになると、今後北京の都市競争力が落ちるのではないかと懸念する声も当然出てきます。科学技術中心という首都機能を支えるには、優秀な科学技術人材をどんどん引き込まなければなりません。しかし、中関村の研究開発機関に勤めている若者は、同年代の人より高い給料をもらっているといっても、五環路の内側にある不動産価格が、平米あたり4万元(70万円弱)にまで高騰してしまえば、なかなか北京で自宅を購入することができません。中国人にとっては、自分の家が持てないとなると、その都市への帰属感が持てなくなるものです。結果として、他の都市や海外へ職を求める人が少なからず出てくることになります。特に、今の時代、人材獲得競争はグローバルに生じていますから、中国国内だけではなく、海外での就業や移民の決断にも抵抗感は小さくなっています。
 「北京市全体計画2016-2030」(案)においては、2020年に北京の人口を2,300万人以内に抑え、2020年以後も2,300万人を維持する計画となっています。実際にも2012年から、北京の常住人口の増加と増加率は年々減少傾向となっています。2012年の50.7万人増から、2016年はわずか2.4万人増でした。2016年の人口増加率は0.1%にとどまったのでした。

 今の北京にとって、大都市病の解消は最も重要な施策ではありますが、都市の活気を維持することも、都市の持続的発展のために必要不可欠なことです。そのためには、多様な住民の存在を許容することが重要かも知れません。かつて、ニューヨークもパリも東京も同じような大都市病を経験しましたが、今では、世界で憧れの町として存続しています。その経験を北京にも活かすことができたらと思います。



創発戦略センター
マネジャー
岡元 真希子
 

第22回 「保険外サービス」再考

 介護関連の新聞や雑誌で「保険外サービス」という言葉をよく見かけるようになった。正確には「公的介護保険外サービス」だが、介護保険給付に関わる事業者や地方自治体の職員が、そうした新聞や雑誌の読者であるため、前半を略して「保険外サービス」と表記されることが多い。

 この言葉は、関係者にとってはとても重宝だ。介護保険法に基づく指定を受けている事業者にとっては、本業である「介護保険サービス」があるので、それを出発点として「介護保険外サービス」を容易に定義することができる。「新規事業として保険外サービスを拡充して、売上比率の何%を目指そう」といった計画を見かけることもある。また、介護保険給付を利用している人にとっても、「窓磨きや庭の手入れは、介護保険給付ではできませんよ」という説明を受けているので、「保険外サービス」と言われたときにピンと来る。

 さらに介護保険を運営している自治体にとっても、法に規定される介護保険給付とそれ以外のサービスは明確だ。もちろん、自治体の業務は多岐にわたり、より正確に言えば、介護保険の担当課の所管ではあるが介護保険給付ではない、オムツ代の補助などのサービスもあれば、介護保険以外の課が所管する地域の老人会活動の支援といったサービスもある。とはいえ、「保険外」といったときに、何を指すかは比較的分かりやすい。

 しかし「保険外サービス」という言葉は介護業界の内輪の用語であって、外の業界から見ると、とても分かりにくいという危険をはらんでいる。全国の介護保険の事業所は、最も事業所数の多いサービス種別である通所介護・居宅介護支援事業所がそれぞれ約4万、訪問介護事業所が約3万、介護保険施設が全国で約1万3千である。一方で総務省統計局が調査する全国の一般的な事業所数は約560万に上る(平成28年経済センサス速報)。全体の9割以上を占める介護以外の事業者から見て、例えば「公的介護保険サービスから半径2メートルのドーナッツ状の範囲が『保険外サービス』ですよ」と言われても、何のことか分からない。

 保険外サービスについては、その内容に着目して「生活支援サービス」と呼ばれることも多かった。典型的なものとしてはお弁当の宅配や電球交換など、家事や暮らし周辺の手伝いである。また、ターゲット顧客に着目して「介護保険給付を利用している人が、保険給付以外に利用するサービス」という定義の仕方もできるだろう。しかしどちらにしても、保険外サービスの全体像を捉えたものとは言い切れない。介護保険の受給者数は400万人弱(介護保険事業状況報告月報、平成29年2月分)であり、保険外サービスを必要とする人は、要介護認定を受けていない大多数の高齢者、さらには若年でも同様のサービスを必要とする潜在顧客層と、その裾野は広い。

 「保険外サービス」に代わる新しい言葉を作り出す試みが、高齢者への手助けを行うサービス市場への、民間セクターの積極的な参入を促す第一歩になると、あらためて感じている。

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