創発戦略センター ISSUE 345 2017/05/09(火)発行
創発
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今回の北京便りは雄安新区の話題が届いています。
創発Eyesの中国モビリティーサービス産業の急成長と合わせてお読みください。
弊社研究員は中国出張が多いですが、今後ますます増えそうな予感です。

※ ESG Research Reportページに記事"Auditing the auditors"を掲載しました。
先般確定しました「監査法人のガバナンス・コード」の内容の紹介に加え、今回明確には反映
されなかったものの、今後検討が必要な項目を提示しています。
こちらからご覧ください。
   1. Yumoto Message

・シムズ理論とベーシック・インカム論をどうみるか

   2. 創発Eyes

・中国のモビリティサービス産業の急成長

   3. 北京便り

・雄安新区開発のビッグニュースを聞いて

   4. 連載_シニア

・第20回 2030年の働き方



副理事長
湯元 健治
 

シムズ理論とベーシック・インカム論をどうみるか

 今年に入って脚光を浴びた経済理論として、シムズ理論とベーシック・インカム論がある。前者は、米プリンストン大学教授であるクリストファー・シムズ教授が提示した「物価水準の財政理論(FTPL: Fiscal Theory of the Price Level)」であり、ゼロ金利制約下では金融政策の効果は乏しいため、金融政策と財政政策が協調することによって、はじめてデフレ脱却が可能となると説く理論だ。後者は、主に貧困対策として政府が国民に最低限の生活保障を現金給付で行うものだ。これは、1970年代から議論がなされていた考え方だが、本年1月にフィンランドが国家レベルとして初めて試験的導入に踏み切ったことを契機に、その実現可能性に注目が集まっている。本来、この二つの理論は別々の理論だが、シムズ理論における財政政策としてベーシック・インカムの導入を想定する場合、その有効性や実現性をどう考えるべきかについて考えてみたい。

1.シムズ理論の本質とは何か
 シムズ理論(以下、FTPL)は、金融政策よりも財政政策の有効性を唱える点で、ケインズ理論に似ているが、その本質は全く異なる。ケインズ理論では、不況時に減税や財政支出を拡大することで有効需要を拡大させ、デフレ・ギャップ(=需給ギャップ)の改善によって、実体経済面からインフレ圧力を増大させるが、好況時にはインフレを抑制すべく増税や歳出削減により財政緊縮を図るものである。
 これに対して、FTPLでは政府が無責任になり、増税や歳出削減ではなく、将来のインフレによって財政再建を図るという強いコミットメントを打ち出し、市場や国民の期待に働きかけてインフレ期待を醸成しようとすることに主眼がある。とくにシムズ教授は、日本の場合は国民の財政や社会保障制度に対する悲観的過ぎる見方がデフレの原因であるとし、政府は2%インフレ目標が実現するまで、財政支出を拡大させるべきだと提言している。具体的には、2%インフレ目標が実現するまで、消費税率の引き上げ(2019年10月に予定)や2020年度に設定されているプライマリー・バランス(基礎的財政収支)の黒字化目標を先送りすべきだと説いている。

 ただし、シムズ教授自身は財政健全化の必要性は強く認識しており、物価目標が達成された後は、ハイパー・インフレ防止のための金融引き締めを行い、財政も健全化路線に戻るべきだと主張している。
 このシムズ理論に安倍政権のブレーンである浜田内閣官房参与が「目から鱗」との言葉で全面的に賛同を示したことから、安倍政権が消費税増税や財政健全化目標の先送りに動くことを正当化する格好の理論となっている。果たして、FTPLは理論的にも現実的にもどこまで妥当性を持つのだろうか。

2.シムズ理論の現実的妥当性には疑問符
 筆者は、シムズ理論は一見完成度の高い経済理論と見受けられるものの、現実的な妥当性という観点からは、様々な疑念を持たざるを得ない。

 第1は、政府の財政政策の運営スタンスが人々のインフレ期待に働きかけるという効果に対する疑念だ。政府が財政運営に無責任になれば、インフレになるというメカニズムは、(1)国債価格が暴落し、人々は国債を売却しモノを買うため、インフレになる、(2)完全雇用下での大幅な財政支出拡大は、需給ギャップの需要超過拡大を招き、いわゆる財政インフレを引き起こすとの期待が高まるという2つのルートで生じると考えられる。しかし、日銀があれだけ無責任に振舞ったにもかかわらず、インフレ期待はさほど高まらず、物価上昇もほとんど生じていない。また、安倍政権では財政健全化目標を掲げてはいるものの、現実には財政健全化よりも経済成長を優先していることは明らかで、筆者に言わせれば、財政に関してはすでにかなり無責任である。そもそも、安倍政権下の過去4年間で総額27兆円規模の補正予算を編成しており、すでに財政の大盤振る舞いも実施している。それにもかかわらず、インフレ期待は大きく上昇していない。要するに、国民は経済理論の教える合理的期待ではなく、現実に即した適合的期待で行動している訳で、政府の無責任な宣言や行動だけで、期待が変わるとみるのは、余りに非現実的だ。

 第2に、仮に、インフレ期待が首尾よく生じた場合には、長期金利が物価に先行して急騰し、景気抑制的に作用する可能性が指摘されている*。 この問題は、日銀がイールドカーブ・コントロールで10年物国債利回りをゼロ近傍に抑制し続けるため、現実には発生しないという反論もあるだろう。実際、国債保有の9割は日銀を含めて銀行、郵貯、年金などの国内投資家であり、残り1割の国債保有者である外国人投資家が売ったとしても、その影響は限定的と考えられる。

*内閣府経済社会総合研究所が2003年5月に公表したDiscussion Paperシリーズとして「FTPLを巡る論点について」を公表。そのP29では、「FTPL 論者の主張に従い財政拡大を行った場合には、物価水準が上昇するのではなく、単にリスクプレミアムの増加による金利上昇を招く可能性が大きい。こうした形での金利上昇は望ましいシナリオではない」と結論付けている。

 シムズ理論では政府のデフォルトは前提として想定されていないが、現実に財政が無規律に拡大される場合、投資家はデフォルト期待を織り込む。その場合には、国内投資家も含めて国債を売り急ぎ、国債暴落、長期金利急騰が生じ得る。ただし、シムズ理論の前提では、物価が2%に達したら、無規律な財政拡大はやめるはずであるため、一部エコノミストらが懸念するハイパー・インフレや長期金利の急騰は生じないとの理屈も成り立つ。結局のところ、政府が無責任になるといっても、2%程度のマイルド・インフレの範囲内という条件付きであり、インフレ期待を引き起こすことは至難の業だと解釈すべきだろう。

 第3は、財政支出拡大策として、一体何が想定されているのかということだ。シムズ教授は、「インフレによる財政赤字のファイナンス」と言っているものの、具体的な財政支出の拡大策には言及していない。期待に働きかける効果を大きくするには、実際に財政支出を拡大する必要があるが、例えば、公共投資の拡大は、バブル崩壊後、100兆円以上の規模で実施されたにもかかわらず、景気や物価への効果は一過性のものに止まった。減税は先進国最悪の財政状況の下で、リカーディアン的な将来の増税予想を払拭することはできないだろう。つまり、消費者は減税されても将来の増税を予想するため、消費は増やさず貯蓄に回し続けるということだ。こうした議論に対して、政府が減税財源として償還の必要のない永久国債を発行し、日銀が市場でこれを買い取れば、確実に消費が増加するとの議論がある。しかし、これは麻生財務大臣もきっぱりと否定しているヘリコプター・マネー論に他ならない。

 個人消費が長らく低迷を続けている背景には、少子高齢化、人口減少に伴う構造的要因が重くのしかかっている(詳しくは、湯元健治の視点「個人消費低迷長期化の謎を探る」2016.6.14参照)。(1)現役対比で所得・消費水準の低い高齢者数の増加、(2)年金抑制、(3)社会保障負担の増大による可処分所得の低迷、(4)社会保障の将来に対する不安などが根強く消費抑制に作用しており、減税で消費が回復するとみるのは楽観的過ぎる。何より、財政規律を完全に失わせるヘリマネ論は、財政健全化を肯定するシムズ理論とは根底から相容れない。
 ヘリマネ論のような極論は別としても、ベーシック・インカムの導入により、所得水準の底上げを図れば、将来不安もなくなり、消費が拡大する可能性はある。物価上昇が先行しても賃金上昇が追い付かず、実質賃金が低下して消費が低迷したことは、安倍政権下で実証済みだ。ベーシック・インカムの導入により所得の底上げを図ることで、実質賃金の低下を防ぐことが可能となる。以下では、フィンランドで試行的に導入されているベーシック・インカムの狙いと課題について論じた上で、シムズ理論とベーシック・インカムの組み合わせの可能性について述べたい。

3.ベーシック・インカム論が注目される背景とは
 ベーシック・インカムとは、国民の最低限度の生活を保障するため、全国民に現金を一律給付するという政策である。一般的に、生存権を保障するための現金給付政策として、生活保護や失業保険給付、医療扶助、子育て支援給付などの形ですでに多くの国で実施されているが、ベーシック・インカムでは、これら個別対策的な保障ではなく包括的な国民生活の最低限度の収入(ベーシック・インカム)を保障することを目的とする。

 フィンランドでは、本年1月より、無作為選出された失業者2,000人に対して、向こう2年間、1人当たり560ユーロ(6万9,000円)を無条件に支払う実験を開始した。この制度の基本的な狙いは、(1)貧困対策、(2)高失業対策、(3)行政・社会保障制度の簡素化である。とくにフィンランドでは、社会保障制度が充実している一方、複雑で多層的であり、各種給付が得られるかどうかの条件が分かりにくいと言われている。また、失業給付などは就業すると減少するため、就労インセンティブを殺いでいるとの批判があった。ベーシック・インカムは、基本的に非課税であり、就労の有無にかかわりなくもらえるため、就労意欲を高めるとの期待がある。他方、無条件の現金給付は、就労意欲を損なうとの見方もあり、判断は難しいが6万9,000円というレベルは、楽に暮らせる水準ではなく、むしろ就労意欲にはプラスになると見込まれている。ちなみに、スイスで2016年6月にベーシック・インカムを導入すべきかどうかの国民投票が行われたが、否決された経緯がある。支給額が2,500フラン(28万5,000円)と高いことが、勤労意欲を損なうとの理由で反対が多かったようだ。他方、ベーシック・インカムは子どもを含めて支給されるため、子どもの数が多いほど多く支給され、少子化対策にもなるとの期待もある。

4.シムズ理論とベーシック・インカムの日本での適用可能性
 このような多くのメリットが期待できるベーシック・インカムだが、シムズ理論における財政支出拡大策として、これを日本に導入する場合、どのような点が課題となるであろうか。

 第1に、導入の目的を明確化させる必要がある。フィンランドでは、就労インセンティブを高め、高失業を是正することが大きな目的の一つだが、日本の場合は、失業率は歴史的な低水準にある。無条件の現金給付策は、却って就労インセンティブを低下させる懸念もある。日本の場合は、少子化対策にもなるが、将来の物価上昇に備えて実質賃金の低下を回避するというのが本来的目的となろう。また、全国民に一律の金額を支給するという制度設計は、格差是正にはつながらないという意味で、支給対象を中低所得層に絞るとの発想も必要だ。

 第2に、給付水準の設定と他の社会保障制度との整合性確保だ。最低賃金制度や基礎年金、生活保護制度は最低生活保障の意味合いが強いが、これらの制度に上積みしてベーシック・インカムを支給するのか、他の制度を整理・縮小した上で導入するのか、より具体的かつ現実的な議論が必要だ。フィンランドの場合は、社会保障制度が手厚過ぎることが就労インセンティブを低下させる要因となったが、日本の場合は、欧州諸国と比べると見劣りする分野が少なくない。他の社会保障制度の見直し・縮小は必要だが、その場合、高所得層にも一律給付するベーシック・インカムが国民の間でどれだけの支持を得るかは未知数だ。

 第3は、最大の問題である財源をどうするかだ。全国民1億2,700万人に、6万9,000円支給するとしたら、財源は87.6兆円も必要となる計算だ。これは、一般会計社会保障予算の3倍近い規模であり、非現実的と言わざるを得ない。他の社会保障支出の削減で賄うにせよ、大幅な財源が不足する。赤字国債の大量発行は不可避だ。そうなれば、日銀のイールドカーブ・コントロールも困難になるだろう。シムズ理論では、物価目標2%達成時には、財政健全化路線に戻るとしているが、仮にそれまでの間は国債発行やむなしとしても、その後の財源は成長による税収増だけでは賄いきれないことは自明だ。

5.おわりに
 ベーシック・インカムをわが国で導入するには、以上述べたような様々な課題をクリアする必要があるが、社会保障制度の抜本改革とセットで議論することは、意味のあることだ。わが国がデフレから容易に脱却できない原因は、将来の増税に対する懸念だけではない。社会保障の将来に対する不安をいかに取り除くか。また、人口減少、少子高齢化が確実に続く中で、国内投資機会が少ないと企業経営者が痛切に感じていること、換言すれば、成長期待や収益期待が低迷を続けていることこそがデフレの本質的要因である。その意味で、金融政策や財政政策でインフレ期待を引き上げることは困難だ。わが国が取るべき道は、社会保障制度の抜本改革と同時に、潜在成長率や生産性を引き上げるための成長戦略の着実かつスピーディな実行しかない。安倍政権はシムズ理論の甘い誘惑には決して乗るべきではないだろう。

        



創発戦略センター
マネジャー
程塚 正史
 

中国のモビリティサービス産業の急成長

 今年も上海モーターショーが盛り上がりを見せている。中国現地の自動車メーカー、いわゆる民族系企業がデザイン性を高め、特にSUVカテゴリでは低価格で良質な製品を出展していると言われている。上海汽車や北京汽車のような国有大手だけでなく、長城汽車のような民営企業が近年シェアを拡大させているのは事実である。

 このような民族系企業の勢いが報じられる一方で、現時点でも中国の自動車市場では日米欧などの海外勢がシェアの過半を占めており、この状況が短期間で急変するとは考えにくい。世界のトップメーカーには、蓄積している技術もノウハウもブランド力もあるからだ。

 他方、ガソリン車ではなく、EV/PHEV市場では民族系の存在感が圧倒的だ。中国のEV産業は国策として育成されていることもあり、EV/PHEVの年間販売ランキングでは民族系メーカーの製品が上位を占める。その勢いはガソリン車市場の比ではなく、ここ数年は毎年数倍ずつ市場を拡大させている。日本総研の試算では、2020年には、世界で走行しているEVの半分以上が中国にあると予想される。

 中国のEV/PHEV市場の特徴の一つは、小型車両が多いことだ。2015年に中国で販売されているEV等のうち、53%がA0クラスまたはA00クラスとなっている。A00クラスというのは、軸距離2,450mm以下、全長4,000mm以下の車両で、日本の道路運送車両法上の軽乗用車に分類されるものも含まれる。具体的には例えば、北京汽車のEV160、知豆のD1という車種が挙げられる。その航続距離の短さと相まって、日米欧とは異なるEV市場を形成しつつある。

 ところで世界的に、自動車産業ではモノからサービスへの流れが加速している。この背景には車両のコネクティッド化や自動運転技術の進化といった技術起点の変化があり、シェアリングという社会ニーズの高まりがある。この動きは、当然中国でも起きつつある。

 これまでの中国の自動車市場は、日米欧に「追いつき追い越せ」であった。中国メーカーの方々と実際に話していても、たしかに現在でもそのような認識は根強い。一方、国策とはいえEVが台数規模で急拡大していたり、上記のようにその内訳が日米欧と異なり小型車両が多くを占めたりしているように、中国ならではの市場を形成しつつある。

 中国は新しいモビリティサービスを試しやすい場所だ。日米欧では既存の自家所有向けガソリン車市場とのカニバリゼーションに配慮せざるを得ない。一方、自家用車普及率の低い中国では新市場の開拓と位置づけることができる。また都市部では、アジア諸都市に共通の深刻な渋滞や運輸部門による大気汚染があり、車両の新しい利用形態への期待感は大きい。さらに政府方針の徹底度は日米欧の比ではなく、政府が舵を切れば実際にサービスが実装される可能性は高い。

 2017年現在、世界の自動車メーカー大手は、今後モビリティサービスが変化するという認識は共通に持ちつつも、どのようなサービスになるべきかについては暗中模索の段階だ。独特のEV市場を形成しつつある中国で、次世代のモビリティ産業の萌芽が育つ可能性は、十分にあるのではないだろうか。

 上海モーターショーには、GEELY(吉利汽車)の子会社Lynk&Coの車両が出展されている。この車両は、シェアリング利用を前提にした製品となっている。例えば、利用者が車両に「ログイン」することでソフトウェアを自分好みにカスタマイズしたり、シェア利用が可能な時間帯を設定したりすることができる。車両の利用形態の変化という川下側の動きに基づいて車両開発が行われていることの一例といえる。

 このような動きは、今後ますます増えてくるだろう。中国の自動車産業は日米欧の「真似っ子」だから、と高を括っていると、新たな動きを見逃すことになる。2020年ごろには、モビリティサービス産業において、中国市場を見習えという動きが出てくるだろう。その構図が現実化する前に、むしろ中国の新市場を共に創っていくという動きが、日米欧の関連事業者に必要なのではないだろうか。



創発戦略センター
シニアマネジャー
北京諮詢分公司
総経理
王  テイ
 

雄安新区開発のビッグニュースを聞いて

 「雄安新区を設立する」というニュースが、4月1日の昼前に突然発表されました。エプリルフールの日であるため、その日は朝から様々なジョークが飛び回っていました。雄安新区開発のニュースも最初は友人のネットでの書き込みを見て知りました。人騙しだと思い、真剣に考えもしませんでした。しかし、午後になると、ネットやテレビなどのメディアでどんどん情報が広がっていきました。政府のウェブサイトを確認したところ、「同新区はシンセン経済特区と上海浦東新区に続く国家的な意味を持つ新区であり、新区の設立は千年の大計、国家的大事業である」との記述を読んで、これはビッグニュースだと意識し始めました。これから何が起こるのか、何をすればいいのか、と考え始めるようになりました。

 このニュースが発表されて、現地には開発を見込んだ投機資金の大きな波が押し寄せていました。4月3〜4日は中国の清明節の休みであったにもかかわらず、数万人が雄安新区に駆け込み、不動産を買おうとしました。一方、政府は前もって不動産投機を断ち切るため、雄安新区の土地取引を凍結し、不動産取引禁止令を出していました。国家的大事業であるからこそ取れる措置です。
 雄安新区は、河北省雄県、容城、安新の3県を中心とした地域で構成されます。北京の西南にあり、河北省の中部に位置しています。北京からの距離は105キロメートル、天津から105キロメートル、石家荘から155キロメートル、保定市からは30キロメートルです。天津で生まれ育った私は、これまで雄県、容城、安新などの地名を聞いたことがありませんでした。

 雄安新区は、「首都副都心」と位置づけられる計画です。その戦略的な位置づけについて、習近平国家主席が,「非首都機能を疎開させ、その機能の集中的な受け皿として、新しい発展理念で建設し新型都市を建設する」と指示しました。一説では、現在北京にある政府部門、関連企業、中央企業などでも、一部の中央政務区に残らなければならない部門以外(非コア部門)は、すべて雄安新区に移転するとのうわさがあります。
 雄安新区の計画面積は、期初開発地域が100平方キロ、発展期(中期計画)が200平方キロ、長期計画が2000平方キロとなっています。なぜ、雄安が選ばれたのか、中国には様々な解釈があります。例えば、北京と天津の間に位置し、北京新空港にも近く、周辺には鉄道、高速道路あり交通が便利であること、基礎インフラが貧弱のため、白紙の段階から、新しいモデルを建設できること、自然環境が優れており華北平原の最大の淡水湖である白洋淀があることなどです。

 このうち、最も面白いと思ったのは風水の視点からの解釈でした。つまり、北京は元々風水がすばらしい地域です。市の北には雄大な燕山山脈があり、山は風水においては「土龍」とみなされ、政治を管轄するのです。そのため北京は古代から中国の政治の中心として君臨しています。市の東には運河があり、南に渤海湾に面する天津市があり、水は風数においては「水龍」とみなされ、経済を管轄するのです。近年、市域の拡大、人口の増加、環境の悪化により、北京では水資源不足が深刻になりました。雄安新区には、白洋淀があり、その周辺に川があります。天津には海河があり、海のそばに位置するため、雄安新区と天津市が北京市と2等辺三角形の形を作り、北京を支える形になります。これにより運気がさらに強まるといわれています。

 1980年代にシンセンは中国の改革開放のモデルとして中国の対外開放を引っ張りました。1990年代上海浦東は揚子江経済帯の経済発展を牽引しました。今度は、雄安新区が新たな経済発展段階の都市圏開発、地域協調開発を実現し、中国の新しい経済成長を牽引することになるでしょう。
 雄安新区の基礎インフラ建設はこれからですが、「グリーン」、「低炭素」、「スマート」などのキーワードで、建設作業が進められていくことは確実です。2020年には都市の輪郭が出来上がり、2022年には期初開発地域のインフラ建設を完了するとの計画になっています。



創発戦略センター
シニアマネジャー
齊木 大 
 

第20回 2030年の働き方

 今回は、これから先10年程度を見据えた、私たちの暮らしの姿を考えてみたいと思います。
 10年後には、日本全体では団塊世代が全て75歳以上となり、国全体での高齢化率も3割近くになります。特に、団塊世代が暮らす割合が大きい大都市の郊外部では高齢化が急速に進みます。例えば埼玉県では、75歳以上高齢者が、2015年対比1.5倍となり、全国の中で最も75歳以上の高齢者が増えることになります。この傾向は千葉県や神奈川県でも同様です。

 一方、高齢者自身の健康状態はどうなるでしょうか。よく「最近の高齢者は昔の高齢者と違う」といいますが、実際、「今の高齢者は昔の高齢者よりも10歳程度若返っている」というデータもあります。既にプロスポーツの世界では、これまでには無かった比較的高年齢で活躍する選手も現れています。2020年を契機として、医療だけでなく健康や栄養といったさまざまな分野でも、いわゆる技術革新が進展し、さらに“若返り”が進むのでしょう。高齢者の定義を「75歳以上とすべき」という提言が日本老年学会から示されているように、2030年の75歳は今の65歳、かつての55歳くらいの体力を有していてもおかしくありません。もちろん、加齢に伴って体や認知機能の低下、および生活習慣病に由来する脳血管疾患や心疾患などの罹患率も上がりますが、総じて今の高齢者よりも健康な割合が大きくなり、こころもからだも元気な方が増えると見られます。

 つまり、2030年というのは、団塊世代が75歳以上になりますが、その姿はおそらく今の60歳代後半くらいの「元気な」人も多くを占めることになるわけです。そして、その多くは変わらず現役で働き続けるのでしょう。
 実際、60歳以上の7割以上が今後も働き続けたい意向を持っています。一方、現在、65歳以上人口に占める雇用者数の割合は約14%となっているため、65歳以上の雇用者数を増やす余地は大きく残っているといえます。これを人材需給の観点から見ると、今後、2025年時点でも既に、日本全体・全産業合計で580万人以上の労働力が不足するという推計もあります。もちろんこの全てを高齢者の就業で埋めることはできませんし、まずは生産性向上を追求する必要がありますが、「働きたい」という高齢者の意向も踏まえると、2030年までに150〜200万人程度の新たな高齢者の就業を生み出していくシナリオが現実的だと考えられます。

 このような社会においては、ギャップシニア層の「やりたいこと」は、生活や趣味の継続以上に「現役で働き続けること」、「さらに新しい知識や技術を身につけること」、「より魅力的な職場を探すこと」が上位になるでしょう。特に、これまで自分が培ってきたキャリア、知識・技術を活かしつつも、その周辺の新たな職域へとピボットしていく意欲を持つ高齢者が増えることで、より高度な学習や技術研修といったトレーニングセクターへの需要も大きくなると考えられます。
 さらに、こうした意欲的な高齢者が増えるとともに、高齢者の存在を念頭にしたオフィス環境の整備や支援サービスの需要が増えるでしょう。具体的には、バリアフリーならぬエイジフリーなワークプレイス、具体的には目や耳、体力や認知機能の加齢に伴う低下をサポートしつつ、さらに新たな技術や知識の習得を促すような職場環境が求められます。また、フルタイムではなく、個人として独立的に働く人が増えるならば、シニアにも使いやすいワークシェアオフィスのような場が求められるでしょうし、シニア個人が持つスキルと企業のニーズをマッチングするサービスの需要も大きくなるでしょう。

 働くことは、お金を稼ぐ以上に、社会参加と自らの役割を実現するという高次欲求を満たす行為といわれます。生活の困りごとの解決に留まらず、生涯現役で役割を担い続けられる、そんな社会の実現に向けて、引き続きサービスや仕組みの開発を進めていきたいと考えています。

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■最新の書籍

稼げる農業

稼げる農業−AIと人材がここまで変える−
日経ビジネス編
発行: 日経BP社 2017年5月15日

今年1月に三輪泰史シニアスペシャリストが登壇した、日経ビジネス主催「農業イノベーション2017」 というシンポジウムの講演内容が書籍化されました。
講演内容は 「第三章 ICTを活用したスマート農業」に掲載されています。
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