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Business & Economic Review 2012年4月号

【特集 医療制度の在り方を考える】
医療効率化の新たなステージ-ドイツの三位一体での取り組みから学ぶ

2012年03月23日 飛田英子


要約

  1. 社会保障の在り方が問われるなか、医療については、社会保険の枠組み強化を通じた機能の向上が有力な改革の方向性である。この背景には、わが国の公的医療制度が「保険」の仕組みを採りながら、その中心的なプレイヤーである保険者がほとんど機能していないことがある。結果、医療の効率化についても患者自己負担の引き上げと診療報酬の抑制に頼らざるを得ず、コストの抑制にはある程度成功したものの、質については医療崩壊が懸念される等、国民が安心できる水準からは程遠い状況にある。 
    一方、海外では、医療の効率化において保険者が積極的に活用されている事例がみられる。とりわけドイツでは、1990年代半ば以降、保険者、患者、医療機関が三位一体で効率化に取り組むことにより、コストの抑制と質の維持の両立が目指されている。わが国の効率化が患者サイド中心の第一ステージとすれば、ドイツではさらに先のステージでの効率化が展開されているといえよう。そこで、本稿ではドイツの医療効率化に向けた取り組みを整理し、わが国へのインプリケーションを考察す。


  2. ドイツの公的医療制度はわが国と同じ保険方式であるが、その内容は大きく異なる。すなわち、保険者である疾病金庫の権限が強く、医療費の交渉や医療の質の評価等において大きな役割を担っている。これを可能にしているのが、自律的な財政運営と保険者間の競争である。
    まず、財政運営については、財源は原則保険料であり、公費の投入は限定的である。このため、保険運営に政府が大きく関与するわが国と違って、疾病金庫は少なくとも予算面では政府の縛りを受けない。
    一方、保険者間の競争については、ドイツでは被保険者は加入する疾病金庫を自由に選択できる。被保険者にとってコストの低い疾病金庫ほど魅力的なので、疾病金庫は自ら積極的に合理化に取り組むことになる。なお、競争に際しては、公平な競争環境が政府によって整備される。具体的には、被保険者の年齢や所得等、疾病金庫の責に負えないリスクの格差については、リスク構造調整を通して事前に調整される。


  3. ドイツでの取り組みを保険者、患者、医療機関サイドに分けて整理する、次の通りである。
    (1)保険者サイド
    上述の通り、競争原理の導入によって疾病金庫に効率化インセンティブが与えられてきた。さらに、近年でも更なる合理化努力を促す内容の改革が相次いで実施されている。その大きな柱は、財政ルールの変更、リスク構造調整の見直し、民間保険要素の導入、の3点である。
    まず、財政ルールについては、各疾病金庫が独自に保険料率を決める方式から、「健康基金」を中心にした一つのシステムに統合された。これに伴い、保険料率はすべての疾病金庫で15.5%に統一されるが、これにより疾病金庫はより効率的な保険運営を求められることになった。すなわち、新ルールでは、黒字の金庫は余剰金を被保険者に還元できる一方、赤字の金庫は追加負担を徴収することになる。この追加負担は、給与天引きの保険料と違い、金庫と被保険者が直接やり取りすることになるので、被保険者のコスト意識により大きく働くことになる。
    次に、リスク構造調整については、有病度を反映した新しい仕組みに変更になった。年齢と所得を主なリスク要素とする従前制度では、病気を抱える被保険者は疾病金庫から敬遠される傾向があったが、有病度をリスク要素に加えることにより、より公平な競争環境が整備されることになった。
    最後に民間保険要素については、高水準の給付を望む者には高い保険料といったように、給付内容と料率の組み合わせを加入者が選択できる、いわゆる選択的料率の提供が可能になった。これにより、疾病金庫間の競争の中身が、保険料率から給付の内容やサービスの質にまで拡大されることになる。
    (2)患者サイド
    ドイツでは、自己負担の引き上げは90年代後半以降、限定的にしか行われていない。代わりに、初診を家庭医に限定する家庭医プログラムの提供を疾病金庫に義務付ける等、フリー・アクセスを制限する政策が展開されている。
    (3)医療機関サイド
    医療機関サイドの効率化では、支払い方式の変更がメインになる。すなわち、診療や検査の回数に応じて報酬が積み増しされる出来高払い方式から、一つの疾病や1回の入院について定額の報酬がつけられる包括払い方式に変更することにより、過剰な診療や検査が抑えられる。
    入院と外来に分けてみると、まず入院では、2010年にすべての入院について包括化への移行が完了した。一方、外来では、2009年に診療報酬体系が大きく見直され、これまでの出来高払い方式から包括払い方式に変更になった。具体的には、患者一人につき何点という形でベースとなる報酬が設定され、これに特別な検査や夜間・休日診療、医師の特別な資格等に対する評価が加算される。なお、新しい体系は家庭医と専門医の2本建てで設計されており、家庭医への配分が手厚くなっている。これにより、家庭医機能の強化も図られているわけである。
    (4)わが国の状況
    わが国での効率化は、ドイツに比べて大きく遅れをとっている。保険者サイドについては、そもそも本来の保険者としての機能を果たしているとは言いがたく、効率化の第1ステージにも達していない。患者サイドについても、依然として自己負担の引き上げが中心である。さらに、医療機関サイドについても、外来の診療報酬は相変わらず出来高払い方式が基本である。入院については、包括払い方式への移行が進んでいるものの、そのカバレッジは病床数ベースで約5割であることに加え、報酬が1入院当たりでなく1日当たりであり、前年度の収入を保証する調整係数が存在する等、医療機関の非効率性を温存する構造となっている。


  4. ドイツの取り組みから導かれるインプリケーションを整理すると、以下の通りである。
    第1は、保険者機能の強化に向けた環境整備である。被保険者による保険者の選択は時期尚早としても、財政運営の自律化、保険者間のリスク調整方式の見直し、規制緩和の推進等を通じて、少なくとも保険者が本来の機能を取り戻す必要がある。
    第2は、フリー・アクセスの見直しである。初診を特定の医師に限定する、いわゆるゲート・キーパー制は世界的な潮流である。わが国でも、過剰受診の抑制、生活習慣にも配慮した医療サービスの
    提供等の観点からも導入を検討すべきである。
    さらに、自己負担の世代間格差の是正、複雑で不透明な診療報酬体系の見直し等も挙げられる。
    これまでの医療費の抑制に主軸を置いた効率化は、医療の質の低下をもたらす懸念が大きい。コストと質の両立という問題解決の鍵を握るのは保険者であり、そのためには財政責任の明確化や保険者の権限強化等、保険者が本来の機能を発揮できる環境整備が不可欠である。現在、政府では社会保障・税一体改革のもとで保険者機能の強化が検討されているが、その内容は保険者の本来の機能とは程遠いといわざるをえない。政府に対してはさらに踏み込んだ議論を期待したい。
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