コンサルティングサービス
経営コラム
経済・政策レポート
会社情報

経済・政策レポート

Business & Economic Review 2005年11月号

【PERSPECTIVES】
人口減少時代への雇用システム改革-懸念される人材不足の深刻化と「人材立国」再建への課題

2005年10月25日 調査部 マクロ経済研究センター 主任研究員 山田久


要約
  1. 2005年に入ってから、バブル崩壊以降のわが国の雇用情勢を特徴付けてきたトレンドに潮流変化がみられる。まず、「余剰人員の時代」が終焉し「人材不足の時代」が始まりつつある。また、「日本型雇用慣行」に対する再評価の動きがみられる。もっとも、「人口減少」というメガトレンドが本格的に始動しつつあり、右肩上がりの経済成長を前提としたバブル崩壊以前の日本的な雇用慣行が“復元”されるとみるのは早計である。人口減少社会への移行というトレンドに適応した、新しい雇用システムを創造していくことが求められている。

  2. 新しい「人材不足の時代」では、必要な人材が不足する一方、余剰人員も残るというミスマッチが拡大しやすい。とりわけ、過去10年における企業の人材育成投資の機能低下がミスマッチ拡大を助長している。投入費用・時間が減少したという「量的問題」のみならず、人材投資の内容が時代の変化にミスマッチを起こし、教育投資の効率性が低下しているという「質的問題」も無視できない。後者については、とりわけ、今後の企業競争力の鍵となる「プロフェッショナル人材」「経営人材」を効率的に育成できる仕組みが整備されていない点が大きい。

  3. 人口減少が労働市場に及ぼす影響の第1は「労働力の多様化」を促すことである。人口減少は労働力供給の量的減少を意味するが、わが国では「夫片働き・定年退職」というライフスタイルが前提にされてきたため、女性および高齢者の労働力活用の余地が残されている。このため、定年前の男性という「典型労働力」の減少を補うために、女性や高齢者の就業者を活用することが求められる。さらに、これまでは原則門戸を閉ざしてきた外国人に対しても、一定の管理下のもとで計画的に労働市場を開放していくことはもはや待った無しの課題になっている。

  4. しかし、人口減少が労働市場に及ぼす影響としてもっとインパクトが大きいのは、「労働需要の質的変化」を促すことである。人口減少は、現在進行中の産業構造・事業環境の三つの潮流変化―a.国内競争の激化・スピード化、b.経営のグローバル化、c.株主主権の強まり―を加速させることを通じて、経済活動における「市場原理(資本の論理)」の徹底を促す。それは個々の企業には互いの間の競争を激化させて、事業の創出・撤退を活発化させつつ高収益性の追及を要請する方向に作用する。この結果、雇用の在り方は「高度化・柔軟化・流動化」の方向に質的な転換を求められる。

  5. 人口減少は「資本の論理」を強める方向に働くとはいえ、必ずしもわが国の雇用構造がアメリカのそれに収斂していくとは限らない。他の先進国に比べてわが国の持つ産業構造の特異性はその「ものづくり」基盤の強さにあり、今後のわが国の産業構造が向かう方向性は、「第2次産業から第3次産業へのシフト」というよりも、「第2次産業と第3次産業の融合を通じた2・5次産業化」ともいうべきものであろう。このことは、わが国における「労働需要の高度化・柔軟化・流動化」は、グローバル競争を勝ち抜くための経営人材、プロフェッショナル人材のほか、質の高い技能工・基幹事務職に対する需要も引き続き一定量生じることを意味している。

  6. 労働需要構造の変化に対応した人材育成システムが構築されなければ、現在企業が中期的に期待している1%半ばの経済成長を達成するのに必要な人材(スキル)が、2015年までに約520万人(専門・技術職で486万人、生産労働者で34万人)不足すると試算される。逆に言えば、これらの必要な人材・スキルが供給されない場合、1%半ばの実質経済成長率の達成は不可能であり、現実には実質経済成長率が低下するという形で辻褄を合わせることになる。その結果、労働生産性の上昇スピードも低下し、一人当たり実質所得も低迷を余儀なくされることになる。

  7. したがって、人口減少下で労働生産性・生活水準の向上を実現していくためには、人口減少時代到来が要請する「労働力の多様化」「労働需要の高度化・柔軟化・流動化」に対応した必要な人材が十分に供給される必要がある。そのためには、これまでの『人基準の正社員重視システム』から、以下の五つの要件を充たす『仕事基準の多元的雇用システム』への転換が不可欠の条件である。
    a.勤労者の属性(性別・年齢・国籍等)で差別されず等しく能力が活かされるシステム
    b.勤労者が各自の「キャリアの展望」が描けるシステム
    c.プロフェッショナル人材、経営人材が育つシステム
    d.質の高い技能工・基幹事務職が適正人員確保されるシステム
    e.非正規労働の能力が活かされスキル向上が可能なシステム

  8. さらに、『仕事基準の多元的雇用システム』が十分機能するには、企業外に社会的人材育成インフラが整備されることが必要となる。
    a.プロフェッショナル人材育成のためのインフラとして、産業界のニーズを十分に汲んだプロフェッショナルスクール制度の整備に加え、職種別雇用・賃金統計の充実や健全な人材紹介・職業斡旋ビジネスの育成により、職種別労働市場が整備されることが必要。
    b.非正規社員の能力開発のためのインフラとして、「日本版NVQ」(職業能力認定制度)の創設や「能力開発手帳」の交付が検討されるべき。
    c.中小企業現場労働者の育成インフラを、「日本版デュアルシステム」(実習と座学を組み合わせた職業訓練制度)や「メンター制度」(上司・先輩による指導・教育の仕組み)に「日本版NVQ」を連関させた統一体系のもとで、官民学の連携がうまくいくような仕組みとして構築する必要。
経済・政策レポート
経済・政策レポート一覧

テーマ別

経済分析・政策提言

景気・相場展望

論文

スペシャルコラム

YouTube

調査部X(旧Twitter)

経済・政策情報
メールマガジン

レポートに関する
お問い合わせ