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アジア・マンスリー 2012年4月号

【トピックス】
アジア銀行部門の現状と期待される役割

2012年04月02日 清水聡


欧州情勢の先行きが不透明ななかで、アジア諸国は銀行部門の健全性維持に注力する必要がある。銀行部門は、各国の経済成長や域内経済・金融統合の促進に重要な役割を果たすことが期待される。

■銀行部門の健全性維持の重要性
アジアでは、97年の通貨危機に際して多くの国が深刻な影響を被ったが、それらの国では徹底的な銀行・企業改革が実施された。それが一段落した2000年以降、各国で金融部門整備のマスタープランが作られ、政府が中心となって国内金融システム整備が推進された。
その結果、銀行部門の健全性や収益性は大きく改善した。健全性規制や銀行監督も強化され、また、対外取引に伴うリスクを抑制するために一定の資本取引規制が維持されている。さらに、アジア債券市場育成イニシアティブ(ABMI)の後押しもあり、各国で債券市場整備が進められたため、金融システムにおけるリスク分散がある程度進んだ。こうしたことから、アジアの銀行部門は2008年の世界金融危機に際して大きな影響を受けなかった。今般の欧州債務危機に伴う国際金融情勢の不安定化に直面しても、今のところ目立った影響は表れていない。むしろ、世界金融危機以降、アジアでは主に内需の好調から景気が順調に回復し、銀行融資の伸びも高まっており、それが銀行部門の収益性や効率性の改善をもたらしている。欧州の銀行が資産縮小を図っていることもアジアの銀行が融資を伸ばす要因となっており、また、邦銀による欧州の銀行の事業買収もみられる。
このようにアジアの銀行部門は好調を維持しているが、欧州情勢の混迷を受け、健全性の維持に留意すべき状況であることは間違いない。国内景気の減速に伴って企業の資金需要が減少し、銀行融資の伸びが低下することも考えられる。
健全性維持のために各国に求められることは、第1に、預金保険制度や銀行破綻処理制度などの金融セーフティ・ネットの枠組みを整備することである。域内のほとんどの国はこれらの制度を有しているが、預金保険制度における一人当たり保証上限額の適切な設定や中央銀行の銀行監督権限の強化など、改善すべき点は多く残されている。
第2に、危機の予防枠組みとしての健全性規制を一層強化することである。そのための課題としてあげられるのは、国際金融規制改革への対応、コーポレート・ガバナンスの改善、銀行監督や海外金融当局との協力関係の強化、消費者保護の枠組みの強化などである。各国は、バーゼル2ならびにバーゼル3への対応を進めている。こうした国際ルールへの対応は不可欠であるが、一方で各国はさまざまな個別事情を抱えており、適切な対応方針につき、EMEAP(東アジア中央銀行役員会議)などのフォーラムにおいて域内当局間で議論することが必要であろう。
第3に、不安定な資本取引に対処することである。域外からの金融危機の波及につながる急激な資本流入・流出が発生する可能性は近年上昇しており、ASEAN+3の域内金融協力の場においても、この問題が真剣に議論されている。各国当局は、リスクを抑制しつつ、いかに資本取引の自由化を進めるか、慎重な検討を求められている。
また、これに関連する問題として、外国銀行の国内市場への参入規制がある。各国は、地場銀行を強化するために外国銀行の出資を歓迎する一方で、支店や現地法人の形態による参入に対しては多様な規制を維持している。銀行部門が好調であるといっても、国際的にみればアジア(特にASEAN諸国)の銀行の規模は小さく、また、発展度合いも多様である。こうしたなか、外国銀行の役割をどのように考えるかも、当局が検討しなければならない課題の一つである。
外国銀行を参入させる前提として、地場銀行の競争力の強化が重要であることはいうまでもない。地場銀行は、効率性の改善、業務内容の再編、高付加価値ビジネスの拡大などを実現していくことが求められる。また、規模の拡大の観点からは、特に銀行の規模が小さい後発諸国を中心に、銀行統合も重要な選択肢の一つとなる。さらに、より基本的な問題として、金融自由化や金融インフラ整備(資金決済システム、会計基準、情報開示制度など)を推進し、金融システムの発展度の底上げを図ることが不可欠である。

■銀行部門に求められる役割
銀行部門を中心とする金融システムに求められる重要な役割は、第1に、経済成長への貢献である。97年の通貨危機以降、バランスの取れた金融システムの形成を目指し、アジア債券市場の整備が域内金融協力のテーマとなってきた。債券市場はある程度拡大したものの、依然として銀行融資が支配的な資金調達手段であり、債券市場整備は引き続き重要な課題といえる。
ただし、債券を発行できるのは信用力の高い大企業がほとんどであり、中小企業向け融資や消費者向けビジネスなど、銀行部門が適切な金融サービスを提供しなければならない分野は多い。これらの分野においては、融資を促進するために信用リスク情報データベースの整備や信用保証制度の強化などが課題となる。一方、消費者向けビジネスにおいては過剰融資の問題が発生する可能性もあり、消費者保護の強化や適切な規制の実施なども欠かせない。
さらに、経済構造が変化する中で、多様な金融サービスの提供が求められる。具体的には、年金関連の金融商品、富裕層向けビジネス、新規設立企業に対する信用供与、インフラ・プロジェクトへの融資、マイクロ・ファイナンス、イスラム金融などである。アジアでは、依然として銀行取引の普及度が低い国が多く、銀行支店網の地方展開やマイクロ・ファイナンスの拡充などにより金融包括(financial inclusion)を促進することが所得格差縮小のためにも重要となっている。
第2に、域内経済・金融統合への貢献である。ASEAN地域は2015年までにASEAN経済共同体(ASEAN Economic Community)を構築することを目指しており、多くの人々が統合の重要性を理解するようになっている。金融統合の面でも、域内の株式市場の統合を主眼とする資本市場統合実施計画が進められるとともに、資本取引の漸進的な自由化が目指されている。
しかし、BIS統計による概算では、銀行フローのアジア域内比率に関し、過去10年間に大きな変化はみられない。今後、ASEANでは、相対的に発展しているシンガポールやマレーシアの銀行が、域内融資の拡大や海外拠点の増加により域内金融統合の推進役となることが期待される。ただし、海外進出に多様なリスクが伴うことには十分留意すべきである。また、それ以外のASEAN諸国では、銀行が海外市場に目を向ける段階に達していない。こうした中、域内金融統合のあり方について、域内金融協力の場などで議論を深めることも重要であろう。
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