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プロフェッショナルの洞察

研究開発テーマの再構築
~研究開発の効率を向上させるには、入力を下げることに腐心するばかりではなく、今こそ出力を上げることに挑戦せよ~

2009年08月01日 時吉康範


そもそも、"研究開発テーマの「再構築」"とは何でしょうか。また、「再編」や「リストラ」とは何が違うのでしょうか?

再構築とは、一言で言えば、研究所や事業部の開発部門などの研究開発組織を一つの単位として捉え、複数のテーマが存在する中で、その組織全体の研究開発全体の効率を上げることを目的として、入力を下げるべきテーマと出力を上げるべきテーマを決めることです。
 効率とは、言うまでもなく、出力÷入力なのですが、現在の事業環境の悪化を理由に、ひたすら研究開発に必要とされる人員や設備、費用といった入力を削ることに腐心しているメーカーの研究開発部門が数多く見受けられることを危惧しています。
 入力をカットする手段の方がより分かりやすいからでしょう。企業にとっては結果がすぐに目に見えるので、出力を上げるよりも明らかに取り組みやすい。
 しかし、研究開発の出力が一定であれば入力を下げることで効率は上がるわけですが、これは明らかに偏った見方です。なぜ出力を上げようとしないのか、大いに疑問が残ります。


研究開発とは本来、"不確実なものへの投資活動"であり、投資にはリスクが伴うものです。会社としてリスクを取らないのであれば、そもそも最初から研究開発活動自体をやらなければよいのではないか、とも感じます。たとえ結果が出るまでに時間がかかるとしても、研究開発の再構築は、中・長期的に出力を上げることに主眼を置いて取り組むべきものではないかと考えています。
 このように出力を上げようという考えと試みを中心に研究開発テーマを見直して全体の効率を上げようとしている点が、私たちが「再編」や「リストラ」とは言わず、「再構築」という言葉を使っている理由です。

これまでにも経済の状況が悪い時期がありました。なぜ、今「研究開発テーマの再構築」を考える必要があるのでしょうか。



 多くのメーカーがカンパニー制や事業本部制を導入しました。しかし、この組織改変が弊害となり、研究所自体に元気がなくなってきているからです。
 カンパニー制や事業部制を敷いたことにより、技術者も短期的に成果を出そうと考えるようになってきたのは間違いないでしょう。この点では狙い通りと言えるかもしれません。
 しかし目の前の数字を追うことに集中すると、技術者が本来やるべきである「技術にこだわった研究開発」をする余裕がなくなり、とりあえず営業の言うことを聞いて、目先の課題を解決する研究開発だけをしていればよいと考えることになります。言われたことをやっているのみにすぎません。技術者自身がやりたいという強い信念を持って取り組んでいるわけではないので、主体性が低くなります。仕事としても面白くないでしょうし、閉塞感もあるでしょう。
 一方で、精神的には安定した状態でいられます。それは、この仕事をやっておけば、あるいは人に言われたことをやっておけば、責任が自分にはないので安心だ、ということです。本来、技術者はこれではいけないのですが、責任の所在を明確にすることを拒む技術者が多いのも残念ながら事実です。

既にカンパニー制を採用している企業もある中で、「研究開発テーマの再構築」は誰がどのように推進していけばよいのでしょうか。

研究開発のテーマは技術者自身が追求すべきテーマですから、再構築はできれば技術者がやるべきだと考えます。
研究開発に対して投資する前提条件は、あくまでも、その開発が"将来的に金になりそうだ"ということですから、この点についてはある程度押さえておいてほしいとは思っています。ただし、技術者が金にこだわることには反対です。技術者にはあくまでも技術の持つ競争力にこだわってほしいと思っています。
 MOTを学ぶ人が多いですね。技術者が事業のことを考えるのはいいことだと思います。しかしMOTが「短期的な金儲け」を志向するものだと勘違いしている人も多い。それではいけないのです。研究開発に携わる技術者は、「中長期的な、かつ、より大きな事業の絵姿を描く」という高い目線で開発に挑戦をして欲しい。
 そのためには、事業の絵姿の視点から、技術が競合と比較して優位にあるかということに最低限こだわり、そのこだわりを突き詰めていくことに注力すべきです。それを前提に、事業の絵姿を描くアシスト役として、そのテーマに携わる企画や営業などが参画したタッグチームで推進することが望ましいと考えます。

研究開発テーマの再構築において、技術者に着眼しているようですが。

経験上、中長期的な大きな事業の絵姿は、研究所からしか出てこないと思っているからです。技術者には、新しい製品を開発することと現業の製品の改良・改善の両方が必要です。選択と集中の結果として、現業の改良・改善に特化して事業をやっていく企業もあるので、その仕事自体を否定してはいません。ただし後者のように短期的な研究開発ばかりをやっている研究所においては、新しいことに挑戦する人材も風土も育ちません。
 言いたいことは、受け身で仕事をしている技術者が多い中で、どのように主体的・能動的に仕事をしてもらうかという点が、再構築における大きなポイントだということです。そのためには、技術者の研究開発テーマへの深い思い入れやこだわりを重視するべきではないかと考えています。研究開発に取り組む上では、面白いと感じている機能を徹底的に突き詰めようとするこだわりや、何とか形にして世に出したいという強い意思、人にやれと言われたからやるのではなく自らがやりたいと手を上げるような行動力が大切です。こだわりや意思は、周囲の人間を巻き込んでいくだけの力があります。技術者が主体的に考え、行動する姿勢は、テーマを再構築する上で積極的に評価すべきでしょう。
 研究開発組織の体質は、長年にわたり蓄積されていくものです。一度できあがった体質を変えるのは容易なことではありませんが、技術者が持つテーマへのこだわりや意思に着目することは、研究開発テーマの再構築において必然と考えています。

技術者自らが「研究開発テーマの再構築」に取り組む重要性はわかりましたが、どのメーカーも研究開発テーマの再構築をすべきなのでしょうか。

全てのメーカーが研究開発の再構築をするべきだとは思いません。入力を下げるべきテーマと出力を上げるべきテーマを決めることは、研究開発に対して選択的な判断をすることになります。例えば全テーマの予算を5%カットするなど、一律的な判断でよしとしているメーカーは、無理に再構築をする必要はありません。ただし、一律的な判断でよいのかという疑問はせめて持って欲しいとは思います。
 また強烈なリーダーシップを持ったトップマネジメントが存在するメーカーは、再構築そのものが問題になることはないでしょう。いわゆる鶴の一声があれば悩まなくて済むからです。逆に言えば、選択と集中を本当に実行したいがリーダーが不在である、もしくは、リーダーに任せることが好ましくないと考えているメーカーは、研究開発テーマの再構築に取り組むべきだと考えます。
  一方、カンパニー制を敷いていて、コーポレート研究開発部門を持つメーカーは、再構築に取り組むべきです。コーポレート研究開発部門は、その存在意義が明らかに問われていると考えています。
 20年ほど前でしょうか、研究所を短期、中期、長期に分けて、長期的な研究開発を「中央研究所」と称して、例えばつくばのような場所に持っていくことが流行った時代がありましたね。その後、全社のカンパニー制のような組織に変わったのに、その時の中央研究所が事実上そのままの体質やミッションでコーポレート研究開発部門として横滑りして存在しているメーカーがまだあります。
 時間軸の長い研究開発を失くしてはいけない、けれどもその研究開発の効率が見えない、あるいは、悪いという問題を抱えている研究所が多いのではないでしょうか。「コーポレート研究開発部門における研究開発テーマの効率向上」は、私たちのグループとしても、大きなテーマだと認識しています。

研究開発テーマの再構築に取り組むことで効果が上がる業界はどのような業界でしょうか。

業界の中でも、素材を扱っているような上流メーカーには効果があると思います。
 医薬品業界は、シーズの探索から新薬開発までの段階で研究開発テーマの再構築がきわめて頻繁に行われており、シーズの探索から新薬開発まで確率統計の世界で考えられています。投資ということを考えれば、きわめて自然な行為として研究開発テーマの再構築を行っていると言えます。研究開発に対する期待値を考えたときに、医薬品業界は"テーマを捨てる"ことに慣れています。
 また消費者に近いB to Cの業界は、肌感覚として研究開発のテーマの筋が良いのか悪いのかの判断ができるので、確率統計の考え方を採用しやすいのです。こうした業界には、あまり効果はないかもしれないと思っています。
 反対に、確率統計の考え方に慣れておらず、また、出力の評価に問題を抱えているメーカーは、投資に見合わない研究開発テーマを維持・推進している可能性が高い。消費者からの距離が遠い上流にあるB to Bの素材メーカーや部品メーカーなどは、特に研究開発テーマの再構築に取り組むべきだと思います。

研究開発の出力の評価が再構築のポイントになるようですが、出力の評価指標についてどのようにお考えでしょうか。

出力を測るための指標には定量・定性的なものがありますが、簡単なものであるべきだと考えています。
 研究開発活動は時間軸が長く、その結果はすぐに出るものではありません。そのため、「研究開発に対する将来的な期待値がどのくらい上がったか」が重要な指標になると考えています。「目先の売上が上がった」で検証できるのであれば、それは当初から研究開発活動と関係がなかったとも言えます。研究開発活動は中長期的な投資ですから、投資をしたことによって初期に設定していた出力の期待値がどのくらい増えたといえるのか、あくまでも当初の期待値が引き上がった"幅"を評価すべきでしょう。
また、株価至上主義では、売上ではなく利益を指標とすべきだという話になりがちですが、メーカーは設備投資に負荷がかかることが多いので、利益を上げるためには大きな売上高は暗黙の前提になってきます。また、年商数千億円の大手メーカーにとって、あるテーマが数億円程度の利益を上げたところで何の意味もないでしょう。大手メーカーなどは、研究開発の出力を評価するより簡単な指標として売上という単純な指標を持ってくるべきであると考えています。
 ただし、どのような評価指標が望ましいかは、企業や製品によって異なると思います。先に述べた、消費者からの距離が遠い上流にあるB to Bの素材メーカーや部品メーカーなどの場合は、単純な指標がいいのではないか、という仮説を持っています。
 今後、どのような企業、製品にどのような評価指標が望ましいのかという問いの答えを探すことに、私たちも取り組んでいきます。

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