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Business & Economic Review 2009年10月号

【特集 環境制約下での新しい経済・社会】
抜本的排出削減策の導入に向けて前進するアメリカ-わが国に適した抜本策の検討が急務

2009年09月25日 調査部 金融ビジネス調査グループ 主任研究員 岩崎薫里、総合研究部門 地球温暖化対応戦略クラスター 主任研究員 三木優


要約

  1. 欧米では温室効果ガス(GHG)の抜本的な排出削減に向けて動き出している。その柱となりつつ あるのがキャップ&トレード型の排出権取引制度である。先行するEUは着々と実績を上げており、 ここにきてアメリカも導入に向けて大きく前進している。

  2. アメリカではブッシュ前政権が消極的であったにもかかわらず、排出削減の動きは徐々に拡大し、 大きなうねりを形成するまでになっている。それを後押ししているのが、以下の三つのファクターで ある。
    (1)州・地域での取り組み:連邦政府に先行して州政府が排出削減に乗り出し、さらに近隣の州同士 が連携する形で地域レベルでの対策へと広がっている。こうしたなか、一部の地域では2009年初か らキャップ&トレードを導入しており、また、導入に向けて準備を進める地域も控えている。計画 通りに進めば2012年頃には全米50州のうち24州が何らかのキャップ&トレードに関与することにな る。それに伴い州政府は、リーケージへの懸念や排出権取引の効率的な運営などの観点から、全国 レベルの制度の導入に向けて連邦政府に対して圧力を強めると予想される。また、複数の州で業務 展開している企業も、異なる規制を遵守するわずらわしさから、連邦レベルのキャップ&トレード を支持する方向に動く公算が大きい。

    (2)行政府によるGHG規制強化:最高裁判決を背景に、環境保護庁(EPA)はGHGの規制強化に乗 り出すと見込まれている。これは、連邦議会の議員にとってはGHGの規制づくりに関与できない こと、産業界にとっては柔軟性に欠ける直接規制を一方的に課されること、を意味する。このため、 EPAが動き出す前に連邦議会でGHG規制法案を成立させたほうが得策であるとの思惑が、反対派 の間でも醸成されつつある。

    (3)GHG排出量の報告の義務化:これとは別に、EPAは主要事業所に対してGHG排出量の報告を求 めることが法律で定められた。EPAが先般発表した規則案によると、2010年初からの排出量につい て、全米のGHG排出量の85~90%をカバーする約1万3,000の事業所が報告義務を課される。こう した排出量の把握はキャップ&トレードにとどまらずGHGの排出削減を実施するのに不可欠であ り、その意味で全米規模の排出削減策へ向けた歩みが実質的に始まると捉えることができる

  3. このような状況下でオバマ政権が誕生し、キャップ&トレードを中心とする連邦レベルの排出削減 策の導入に向けて勢いが加速しつつある。それを象徴するのがワックスマン・マーキー法案の下院本 会議の通過である。GHGの中・長期的な排出削減目標を設定し、それを達成するためにキャップ& トレードの導入や、再生可能エネルギーの利用に関する数値目標の設定など包括的な政策を打ち出し ている点に特徴がある。

  4. ワックスマン・マーキー法案は上院では否決される可能性が高い。しかし、前述の通り連邦レベル のキャップ&トレードの導入に向けた外堀は埋まりつつあり、何らかの法案が早晩成立するとみてお くべきであろう。

  5. 一方、わが国に目を転じると、依然として日本経団連による自主行動計画が排出削減策の中心に据 えられている。自主行動計画はこれまで大きな成果を挙げてきたものの、GHGの抜本的な排出削減 に対応できないという限界を有する。ところが、わが国は2020年のGHG排出量を1990年比で8%削減 するという野心的な中期目標を打ち出した。これを、自主行動計画を中心とする現行体制で実現する のは相当困難であり、何らかの新たな取り組みが必要になってくると判断される。

  6. 抜本的な排出削減策の選択肢としてはキャップ&トレードやその変則形、環境税などが考えられる。 いずれの政策も一長一短があるなかで、国民の納得感が得られ、かつ、透明性と説明責任を確保でき る政策を採用することが求められる。さらに、どの政策を採用するにせよ、それぞれに課題があるこ とを十分認識したうえで、少しでも理想的な姿に近づけるために改良を重ねる必要がある。重要なの は、抜本的な排出削減を実施する決意を表明した以上、EUやアメリカが踏み出そうとしているよう に、わが国もその実現に向けて排出削減を担保する具体的な手法を導入し、戦略的に行動していくこ とであろう。
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