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アジア・マンスリー 2009年6月号

【トピックス】
アジア域内金融協力の進展

2009年06月01日 清水聡


5月に開かれたASEAN+3財務大臣会議において、アジア域内金融協力に関する重要な進展がみられた。今後も現在のモメンタムを維持し、域内金融協力の体制確立に向けた動きを加速すべきであろう。

■進展したチェンマイ・イニシアティブのマルチ化
5月初めに開催されたASEAN+3財務大臣会議において、域内金融協力に関する重要な進展がみられた。第1に、チェンマイ・イニシアティブ(CMI)のマルチ化(CMIM:Chiang Mai Initiative Multilateralisation)が具体的に合意された。従来のCMIは、総額20億ドルのASEAN通貨スワップ協定に加えてアジア諸国が2国間のスワップおよびレポの取り決めを個別に締結する仕組みであったが、今般の合意により、単一の契約の下に合計1,200億ドルの資金を拠出し、そこから各国が「貢献額×借入乗数」(下表)を上限として支援を受けることが可能となった。イニシアティブの目的が①域内の短期流動性問題への対応、②既存の国際的枠組みの補完、である点に変わりはないが、その規模は従来の実質合計810億ドル(2009年4月現在)から約1.5倍に増額された。また、2国間取り決めの問題点、すなわち機動的な発動が難しい可能性があること、借入上限額が取り決めに応じてまちまちであること、などの点はかなり改善された。

一般的に、短期流動性支援においては、モラル・ハザードの発生が重要な問題となる。すなわち、途上国が流動性危機に陥った場合に容易に支援を受けられるとすれば、被支援国の政府が危機を回避するために適切なマクロ経済政策を実施しない可能性や、海外投資家が当該国に対して過大な投資を行う可能性が生じる。これを防ぐためには、支援制度の参加国が相互に経済・金融情勢を監視し、必要に応じて助言を行うサーベイランスの仕組みを強化しなければならない。助言は一定の強制力を伴うことが望ましく、また、流動性支援を実施する場合にはその条件を適正なものとすることが重要である。

そのため、CMIMの実現と合わせてサーベイランス・メカニズムの強化が検討されており、今回の会議では、CMIMの意思決定を支援するために域内経済の監視・分析を行う独立した機関を早急に設立すること、またその準備として専門家による助言グループを設けることが合意された。実際には、各国がどの程度詳細に自国の経済データを開示するか、この機関が各国の政策運営に対してどの程度の発言力を持ちうるか、などの問題があるものの、IMF融資とリンクしないポーションを現状の「借入上限額×20%」から拡大するためには、サーベイランスを有効に機能させることが不可欠である。世界金融危機を経て国際機関の役割が強化されつつある中で、IMFとの役割分担を明確にし、域内金融協力体制を確立していくためには、この点が重要なポイントとなろう。今般、日本は、CMIMとは別に、総額6兆円規模の2国間円スワップ取り決めをアジア諸国との間で締結していくことを表明した。これはアジアにおける円の利用拡大を目指すものであるが、実際に機能すれば支援額の拡大を通じて域内金融協力の強化にも貢献するものとなろう。

■合意された域内の信用保証・投資メカニズムの創設
第2に、アジア債券市場育成イニシアティブ(ABMI)の場で数年に亘り議論されてきた域内の信用保証・投資メカニズム(CGIM:Credit Guarantee and Investment Mechanism)の創設が合意された。これは、アジア債券市場において発行される現地通貨建ての社債に対する保証業務を行う機関であり、アジア開発銀行の信託基金として当初資金規模5億ドルで設立し、需要に応じて増額することが想定されている。具体的な業務範囲や保証の方法、国別上限額などについては事務レベルでさらに協議し、1年以内に設立を実現するとしている。

アジアにおいては発行体の信用力の低さが債券市場拡大の大きなネックとなっており、低格付け債の市場もほとんどないため、信用保証の活用はこれを克服するための有効な手段と考えられる。しかし、ここでも発行体のモラル・ハザードの問題が存在するため、保証はあくまでも時限的な手段とするなどの対応が求められる。CGIMの設立においても、事業内容を慎重に検討し、健全な運営を維持することが不可欠である。

また、今回の会議では、域内の証券市場への相互アクセスを可能とする方法の検討について合意するなど、ABMIの目的の一つとされるクロスボーダー取引拡大のための努力に関しても言及されている。これに関連して、日本は、世界金融危機により国際債券発行が縮小していることを踏まえ、アジア諸国政府のサムライ債発行に対して最大5,000億円規模の国際協力銀行(JBIC)保証を供与することを表明した。これは国際金融秩序の混乱への対処を主な目的としたものであるが、一時的には域内クロスボーダー取引の拡大につながることが期待される。

今回の域内金融協力に関する合意は、世界金融危機の環境下で行われたものである。今後は、現在の高まったモメンタムを維持するとともに、危機後を見据えて適切な制度の構築に努めていくことが重要であろう。

■アジア債券市場拡大のために
ABMIの努力もあり、アジア債券市場は拡大を続けているが、国債市場に比較して社債市場の拡大は緩やかである。また、国によりその発展度合いは多様であり、中国、フィリピン、ベトナムなどでは近年社債市場の急拡大がみられるものの、発行残高の対GDP比率は依然低い。さらに、世界金融危機の影響を受け、2008年の発行額は多くの国で前年に比べ減少している。

債券市場の育成は、銀行と資本市場のバランスの取れた金融システムの形成やダブル・ミスマッチの解消などを目的に行われてきた。しかし、一部の国で短期対外債務比率の上昇により世界金融危機の影響が深刻化した例などをみると、これらの目的が十分に達成されたとは考えにくい。また、資本市場からの資金調達が縮小する一方で、金利の低下等から銀行の経営環境は改善しており、危機後の金融システムにおいては銀行への依存度が拡大するという見方もある。こうしたなか、ABMIを継続するに当たっては、域内のインフラ整備に係る資金調達に債券を利用するなど新たな目的を重視すること、証券関連を中心に金融規制の整備に注力すること、企業の資金調達に関する分析を深め「何のために債券市場を育成するのか」という基本を再確認することなどが求められよう。
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