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コラム「研究員のココロ」

日本版SOX法がもたらしたもの
~広がりつつある組織改革~

2008年05月19日 下野雄介


1.はじめに

 金融商品取引法に定められている「財務報告に係る内部統制報告制度」、いわゆる日本版SOX法がいよいよ適用初年度を迎えた。日本版SOX法に関する様々なアンケート調査の中で、日本版SOX法の効果について、財務報告の信頼性を確保する内部統制システムの構築ができた事や、文書化を通して業務プロセスを見直す事ができた事など、あくまで法対応の延長上で限定的に見られている傾向が伺えるが、筆者は、組織が「閉鎖システム」から「開放システム」へ変革するきっかけになったという点でこそ、非常に有益であったと考えている。
 本稿では、日本版SOX法対応の現場で、筆者が体験した事例を交えて、「閉鎖システム」から「開放システム」への変革はどのように起こったか、およびその効果について考察する。

2.「閉鎖システム」とは

 A社の経理部門では、日本版SOX法の整備・文書化を通して、「得意先元帳と総勘定元帳の合計金額が合わない」という問題に直面していた。この問題は、実は従来からA社において存在していたもので、「総勘定元帳と得意先元帳のどちらが本当は正しいのか」という点から原因究明が必要である事も薄々感じていた。A社では、売掛金の得意先元帳への計上は営業部門が行い、得意先元帳から総勘定元帳への転記はシステムで行われていたため、問題の解決には情報システム部門や営業部門との対話が必須であった。この壁を目の前にして、金額的に、当社の売上高の規模から考えれば大きなレベルではないだろうと考え、「きっと総勘定元帳が正しいだろう」と考えて、特に処理せず放置していた。
 この経理部門の状況に代表されるように、組織全体で、部門やチーム、ひいては個人が、問題に対して「自己完結」してしまう状況が、組織が「閉鎖システム」となっているという事である。「閉鎖システム」下では、問題を自己完結できるように解釈し、結果的に問題は「放置」されるため、組織が目標を達成する上で有効ではない。
 
3.扉を開く-「開放システム」への第一歩

 日本版SOX法が求める財務報告の信頼性を確保する上で、「得意先元帳と総勘定元帳が整合しない」という問題は、どのように正当化しようとしても、法律の趣旨や実施基準(注1)を見る限り、放置できない問題であると認識し、経理部門は「総勘定元帳が正しいと思い込む」というその場しのぎから、「得意先元帳と総勘定元帳を整合させる」為に、営業部門、情報システム部門を巻き込んで問題解決を図った。具体的には、総勘定元帳、得意先元帳のどちらが正しいのか、またその差異は何が原因で起こっているのかについて、経理部門主導で、営業部門、情報システム部門と十分に意見交換した。その結果、総勘定元帳の締め日以降に、計上漏れに気づいた営業部門が販売管理システムから得意先元帳への入力を行う事が可能であったにもかかわらず、総勘定元帳の締め日以降は、こうした例外的な会計データは得意先元帳から総勘定元帳へ伝送されていなかったことが原因として明らかとなった。つまり、正しいのは得意先元帳であり、総勘定元帳に本来計上されるべき売掛金が脱漏していたのである。この問題に対して(1)情報システム部門は、販売管理システムでは総勘定元帳の締め日以降の入力を不可とするべく、締め日の設定を変更し、締め後の特別修正の権限を経理部門にのみ設定する (2)総勘定元帳の締め後、計上漏れが発覚した場合には、営業部門はその摘要と金額を経理部門に報告する (3)経理部門は、計上漏れという例外事項に対する得意先元帳と総勘定元帳の更新の責任を負う、という解決策の具体化と部門間の分担(合意)まで、経理部門が関係者との調整を繰り返し図りながら漕ぎ着けたのである。
 この過程を経験する事で、経理部門は次の点で、「閉鎖システム」から「開放システム」へ変革し始めたと考えられる。

  • 問題に対して、「部門内で閉じようとする」視点から、「部門間で問題を解決しよう」という視点で問題を捉えるようになった。

  • 部門を跨いだ双方向コミュニケーションのノウハウ(他部門の考え方や行動原理を理解し、解決に向けた調整を図る力と方法論)が蓄積できた。

4.「開放システム」への変革

 問題を捉える視点が変わった経理部門は、今まで自部門内で閉じていた諸問題に対して、原因究明とその解決のために、様々な方向に扉を開いていくようになる。
例えば、海外子会社が、毎決算期、親子間の有形固定資産の取引に係る債務をいつも買掛金に挙げているという問題について、「親会社で買掛金を未払金に振り替える連結修正仕訳を入れればいいだろう。」という自己完結から「海外子会社においてそのような仕訳がなされる原因はなんだろうか。決算の実務者が実は決算の方法を知らない程、決算の体制が未整備なのだろうか。それとも、現地の会計上そういう処理をしなければならないのだろうか。」という形で問題を捉えるようになる。
 そして、他部門と双方向でコミュニケーションを行うノウハウが蓄積された事により、スムーズに「現地の責任者に実態を確認し、改善を検討する必要がある」という行動に移っていったのである。
 つまり「開放システム」とは、下図のように、部門内で見られる諸問題に対して、「組織全体の視点」で捉え、組織内の様々な部門とコミュニケーションを双方向に取る事で、原因を探り、解決策を導くと同時に推進していくという、自律的な経営システムなのである。

図表1 「閉鎖システム」と「開放システム」
図表1 「閉鎖システム」と「開放システム」
(筆者作成)



 なお、この状況は経理部門に特有のものではない。例えば、経理規程や内部統制基本規程などの全社規程を整備する企画部門と、販売管理規程を整備する営業部門の間でも、原価計算プロセスの整備における原価計算管理部門と購買部門の間でも、「開放システム」への変革が見られる。日本版SOX法対応によって、組織の各所でこの変革が起こっている。

5.「開放システム」により期待される効果

 当たり前のように見える「開放システム」だが、大きな企業であればあるほど、部門間や個人間の壁が高く、扉を開くには相当のきっかけがなければ進まないことから、目の前の問題を自己完結してしまう「閉鎖システム」に陥っている事が多いと思われる。日本版SOX法対応がきっかけとなって、組織が「開放システム」に変革していく事により、それぞれの部門や個人が、財務報告の信頼性以外の問題についても、全体的な視点で捉え、部門(個人)横断的に原因を究明の上、自律的に解決を図るようになるという効果が期待される。


参考文献
ゲオルグ・クニール、アルミン・ナセヒ『ルーマン 社会システム理論』新泉社

(注1)
企業会計審議会 『財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準並びに財務報告に係る内部統制の評価及び監査に関する実施基準の設定について(意見書)』
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