1.はじめに
平成20年4月より、地方公共団体への寄付金が5000円を超える部分について、個人住民税所得割の概ね1割を上限とし所得税と合わせて全額が控除される、いわゆる「ふるさと納税制度」が始まった。寄付の受け入れや具体的な手順については、各地方公共団体が指定している。この制度を契機として、各地方公共団体は、使途を明確化した新たな財源として、「ふるさと納税(寄付)誘致」を積極的に展開している。
また、筆者は、公共経済、市場経済の隙間を埋める経済領域として、寄付社会の創出を提言してきた(注1)。一定規模の寄付の市場が形成されることによって、NPOや地域活動団体などの公益的活動の原資が賄われることが望ましい。しかしながら、現在のわが国では、欧米諸国と比較して、十分な寄付の市場が形成されているとは言いがたい(注2)。
人々が寄付をする社会とはどういうものなのか、どうすれば「意思のあるお金」が効果的に集まるのか。本稿では、2008年8月に弊社で実施した「社会生活に関するアンケート調査(以下本調査)(注3)」の分析結果から、寄付行動と「ソーシャル・キャピタル(以下SC)」との関係性を明らかにし、わが国における寄付社会の創造に向けた提案を行うものとする。
2.SCとは
SCとは、米国の政治学者R.パットナムの提唱により、広く知られるようになった「信頼、規範、ネットワーク」によって構成される人と人とのつながり、信頼関係などを資本として捉えた概念である。SCは様々な分野において研究対象とされ、一般的に地域においてSCが醸成されている(=人と人とのつながりが強い、相互の信頼関係が構築されている)場合、社会コストの抑制や犯罪数の減少、人々の健康増進などに寄与すると言われている。
従来から、SCと寄付の関係は、非常に密接であると言われており、ネットワークの広さや信頼関係が寄付活動に影響を与えるという分析がある。柗永ら(注4)は、寄付やボランティアなどの慈善活動とSCの「信頼」「規範」「ネットワーク」の関係を分析し、主に慈善活動に影響を与える要素は「ネットワーク」であると結論付けている。
3.寄付活動とSCの関係性
3-1.わが国の寄付行動の概要(図1)
本調査では、寄付行動について、過去1年間にどのような分野に寄付(現金、現物)をしているか、また総額でどれくらいの寄付をしているかについて尋ねた。その結果、寄付行動の特徴としては、a.回答者の6割以上の人が1年間で寄付の実績があること、b.募金型の寄付が大半を占めていること、c.税制上控除対象となる5000円以上の寄付は1割強にとどまっていること、などが結果として明らかになった。
このことから、わが国の個人の寄付行動の特徴は、募金・少額型であることがうかがえる。
3-2.SCと寄付行動の関係(図2)
SCと寄付行動の関係については、本調査のSCの醸成度合いを把握するための設問である「一般的な人への信頼」「つきあいの頻度・人数」「地域活動への参加」と寄付行動の設問でクロス集計を行った。
その結果、a.一般的な人への信頼度が高い人の方が寄付している人の割合が高い、b.つきあいの頻度が高い人、つきあいの人数が多い人の方が寄付している人の割合が高い、c.地域活動に参加している人の方が寄付している人の割合が高い、という結果となった。また、いずれの場合も5000円以上の寄付をしている人の割合も高くなっており、これらのことから、SCと寄付行動が密接に関係していることは明らかである。
3-3.行政、地域への信頼と寄付の関係(図3)
さらに、公共的、公益的活動を行っている地方公共団体、公的機関、地域の諸団体に対する信頼度と寄付行動の関係をみると、いずれも信頼度が高い人の方が寄付を行っている人の割合が高い結果となった。この結果から、公共・公益活動に信頼性が高いほど、寄付行動が促進されるものと推察される。
4.寄付社会の創造に向けて
筆者は、人が寄付行動を起こす場合には、SCの中でも社会的な信頼(一般社会に対する信頼度)が大きく関係しているのではないかと考察してきた 。本調査では、それを明確に裏付けるとともに、その他のSCの構成要素であるつきあいや地域活動においても、寄付行動と密接な結びつきがあるという結果を得られた。
また、地方公共団体や地域活動団体への信頼度との関連が明らかになったことは、「寄付を受ける、使う主体」に対する信頼が、人々の寄付行動に大きな影響を与えていると類推される。
この結果を踏まえ、寄付社会の創造に向けて必要な取り組みを以下に提案する。
ア.地方公共団体、地域活動団体は、地域におけるSC醸成の取り組みを
冒頭で述べたように、「ふるさと納税制度」が導入されて以来、地方公共団体においては貴重な自主財源として、寄付が注目されている。また、従来からNPOやボランティアなどの地域活動団体においては、寄付を活動原資として確保していくことが大きな課題となっている。
そのため、地方公共団体や地域活動団体など、寄付の受け手となる団体は、地域に暮らす人々が寄付行動に向かっていく土壌づくりをしていく必要がある。そのひとつの切り口として考えられるのがSCの醸成である。
寄付行動は、SCの構成要素である信頼、つながり、地域活動への参加によって促進される。言い換えれば、寄付行動を活発に行う地域づくりのためには、その地域でのa.人と人との信頼関係を構築していくこと、b.人的ネットワークの構築、近所づきあいの促進、c.地域活動の活発化や多数の人の参加促進、などを進めていくことが重要である。
NPOやボランティア、自治会などの地域活動は、SCの醸成に関して「ポジティブ・フィードバック(相互に高めあう)」の関係にあると指摘されている(注6)。地域において、これらの市民の自発的な活動促進を図ることがSCを醸成し、ひいては寄付行動の促進に寄与することとなる。さらに、寄付行動が活発になれば、地域活動団体の活動原資の増加に繋がることが期待されるため、更なる「ポジティブ・フィードバック」が期待できる。
イ.ふるさと納税促進に向け、市民と行政の信頼関係の構築を
地方公共団体は、「ふるさと納税」の促進に向けて、a.で述べたような地域でのSC醸成を図るとともに、市民との信頼関係構築に邁進すべきである。「ふるさと納税」は行政への寄付であるため、寄付行動を喚起しなければならない。そのためには、透明性が高く、市民とのコミュニケーションを重視した行政運営に努めることで、市民の行政、公共全般への信頼を得ることが必要である。
具体的には、行政内部の不祥事などで損なわれている信頼を回復していくために、首長主導による庁内コンプライアンスの徹底のほか、民間企業で取り組まれている「日本版SOX法(注7)」の公共セクターへの適用(G-SOX)など、組織の内部統制の取り組みを積極的に行っていくことなどが考えられるだろう。
ウ.日本人の特性を生かした多様な寄付の形を
募金型・少額型であるわが国の寄付スタイルを生かした寄付の集め方を模索するべきである。本調査でも、6割以上の人が実際に寄付行動をしていることが明らかとなっているため、集め方を工夫することで、大きな市場を形成することも可能であろう。
既に、インターネットによる寄付、クレジットカードなどのポイントによる寄付、寄付付商品(金額の一部が寄付となる商品)の購入による寄付、預金利子などによる寄付、マッチングギフト(個人の給与の一部を寄付とし、雇用企業からも寄付を上乗せする)など、多様な寄付の形が導入されている。これらを組み合わせ、1回の寄付額が少額でも、寄付を行うことができる多くの機会を作り出すことで、一定の寄付額を確保していく工夫が必要であろう。
また、本調査では、個人寄付が税控除される5000円以上の寄付が少ないことが明らかとなっている。手続きの煩雑さを鑑みると、控除額に一定の下限額を設けることは便宜上不可欠であるが、例えば寄付ポイント制の導入や少額の寄付でも容易に証明を受け取ることができ、寄付累積総額によって税控除を受けやすくする仕組みを作るなど、多様な寄付の形を支援する柔軟な税制及び納付のあり方を模索していくことが求められる。
- (注1)
- 「我が国における寄付社会の創造に向けて」弊社コラム研究員のココロ、2007年9月
- (注2)
- 日本では総額約6008億円、GDP比で0.12%(2004年)となっているが、米国では総額約23兆7,649億円、GDP比1.87%(2004年)、英国では総額約1兆876億円、GDP比0.52%(2003年)を占めており、額では約2倍~40倍、GDP比で約4倍~16倍の規模となっている(山内直人他編「NPO白書2007」NPO研究情報センター2007年3月)
- (注3)
- 2008年8月に実施。インターネットによる全国調査で、3000サンプルを回収。
- (注4)
- 柗永 佳甫「慈善活動とソーシャル・キャピタル」第3回SC政策展開研究会発表資料、2007年12月
- (注5)
- 「連載 ソーシャル・キャピタルと地域経営(3) 「社会への信頼・規範」が育む寄付社会」時事通信社 地方行政 2007年12月
- (注6)
- 内閣府「ソーシャル・キャピタル:豊かな人間関係と市民活動の好循環を求めて」2003年3月
- (注7)
- 米国のサーベンス・オクスリー法(SOX法)に倣って整備された日本の上場企業およびその連結子会社に、会計監査制度の充実と企業の内部統制強化を求めている法規制のこと。正式には「金融商品取引法」の一部規定がこれに該当する。2006年6月に法案成立、2007年9月30日に完全施行。