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「“絵に描いた餅”の中期経営計画からの脱却」のすすめ<第4回> ~経営理念・ビジョンの浸透~

2008年10月06日 片岡幸彦


1.はじめに

 “絵に描いた餅”の中期経営計画からの脱却に関するリレー連載の第4回である。経営理念・ビジョンは企業経営の柱であり、事業運営のよりどころとなり、部門や個人の行動にドライブをかけるものである。中期経営計画の実行において、経営理念・ビジョンが浸透しているかどうかは、中計の成否ひいては企業の存続に関わる問題としてとらえることができる。今回は、経営理念・ビジョンの浸透に向けた仕組み・仕掛けについて考察する。

2.なぜ理念・ビジョンの浸透が必要か

 理念・ビジョンの効用としては以下のことが考えられる。
1)理念・ビジョンが明確になって行き先がはっきりしていれば、何を実現しようとしているかを共有化できる。

2)組織としての一体感を強め、経営陣や社員のコミットメントを高めることができ、そこにいくために自分達に何が期待されているかがわかれば、貢献意欲が刺激される。それに現状を打破し、挑戦を引き出すことが可能となる。

3)理念・ビジョンは、第一線で迷った時の判断基準にもなる。何を大事にして意思決定していけばよいかがわかるようになれば、メンバーに思い切って意思決定を任せることができる。

 パナソニックの中村社長はPRESIDENT(2005.5.2号)の中で、以下のようなことを言っている。「わかりやすい価値観があってはじめてリーダーの意思を理解する」つまり理念という経営の大事な価値観と、ビジョンである大きな絵や地図がすみずみまで浸透・共有化されていることが、経営のいい循環が行われていく重要なポイントとなる。

 さらに理念モチベーションの高い人、つまり自分自身の理想や使命を果たすこと、価値観を達成意欲の源泉とするインセンティブを持つ人は、集団のために尽くすかどうかは、集団の理念を共有している程度が問題となる。

3.理念・ビジョン浸透のフレームワーク

 理念・ビジョン浸透の重要要件は、「理念・ビジョンに共鳴して自立的に活動できる人材の育成」が不可欠である。共鳴とは、「他人の考えや行動などに心から同感すること」であり、個人が自分自身の価値観や夢、目標が明確になっていることが前提となる。このような人材を多く輩出していくために、以下のフレームワークを活用して理念・ビジョンを浸透させていく方法についてひとつひとつ説明していくことにする。

1)理念・ビジョン浸透から「理念の意味共有」へ
2)理念・ビジョン共有から「理念共感」さらに「理念共鳴」へ
3)理念・ビジョン説明から「理念の情景づくり」へ
4)理念・ビジョンの連呼から「物語の伝承」へ

4.理念・ビジョン浸透の考え方

1)理念・ビジョン浸透から「理念の意味共有」へ

 理念・ビジョン浸透は、「どれだけ伝えられるか」ではなく「どれだけ興味をもってもらえるか」が大事である。
 興味深い話があるのでご紹介しよう。

(1)情報の浸透水準:
  • どんな優秀な人でも、自分の考え方を伝えられるのは「80%」

  • どんな優秀な人でも、それを理解できるのは「90%」
    ⇒つまり「80%×90%=72%の伝達率」でしか伝わらない。

 社長がよく「役員や部門長に、俺の話は半分も伝わっていない(60%×70%=42%)」という話をされるが、そんなところが現実的なラインであろう。そうすると、一般社員にはトップの意図はほとんど伝わっていないということになる。

(2)時間の濃度、重さ
  • 毎月1時間理念を伝える講話を実施しても、年間12時間(もしこれだけの時間を割いている企業があったら、その企業は非常に熱心な企業)

  • 社員が働いている時間の総数 8時間×250日=2000時間
    ⇒つまり、12時間÷2000時間=「0.6%」の重さでしか、理念を理解していない。

 「0.6%」の重さというのは、日常業務をこなしていく上でほとんど重視されていないことはお分かりであろう。
 となると、普通に伝えてもほとんど伝わらない。その理念・ビジョンの意味や背景を具体的に伝え、歩留りをよくするための工夫をする必要がある。

 ではマネジメント上、どのような工夫が求められるのか。

2)理念・ビジョン共有から「理念共感」さらに「理念共鳴」へ

(1)トップ自ら社員の琴線に触れる体験を語る
 「社長自身の言葉で、理念・ビジョンの意味を、自分自身の体験をもとにとつとつと語る」ことが何よりも大事な方策であろう。情熱をもって「理念・ビジョン制定に至った背景や理由付け」「なぜこれをやることが重要なのか」を自分自身の言葉で明示的に語ることに尽きる。
 立派なプレゼン資料や流暢な語り口は必要ない。社長自身のことばで自分の経験を語ることが、納得感と記憶の歩留りを促進する。

(2)率先垂範:何を率先垂範するのか
 「人は、その人の言っていることではなく、やっていることに影響される」つまり「他人にはこれは大事だからやれやれと言っているだけで、自分ではやらない人間には誰もついていかない」と言うことはお分かりいただけるであろう。
 しかし、経営トップが理念・ビジョンを熱く語っても、役員クラスが冷めている企業も少なくない。そのような状態では、理念・ビジョンも所詮その程度であると思われる。このような状態になれば、修復するには非常に苦労することは想像に難くない。

率先垂範の例
a.例外事項や不測の事態における率先垂範
⇒慣れていることを自慢げに実践しても誰もついてこない。
b.考え方の率先垂範
⇒現場で泥まみれになってやるだけでなく、マインドセットを変える考え方を提示する。
c.わかって欲しい大事なことを率先垂範
⇒人命や会社の存続に関わることはトップ自ら陣頭指揮する。

3)理念・ビジョン説明から「理念の情景づくり」へ

 「日頃から考えてなくても、日常生活の中で実践していたことが理念を体現していたんだ、という気づきが重要」である。大多数の方たちは、日常業務の中で理念・ビジョンを意識して仕事をしていることはないといっていい。しかし自分のいい仕事(Good Job)を語ってもらうと、理念・ビジョンを体現した行動が数多く出てくる。

  • 自分にとって新しい仕事に取り組み始めた時の上司の教え

  • うまくいかなかった時に、自分を鼓舞させた考え方、言葉

  • 困難にぶつかり挫折しそうになった時に救ってくれた上司、先輩の行動

  • 意思決定に迷ったときに、よりどころとなったこと

  • 顧客からの期待を含んだ叱咤激励のメール、言葉 など
    ⇒こういった経験の中に理念体現の考え方、行動が数多く含まれている。これらを共有する場所と時間をどれだけ多く持てるか、理念・ビジョンを意識した行動を取れるか、つまり『自分の中の理念』を顕在化することができるかがポイントである。

4)理念・ビジョンの連呼から「物語の伝承」へ

 「各種の施策を通じて個人の中で体現した理念を伝えていく」そのために、
 「真面目さ」よりも「面白さ」
 「正確性」よりも「わかりやすさ」
 「論理性」よりも「訴求力」
 といったキーワードが浮かび上がってくる。

a.理念体現化キャンペーン、理念の絵本化
⇒理念体系を手帳にする、絵本仕立ての理念物語を作成・配布し社長自ら全国行脚する、ミーティングでメンバーが経営理念をどのように具体化したかといった事例を蓄積・共有化・展開していく、など。
b.理念共有化教育
⇒新人導入教育や若手社員だけでなく、管理職クラスにも当然実施していく。
c.内省化教育、キャリア形成教育
⇒自分について内省するための教育。自分は今後どのようなキャリアを歩みたいのかを検討する。
d.人事制度に理念体現度を組み込む
⇒実績を上げていることはもとより、理念を体現している人材を上位職に登用していく。

 以上のような施策を通じて、個人が「仕事に対する明快な理念、価値観を持てるように仕向けていく」ことにより、トップの語る理念・ビジョンが自分のこととして理解できるようになる。

5.おわりに

 理念・ビジョンの浸透は、一朝一夕でできるものではない。しかも決定打があるものでもない。柔道でいうと「効果・有効」の積み重ねで初めて理念・ビジョンが浸透していくと考えていただきたい。そのプロセスでの、マネジメントのかかわりは極めて重要である。さらに理念・ビジョンが浸透し、組織文化・風土にまで高まってきたときには、間違いなく「外部環境に左右されない強い会社」であり「社員ひとりひとりが自律的に活動できるようなGood Company」になるであろう。

*筆者の所属する経営革新クラスターでは、経営コンサルタントと企業の経営企画部門責任者がそれぞれの立場からの「異見と知見」を交換できる場を目指して、本年10月より「JRI経営革新倶楽部」を設立・運営しております。詳しくは関連リンク欄をご参照ください。

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