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コラム「研究員のココロ」

グリーン・ニューディールの幻想

2009年03月16日 三木優


 2008年10~12月期の日本の実質GDPは年率換算12.1%減となり、第一次石油危機により13.1%減となった1974年1~3月期に次ぐ大幅なマイナス成長となった。主要国の同時期の実質GDPは、年率換算で米国:6.2%減、EU:5.7%減と日本ほどではないが、いずれも大幅なマイナス成長となっている。
 世界的な景気後退の中、グリーン・ニューディールが注目されている。元祖ニューディール政策は、1930年代に当時のルーズベルト大統領が、世界恐慌により疲弊した米国経済を立て直すために実施した、一連の経済政策を指している。グリーン・ニューディールでは、環境・エネルギー分野に特化した景気対策を実施することにより、経済・地球温暖化・エネルギーの問題を一度に解決する事が期待されている。この考え方の背景には、ニューディール政策当時に景気回復のエンジンとして期待されたのが公共事業であったのに対し、現在は同じ役割を環境・エネルギー分野が新しい成長セクターとして担い、この分野を伸ばすことが雇用を創出し、景気回復につなげられるという期待がある。
 メディアでは盛んにグリーン・ニューディールという単語が取り上げられ、景気後退を早期に救ってくれる魔法の対策のような扱いである。しかし、グリーン・ニューディールは本当にこの景気後退を救うことが出来るのだろうか。環境・エネルギーが成長セクターであることに疑念を挟む余地はない。一方で、この数ヶ月間に、我々が直面している過去に例のない景気後退に対して、即効性がないとも感じている。今回は、グリーン・ニューディールへの期待が一時的な流行・盛り上がりで終わり、再生可能エネルギーや周辺産業の成長が阻害されることのないよう、その虚実についていくつかの角度から分析する。


1.急速に雇用が失われていく現実

 排出権関連のコンサルティングをしている米国のコンサルタントに「日本ではグリーン・ニューディールに注目しているのだが、米国でも同じような感じか。」と質問したところ、「米国では急速に失業者が増えており、大半の人は再生可能エネルギーなどに投資するお金があったら、直接的に雇用を増やす対策や失業者に対して給付金を配るなどに使うべきだ。」という返事が返ってきた。実際、2009年2月6日に発表された米国雇用統計は、2009年1月の失業率が7.6%(前年同月比2.7ポイントの悪化)となり、16年ぶりの高い水準となっている。日本でも派遣切りが大きな問題となっているが、米国でも急速に雇用が失われている現実がある。
 2009年2月17日にオバマ大統領が署名した米国景気対策法案でも、雇用の問題は大きく意識されており、教育・訓練に1,059億ドル、失業者など弱者救済に243億ドルが計上されている。また、失業していなくとも収入が減少している人々を救済し、消費を刺激するために、総額1,160億ドルを投じて、95%の国民を対象に平均的な家庭で1ヶ月あたり少なくとも65ドル(約6,300円)程度、手取額が増える減税を実施する。
 一方、グリーン・ニューディール枠として見なすことができる対策としては、以下が挙げられる。


 総額としては417億ドルに達し、それなりの規模に見えるが、送電網の整備は、そもそも電力自由化で送電網への投資が細っていたことが背景にあり、何年も前から必要性が指摘されていた対策である。低所得者向けの家屋の耐候化支援プログラムも元々存在していた政策である。化石燃料の研究開発もグリーン・ニューディール的でないとすると、これらを除いた正味のグリーン・ニューディール枠は223億ドルであり、総額7,870億ドルのわずか2.8%程度にとどまる(417億ドルだとしても5.3%)。
 日本では、グリーン・ニューディールが景気後退を救うというような報道が一人歩きしているが、米国は非常に現実的であり、国民も議会も大統領も即効性のある対策とは認識していない。景気対策の中心は雇用・弱者対策、インフラ整備(1,200億ドル)となっている。本格的な再生可能エネルギー政策や義務的排出権取引制度が出てくるのは、普通の景気対策が実施された後であり、今は余計なことにお金を使う余裕がないのが米国の状況である。


2. グリーン・ニューディールは景気対策なのか?

 そもそもグリーン・ニューディール=環境・エネルギー関連対策は、景気対策になるのだろうか。
 経済産業省が2009年2月24日に発表した、新しい太陽光発電の支援制度は、自家消費用に設置した設備の余剰電力分を10年間程度にわたって、今の2倍の金額で電力会社に買い取らせるものである。この制度により、太陽光発電設備の投資回収年数は10~15年程度になり、導入が進むとしている。また、この制度では、買い取りにより増加する電力会社の負担を需要家に転嫁するとしており、その金額は平均的な一般家庭で数十円から百円程度としている。総務省の家計調査報告(平成20年速報)によると世帯あたりの電気代は月額8,387円であり、仮に100円が転嫁された場合は電気代が1.2%増加することになる。つまり、今回の制度では、太陽光発電の設置が進むと同時に電気代が上昇し、家計や企業経営にマイナスの影響も与えることになる。これは再生可能エネルギーを一定量以上導入していこうとすれば避けて通れない問題であり、太陽光発電などの電気を固定価格で買い取る制度を実施しているドイツの電気代は、内閣府の2007年度の調査によると日本の1.5倍となっている(注1)
 仮に、日本が景気対策として再生可能エネルギーの大規模導入を積極的に進めていくとすると、その追加的な費用は補助金・減税の形で税金にて補うか、今回の太陽光発電支援制度のように需要家に負担を再配分するかのどちらかしかない。もし税金で補うのであれば、税金の使い方として、他の景気対策と比較して効果があるのかを検証する必要がある。需要家に負担を再配分するのであれば、それによって家計や企業経営が苦しくならないような配慮が必要である。
 誰でも知っていることだが、再生可能エネルギーは、これまで商業的には普及してこなかったエネルギーであり、その導入は短期的には経済的なデメリットを生むことは明らかである。そのデメリットを乗り越えた先に、産業としての広がりや化石燃料依存からの解放などのメリットがあり、21世紀の成長セクターとしての姿が見えてくるのである。グリーン・ニューディールへの漠然とした期待は、このメリットの前にあるデメリットを無視した議論であり、これを乗り越えるための方策を全く示さないまま、「景気対策として太陽光発電を設置すればよい」というのは無責任である。
 自動車産業が20世紀に大きく伸びたのは、人々のモビリティを飛躍的に向上させ。「もっと自由・便利に移動したい」というニーズに応えたためである。再生可能エネルギーなどのグリーン・ニューディールで掲げられている対策が、21世紀に産業として大きく伸びるためには、自動車のように人々の「何か」を飛躍的に変えられるものでなければならない。そのためには、短期的な景気対策としての視点ではなく、「エネルギー消費・CO2排出を抑制しながら持続的に成長したい」というニーズを具現化する、中期的な政策・財政支援が必要である。したがって、即効性が求められる景気対策と中期的な取り組みが必要な再生可能エネルギーの導入拡大は、性質的になじまないものであり、「景気対策としてのグリーン・ニューディール」を実施してしまうと、その結末には大きな失望が待っている可能性がある。

 
3. 今、求められる対策

 製造業の方々に話を伺うと、「事業環境が激変し、需要が消えてしまった。」と異口同音におっしゃっている。このような危機的な現状をふまえれば、人々の需要を刺激し、停滞しているお金の流れを早期に活性化するような対策が景気対策の本道であり、「一粒で三度美味しい」グリーン・ニューディールを狙うことは「三兎を追う者は一兎をも得ず」になる可能性がある。再生可能エネルギーの導入拡大や地球温暖化対策は、当面の危機的な状況への対策とは切り離して、中期的に必要な取り組みとして考えても良いのではないか。
 もちろん、需要家に対して、再生可能エネルギーの導入コストを再配分することで市場を作り、再生可能エネルギーの競争力を高めていくやり方には賛成であり、この景気後退のど真ん中でこの制度を入れる経済産業省の勇気と見識には深く賛同する。しかし、このような対策を景気対策として実施し、本来求められる即効性のある対策が見送られているのだとすれば、それは本末転倒である。
 マスコミの皆さん、グリーン・ニューディールって騒ぎすぎじゃないですか?


注1 ドイツの電気代は日本の1.5倍:
固定価格の買い取り制度だけの影響ではなく、EU-ETSの開始による排出権価格の上乗せや環境税の影響もある。
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