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コラム「研究員のココロ」

教育産業ソリューションシリーズ(第6回:上海における塾・予備校等)

2008年08月18日 野尻剛


本シリーズでは成長戦略クラスターが取り組んでいる、学習塾をはじめとする教育産業向けのソリューションについてテーマ別にご紹介しております。詳細につきましては当クラスターまでお問い合わせください。

日本の塾・予備校企業の中国進出動向

 日本の塾・予備校等市場は1兆円を超す大きな市場となっているが、少子化の影響を受け徐々に縮小している。そうした中、新たな成長分野として中国に目を向ける企業が現れており、幾つかの進出例も報道されている(詳細は下記参考をご参照)。
 また、進出までには至っていないものの、中国市場に興味をもち研究中という企業は少なくない。現在は規制等の問題もあり本格化した動きとはなっていないが、将来的には成長戦略の有力な選択肢の一つとなっても不思議ではない。そこで、当クラスターでは昨年末に上海における塾・予備校等の市場リサーチを行い、日本企業の進出可能性について検討を行った。以下、その概略について発表したい。

〔参考:日本企業の進出例〕







上海市における教育事情

(1)人口
 少子化の波は上海市でも同様で、一人っ子政策により18歳未満の人口は長期的には減少する傾向にあり、ある長期予測によれば、2030年の人口水準は90年代後半の8割程度となる見込みだ。日本との比較で特徴的なことは、年ごとの人口増減が大きいことである。これは、日本よりも子供の生まれ年を気にする慣習が強いためだが、この影響による短期的な市場変動には注意が必要となる。

(2)進学率
 上海市の教育区分は日本と同様で、小学校・中学校・高校・大学とに分かれ、中学校までが義務教育となる。各段階での進学率は日本と遜色の無い水準にあり、特に大学進学率は日本よりも高い水準にある。

(3)通塾率
 各年代における塾・予備校等への通塾率は、ここ数年で徐々に上昇している。受験年になると通塾率が高くなるのは日本と同じで、通塾率の水準も概ね同じ様な状況にある。日本との比較で特徴的なことは、小学校6年生の通塾率が高い一方で、6年生以外の小学生の通塾率は、日本では学年が上がるにつれて徐々に高まるのに対し、10%前後の低い水準に留まっている点である。

(4)教育費の水準
 上海市のGDPに占める教育費(学校教育の公的支出及び私費負担、塾・予備校等の家計支出の合計)の割合は、ここ数年は2%台前半でほぼ横這いに推移している。これは日本の半分以下の水準だ。但し、GDPは年率二桁成長を続けているので、教育費も絶対額としては同様のペースで増加している。

 また、現役の中高生を子供に持ち、実際に塾・予備校等を利用している保護者のインタビューを実施したところ、塾・予備校等の授業料として世帯月収の2%程度を支出している場合が多く、4%未満で過半を占めていた。家計への負担感はあまり高くはなく、より良い教育を受けられるのならば、お金をもっと支払っても良いと考える保護者が殆どであった。この点は、一人っ子となったことで子供への期待がより大きくなっており、教育にお金をかける風潮が高まっていることからも頷ける点である。

上海市における塾・予備校等の形態・特徴

 塾・予備校等の形態では、集団指導塾が2/3程度を占めており中心となっている。但し、集団指導塾とは言っても、日本の大手予備校のように100人以上を一度に授業できる大型施設のある塾・予備校はなく、多くても50~60人規模である。
また、逆に日本の個別指導塾という形態も確立されたものになってはいない。家庭教師と同様に考えられる個人レベルの塾や、通常の指導人数よりも少数であること(概ね10人未満)を売りにしたクラスが設けている塾・予備校がある程度である。因みに、こうした少人数制クラスは通常のクラスよりも授業料が高く設定されており、消費者からの評価も高いようだ。
日本との比較で特徴的なことは、大学との提携や、講師が現職の教師である等、学校との結びつきが非常に強い点である。しかし、今後は教師の兼職について一定の禁止が政令される等、環境変化が生じる可能性もある。

上海市における塾・予備校等の利用状況

 先の保護者インタビューから、塾・予備校等の利用状況について、特徴的な点についてコメントしたい。

(1)塾・予備校等を複数利用しているケースが多い
 受講している塾・予備校等の形態は集団指導塾が中心だが、家庭教師を併用する等の複数利用しているケースが多く見られた。中には、家庭教師を複数利用しているケースも見られる。これらの複数利用の理由としては、集団指導塾では満たされない部分(例:苦手科目の克服、フェーストゥーフェースによる子供の管理等)を補いたいからという意見や、科目別により良い内容の授業を受けさせたいからという意見が多く挙がっていた。これは、現在の教育サービスレベルでは満足できない消費者が、複数の教育機関を使い分けることで、ニーズを満たそうという消費者努力の現われと考えられる。

(2)現在の塾・予備校等を選択したきっかけは口コミが多い
 現在の塾・予備校等を選択したきっかけについて、口コミがトップで、次いでチラシ・DMという結果となった(複数回答)。口コミの内容は、成績があがった、あの先生の授業は分かりやすい等、曖昧な内容に留まる傾向にある。これは、通塾目的が学校の成績を上げたいからという、やはり漠とした理由であることに起因している他、子供にあった教育を受けさせたい、勉強するように管理してもらいたいといった意識が強いため、定性的な情報を欲しており口コミを頼りにする傾向が強いものと考えられる。

(3)子供のやる気を引出す、勉強するように管理して欲しいという要望が強い
 その他の自由意見の特徴として、塾・予備校等の授業内容・レベル以上に、子供のやる気を如何に引出し、また勉強するように管理監督をしてくれるのかといった点に保護者の関心が強くあった。(例:自分の子供は自己管理能力がないからウェブ授業では勉強しない、集団より1対1の指導のほうが分かりやすいだろうし勉強する、1対1の指導より5人位の少人数で競争意識を高める方が良い、講師以外に心理カウンセラーが居ると良い等)

日本企業の進出可能性について

 今回のリサーチ結果を総括すると、次の3点にまとめられる。

  1. 人口・進学率・通塾率の動向からは、塾・予備校等への参加人数増加は大きくは期待できず、専ら小学校低学年への展開が残っているだけである。

  2. その一方で、教育費はGDP成長と共に増え続けており、対GDPの教育費水準もまだまだ低く、価格面での市場拡大は十分に期待できる。

  3. 顧客は基本的には日本市場と同様のニーズを抱えており、こうしたニーズに対応するサービスの提供が出来れば、より多くの授業料を支払う余地は十分にある。

 進出可能性のキーとなるのは3.の顧客ニーズを充足するサービスを提供できるかどうかになるが、上海市の既存の塾・予備校等は小規模事業者が多く、学校教育の延長線上でのサービスレベルにしかない。顧客が求めているのは、より個々の生徒にマッチした対応であったり、より肌理細やかなサービスである。この点について、日本市場ではより以前から求められ、企業は対応を図ってきた。従って、優位性のあるノウハウを培っている日本企業は少なくなく、そうしたノウハウを活かして先行したビジネスモデルを展開することで、対顧客ではニーズの充足が図れる可能性が高く、対競合でも競争優位性を発揮できる可能性は高いと考えられる。
 但し、それは日本でのビジネスモデルをそのまま展開すれば良いというほど簡単なものではない。既述のとおり、上海市の塾・予備校等は学校との結びつきが強く、顧客も背景にどういった学校の協力があるか、どういった学校の教師が教えているか、といったことでその事業者の信頼性を計ろうとする。また、上海市教育委員会が塾・予備校等に関与しており、こうした行政とのネットワーク形成も必要不可欠である。その他にも対応しなければならない点は幾つかあるが、それらを一つ一つ克服していくことで、日本企業が進出して成功するだけの可能性は十分にあるものと考えられる。
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