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コラム「研究員のココロ」

“絵に描いた餅”の中期経営計画から脱却するために<第1回>
~トップマネジメントが打破すべき「意識と方法論の壁」~

2008年06月30日 谷口知史


このコラムは、経営革新クラスター・メンバーによる連載形式で執筆するものです。

1.はじめに

 「中期経営計画」(以下、「中計」と記す)の持つ意義や重要性を認識しつつも、その実効性が必ずしも高くない企業は多い。筆者は、企業価値の向上を目的として経営革新を具体的に実践するためには、「中計を画餅のままで終わらせない」ことが要諦となると考えている。
 筆者が所属する経営革新クラスターでは、本年1月から2月にかけて、「“絵に描いた餅”の中計から脱却する」をテーマとしてセミナーを主催したが、筆者たちクラスター・メンバーが事前に予想した以上の大きな反響があったことに驚かされたというのが実情である。
 「画餅の中計からの脱却」が経営全体の重要課題となっている企業の多さを再認識するとともに、その重要課題に日々取り組んでおられる多くの方々(特に、トップマネジメント層の方々)に対してコンサルの現場から何らかのヒントを提供できればとの想いで、本稿を通じてメッセージを送ることとしたい。

2.「中計が画餅になってしまう」原因を再考する

 「画餅(がべい)」とは、「絵に描いた餅のように、物事が実際の役に立たないこと」をいう。そのため、「画餅の中計」とは、文字どおり「実際の役に立たない中計」を意味している。また筆者は、中計に関する意識面(意義・重要性の理解度等を指す)および方法論(具体的な理論・手法の習得度等を指す)において、「(1)知っている(2)分かっている(3)行っている(4)出来ている(5)もっと出来る(ことを目指している)」の5段階のレベルに区分することにより、(1)・(2)・(3)のレベルに止まっているものを「画餅の中計」と評価し、(4)・(5)のレベルに達しているものを「画餅ではない(=実際の役に立っている)中計」と評価している。
 筆者は、従来から「画餅の中計」と「画餅ではない中計」の間には2つの大きな壁があるものと捉えていたが、上記のセミナーにご参加頂いた方々との意見交換等を通じて、その認識を更に強めた次第である。2つの大きな壁とは「意識の壁」及び「方法論の壁」であり、そのいずれかが残存している間は「画餅の中計」からの脱却は極めて困難である。そもそも、中計の意義・重要性に対する理解度・納得度が低いままでは本気で中計の策定・実行が成されるはずがなく(「意識の壁」に起因する事象)、また具体的な理論・手法に対する習得度が低いままでは相応の水準の中計が策定・実行されるはずもない(「方法論の壁」に起因する事象)。
 それでは、何故多くの企業で、依然としてその2つの壁が残存してしまうのだろうか。筆者がコンサルの現場で経験した多くの事例からは、次のような事実が主因として抽出される。ある意味では単純であり、ある意味では深刻な事実であるが、「2つの壁が残存する企業では、経営者(トップマネジメント)のリーダーシップの脆弱さが例外なく認められる」。
 「中計は有意義であり重要なものである」と言いながらも、中計のP(策定)・D(実行)・C(評価)・A(修正)サイクル全体に対して完全にコミットできている経営者(トップマネジメント)は決して多くはない。中計のPDCAサイクル全体において、最もリーダーシップを発揮すべきなのは経営者(トップマネジメント)であるはずなのだが、多くの企業では必ずしも本来の姿になっているとは言い難い。「中計が画餅になってしまう」原因の多くの部分は経営者(トップマネジメント)の意識面・方法論に宿っていると言っては厳しすぎるだろうか。

3.「画餅の中計から脱却する」ための処方を検討する

 上記の2つの壁を除去するためには、「経営者(トップマネジメント)が自らの意識改革に努めること」と併せて、「自社中計のPDCAサイクルの仕組みを具体的な形で再整備・再構築すること」が要件となる。
 経営者(トップマネジメント)の意識改革のためには、経営者(トップマネジメント)が自らの基本的役割に則して「中計のPDCAサイクル全体に関する責任者は誰なのか」を再考されることをお勧めしたい。ここでいう経営者(トップマネジメント)の基本的役割とは、「(1)経営理念・経営ビジョンの明示(2)戦略的意思決定(3)執行管理」を指している。
 中計のPDCAサイクルの仕組みを再整備・再構築するためには、自社の現行の方法論を再点検することから始める必要がある。例えば、「中計の策定・実行ルール(体制・手法等)は理論面・実務面の双方から評価した場合に十分に合理的なものとなっているか」を経営者(トップマネジメント)自らが再点検されることをお勧めしたい。その際には、中計のPDCAサイクル全体を通じて「自社組織本来の権限と責任のバランス」が保たれているかどうか(即ち、なすべきことがなされているか)を評価基準として重視して頂きたい。筆者の経験から、中計のPDCAサイクルに対する目的意識や当事者意識が組織全体で十分に醸成されている企業は多くない。

4.「画餅の中計からの脱却」のための「経営戦略力」強化・「経営品質」向上のすすめ

 既に「画餅の中計からの脱却」のために経営者(トップマネジメント)の意識・方法論の両面で変革に努めておられる企業には、更に経営者(トップマネジメント)の強力なリーダーシップの下で「経営戦略力」強化と「経営品質」向上に取り組まれることをお勧めしたい。
 経営革新クラスターでは、「経営戦略力」を「経営戦略を策定し、実行し、その結果を評価し、必要に応じて修正する一連のプロセスを通じた、企業全体の総合的な実力(=策定力・実行力・評価力・修正力を相乗したもの)」と定義した上で、「経営戦略力」強化による中計のPDCAサイクル高度化を提唱している。また、広く知られている「経営品質」の理念(顧客本位・独自能力・社員重視・社会との調和)を「組織全体の成熟度を高める」ための重要な概念と捉えて、「経営品質」向上による中計のPDCAサイクル高度化を併せて提唱している。
 コンサルの現場で強く感じるのは、企業の戦略レベルを示す「経営戦略力」と組織レベルを示す「経営品質」の両方がバランス良く具備されている企業は稀だということである。そして、その両方がバランス良く具備されている企業では「中計が画餅になる」ことはあり得ない。その一方で、中計のPDCAサイクルが徹底できずに「経営戦略力」及び「経営品質」が低水準に止まっている企業ほど「中計が画餅になったまま」で放置されている。
 筆者は、戦略の合理性を担保する「経営戦略力」を強化し、組織全体の成熟度を高める「経営品質」を向上することにより、「戦略と組織の適合」を実践することが可能となるものと考えている。そして、「戦略と組織の適合」のためには「経営ビジョンに対する共有・共感・共鳴」が不可欠な要素となる。「経営戦略力」・「経営品質」および「経営ビジョンに対する共有・共感・共鳴」の3つの要素がバランス良く保たれている企業が「画餅ではない中計」を実践できるのである。「画餅の中計からの脱却」のためには「経営戦略」・「経営組織」および「経営ビジョン」が有機的に統合されることが要件となることを理解すれば、多くの人が経営者(トップマネジメント)の存在意義や権限・責任の大きさを再認識することになるのではないだろうか。
 当然ながら企業にとっては中計自体が目的ではなく、経営手法としても中計が絶対的なものではないが、経営者(トップマネジメント)が自社経営に関する「理念」・「ビジョン」・「戦略」を語るためには中計というフレームを活用することが合理的である。そして、「経営革新による企業価値の増大」という重要かつ難度の高い課題に対して本気で取り組む経営者(トップマネジメント)こそが「画餅の中計からの脱却」のために強力なリーダーシップを発揮できるはずである。
 経営革新クラスターからの提言をまとめると、以下のように表現できる。経営者(トップマネジメント)の強力なリーダーシップの下で、「養分」として経営ビジョンを共有・共感・共鳴し、「土壌」として経営品質を高め、「木」として経営戦略力を鍛えることにより、「果実」として“絵に描いた餅”の中期経営計画から脱却し、経営革新を達成することができる(図表1ご参照)。

図表1.「画餅の中計からの脱却」のための「経営戦略力」と「経営品質」のコンセプト
<図表1.「画餅の中計からの脱却」のための「経営戦略力」と「経営品質」のコンセプト>



5.おわりに

 米国経営史学者A・D・チャンドラーによる「経営者の時代(邦訳)」という名著がある。原書での表題は「THE VISIBLE HAND(「見える手」)」であり、19世紀後半以降の米国で「市場メカニズムによる資源配分が、企業マネジメントにとって代わられた」ことを意味している。
 筆者は本稿を通じて、「経営者(トップマネジメント)」という表現を意識的に多用している。筆者のいう「経営者(トップマネジメント)」とは「(1)経営理念・経営ビジョンの明示(2)戦略的意思決定(3)執行管理」をなすべき立場の人々全員を指している。コンサルの現場において、現下もまさに「経営者(トップマネジメント)の時代」であると実感しているためである。
 自社の更なる成長のために「経営革新による企業価値増大」を目指して日々努力されている多くの経営者(トップマネジメント)の方々が、本稿から何らかのヒントを見出して頂ければ幸いである。

第2回へ続く

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