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コラム「研究員のココロ」

カーボンフットプリントとマーケティング戦略

2008年06月02日 青山光彦


1.カーボンフットプリントとそのねらい

 「商品にCO2排出量表示 経産省 小売大手と連携」
 5月初旬、日経新聞一面トップに大きく表示されました。これによれば、経済産業省が小売民間企業と連携し、商品にCO2排出量を表示する制度の普及に向けた取り組みを進め、来年度にもその制度を開始する、とのことです。また、同時期に農林水産省においても、農産物を対象として生産や流通の過程で排出されるCO2量を表示する仕組みづくりの検討に入るようです。
 こうした制度は、商品のライフサイクル全体で発生するCO2の排出量を商品に表示するというもので、表示されたCO2排出量は『カーボンフットプリント』と呼ばれます。この制度により、企業の地球温暖化対策を促し、最終的には、製造工程を含めた商品のライフサイクル全体でのCO2排出量を減らすことをねらいとしています。

2.カーボンフットプリント表示にかかる特徴

 この制度を採用する企業は、CSRの観点から企業の取り組み姿勢を消費者へアピールでき、環境配慮に取り組む企業としてのブランドイメージの向上につながる効果が期待できます。
 一方で、表示するスペースが確保できるのかといった商品の形状特性に依存する問題や、商品の製造及び輸送時に発生するCO2に着目すると、フェアトレード問題、南北問題の視点からこの制度との親和性に課題があるなど、商品の流通特性に絡む問題もあります。また、そもそも、このようなラベリング制度による消費者向けの情報過多が、消費者の判断能力の低下を引き起こし、結果的には、消費者による選択的購買意欲の向上や消費の差別化につながらない可能性もあります。このため、制度構築に向けては、商品特性を十分に検証することが求められます。
 また、CO2排出量表示を行うこの制度の肝は、何といっても、具体的な排出量の第三者機関による認証と言えます。数値の信頼性が損なわれれば、「産地偽装」ならぬ「二酸化炭素偽装」の問題につながるからです。まずは、こうした第三者による認証機関のプラットフォームの構築が必須といえるでしょう。

3.運用にともなうマーケットの変化

 実際にこの制度が運用されるとどのようなことが起こりうるでしょうか。次のとおり、マーケットの成熟に合わせて三段階に整理してみてみましょう。

【黎明期】~カーボンフットプリントの有無による競争

 カーボンフットプリントの表示がある商品とない商品が混在している時期には、同じ値段の商品であれば、多くの消費者はおそらく、表示ありの商品を購買するでしょう。カーボンフットプリントを表示することが商品及びその企業の信頼性につながると予想されるからです。これは、食品の安全性とトレーサビリティの問題と構造が似ていると言えます。産地が明確に示されているもののほうが信頼できますし、そうした表示をしている商品を販売している企業はがんばっているな、と応援したくなるものです。

表1 黎明期における競争力の比較
表1 黎明期における競争力の比較
(出所)筆者作成


【普及初期】~カーボンフットプリントによるマーケティング戦略の再考による競争

 カーボンフットプリントの表示が普及し始めると、CO2が「定量化」できることによって、これまで企業による環境対策への取り組みがライフサイクルにわたるCO2排出量を通して容易に比較できるようになります。
 その結果として、価格の高低、品質の高低、量の多少といった商品特性に加え、カーボンフットプリントが新たな競争軸になりえます。こうして、企業はカーボンフットプリントを通したマーケティング戦略の再考を迫られます。
 例えば、値段・品質及び機能がほぼ同じのA社、B社のそれぞれの商品のカーボンフットプリントが、仮に100g、80gだった場合はどうでしょうか。通常であれば、B社のほうを選択する消費者のほうが多いのではと予想されます。ただし、この場合、安かろう、悪かろう、ではないですが、CO2が少ないので、商品の質も下がっているのでは、という誤った認識をされないよう留意が必要です。

表2 普及初期における競争力の比較
表2 普及初期における競争力の比較
(出所)筆者作成


【普及中後期】~カーボンフットプリントによるイノベーション喚起と競争

 これまで企業は、価格、品質、量や鮮度といった競争軸があったからこそ、より価格を安くしよう、より品質を良くしよう、といった改善のための施策に取り組んできました。その結果として、企業は製造工程や物流工程等において数々のイノベーションを起こしてきました。
 今後カーボンフットプリントの表示制度の導入が進めば、同様にカーボンフットプリント削減のための抜本的な改革(イノベーション)が新たに進む可能性があると考えられます。
 例えば、普及初期で商品の競争力が弱まったA社の今後の打ち手を考えてみましょう。カーボンフットプリントはそのままとし、コスト削減に力を入れて、B社より安い商品を打ち出すのも対策のひとつですし、B社より低いカーボンフットプリントを目指し、製造工程を見直し省エネを促進する、流通経路を見直し効率的な物流体制を構築する、といった直接的にCO2発生量を抑制する取り組みや排出権の購入によるカーボンオフセットの取り組みを進めるのも対策のひとつです。このとき新たな改革(エコイノベーション)が引き起こされる可能性が大きいのです。
 後者の場合、対策の実施コストがA社の商品価格のアップとして反映されると予想されます。このとき、相対的にみて価格は高いがカーボンフットプリントが低いA社と、価格は安いがカーボンフットプリントが高いB社のどちらの商品が売れるのでしょうか。

表3 普及中後期における競争力の比較
表3 普及中後期における競争力の比較
(出所)筆者作成


 その結果は、商品の特性(ターゲット層、日常品・非日常品)によると考えられます。ブランド価値に高額を支払うように、価格が高くても環境価値にお金を払うLOHAS層もいるわけです。

4.カーボンマーケティング時代の夜明け

 上記のような付加価値型商品のマーケティング戦略上においては、カーボンフットプリントの大きな特徴は、CO2排出量が「定量的に」示されている、ということです。また、その値が、企業努力により変化させることが可能であり、その数値やその変化を環境価値として消費者に「見える化」させていることが大きな特徴といえるでしょう。こうした取り組み自体が企業価値向上にもつながります。さらにエコイノベーションによって新たなマーケット創出にもつながります。
 迫り来る炭素制約社会の中で、カーボンマーケティング、エコブランディングといった環境配慮型企業としての新たな対応が求められつつあります。
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