コンサルティングサービス
経営コラム
経済・政策レポート
会社情報

経営コラム

コラム「研究員のココロ」

我が国における寄付社会の創造に向けて

2007年09月10日 前田直之


■「市場」と「政府」の隙間

図 昨今、我が国では「小さな政府」への転換を目指し、官が独占していたサービスの民間への開放を進めている。戦後から肥大化していた政府の領域を縮小する動きである。
 デンマークのG・エスピン・アンデルセンは、福祉国家のあり方を政府と市場の関与の仕方によって「三つの福祉レジーム」として分類した(※1)。現在の日本は、社会保障の観点から保守主義に近いと言われているが、公共サービス全体の担い手という観点から見れば、規制緩和や市場化テストの導入等の動きは、より政府の関与を小さくし、自由主義のポジションへ移行する動きとも捉えられる。
 アンデルセンの自由主義レジームは、いわば「低福祉低負担」の国家像であり、「市場」が福祉サービスの機軸となるため、市場の原理によって所得の格差が拡大するなどの「市場の失敗」というリスクが存在する。一方、社会民主主義レジームの「高福祉高負担」は、高額な税負担や政府の肥大化など「政府の失敗」というリスクを抱える。その中で、保守主義レジームでは、その隙間を家族や共同体が補うことで、両面のリスクヘッジをしていると捉えることができる。

 我が国では、核家族化や地域コミュニティの崩壊が叫ばれる今日、「市場」と「政府」の両面のリスクをヘッジする領域において、ボランティア団体やNPO法人などの市民による新たな活動主体がサービスの担い手として頭角を現している。前述の自由主義レジームにおいても、低所得者の公共サービス等は市民活動などが支えることを前提としている。このように「市場」と「政府」の隙間を埋める領域において、市民活動は大きな役割を占めつつある。その領域の大きさは、NPO法人の累積の認証団体数が31,855団体(2007年6月30日時点)に達し(※2)、内閣府の国民経済計算(SNA)による2005年の総産出額が10兆円を超え、同年GDPの約1.5%を占める規模にまで成長していることからもうかがえる(※3)

 市場によるサービス提供は、受益者から支払われる対価によって支えられ、政府によるサービスは、租税によって原資を確保している。しかし、「市場」と「政府」の中間を埋める領域は、市場経済と公共経済の狭間にあるため、この領域を支える市民活動の原資は不足している。その結果、市民のボランタリティに大きく依存しているのが我が国の現状である。近年、福祉サービスの分野に限らず、市民による公益的サービスの提供範囲や重要性が拡大する中で、これらの市民活動の継続性や質を担保するために、活動原資を確保していくことが大きな課題となっている。

■市場経済、公共経済ではない「共通の価値観」による経済領域を~寄付社会の創造

 税金でもなく、サービス対価でもないものによって、その隙間を埋めていくことができるのであろうか。その解決策の一つが、日本における寄付社会の創造である。市場経済、公共経済ではなく、地域社会への投資を行う寄付行為によって、この領域の経済を循環させることにより、これらの活動の担保が期待される。
 従来から言われているが、我が国の寄付に対する意識は、欧米と比較して決して高いとは言えない。寄付額でみると、日本では総額約6008億円、GDP比で0.12%(2004年)となっているが、米国では総額約23兆7,649億円、GDP比1.87%(2004年)、英国では総額約1兆876億円、GDP比0.52%(2003年)を占めており、額では約2倍~40倍、GDP比で約4倍~16倍の規模である(※4)

 我が国で寄付社会を創出していくためには、従来から言われている税制面の見直しや手続きの簡素化などが課題として挙げられる。自治体や公益を目的とした団体に対する寄付金に対して、一定の税金の控除が担保されているが、その手続きの煩雑さや、税控除額の制限などが寄付を身近に感じることができない要因といわれている。

 一方、近年全世界的に注目されているCSR(企業の社会的責任)の動きの中で、地域貢献という観点から寄付を位置づけている企業もみられることは追い風である。今までは文化活動等を支援する企業メセナや社会貢献をする企業フィランソロピーという考え方が一般的であったが、このような動きを包含して、企業の地域や社会に対する責任を明確化する動きがCSRといえる。CSRでは、利益の一部を地域や社会へ還元することによって、企業市民としての責任を果たそうとする企業も見受けられる。さらに、企業へ投資する際にCSR活動を評価するSRIという資金の流れも生まれている。SRIは和訳すると「社会的責任投資」であり、企業を通じた社会への投資であることを意味している。

 他方では、行政においても、特定の事業やNPO団体等への助成において、市民からの寄付を募るケースが見受けられる。「税金」として支出するのではなく、納付者の意思を尊重する「寄付」を集め、意思に基づいた用途で利用する形である。このような財源の確保の方法を条例によって定める「寄付投票条例」が2007年6月現在、全国で25市町村あり、近年増え続けている(※5)
 さらに、今般紙面を賑わせている「ふるさと納税」については、現在総務省の研究会によって検討が重ねられているが、税金としての納付ではなく、寄付金として地方自治体へ納付する仕組みを作り、その額を税控除する形も議論されている。これは言ってみれば、「市場」と「政府」の隙間ではなく、「中央」と「地方」の隙間を「寄付」によって埋めようとする考え方である。

 このように、「寄付」というものが、我が国の「市場」と「政府」、「中央」と「地方」など、「隙間」を埋める経済の原資として注目を集めている状況がうかがえる。ただし、寄付社会の創造において最も重要なのは、その寄付によって支えられる市民活動等が、地域社会全体の福祉の向上に寄与しているというコモンセンス(=社会及び地域における共通の価値観)の醸成である。寄付とは、地域や社会への投資であるがゆえに、短期的な成果や直接的なリターンも期待できない。私たち一人ひとりが、この投資行動が次世代の人々の未来を豊かにするということを信じない限り、寄付社会の創造はありえないのである。

※日刊工業新聞「リスクマネジメントABC(2007.6.27掲載)」寄稿文に一部加筆



【参考文献】
※1:G・エスピン・アンデルセン著「福祉資本主義の三つの世界~比較福祉国家の理論と動態」ミネルヴァ書房2001年6月
※2:内閣府国民生活局「NPOを知ろう~NPOホームページ~」
※3:内閣府「平成17年度国民経済計算確報」
※4:山内直人他編「NPO白書2007」NPO研究情報センター2007年3月
※5:JaDoMaC~寄付による投票条例HP(http://www.jadomac.jp/index.html)
経営コラム
経営コラム一覧
オピニオン
日本総研ニュースレター
先端技術リサーチ
カテゴリー別

業務別

産業別


YouTube

レポートに関する
お問い合わせ