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コラム「研究員のココロ」

たった一人の人の生活のために
~教科書には載っていないマーケティングのこころ~

2008年03月17日 齊木乃里子


マーケティングはテクニック?!

 「マーケティング」というものがこの世に生まれて、実際に人々の間で展開されるようになってから、もう随分の時が流れました。日本で本格的に導入されるようになった戦後から考えても、優に60年を超える計算になります。その間、世界中で、また私たちが暮らす日本においても、多くの事業家や研究者の方々によって、マーケティングは大きな主題として、色々な側面から語られてきました。
 その結果、おそらく何らかの事業に携わっておられる方なら、「マーケティング」という言葉を聞いたことがない、ということはないでしょうし、実際に「マーケティング」という言葉を冠した部署や役職のもとに業務を行っているという方も多くいらっしゃることでしょう。
 筆者もその一人です。自らの専門分野を「マーケティング」と称しています。このような仕事についておりますと、クライアントの方々をはじめ、様々な業種・業界の、様々な立場の方々が「どうやったら“うまく”マーケティングできるのか」とおっしゃるのを耳にします。曰く、「うちは、お客様のニーズを定期的に把握する仕組みもある」「4Pを丹念に検討して、商品開発や市場導入を行っている」「広告・宣伝は、昨年対比○○%アップのコストをかけて取り組んでいる」、でも「結局、マーケティングって何かわからない」と。
 これまで公表されてきた「マーケティング」の成果は、その多くが、「テクニック」に関するものです(もちろん、すべてではありませんし、それを否定するわけでもありません)。と、書くと、多方面からお叱りの声が飛んできそうですが、優れたマーケティング(というよりも、「ある時期成功したマーケティング」)のケースにしても、マーケティングの教科書にしても、「こうやって、こうやって、こうした」式の解説が多いのです。従って、マーケティング(という名前がミッションとなっているかどうかにかかわらず)に従事しておられる方も、おおよそ、それに沿った形で、業務を遂行されることになります。そうすると、「うちの会社でいうと、こういうことが必要だ」「こういうことを検討してからでないと、前に進めない」、もっというと、「うちの会社の規模やレベルでは、本にのっているようなこういうことはとてもじゃないけれど、できない、できる余裕がない」という課題に直面することになるのです。
 本稿では、このような声に対し、「そもそもマーケティングを実践するにあたって、これだけは忘れてはいけないこと」「ある会社のマーケティングにとって思想として必要なこと」を、私なりに述べてみたいと思います。

自社のお客様は誰か

 「マーケティング」の実践現場でよく耳にする言葉に「ニーズ」「ターゲット」というものがあります。筆者も多用はしますが、実はこの言葉は個人的にはあまり好きではありません。というのも、この言葉が発せられた瞬間に「なんだかわかったような気になる」「議論したような気になる」ことが多いためです。
 このような言葉とともに語られるのは、例をあげると、「ターゲット」でいえば「20代のOL」「独身男性」「子育てを終えた夫婦」、「ニーズ」でいうと、「自炊が大変で簡単にすませられる」「ストレス社会で癒しを求めている」などでしょうか。こういう記述を目にするたび思うのは、「それって誰?!」ということです(もちろん、これだけのキーワードでビジネスが展開できる場合もありますが)。このあと予想される展開としては、この「ターゲット」に該当する人たちに関する、統計などの2次資料や独自に実施したアンケートがあって、「確かに設定した“ニーズ”が存在する」ということで、GOサインがでる、というものです。
 これらの流れは、確かに、「間違って」はいません。そのように実行して、ある程度の成果を収めた企業も多くあり、だからこそ、広く知れ渡っているのです。いいたいのは、「それでは足りない」ということです。「そういう“ニーズ”」の人が実際「多く」いたとして、そこには、多くの企業が目をつけるでしょう。その結果、同業種内、他業種間でさまざまなアプローチがなされ、「うちの会社じゃなくてもよかったんじゃない?」という「突っ込み」を入れざるを得なくなるのです。もっといえば、せっかく目をつけた「ニーズ」を充足できるマーケティング実践があいまいなまま終わってしまい、「ターゲット」である層の人たちに「伝わらない」「自分のための商品だと感じてもらえない」という事態に陥るのです。いずれの場合も結局、「自社のお客様」と出会えずに終わります。
 筆者は、マーケティングを実践する際に最も大事なことは、「自社の(この商品・サービスの)お客様は誰か」という問いに対して、「ああ、あの人のことね」という明確な一人の人が見えるまで、こだわりぬくことだと考えています。それができれば、その人の困っていること、その人がほしいと思っていること、その人がなりたいと思っている状態の中で、自らが実現できる価値を提供すればいいのです。ここまで想定できて初めて、「そのためにどういう商品(及びサービス)形態がふさわしいのか」「その人はどれくらいだったらリーズナブルだと考えるのか」「その人に出会うためにはどういう提供方法を考えればいいのか」という、いわゆる「マーケティング活動」の検討に入ることができるわけです。

マーケティングは、「自社を愛してくれるお客様づくりのためのしくみ」

 こういう話をすると、「一人が満足したってビジネスにはならない」という印象をお持ちになる方が多いようです。しかし、逆にお聞きしたいのです。仲のよい友人たちが久しぶりに集まって食事をする機会があったとします。その場合、年齢や生まれ育った場所、学歴等は似通っていることが多いと想定できます。その仲間たちがみんな、同じ暮らしをしているでしょうか。同じ商品を愛しているでしょうか。別のケースを考えてみましょう。インターネット上で、人気のブログやコミュニティサイトで、見知らぬ人間同士が、あたかも自分の分身と話しているかのように、密接なコミュニケーションをしていることは近年よく知られています。ある条件のもとで、「ニーズ」や「ターゲット」を論じたとき、たった1人しかいなくても、別の条件のもとでは、本当に似通った人たちの集積が実際に存在するわけです。
 先日、ある大手の企業の方にお話をお伺いする機会がありました。その場には年齢、地域がばらばらの20名ほどの方が居合わせておられましたが、そのだれもが一度はそこの商品を利用したことがある、というほど知名度の高い企業の方です。その方のお話で非常に印象に残ったのが、「わたしたちは、モノで考えない。お客様の生活、暮らしで考える。その結果お客様が期待される土俵で私たちは勝負をする。そのために、1万人規模でのアンケート等は行うが、実際に見ているのは、お客様お一人お一人の暮らしだ」という言葉です。そういう活動を積み重ねられた結果、自分たちの企業が提供する価値を愛してくれるお客様の輪が広がっていくのです。
 たった一人であっても、その人を幸せにできない商品やサービスならば、他の人を幸せにすることもできません。そのことを忘れて、市場の中で、より大きな、かつ目に見えてはっきりしているニーズだけを追い求めるだけでは、「あの企業でなくてはならない」と思ってくれるお客様とは出会えないのです。その「自分たちの会社にとって大事なお一人様」が想像できない企業は、“うまく”マーケティングを実践することは難しいでしょう。
 これまで教科書その他で紹介された多くの理論や事例は、その最も大事な部分を「前提」として、省いてきているように思えます。もちろん、それは、ほとんどの場合、その企業にとって無意識であったり、あるいは明文化しにくかったりということがあるでしょう。ただ、このことは、規模や業種に関わらず、マーケティング活動を実践しようとする企業すべてに重要なことだと筆者は考えています。
 だまされたと思って、とは大げさですが、「この、お一人のために」という一人に徹底的にこだわることが、筆者の現在のひとつの答えであり、本稿をお読み下さった皆様にも実践していただきたいと願っています。
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