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コラム「研究員のココロ」

企業のコア・コンピタンスとしての「経営戦略力」を鍛える<第6回>

2007年05月21日 谷口知史


3.「経営戦略力」を鍛えるための方向性

■「経営戦略力」と中期経営計画の関係について
 筆者は、「経営戦略力」を鍛えるためには、中期経営計画のPDCAを徹底することが最も合理的なアプローチであると考えている。また同時に、「中期経営計画をトップマネジメントの最重要プロジェクトと捉える」ことが「経営戦略力」向上のための要件となると考えている。
 「プロジェクト」の定義は、狭義には「特定の目的を達成するための、臨時組織による活動」とされるが、広義には「イノベーションを目指して『もの・こと・ひと』を創出、育成する組織活動」と捉えることができる。
また、「プロジェクト」の構成要素について整理すると、以下のとおりである

●達成目標がある
●期限がある
●資源(ヒト、モノ、カネ、情報等)が有限である
●資源間に相互関連がある
●機能分担が必要である
●プロセスが重要である
●チームワークが必要である
●交渉・協議を重ねながら進捗する
●様々なリスクが生起し得る

 このように「プロジェクト」の定義および構成要素を再確認すれば、多くのトップマネジメントにとって、中期経営計画を「トップマネジメントの最重要プロジェクト」と捉えて、中期経営計画のPDCAサイクルを「次世代のトップマネジメント(後継者)の育成のためのプログラム」として活用する意義は大きいものと考えられる。
 トップマネジメントは、中期経営計画のPDCAサイクルを通じて、長期経営ビジョンと単年度経営計画とを繋ぐことができる。その結果として、企業がゴーイング・コンサーンとして長期的に存続・発展する可能性を高めることができる。「経営戦略力」を鍛える主たる目的は、そこにある。

■「経営戦略力」は中期経営計画のPDCAサイクルに宿る
「経営戦略はどこに宿るのか」という命題がある。経営戦略が存在するのは、組織なのか、人なのか、本社なのか、現場なのか。軽々に取扱える命題ではないと認識していることを断った上で、本稿における経営戦略の定義(「市場の中の組織としての活動の長期的な基本設計図」・「企業や事業の将来あるべき姿と、そこに至るまでの変革のシナリオ」)からは、必然的に「経営戦略はトップマネジメントに宿る」と筆者は考えている(注1)。
 それでは、「経営戦略力」はどこに宿るのだろうか。筆者は、「経営戦略力」を「当たり前のことを当たり前にできる組織能力」を測る指標と成り得ると考えている。また、「当たり前のことを当たり前にできる企業」を「中期経営計画のPDCAサイクルを当たり前に回せる企業」と捉えている。そのため、「経営戦略力」は中期経営計画のPDCAサイクルに宿るものであり、中期経営計画のPDCAを徹底することが「経営戦略力」の向上に直結すると考えている。
 優れた企業には、「経営戦略の策定・実行・評価・修正」というマネジメント・サイクル(PDCAサイクル)を一元的に管理し、必要に応じて調整する組織としての力がある。「当たり前のことを当たり前にできることで、当たり前の企業でなくなる」ためには、「経営戦略の全体プロセスを企画管理するマネジメント・システム」を構築して「経営戦略力」の向上に努める必要がある。
 筆者は前回稿で、こうした戦略管理プロセス全体を統括する「組織」・「機能」・「場」が具体的に必要なのだと主張した。そして、それぞれの企業の置かれた状況(特に組織面)や経営資源(特に人材面)の事情によって、「中期経営計画のPDCAサイクル」を統括する「組織」・「機能」・「場」のあり方は一様ではないだろうと述べた。
 (図表3)は、「中期経営計画のPDCAサイクル」を強化するための「組織」・「機能」・「場」のあり方について、筆者が望ましいと考える方向性および具体的な方法論を例示したものである。

図表3 「中期経営計画のPDCAサイクル」強化のための仕組み


 筆者の認識では、多くの企業が「中期経営計画のPDCAサイクル」の機能化・高度化を図り、具体的な方法論について様々な工夫をされている。例えば、業績管理制度・人事賃金制度の設計・運用あるいはバランスト・スコアカード(BSC)活用等々。しかしながら、多くの企業が「中期経営計画のPDCAサイクル」の機能不全に悩まれているのも、また事実である。そして、多くの企業における現状分析から導出される問題点および課題は、かなりの部分で共通した内容を示している。
 その共通点は、「経営戦略の策定・実行・評価・修正」という各プロセスに求められる組織全体としての「機能・役割分担の不明確さ」および「権限・責任の不明確さ」に集約される。換言すれば、「『みんなで』経営戦略を策定・実行・評価・修正している(あるいは、しようとしている)」のではなかろうか。
 「中期経営計画のPDCAサイクル」になぞらえれば、非常に多くの企業で、「P」・「D」・「C」・「A」の各プロセスの「機能・役割分担の不明確さ」および「権限・責任の不明確さ」が見られるのが実状ではないだろうか。それゆえに、多くの企業で、今一歩前に進むために、経営戦略管理プロセス全体を統括する「組織」・「機能」・「場」を具体的に設けることが求められる。筆者は、経営戦略管理プロセス全体を統括する「組織力」と「人材力」を高めることを、「経営戦 略力」を鍛えるための方向性として明示したい。
堺屋太一氏は、組織における「トップ・参謀・補佐役・現場指揮者・後継者」のあり方が組織の命運を決めると述べている(注2)。また、大前研一氏は、組織における「戦略思考グループ・参謀グループの形成と正しい運用」の重要性について訴求している(注3)。さらに、野中郁次郎氏他により、「自己革新組織は、組織内の構成要素の自律性を高めるとともに、それらの構成単位がバラバラになることなく総合力を発揮するために、全体組織がいかなる方向に進むべきかを全員に理解させなければならない」との主張がなされている(注4)。
多くの先達が喝破してこられた論点は、いずれも、筆者が経営戦略コンサルタントの立場から強く実感するものである。そのポイントは以下のとおり要約できる。
  • 「経営戦略力」に関する企業間格差の主因は「組織力と人材力」にある。

  • 「組織力と人材力」を鍛えるためには、組織全体(すなわち人材全体)で取組むことにより「(組織の)全体の統合力」と「(人材の)個の自律性」の向上に繋がる「中期経営計画のPDCAサイクル」の機能化・高度化を企図するのが合理的である。

  • 「中期経営計画のPDCAサイクル」の機能化・高度化のための組織・人材の強化こそが、トップマネジメントの最重要課題である。
  • 「経営戦略力」を鍛える主体は「人」であり、優れた「組織とマネジメント・サイクル」が優れた「人材」を育てる。
以上みてきたとおり、企業のコア・コンピタンスとしての「経営戦略力」を鍛えるための要諦は、「組織と人材」に帰結する。
 企業はゴーイング・コンサーンとして、現在の姿から中期ビジョンへ、さらに長期ビジョンへと向かうためには、「組織と人材」の実力を常に高めてゆかなければならない。そのために、中期経営計画のPDCAサイクルを「愚直に、地道に、徹底的に」繰り返すことにより「経営戦略力」を鍛えることが、トップマネジメントの本来的な責務と捉えられる。
 故P・F・ドラッカー博士が述べているとおり、「マネジメントの判断力、指導力、ビジョンは、戦略計画という仕事を体系的に組織化し、そこに知識を適用することによって強化されるとみるべき」なのであろう(注5)。

4.おわりに

■コンサルタントからトップマネジメントへのエール
 本稿を取り纏めるにあたり、企業のトップマネジメントを中心とした多くの方々から頂いた貴重なご質問・ご意見等の内容についてレビューしながら、あらためて多くの方々の「経営に対する真摯な姿勢」に感じ入った次第である。
 今後とも経営環境が変化して行く中で、(業種・業態・規模・地域等のセグメントを問わず)「経営戦略力」をコア・コンピタンスとする企業こそが、「強い企業・魅力ある企業」として永く存続・発展できるものと確信している。
 本稿が、そうした企業の「経営戦略力」を鍛えるために、特にトップマネジメントの方々にとっての「経営者としての意思決定の高度化」に資する一助となれれば幸いである。

(参考文献)
注1
伊丹敬之『経営戦略の論理』(第3版)日本経済新聞社、2003年

注2
堺屋太一『組織の盛衰』PHP研究所、1993年

注3
大前研一『企業参謀』プレジデント社、1975年

注4
野中郁次郎他『失敗の本質』ダイヤモンド社、1984年

注5
風間禎三郎他訳『マネジメント』ダイヤモンド社、1979年

以上

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