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コラム「研究員のココロ」

2007年問題の処方箋(Ⅱ)
~技能・知識伝承を推進する解決法~

2007年04月27日 吉田賢哉


 前回は、「人的資源の確保・強化」を積極的に進めるのか否か、自社独特の技能やノウハウに着眼した「内製志向」を重視するのか否か、という2つの視点により、2007年問題対策を4つの観点から捉えることが可能であることをご紹介した。今後、各観点を順に掘り下げていくこととしたい。
 今回は、「自社の若手への技能・知識の伝承」を取り上げて、自社内部で技能・知識伝承を推進して2007年問題に対処していく際のポイントをより深く考えたい。

(1)技能・知識の伝承の昨今の取り組み例

 2007年問題では、失われるベテランの技能・知識に注目が集まっている。ベテランが長年の仕事を通じて体得した『暗黙知』を、いかにして会社に残すかという点で多くの企業が苦労している。
ここで言う『暗黙知』とは、言葉に上手く表現することができないが、ベテランの内面に存在している知識のことである。暗黙知に対比されるものとして、『形式知』という概念がある。形式知は、マニュアルなど、明示的で伝達可能な知識を指す。
 昨今、「自社の若手への技能・知識の伝承」を行うために、「暗黙知を暗黙知のままベテランから若手に伝承」しようとする事例や、「暗黙知をベテランが会社にいる間にできるだけ形式知化」しようとする事例が見受けられる。
例えば、ある企業は、入社数年後の若手をベテランに付きっ切りにさせている。ベテランの仕事振りを間近で見ることで若手に学んでもらったり、若手の作業をその場その場で細かくベテランが指導したりすることで、技能・知識の伝承が行われることが期待されている。
 また、別の企業では、ベテランの作業を可能な限りビデオに撮影して残したり、ベテランの動作1つ1つについてその意味を口頭で確認したりして、形式知として取りまとめようとしている。
上記の取り組みは、技能・知識の伝承に一定の効果をもたらすことが期待できる。
しかし、企業の競争力を強化し、持続的に発展させていくためには、ベテランの暗黙知に対する着目だけでは不十分である。

(2)ベテランの暗黙知を吸い出すだけでなく、知識創造サイクルを回す

 日本を代表する経営学者、野中郁次郎らは、企業の成功要因は、知識を作り出し、それを組織に広め、製品やサービスに具現化する力と考えた。野中らは、多くの企業において、暗黙知と形式知の相互作用・スパイラルによって新たな知識が創造されていくプロセスを観察して、SECIモデルの概念を提唱した。

【図表】 SECIモデル
【図表】 SECIモデル



 SECIモデルの考えでは、知識を暗黙知と形式知の変換という側面で捉え、知識が創造されていく様子を4つのフェーズで考えた。
  • 共同化:暗黙知が暗黙知として伝達・習得されたり、発展したりする。
  • 表出化:暗黙知が形式知として伝達・習得されたり、発展したりする。
  • 連結化:形式知が形式知として伝達・習得されたり、発展したりする。
  • 内面化:形式知が暗黙知として伝達・習得されたり、発展したりする。

 4つのフェーズそれぞれが新たな知識の創造に重要な意味を持つが、企業が持続的に発展するためには、どれか1つのフェーズのみを重視するのではなく、SECIモデルのプロセス全体が上手く機能するように配慮することが欠かせない。
 例えば、社内の暗黙知をマニュアル化することだけ(表出化だけ)に注力した場合、優良な暗黙知を形式知として社内に浸透させることで、会社全体が強化され、一時的にはライバルよりも競争優位に立てるかもしれない。しかし、長期的に見れば、新たな暗黙知の獲得手段が用意されていなければ、いずれ社内に浸透させる新たな知識は枯渇し、ライバル企業への優位性を確保できなくなる日が訪れるであろう。
 企業の成功には、4つのフェーズが次々に引き起こされていくことが欠かせないのである。
 さて、技能・知識の伝承の昨今の取り組み例として先ほど紹介したものは、「暗黙知から暗黙知」(共同化:ベテランと付きっ切り)、「暗黙知から形式知」(表出化:ベテランの知識を形に残す)の2つのフェーズに過ぎない。
企業の競争力を強化し、持続的に発展するためには、残りの2つのフェーズ「形式知から形式知」(連結化)、「形式知から暗黙知」(内面化)の視点も技能・知識の伝承に織り込むべきであろう。

(3)連結化や内面化にも企業としての取り組みを

 技能・知識の伝承における連結化や内面化の典型例として、例えば、ベテランに付きっ切りの若手は、ベテランの動作や説明を自分なりにメモとして残すなどしているはずである。多くの若手からメモを集めて分析すれば、ベテランに共通しているノウハウが見えてきて、新たな発見・知識の獲得があることであろう(連結化)。
 また、ベテランの動作をビデオで見て、動作の意味が書かれたマニュアルを読んで意味を頭で理解したとしても、実際に同様に手足を動かすと若手が自分なりに発見することは少なくないであろう(内面化)。
 そして、連結化や内面化を通じて生じる疑問を若手がベテランに直接ぶつける・問いかける機会が設けられていれば、さらに知識が創造・獲得されていくことであろう。
 ベテランが2012年以降に、再び大量退職するまでの間に、「単にベテランの暗黙知をマニュアル化しただけの企業」と、「マニュアル化に加え、若手がマニュアルを参考に学習する制度を作り、若手の疑問にベテランが答える仕組みも作った企業」では、後者に競争力強化や持続的発展の道が拓けているのは自明であろう。
 企業にとって、技能・知識の伝承の目的は、単にベテランの技能・知識を保存することではないはずである。技能・知識の伝承によって、企業の競争力を強化し、自社の持続的な発展につなげることが求められている。そのため、ベテランの暗黙知を吸い出す取り組みに加え、企業および若手が連結化・内面化も実践できる状況を作り上げていくことが必要であり、知識創造の4つのフェーズを連鎖させていくことが重要となる。

 今回は、「自社の若手への技能・知識の伝承」による2007年問題への対処を取り上げた。この観点は2007年問題でよく注目されるものであり、確かに企業に取って重要な問題である。しかし、前回述べたように、この観点が2007年問題の解決策の全てではない。次回、技能・知識の伝承を推進する観点からは離れて、さらに2007年問題を考えていく。

<参考文献>
野中郁次郎・竹内弘高著,梅本勝博訳,『知識創造企業』,東洋経済新報社,1996年.
野中郁次郎・紺野登著,『知識創造の方法論』,東洋経済新報社,2003年.
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