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コラム「研究員のココロ」

教育産業ソリューションシリーズ(第3回:M&A)
~教育産業におけるM&A~

2007年04月02日 野尻剛


本シリーズでは成長戦略クラスターが取り組んでいる、学習塾をはじめとする教育産業向けのソリューションについてテーマ別にご紹介しております。詳細につきましては当クラスターまでお問い合わせください。

日本におけるM&Aの傾向

 バブル崩壊の1993年以降、日本でのM&Aは右肩上がりに増え続け、公表されているだけでも年間3,000件近いM&Aが行われている(1993年当初は500件程度)。
 M&Aというと、ハゲタカファンドの言葉に代表されるような後向きの再生案件のイメージが強いが、最近の傾向としては、既存事業の競争力をより高めるための前向きな案件が増えている。業種的にも様々になってきており、教育産業でも昨年、大学受験予備校「東進ハイスクール」を展開するナガセが、老舗学習塾の四谷大塚を買収するという象徴的な出来事があったばかりである。

 日本でM&Aが活発化してきた要因として、1.多くの業種で国内市場は飽和状態にあること、2.法整備が進みM&Aが実施しやすくなってきたこと、の2点が挙げられる。
1.は、飽和状態にある中でパイの奪い合いをして体力を削りあうよりも、供給者サイドの構造転換を図った方が得策と考えられるためであり、単なる個社戦略の話ではなく、最終的には業界再編にまで繋がっていくものである。2.については、この春には三角合併が解禁される等、今後もM&Aを行いやすい環境が整備される方向にあり、社会的にもM&Aは特殊なことではない、といった風潮が出来てきたように感じられる。
 こうした状況を踏まえると、経営者としても、M&Aは特別ではない、経営上の一つの選択肢として意識されるべきである。

教育産業で実施されてきたこと

 教育産業は、非常に小規模な経営主体が濫立している業界構造にあり、業界のトップ企業でも売上高で数百億円程度とあまり大きくない。これは、初期の投資コストが低く参入障壁が殆どない一方で、規模を拡大しようとすると教育サービスの質・量の確保(より簡単に言ってしまえば講師の確保)が制約要因となっているためである。つまり、講師というのは、教育産業において重要なファクターであると言える。
 そのため、昔から教育産業では、講師の引き抜きや、独立といったことが良くおきており、会社全体が対象となるM&Aよりも、簡易で実践的な手段として根付いているように思う。しかし、この手段が本当に有効であるかは甚だ疑問である。

 私は高校受験のためにKという大手学習塾に通っていたが、中学3年の春の時点でその校舎の主要な講師陣が独立をし、生徒の半数も独立開業したT進学会という学習塾に移った。当然、私の代では有名高校の合格実績が相次ぎ、その地区ではもと居たKの合格実績を大きく上回るものであった。しかし、2年、3年と代が経つにつれ合格実績は先細りしていき、進学会とは名ばかりの補習塾になってしまった。現在、T進学会はなくなり、もとのKは地区の1,2を争う学習塾としての立場を保っている。
 また、私がTという資格取得の専門学校で講師をしていた時に、ある科目を教えていた人気講師がライバル会社に引き抜きされたことがあった。かなり名の通った講師であったので、Tの受講生の一部は、ライバル会社に鞍替えしたり、その科目だけを追加で受講したりといった動きが生じた。しかし、数年もすると殆ど引き抜きの影響はなくなり、Tは現在もその資格の合格実績ナンバーワンの座を守っている。

教育産業におけるM&Aの有効性

 私が実際に体験した2つの事例を紹介したが、おそらく類似した事はたくさんあるように考えられる。講師の引き抜きや、独立といった動きは、確かにそれに伴う生徒の確保といった短期的な効果は生むが、その効果を長期化させ、本当の意味での競争力強化に繋げていくことは想像以上に難しい。その理由は、生徒及びその親が、塾・予備校を選択するときの最大の関心ごとが「合格実績」にあるためである。しかも、その合格実績は、短期・単発的なものではなく、その居住地区における長年の実績や評判、その塾・予備校に対するブランドイメージといった総合的なものである。そのため、幾ら重要なファクターとは言え、講師という一要素の動きだけでは、影響力は小さいのである。

 この様に考えてくると、単なる一要素の動きではない、事業、会社単位での動きを生むM&Aは、教育産業においても有効性は高いものと考えられる。そこで、今後、有効に機能しそうなM&Aの2つのパターンをご紹介し、本稿の結びとする。

(1)合従連合パターン

 最もオーソドックスなパターンは、実績のある塾・予備校が、同業他社のM&Aを行う、ないしは、小規模事業者をFCにより取込む、ものである。まさに勝ちが勝ちを呼ぶ、M&Aの王道ともいえるパターンであり、同様の動きは様々な業界でおきてきた事である。しかし、これまで実際に教育産業の会社が行ったM&Aは、これとは少し違ったものが多い。同業というよりも、例えば塾・予備校が英会話教室を買収するように、自社の主力領域での競合先ではなく、少しずれた近しい関係の先を選んでいる。この様なM&Aは実質的には新規事業に近い性格のものであり、教育産業における有効なソリューションになるとは考えにくい。実績のある大手であれば、日和見することなく、主力領域の規模拡大のため同業のM&Aを進めることが最も投資効率が高い選択肢であろうし、小規模事業者であれば、そうした大手と連携することが生き残りのためのキーポイントとなるはずである。

(2)新規参入パターン

 もう一つの有望パターンは、異業種からの参入のためのM&Aである。この背景には、最近伸びている個人指導型のビジネスモデルの存在がある。従来からの集団指導型は、講師にはある程度高い一定以上の質が求められ、提供する教育サービスの価値に占める割合も講師の比重が高いビジネスモデルであった。だからこそ、先述したような講師の引き抜き等が行われていたのである。しかし、個人指導型では、集団指導の講師ほどのスキル・質は必要でない。あえて極端に言えば、有名大学に通う学生であれば殆ど問題はない。つまり、集団指導型のビジネスモデルでは、優秀な講師を揃えるためのノウハウが求められたのに対し、個人指導型のビジネスモデルでは、ある程度のレベルの講師を多数集めてくるノウハウが求められる。このノウハウを最も多く持っているのは、例えば人材派遣業や特定のサービス業を行っている会社である。そうした会社による塾・予備校のM&A、あるいは講師の派遣業といった新しいビジネスモデルが生まれてくる可能性もある。一般的に教育産業の収益性は高いことから、異業種からの参入も十分に魅力的なものと考えられる。

以上


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