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コラム「研究員のココロ」

「食育」をきっかけに企業が変わる

2006年10月02日 山本大介


1.「食育」が存在感を増している

 「食育」という言葉を耳にする機会が増えてきた。雑誌やTV、あるいはスーパーマーケットや百貨店の店頭でもこのところ食育が頻繁に採りあげられている。食育とは、簡単に言えば「食について考える習慣や食に関する様々な知識、食を選択する判断力を身につけるための取組・教育」のことだ(詳しくはe-shokuiku.comを参照)。
 食育が各方面で急激に意識されるようになった直接的なきっかけは、2005年に成立した食育基本法だ。食育基本法をもとに作られた内閣府の食育推進基本計画では、数値目標を掲げて国民に対する啓蒙活動を行うこととされており、さらに都道府県や政令指定都市、市町村レベルでも推進計画の策定が求められている。なかでも都道府県に対しては2006年度までに推進計画の策定に向けた具体的な取り組みの実施が実質的に義務付けられた。これらの計画をもとにした政府・自治体あるいは民間の啓蒙活動が芽を出しつつあるのが現状と言えるだろう。

2.「食育」で社会問題を解決する

 食育基本法や食育推進基本計画が策定された背景には、日本人の食生活が大きく変化し、それに伴う社会的問題が無視できなくなってきたことがある。食生活の問題に伴う社会的問題とは、大きく分けると「健康不安の増大」「食文化の断絶」「環境意識の低下」の3つにまとめられる。
 「健康不安の増大」とは、肉中心・野菜不足の食生活の結果、栄養バランスが悪化することを意味している。何かと話題のメタボリックシンドローム(内臓脂肪型肥満によって、さまざまな病気が引き起こされやすくなった状態)もこのひとつだ。メタボリックシンドロームは要治療者、予備軍を含めれば2000万人に達するとも言われている。
 「食文化の断絶」には、地域の伝統的な食材や料理あるいは季節に応じた旬の食材や料理が食べられなくなっていることが挙げられる。また、広く捉えれば家族で会話しながら食事をとることや、箸や包丁など食に関わる道具の使い方といったことも食文化といえるが、これらも今や伝わりにくくなってきているのが実情だ。情操教育の一環としても食育への期待は大きい。
 「環境意識の低下」とは、主に食品廃棄物の問題を意味している。外食産業では効率化の観点からも食品廃棄物は減少の傾向にあるが、家庭での食品廃棄物の削減はまだまだ努力が必要である。食べ物を大事にするという基本的な教育から始め、ひいては国民全体が食品生産のためのエネルギーや水資源にまで広がって問題意識を持つことが望まれる。
 食育活動を推進することには日本の社会全体における問題解決のポテンシャルが秘められているのだ。

3.企業は「食育」で変わる

 ここでは、企業と食育の関わりについて述べたい。内閣府の食育推進基本計画においても、食育推進の主体は「国の関係府省はもとより、教育、保育、社会福祉、医療及び保健の関係者、農林漁業の関係者、食品の製造、加工、流通、販売、調理等の関係者、料理教室その他の食に関わる活動等の関係者、さらには様々な民間団体やボランティア等に至るまで多様かつ様々である」とされており、食関連企業の積極的な関わりが求められている。こうした考え方に基づき既に取り組みを行っている企業も多くある。これらの企業の事例を紐解くと、企業が食育に関わることの意義や方法論についての示唆が見えてくる。

1)企業が食育に関わることの意義:本業への貢献
 企業が食育に関わることの最大の意義は「結果として自社の商品・サービスの売上が伸びること」である。すなわち、食育活動を通じて自社及びその商品に対する顧客の信頼を獲得し、その結果として高い価格に納得して買ってもらえたり、購買頻度を高めてもらえたりできる。この概念には、「一般にネガティブな印象をもたれている自社商品に対する正しい知識を顧客に持ってもらう」ということも含まれる。例えばカルビーでは主力商品であるスナック菓子について、学校への出張授業を通じてバランスを守った適切な食べ方を指導している。これは、スナック菓子が体に悪いという評価が広まることで商品が全く購入されなくなってしまう事態を防ぐための、いわば「守りの食育」である。確かにスナック菓子の食べ過ぎは問題だが、大勢で会話しながらおやつの時間を過ごすことができるなど良い面もある。自社商品の特徴をよく見極めた上での適切な対応が為されている一例といえる。
 また、社会貢献の一貫として食育に取り組むケースも多い。ただ、これらは単なる寄付的行為で終わらせると活動そのものが継続しないことが多い。近年のCSRの考え方でも、社会貢献によってステークホルダー(顧客、株主、従業員、社会・・・)全体にメリットを提供し、企業価値を高めていくというスタンスが主流である。食育活動も、それによって従業員が自社に誇りを持ち、顧客に高く評価され、結果として高い収益を得て株主も満足する、という形に設計していく必要がある。

2)企業が食育に関わるポイント:「買い場」と「アライアンス」
 企業が食育に関わる際の重要なポイントは「買い場」と「アライアンス」というキーワードにある。
日本総研が楽天リサーチと共同で実施した「ワーキングマザーと専業主婦の食意識アンケート」では、家庭での食事について参考にされる情報は「店頭表示や店頭配布物」がトップである。企業での食育活動によくみられる「ホームページ」は下位に沈んでおり、消費者にとって「買い場」である店頭がいかに重要かということがわかる。店頭を通じていかに消費者に情報を伝えるかが企業にとっての課題といえる。

グラフ

 一方、食品企業のホームページがあまり参考にされないことの理由として、当該企業寄りの偏った情報を発信されているのではないか、宣伝に過ぎないのではないかという消費者の懸念もある。同じくアンケートでの参考情報での上位にある項目に「テレビの料理番組」「料理本、料理雑誌」などのマスメディアや「知り合いや家族の知識」が挙がっていることから、消費者が中立的あるいは個人的に信頼できる情報を求めていることがわかる。こうした問題に対しては「アライアンス」がひとつの答えになりうる。複数の企業が合同で、消費者観点の広範囲にわたる情報発信をすることで中立性、信頼性を高めることができる。日本でもファイブ・ア・デイ協会の「ファイブ・ア・デイ」や青果物健康推進委員会の「ベジフルセブン」は、複数の企業によって支えられている有力な食育活動である。ただし、こういった活動は当然個社の商品については主張し難い。直接的なプロモーションを避けつつ、自社にもメリットのある発信内容についての吟味が重要だ。
 忘れてはいけないのは、食育活動においては必ず消費者の目線に立つことだ。その上で販促効果を乗せていくという微妙なバランス取りが必要なのだ。

4.チャンスはH22年度まで

 食育推進基本計画ではH22年度までに数値目標を達成するものとされている。この期間においては政府主導でさまざまな施策支援も行われる。H22年度以降は食育が定着し、関連市場が成熟していくことが予想される。企業からみれば、H22年度までの「食育の波」に乗れるかどうかが大きな分かれ目になる。
 食関連の企業の皆様には、今一度自社に対して食育が与えるインパクトを考えてみて欲しい。自社にとって一見あまり関係がないと思っていても、取引先や競合が食育をテコにした商品開発やプロモーションを仕掛けてくることもある。食育は、食関連の企業にとっては戦略課題として避けて通れない道になりつつあるのだ。

以上

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