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コラム「研究員のココロ」

企業のコア・コンピタンスとしての「経営戦略力」を考える <第3回>

2006年09月15日 谷口知史


5.「経営戦略力」の向上のためにはどうするべきか(How)

■二つの壁を乗り越える
 コンサルティングの現場における経験から、「経営戦略力」に関する企業間格差は、二つの「壁」を乗り越えられるか否かによって大部分が決定づけられるものと筆者は考えている。ひとつは「意識の壁」であり、もうひとつは「方法論の壁」である。
 第一の「意識の壁」を越えられないのは、「そもそも経営戦略の意義を、企業全体として正しく認識あるいは理解できていない」ことに因るものである。「何故経営レベルでの戦略が必要なのか、経営戦略策定・実行の目的は何なのか、そもそも現行の経営戦略がどういうものなのか」といった問いかけに対して経営者自らが「腑に落ちて」いない場合には、必ずこの第一の壁が現れてくる。
 この壁を乗り越えるためには、それぞれの企業で「経営者が、経営戦略の策定・実行・評価・修正のサイクルに対してどのようなコミットメント(責任、約束)を果たしているか」と自問自答することから始める必要がある。筆者の実感では、この第一の壁を早期から乗り越えている企業は必ずしも多くはないのが実状であり、残念ながら多くの企業にとって、この壁は依然として高い。
 「経営者の基本的役割」に則して、トップマネジメントの意識改革があって初めて、管理者から一般社員へと「マネジメントの鎖」が繋がることとなり、そのことによって組織全体へ経営戦略を浸透させる企業文化の醸成が可能となる。
なお、筆者が認識している「経営者の基本的役割」とは、以下の三つを指す(注1)。
  1. 経営理念の明確化と将来ビジョンの構築
  2. 戦略的意思決定
  3. 執行管理

 第二の「方法論の壁」を越えられないのは、経営レベルでの「戦略策定・実行・評価・修正」という一連のプロセスに関する「具体的な実務フレームが整備できていない」ことに因るものである。
 意欲的な戦略目標を設定しながらも、そこそこの実績で終わってしまう企業が多いのは、「策定された戦略を実行・評価・修正するプロセスが整備されていない」ことに起因している。そのために、「戦略を評価・統制する仕組み」が具体的な実務フレーム(方法論)として不可欠なのである。こうした「仕組み」を組織全体に構築することが、多くの企業にとって「経営戦略力」向上のための要件となっている。
この壁を乗り越えるためには、それぞれの企業で「現行の経営戦略の策定・実行・評価・修正というマネジメント・サイクル(PDCAサイクル)が、具体的な仕組みによって整備されているか」を点検することから始める必要がある。その点検の際には、トップマネジメントから一般社員までが、各自の目的意識(「仕組み」の目的と手段が混同されていないか)および当事者意識(「仕組み」の中で自分がなすべきことは何か)の両面から見直してみることが望ましい。
 筆者の実感では、この第二の壁についても乗り越えられない企業は多いのが実状であり、第一の壁を乗り越えられても戦略目標と実績の乖離が縮小しないのは「方法論の誤り」に因るものであることを、トップマネジメントが正視する必要がある。トップマネジメントの強力なリーダーシップの下で、「経営戦略の策定・実行・評価・修正」というマネジメント・サイクル(PDCAサイクル)の基本を徹底できる「仕組み」の再整備あるいは再構築に着手することが望ましい。

■中期経営計画のPDCAで「経営戦略力」を鍛える
 バランス・スコアカード(BSC)の提唱者であるロバート・S・キャプラン教授とデイビッド・P・ノートン氏による調査研究によれば、BSC導入企業においても、目標と実績との間に乖離が生じることが少なくないという。そして、その最大の理由は、「戦略を実行するプロセスが管理されていないことにある」と報告されている(注2)。BSCには戦略マップなどの関連ツールがあり、戦略の浸透を促し、実践指導と進捗状況の管理を支援する手法として我が国でも広く活用されている。BSCという有用な手法を導入している先進的な企業でも、戦略の策定と実行とのリンクに課題を抱えているという事実は、戦略を管理することの難しさを示している。
 それでは、具体的にはどのようにするのが良いのだろうか。筆者は、「中期経営計画のPDCA」を徹底することで、「経営戦略力」を向上させることができるものと考えている。
 コンサルティングの現場で筆者が実感するのは、多くの企業で、「社員の多数が中期経営計画の存在は知っていても、その中核となる自社の経営戦略については、認識あるいは理解が正しくなされていない」ことが常態化していることである。顧客との接点に最も近い一般社員の多くが、戦略を正しく認識あるいは理解できていなければ、組織全体として戦略を効果的に実行することなどできないのは当然のことといえる。
 一方で、企業業績を安定的かつ長期的に改善し続けている企業では、中期経営計画というフレームを活用して、自社の経営戦略を絶えず社員の意識に訴えかけている。そうした企業では、経営企画管理に関する方法論において、具体的に様々な工夫をしている。例えば、以下の様なものである。

  ●中期経営計画に関わる活動全般を全社的に企画管理する新しい「組織」を創設する
  ●既設の経営企画部門や社長室に、従来の「機能(経営戦略の企画立案を担い、
   そのプロセスを円滑化する)」に加えて、新たな「機能(策定された戦略が適正に
   実行されているかどうかを監視・評価する)」を付加する
  ●タスク・フォースを継続して「場」を保持する(中期経営計画策定フェーズから
   実行・評価・修正フェーズまで長期間に亘る戦略プロジェクトとして活動する)

 中期経営計画というフレームを通じて経営戦略が効果的に実行されるためには、戦略を正しく伝達することが不可欠である。そのためには、全社戦略を様々な部門・職層単位の計画レベルに落とし込んで、個人の目標およびインセンティブを経営戦略の全体目標に合致させるところまで徹底しなければならない。
 また、経営戦略が外部環境の変化と乖離しない様に常時検証し、必要に応じて修正すべき場合もある。こうした戦略管理プロセス全体を統括する「組織」や「機能」や「場」が、具体的に必要なのである。当然ながら、そうした「組織」・「機能」・「場」がすべての実務を直接担当する必要はなく、戦略が各部門・各職層において適正に実行されるように、組織全体の様々なマネジメント・プロセスに働きかけていくことが望ましい。
 中期経営計画のPDCAサイクルを統括する「組織」・「機能」・「場」の基本的な役割を整理すれば、以下の様になる。
    中期経営計画の策定を企画・管理する(主として、PLANのプロセス)
  1. 組織間の連携・調整を支援する(主として、DOのプロセス)

  2. 中期経営計画の進捗状況を管理する(主として、CHECKのプロセス)

  3. 中期経営計画を定期的に評価・修正する(主として、ACTIONのプロセス)

  4. 社内コミュニケーションを展開する(PDCAプロセスの全体)

  5. 全社戦略と事業部門・職能部門レベルの戦略を調整する
    (PDCAプロセスの全体)

 それぞれの企業の置かれた状況(特に組織面)や経営資源(特に人材面)の事情によって、上記の様な「中期経営計画のPDCAサイクル」を統括する「組織」・「機能」・「場」のあり方は一様ではないだろう。そうした認識の上で、多くの企業で早期に導入できると筆者が考えている方法論について、以下に例示したい。
筆者が強く訴求したいことは、「中期経営計画のPDCAサイクル」を「中期経営計画の全期間を通して徹底する」ということである。文章にしてみれば至極当たり前のことの様だが、その実大変に難しいというのが、コンサルティングの現場での筆者の実感である。
 具体的には、以下の様な方法論(例)である。

  ●例えば中期経営計画の対象期間が3年間の場合には、PDCAサイクルの全体
   を4年間(=3年間プラス1年間)で完結するものと考える
  ●1年目は「第T次中期経営計画の策定」(主として、PLANのプロセス)
  ●2年目は「第T次中期経営計画の実行開始」(主として、DOのプロセス)
  ●3年目は「第T次中期経営計画の評価開始」(主として、CHECKのプロセス)
  ●4年目は「第T次中期経営計画の修正実施」=「T+1次中期経営計画の策定」
   (主として、ACTIONのプロセス=主として、次期PLANのプロセス)
  (注記)ここで、Tは各企業における中期経営計画の策定回数を示している。

 このようにして、「中期経営計画のPDCAサイクル」を恒常化することで、企業の組織全体に、意識と方法論の両面から中期経営計画というフレームを浸透させることが十分に可能となる。そのためには、まさにトヨタ自動車の渡辺捷昭社長が各所で繰り返し述べておられる様に、「愚直に、地道に、徹底的に」当たり前のことを実行しなければならない。コンサルティングの現場における筆者の実感として、この言葉の持つ意味は深く、「愚直に、地道に」実行する企業は多いが、「徹底的に」実行する企業は決して多くはないのである。「当たり前のことを当たり前にできる企業」は、「中期経営計画のPDCAサイクルを当たり前に回せる企業」だというのが、筆者の主張したいところである。
 中期経営計画の実行を徹底することで、顕著な業績改善を実現している企業は多い。本稿でも繰り返し述べているが、優れた企業には「経営戦略の策定・実行・評価・修正」というマネジメント・サイクル(PDCAサイクル)を一元的に管理し、必要に応じて調整する「組織としての力」がある。そのための要件は、経営戦略の実行を監視し、評価するマネジメント・ツール(方法論)が実務レベルで機能するところまで確立されていることである。
 「測定できるものはコントロールできる」という原則がある。戦略が意図した成果を上げることができる様に、自らがコントロールできなければならない。それぞれの企業が戦略の実行性を測定するための方法論を、組織内に具体的に有しているか否かによって、「経営戦略力」において大きな企業間格差が生ずることとなる。
 戦略を策定するだけで終わらないためには、実行段階で定期的・機動的に戦略を評価し、必要な場合には戦略そのものを修正することが不可欠となる。また、そうすることで戦略そのものの質も向上する。その実現のためには「中期経営計画のPDCAサイクルの徹底」による「戦略評価システムと統制システムの確立」が有効である。その様な「経営戦略の全体プロセスを企画管理するマネジメント・システム」を構築して「経営戦略力」の向上に努めることが、「当たり前のことを当たり前にできることで、当たり前の企業でなくなる」ための第一歩である。

6.おわりに

■新たな成長のために
 本年6月に経済産業省が取り纏めた「新経済成長戦略」によれば、1960年代の終わり以来約40年間にわたって日本経済の代名詞となってきた「世界第2位の経済大国」という地位も、(GDPの規模で)概ね10年後には中国に、20年後にはインドに追い抜かれることにより他国に譲ることとなる(注3)。そうした中でも国民の誇りと自信となる新たな日本経済のビジョンを模索することが求められている。「強い日本経済・魅力ある日本経済」と共にその活力あるマクロ経済の基となる企業もまた、市場に対して新しい価値を発信・提供し続けることにより「強い企業・魅力ある企業」であることが求められる。
 「強い企業・魅力ある企業」となるためには何が必要なのだろうか。その命題に対して、本稿で筆者が提示したのが「経営戦略力」というコンセプトである。
 筆者がコンサルティングの現場で実感してきたある種のもどかしさは、「(クライアント企業は)現在は良い企業だと評価されていても、果たして10年後にも強い企業・魅力ある企業であり続けることができるだろうか」という危機感に繋がっている。筆者は、「そこそこのレベルの良い企業ではなく、より強い・より魅力ある企業としてのレベルを目指して欲しい」という思いで、クライアント企業に対して日々エールを送っているが、本稿は(クライアント企業に限らず)広く経営者の方々に対して送るエールとして受けとめて頂ければ幸いである。

■企業のサポーターとして
 筆者は、経営戦略コンサルタントとして「経営者の意思決定の高度化に資する」ために、「プロフェッショナルとしての異見と知見」を提供することにより、クライアント企業(正確に表現すれば、企業のみには限定しない法人全体が対象なのであるが)の存続・発展の一助となることを常に目指している。そして、「中期経営計画の策定および実行」支援というテーマのプロジェクトに多く参画させて頂いてきたのは、経営戦略全体の責任を担っておられる経営者の方々のサポーターでありたいと考えているからである。
筆者の思いをより理解して頂くために、故P・F・ドラッカー博士の言葉を引用したい。
 「戦略計画とは何か。それは、(1)リスクを伴う起業的な意思決定を行い、(2)その実行に必要な活動を体系的に組織し、(3)それらの活動の成果を期待したものと比較測定するという連続したプロセスである。
 マネジメントの判断力、指導力、ビジョンは、戦略計画という仕事を体系的に組織化し、そこに知識を適用することによって強化されるとみるべきである。」(注4
 コンサルティングの現場において、プロジェクトのカウンターパートナーの立場で、同じ時間を共有させて頂いた数多くの経営者の方々から「トップマネジメントに求められる判断力・決断力および実行力」の重み・深さ・大変さというものを学んできた。それ故に、経営者の方々が「企業全体を方向付けるための重要な意思決定」をされる場面に立ち会って、筆者なりの異見と知見を提供することで、クライアント企業が「より強い企業・より魅力ある企業」として成長される可能性を高めることに少しでも寄与できるのであれば、経営戦略コンサルタントとして本望だと考えている。
 これからも、「自分たちが分かる事業を、やたら広げずに、愚直に、真面目に、自分たちの頭できちんと考え抜き、情熱をもって取り組んでいる企業」(注5)と同時期を伴走できるサポーターであり続けたいと思っている。

(参考文献)

注1 清水龍瑩『能力開発のための人事評価』千倉書房、1995年

注2 『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー2006年3月号』ダイヤモンド社

注3 経済産業省編『新経済成長戦略』経済産業調査会、2006年

注4 風間禎三郎他訳『マネジメント』ダイヤモンド社、1979年

注5 新原浩朗『日本の優秀企業研究』日本経済新聞社、2003年
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