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コラム「研究員のココロ」

企業のコア・コンピタンスとしての「経営戦略力」を考える <第2回>

2006年09月11日 谷口知史


4.「経営戦略力」の向上によって何を目指すのか(What)

■戦略策定力と実行力の乖離を埋める
 多くの企業が多大なコスト(時間、エネルギー等を含む)をかけて経営戦略の策定および実行に努力しているが、その努力に見合う成果を実現している企業は必ずしも多くない。それは、目標と実績が乖離する原因を把握できず、次の判断を誤ることが多いためだと考えられる。換言すれば、この乖離を埋めることができれば、目標達成の可能性は大きく高まることになる。優れた企業では、そのために経営戦略レベルでのPDCAサイクルを確立し、経営上のリスク(不確実性)を最小限に抑える努力をして、高業績を継続している。
 目標と実績が乖離していくのはどのような理由によるのだろうか。筆者の実感では、多くのトップマネジメントが同様の経験をされているのではないだろうか。例えば、以下の様なものである。

  ●業績低迷の原因は、戦略を実行できていないことではなく、自らが策定した戦略自体にあるのではないか
  ●このまま戦略実行の努力を継続するべきなのか、それとも代替の戦略を検討するべきなのか
  ●戦略の実行に問題があるのなら、どうすれば改善できるのか
  ●既存の戦略を続けても、業績が回復するのか自信が持てない

 こうした場合には、予想業績と実績との乖離の原因を正しく把握できていないために、トップマネジメントが誤った判断あるいは決断をしてしまう可能性が高まってしまう。結果として、戦略の転換なくして業績が改善しない状況下で戦略を続行し、逆に全社一丸となって戦略を続行すべき時期に戦略を変更してしまうことも少なくない。そして、多大なコストをかけて努力したにも拘わらず、成果に繋がらずに企業業績は低迷してしまう。
 経営戦略の意義を十分に認識して、中期経営計画の策定および実行に努力している企業の大半が、戦略の策定と実行の乖離に関する共通の悩みを抱えている。それは「中長期的に戦略目標を達成できない」という悩みであり、また「目標と実績の乖離を監視するプロセスが十分に機能しない」という悩みである。多くの企業で、

  ●目標と実績の乖離の原因が策定段階にあるのか
  ●目標と実績の乖離の原因が実行段階にあるのか
  ●目標と実績の乖離の原因が策定・実行の両方の段階にあるのか
  ●あるいは全く別の理由によるのか

といった重要な要因分析を、必ずしも正しく行えていないのが実状ではないか。
 さらに、そうした企業に共通する問題点がある。例えば、以下の様なものである。

  ●戦略の価値が実行段階で損なわれている
  ●トップマネジメントが業績低迷の原因を正確に把握できていない
  ●予想業績と実績を十分に比較していない
  ●目標の未達成が恒常化している

 一方で、優れた企業に共通するのは、「戦略策定と実行のプロセスにおける目標と実績の乖離を埋める力」を明示できることである。例えば、以下の様なものである。

  ●市場動向を適時適切に把握した上で、現実的な中期経営計画を策定し、実行できる
  ●中期経営計画の策定・実行のプロセスを構築・整備して、実績が予想を下回るリスクを低減できる
  ●業績が予想を下回れば、早期に原因を特定して対策を講じることができる

 そうした企業力は、決してアドホックな(その場限りの)ものではない。「全社レベルの計画策定・実行・評価・修正プロセス」、「部門別計画策定・実行・評価・修正プロセス」などにより構築されるマネジメント・サイクル(PDCAサイクル)全体が機能することで、市場における競争優位性を維持する期間を長期化できるのである。

 企業にとって、戦略目標と実績の乖離を解消することによって得られるメリットは多大なものである。トップマネジメントは自信に裏付けられた目標を立て、企業変革にも積極的に取り組むことができる。管理者や一般社員も目標達成に伴うインセンティブを求めて、さらに高い目標に挑戦する企業文化が醸成される。こうした人材力こそが企業成長の原動力としての経営資源の中核を成すのである。必然的に、そうした企業に対する外部利害関係者の評価は高まるため、リクルーティングにおいても優位性を生ずる。優秀な人材が実績を生み、実績がインセンティブを生み、インセンティブがさらに優秀な人材を生むという好循環が形成されることとなる。
 また、経営戦略策定と実行の乖離を解消するメリットは、高業績という財務的成果のみに止まらない。高業績という明示的な成果を通じて、「当たり前のことを当たり前にできれば、当たり前の企業ではなくなる」という成功体験を組織内で共有できる。そうした企業こそが、不断の変革を通じて「市場における組織としての長期的な競争力」を継続的に高めることができるのである。

■全体最適を重視する組織を目指す
 前述のとおり、「経営戦略力」は、「当たり前のことを当たり前にできる組織能力」を測る指標とも成り得る。企業の組織能力を測る際には、「全体最適(になっているか)」というキーワードが有用である。
 組織構造の体系に関する原理原則からみれば、「分業と協働と調整」が機能しているか否かで、組織力は強くも弱くも成り得る。組織内では協働が行われるが、協働の基本は分業である。協働が有効に行われるためには、分業した仕事の調整が必要となる。調整が行われなければ、分業が非効率になるばかりか、時には本来の意味を失ってしまうこともある。
 また、「権限と責任」がどの程度まで明確化されているかどうかによっても、組織力は強くも弱くも成り得る。組織力の弱い企業では、例外なく「各階層で、誰が、何を、どの程度まで判断する権限と責任を有するか」が(文書化された規程上ではなく、特に実際の運用上で)曖昧になってしまっている。そのため、上司も部下も自分の都合次第で、各自に要求される使命や職務を勝手に解釈して行動する傾向が強い。そうした状況下では、決まって責任の所在は不明確となってしまう。
 「権限と責任」が機能するためのポイントは、上司と部下の信頼関係にある。上下間での信頼関係を確立するためには、上司は部下の、部下は上司の「権限と責任」を相互に正しく理解し、両者の認識を一致させることが必須条件となる。上司と部下の信頼関係は、主として情報の授受を通じて築かれる。情報という経営資源の重要性を軽視する組織は、例外なく「権限と責任」が曖昧となる理由はここにある。
 「分業と協働と調整」および「権限と責任」という重要な機能が不完全な場合に、組織内で「部分最適・局所最適」(≠「全体最適」)という状況に陥ってしまうのである。例えば、以下のような様々なパターンにおいて、そうした状況に陥る組織は非常に多い。

  ●トップマネジメントとミドルマネジメント(層レベル)
  ●本社と現場(部門レベル)
  ●製造と販売(機能レベル)
  ●策定と実行(プロセスレベル)

 このようにして、それぞれの個別単位(層、部門、機能、プロセス)のレベルでは十分に機能しているにも拘わらず、全体としては機能不全となり、組織力を低下させてしまう。その結果として、例えば

  ●トップマネジメントには危機感があるが、ミドルマネジメントには浸透していない
  ●本社の戦略レベルの弱さを現場の戦術レベルでカバーしている
  ●製造力は強いが、営業力は弱い
  ●中期経営計画は策定されたが実行されていない

 等々の発言が企業内で山積されてしまう。そうした企業に、筆者もコンサルティングの現場で数多く出会って来た。
 「経営戦略力」は、それぞれの企業が、組織内の各層・各部門・各機能・各プロセス単位のレベルにおいて(従来は「部分最適・局所最適」の状態であったとしても)蓄積して来た「経営戦略に関する策定力、実行力、評価力、修正力」を全体で「統合」した企業力、と表現することができるだろう。それ故に、経営戦略レベルにおけるマネジメント・サイクル(PDCAサイクル)の中で、「全体最適」を志向する組織へと変革するためには、「経営戦略力」が不可欠なものとなる。
 「経営戦略力」の向上によって何を目指すのか。「経営戦略力」の向上は、企業が存続し、さらに成長するための要件である「市場における組織としての長期的な競争力」を、組織的に高めることを意味する。そして、それは必然的に「企業価値の増大」という成果に結び付くのである。
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