コンサルティングサービス
経営コラム
経済・政策レポート
会社情報

経営コラム

コラム「研究員のココロ」

企業のコア・コンピタンスとしての「経営戦略力」を考える <第1回>

2006年09月04日 谷口知史


1.はじめに

 ■サッカーW杯で感じたこと
 既に旧聞に属するであろうことを自覚しながら、今年の世界的なイベントであるサッカーW杯(ワールド・カップ)の話題から本稿を始めたい。多くのサポーターと同様に、筆者もまた日本代表の戦績には残念な思いをしたが、同時に、強豪チームと日本チームの彼我の差は何に因るのだろうかと深く考えさせられたものである。日本チームは高名な監督に率いられ、選手にもタレントは多く、ゲーム・プランに関しても世界上位ランク相応のものを有していたと目される。にも拘わらず、結果的には対戦チームに対して優位性を保つことが出来なかったのは何故なのだろうか。そんなもどかしさを感じながら、ある種のディジャヴ(既視感)の様なものに捕われている自分に気づいた。
 ドイツW杯で応援していた日本チームが、グローバル市場で競争している日本企業の姿と重なるのである。さらに直接的には、筆者がコンサルティングの現場で接してきた多くのクライアント企業の姿と重なるために、サッカーの試合を観戦しながらコンサルティングの現場にいるような感覚に捕らわれたのである。

 ■トップマネジメントからの挨拶状
 国内企業の多くが株主総会を実施する6月後半以降に、クライアント企業から挨拶状を頂戴して本格的な夏の到来を実感することが多く、今年も例外ではなかった。筆者が参画させて頂くプロジェクトの多くは、クライアント企業の経営戦略を対象範囲とする「中期経営計画の策定および実行」支援をテーマとしたものであり、カウンターパートナーがトップマネジメントであることから、ご本人直筆のメッセージと共にトップ交代の案内状を頂戴することも少なくない。今年は例年以上にそうした内容のものが目立ち、現下のマクロ経済指標が示すとおり、国内の経営環境が変化している節目にあることを改めて実感している。
 我が国経済が「失われた10年」からようやく脱却し、新たな成長期を迎えたと認識されている現在、経営環境の激変期を経て、業種間・企業間で大きな格差が顕在化している。競争力を高めた業種・企業が存在する一方で、逆に競争力を低下させた業種・企業が存在し、そのコントラストが大きいという二極化がクライアント企業間においても認められる。
 つまり、筆者が参画させて頂いたプロジェクトの成果として、数年間を経て現出する「中期経営計画の成否」に関しても、「成否の二極化現象」が生じているのである。いずれのクライアント企業も、創業来の歴史・業界でのポジション・経営資源などから見ても、「さらなる存続・発展のための要件」を十分に具備した立派な企業である。にも拘わらず、数年間を経た後に「中期経営計画の策定および実行」において結果的には優勝劣敗が生ずるのは何故なのだろうか。
 同じ時期に、「中期経営計画の策定および実行」という同じテーマに取り組みながら、結果として企業間で大きな違いが生じるのは何故なのだろうか。新たな成長ステージを迎えた経営環境の中で、さらなる発展のために各企業はどのように対応するべきなのだろうか。
 本稿では、その様な企業間格差が生ずる主因として「経営戦略力」というコンセプトを提示し、経営戦略コンサルタントの視点から意見を述べることとしたい。

2.「経営戦略力」というコンセプト

 ■企業の総合力を考える
 経営戦略の定義は幅広く、また多数存在するが、本稿では「市場の中の組織としての活動の長期的な基本設計図」、「企業や事業の将来あるべき姿と、そこに至るまでの変革のシナリオ」という定義を援用したい(注1)。
 「中長期的な基本設計図やシナリオを持たずにビジョン(ありたい姿)や目標(なすべきこと)に近づくことはできない」という考え方に異論はないものの、経営戦略を語ることに必ずしも積極的ではない経営者は少なくないのも事実である。
 経営戦略に関するネガティブな論調として「戦略不在(そもそも存在しない)」・「戦略不要(そもそも必要としない)」・「戦略不全(必要であり存在するが機能しない)」の3タイプに大別されるが、本稿では「戦略の必要性を認識し、実際に戦略を策定・実行しているが、その成果が十分に具現化されていない」企業を主たる対象として考える。
 また、経営戦略には階層があるということも広く認識されている。基本的には、企業(全体)戦略・事業戦略・機能別戦略の3層から経営戦略は構成されているというものである。そうした認識に基づき、本稿では企業(全体)戦略を主たる対象として考える。そのため本稿では、全体的な視点は主としてトップマネジメントに合わせている。
 多くの企業が経営環境の変化に対応すべく経営戦略の策定および実行に努力しながらも、時間の経過と共にその成果において大きな格差が生じるのは、「経営戦略の策定および実行のプロセス」全体における、言わば「企業の総合的な力」に主因があるためだと筆者は考えている。本稿では、その企業力を「経営戦略力」というコンセプトで示すこととしたい。

 ■足し算ではなく掛け算で考える
 ここで、「経営戦略力」を「経営戦略を策定し、実行し、その結果を評価し、必要に応じて修正する一連のプロセスを通じた、企業全体の総合的な実力」と定義したい。換言すれば、「経営戦略力」は「経営戦略レベルにおけるマネジメント・サイクル(PDCAサイクル)が機能している企業かどうか」という視点で評価できるものである。
 (図表1)は、「経営戦略力」から生ずる企業間格差について、基本的なイメージをシンプルに数値化したものである。「経営戦略力」とは、下記計算式のとおり「経営戦略の策定・実行・評価・修正のプロセス全体の累積(総和ベースではなく相乗ベース)」で示されるため、企業の総合力を測るモノサシとして捉えることができるだろう。

経営戦略力=(策定力)×(実行力)×(評価力)×(修正力)

 (図表1)において、「経営戦略の策定・実行・評価・修正」の各プロセスの達成水準が異なる企業モデルを3タイプ設定している。各プロセス単位での企業間格差は必ずしも大きくはないが、総合的な「経営戦略力」という観点からは、プロセスの数が増すに従って格差が拡大することが分かる。
 モデル企業3社を「経営戦略力」で評価した場合には、
A社(各プロセスの達成水準100)=100(優良企業レベル)
B社(各プロセスの達成水準 90)= 66(普通企業レベル)
C社(各プロセスの達成水準 80)= 41(不良企業レベル)
という結果となる。
 上記のとおり、各プロセスの「掛け算」による企業間格差は、各プロセスの「足し算」によるものとは大きく異なる(「足し算」では、各プロセスの格差に比例して全体の格差比率が算出される。上記例の場合、総和ベースでは、A社100に対するB社90・C社80という比率そのものは変わらない)。各プロセス単位での企業間格差は必ずしも大きくはないが、全プロセスを相乗した結果としての「経営戦略力」は大きく異なる。
 この様に考えれば、「優れた企業のコア・コンピタンス(他社にない独自の強み)」として「経営戦略力」というコンセプトが成立するのではないか。これが、本稿のメイン・テーマである。

経営戦略レベルのPDCAサイクルの機能度による企業間格差


3.何故「経営戦略力」が重要なのか(Why)

 ■優れた企業は「当たり前のことを当たり前にできる」
 「オペレーションはあるが、戦略がない」と、米国ハーバード・ビジネススクールのマイケル・E・ポーター教授に指摘をされて久しい日本企業だが、従来から多くの企業が中期経営計画や年次経営計画の策定および実行における努力を重ねてきた。にも拘わらず、グローバル市場における日本企業の収益性が(一部の例外を除き)慢性的に低水準なために、上記の様な厳しい指摘を甘受してきたのも事実である。その度に日本企業から発信されてきた数多くの説明の中には、外部環境要因に主因を求めるものが目立つ。例えば、以下の様なものである。

  ●グローバル市場での競争激化のため
  ●中国企業とのコスト競争で劣勢なため
  ●韓国企業のスピーディーな意思決定による設備投資に先行されたため
  ●日本の法人税率が他国と比べて高いため

 そうした要因分析も決して誤認とはいえないが、それだけでは、(現下も各業種内で顕在化している)企業間の優勝劣敗という事象に関する説明としては不十分だろう。

 それでは、経営環境分析のもうひとつの要素としての内部環境要因についてはどう考えれば良いのであろうか。筆者は、企業間格差を決定づける重要な内部環境要因として、「経営戦略力」を挙げたい。何故「経営戦略力」なのか。それは、「経営戦略力」が「組織としての企業全体の総合力」を示すものだからである。
 優れた企業に特徴的なことは、「経営戦略レベルでのPDCAサイクル」が組織内で強く意識され、策定された戦略が「愚直に、地道に、徹底的に」(当たり前のものとして)実行されていることである。重要なのは、「PDCAサイクルの前提として、組織内で経営戦略が明確化されている」ことであるが、「組織目的に沿って戦略方針が決定され、戦略を確実に遂行するためにPDCAサイクルが確実に回される」という基本原則に立ち戻れば、ある意味では当然のことなのかも知れない。
 優れた企業では、組織の目的と戦略が末端まで浸透しているため、PDCAサイクルが本来的な効果を発揮できる。「当たり前のことを当たり前にできる」ことが企業の強さに繋がっているのである。多くの優れた企業の事例は、まさに「当たり前のことを当たり前にできれば、当たり前の企業ではなくなる」ことを示しており、「経営戦略力」は、「当たり前のことを当たり前にできる組織能力」を測る指標とも成り得る。

 ■経営戦略の策定と実行はどちらが重要か
 「経営戦略の策定と実行は、どちらの方がより重要か」という命題についても繰り返し議論がなされてきた。IBM改革で有名なルイス・ガースナー氏は「実行こそが、成功に導く戦略の中で決定的な部分なのだ。世界の偉大な企業はいずれも、日々の実行で競争相手に差をつけている」と述べている(注2)。また、日産自動車のカルロス・ゴーン最高経営者(CEO)が、日産リバイバルプラン(NRP)発表時に「計画の策定は5%に過ぎず、95%はそれが実行できるかどうかにかかっている」と述べたことも広く知られている。しかし、そうした優れた先達の言葉が意味するところは、「戦略の策定だけでは企業の成功を意味しない。実行を伴わない戦略は価値を生まない。戦略は適切に実行されてこそ企業価値を創造する」ということであり、必ずしも「戦略策定力よりも実行力の方が重要である」ということと同義ではないことに留意すべきである。実行力が発揮できるのは、正しい戦略の策定があるからこそである。企業変革を目指す経営者にとっては、戦略策定力と実行力の関係を正しくとらえられるかどうかが、その成否を握る大きな鍵となる。
 「策定された戦略を実行することが大事だ」ということに対しては誰もが異論なく、また当然のこととして受けとめられるだろう。問題は、それにも拘わらず、多くの企業で「策定された戦略が必ずしも適正に実行されない」ことにある。経営者も社員も真面目に職務を遂行している。何をするべきかを社内の多くの人が理解している。しかし、多くの人が策定された戦略を正しく実行出来ない。それどころか、各自の判断で勝手な行動を繰り返してしまうことも少なくない。その結果として、多くの人が自分の属する組織に関して「戦略の策定と実行に乖離があるのが問題だ」などと言っている。そんな企業が何故こんなにも多いのだろうか。
 そうした企業は「経営戦略力」が乏しい、というのが筆者の考えである。前項で、「経営戦略力」を「経営戦略を策定し、実行し、その結果を評価し、必要に応じて修正する一連のプロセスを通じた、企業全体の総合的な実力」と定義した。そして、「経営戦略力」は「経営戦略レベルにおけるマネジメント・サイクル(PDCAサイクル)が機能している企業かどうか」という視点で評価できるものとして捉えた。

 戦略を「策定しっぱなし」にしてしまう企業は非常に多い。それだけではなく、策定された戦略を「実行しっぱなし」という状況に陥っている企業もまた非常に多いのである。戦略を「策定し、実行しているだけ」で果たして十分なのだろうか。戦略の「(実行した後の)結果を評価し、必要に応じて修正する」プロセスが機能していないことこそが大きな問題なのである。
 戦略が意図された方向に適切に実行されているのか否か、どこまで進捗しているのかを検証せずに「戦略の実行力を高めろ」とトップマネジメントが大きな声で指示をしても、所期の成果を上げることは難しい。戦略の成否は、マネジメント・サイクル(PDCAサイクル)全体を通じて評価されるべきである。コンサルティングの現場における筆者の経験から、「経営戦略力」のある企業は、基本的なPDCAサイクルを回すという「当たり前のことを当たり前にできる組織能力」が高いのだと考えている。企業にとって「経営戦略力」がコア・コンピタンスと成り得るのは、そうした理由による。

(参考文献)

注1 伊丹敬之『経営戦略の論理』(第3版)日本経済新聞社、2003年
注2 山岡洋一訳『巨像も踊る』日本経済新聞社、2002年

経営コラム
経営コラム一覧
オピニオン
日本総研ニュースレター
先端技術リサーチ
カテゴリー別

業務別

産業別


YouTube

レポートに関する
お問い合わせ