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コラム「研究員のココロ」

日本の自治体におけるシティ・マネジャーの可能性

2005年07月15日 亀山典子


1.事務レベルのトップを外部から雇うシティ・マネジャー制度

 わが国においては、すべての地方自治体が知事や市長などの首長を直接選挙で選ぶ、いわゆる大統領制をとっています。しかし、ひとたび海外に目を転じると、地方自治体の統治形態は大統領制だけではありません。
 たとえば、アメリカで最も人気があり普及している統治形態は、カウンシル・マネジャー型と呼ばれるものです。これは議会(カウンシル)が、シティ・マネジャーと呼ばれる行政や都市経営の専門家を任命し、議会が決定した政策の実行に対して全ての責任を与える制度です。日本でいえば、副知事や助役などの事務レベルのトップに、外部の専門家を雇うようなイメージです。このシティ・マネジャー制度の導入検討が、我が国にでも始まっています。
 アメリカの市町村では、日本と同じように住民が直接選ぶ「大統領型」もありますが、住民が選んだ市議会議員から代表者(議長)を市長にする「議院内閣型」もあります。議院内閣型の場合、議会は日常的な市政の実務をこなすための責任者として、行政や経営の専門的な知識と経験を持つ人をスカウトしてきて、「シティ・マネジャー」として任命する場合が多いのです。アメリカでは、議員内閣制か大統領制かを住民投票によって市民が直接選ぶ権利を与えています。最近の傾向としては、議員内閣制にしてシティ・マネジャーを任命する統治形態を選ぶ自治体が増えています。このように統治形態の多様性を担保した上で、シティ・マネジャー制度を導入している点は、学ぶべきものがあります。
 最近の統計では、人口2万5千人以下の市町村を除き、実に6割以上がカウンシル・マネジャー型を採用しています。シティ・マネジャーの7割以上は修士号を持ち、そのうち約半数は行政経営学修士(MPA)を有するなど、いわば都市経営の専門家です。


2.シティ・マネジャー制度のメリット・デメリット

 この制度のメリットは、「その道の専門家」を事務執行のトップに据えることができますので、ある特定の政策について一定期間重点的に取り組みたいとき、専門的な知識や技能を活かしたマネジメントを実現することができることです。シティ・マネジャーが専門家としての観点から議論を整理し、組織を統制することにより、政争の弊害を正したり、いたずらに審議が長期化するなどの「民主主義のコスト」を抑制することができます。
 また、現在の自治体においては、個別の政策において専門的な観点を取り入れようとしても、コンサルタントへの委託など部分的な方策しか講じることができないのが実情です。シティ・マネジャー制度であれば、専門技能と権限がセットで付与されることになるので、改革のスピードが求められる時代においては、トップダウンで取り組むことができ、改革を迅速に実行できるとの期待が高まります。
 しかし、どんな制度にもデメリットがないわけではありません。任期の間、シティ・マネジャーは強力な権限を与えられるため、ともすれば職員の意向を無視した強引な行政運営を行う可能性もあります。もちろん、議会には免職権限もありますから、民主的な手続きを怠るマネジャーは解任することができますが、シティ・マネジャーが独善的な行政執行を行うリスクは伴います。この意味で、議会はシティ・マネジャーを適切に監督する義務がありますし、シティ・マネジャーも議会に対して説明責任を負います。この相互の機能がバランスよく働いていなければ、シティ・マネジャーの制度は必ずしも成功するとは限りません。
 また、シティ・マネジャーは特定の業務を一定期間委任する制度ですので、プロパーの行政職員のように長期間の雇用を前提としていません。したがって、同じ自治体で長期間働くことがないため、自治体を転々とします。このため、シティ・マネジャー制度は、長期的な取り組みを必要とする政策遂行には不向きな側面があります。そして、人材の供給量が一定水準に達しなければ、自治体はたちまち人材の採用に困ることになります。この意味で、この制度特有の雇用の流動性も視野に入れておく必要があります。
 さらに、期待通りの成果が上がらない場合、シティ・マネジャーの任命・解任を繰り返す議会が出る可能性もあります。これでは、円滑な行政運営はできませんし、かえって混乱をきたします。このようなことが起きないように、シティ・マネジャーの任命にあたっては、議会は十分に責任を自覚し、依頼する業務の内容を含め、慎重に検討・決定することが求められます。


3.わが国における導入可能性

 この制度について、我が国においていち早く導入を試みたのが、埼玉県志木市です。同市は、平成15年6月、特例によって首長を廃止することにより、シティ・マネジャー制度を導入する「シティ・マネジャー特区構想」を提案しました。しかしこの提案は、首長の選出には住民による直接選挙が必要と定めた憲法に抵触する恐れがあるとして実施は見送られました。「市民はオーナー、市長はシティ・マネジャー」と発言していた穂坂元市長(2005年6月で退任)は、「市長」という役職を廃止し、自らが「シティ・マネジャー」になることを構想したのです。「市民は税金を払って市役所に市民のための仕事を委託している。その責任者が市長。市役所を株式会社に例えれば、市民は会社の株主、つまりオーナーであり、市長は株主から期待される仕事を託された会社の支配人(マネジャー)である」と同氏は繰り返し発言していました。
 議会に任命されたシティ・マネジャーとしての立場の方が、大統領制における市長と議会との関係のよりも、意思決定を行いやすくなる可能性があります。また、先に述べたとおり、シティ・マネジャー制度を効果的に機能させるためには、地方議会の見識の深さが問われます。「現状の地方議会はチェック機能のみで、創造的、クリエイティブなファンクションを果たしていない」と感じていた氏は、議会がシティ・マネジャーを任命する制度にすることによって、「創造的なファンクション」に少しでも近づけようとしたのかも知れません。
 残念ながら特区は認められませんでしたが、政府もこの制度の導入について検討を始めています。平成16年5月、地方分権改革推進会議(西室泰三議長)が提言したことを受け、第28回地方制度調査会(諸井虔会長)でも本格的な検討が始められています。政府としては、多様な制度の一環として副知事や助役に代わってシティ・ネジャーを置くことも可能にし、併せて会計事務を担当する出納長・収入役は廃止する方向で進める考えのようです。
 ところで、シティ・マネジャー制度は、実は民間企業の経営スタイルにも似ています。カウンシル・マネジャー型を採用している自治体では、議会が任命するシティ・マネジャーが執行上の権限を有することになります。これは、取締役会と経営責任者であるCEOが機能を分担して経営を行う方式と同じです。近年は、行政に民間経営の考え方を取り入れようという、NPM(ニュー・パブリック・マネジメント)の考え方が普及してきています。政府と民間企業では、役割や位置づけは異なりますが、破綻が許されない政府だからこそ、コストを最小限に抑え、最大限の成果(パフォーマンス)を上げる責任は大きいはずです。効率化を後回しにしてきた政府は、今こそ「民間企業に学べ」という姿勢が求められています。シティ・マネジャー制度は、NPMの観点からも政府が導入を検討する必然性を持っていると言えます。
 わが国の行政組織は職員が転職する率が低く、アメリカほど人材の流動性がありません。また、副知事や助役を外部から任命する形式も一般的ではないため、シティ・マネジャー制度の導入への道のりは長いかも知れません。しかし、専門家の知識・技能を事務のトップ・マネジメントに活用するアイディアは一考に価しますし、我が国の実情に適した形に加工して導入する余地は十分にあると思います。住民と議会が制度の趣旨をよく理解し、効果的に使うことができれば、NPMの実践にあたっても近道であると筆者は考えています。シティ・マネジャー制度の導入に向けて、さらに具体的な制度設計と活発な議論を期待していきたいと思います。
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