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コラム「研究員のココロ」

「仕事の楽しさ」から始まる業績向上
~地域オーケストラの「サービス・プロフィット・チェーン」から考える~

2005年07月04日 新角耕司


 「サービス・プロフィット・チェーン」というコンセプトが世に知られて久しい。「サービス・プロフィット・チェーン」とは、自社の提供した製品・サービスに対する顧客の高い満足が、自社に対する顧客の高いロイヤルティ(忠誠心)形成につながり、顧客による良い口コミおよび再購買・関連購買によって企業業績が長期的に向上する、という連鎖のことである。

 一方で、生産と消費が同時に行われるサービス業においては、「サービスの生産現場」である顧客接点を実際に形成する従業員の対応の質が、顧客満足を高めるために決定的に重要となる。そして従業員の対応の質を高めるためには、従業員の仕事に対する満足度が高くなければならない。職務満足度の高い従業員は顧客対応向上意欲も高いため、提供するサービスの質はますます向上し、その結果として顧客満足もますます向上することが期待される。また、満足した従業員は自社に対するロイヤルティが高まるため離職率も低く、彼らの高度なスキルやノウハウが社外に流出しにくい。

 すなわち、「顧客満足」と「従業員満足」は、企業の長期的業績向上のために必要な車の両輪であり、しかも両者は同様の考え方でマネジメントできる、というのである。

 ところでわたしは、小さな地域オーケストラの運営に携わっている。このような一種の非営利組織においても、「サービス・プロフィット・チェーン」のコンセプトが適用可能である。

 オーケストラとは、アコースティックなライブ演奏を聴衆に提供する組織と定義できる。多いときには百人を超える奏者が一ヶ所に集まり、地道なリハーサルを重ね、演奏会に臨む。聴衆の満足は演奏そのものの質にとどまらず、指揮者や奏者のステージマナー、ホールの立地や雰囲気、休憩中の軽食サービス、トイレの込み具合など、様々な要因によって影響を受ける。ともあれ、演奏会に満足した聴衆は再度演奏会に来場してくれるだけでなく、知人への良い口コミによって新たな聴衆を呼び込む役割も果たしてくれる。このように、顧客満足から業績への連鎖はオーケストラにも存在している。

 オーケストラにおける従業員は奏者である。地域オーケストラの場合、一度の演奏会のための準備活動は、ときに数ヶ月にも及ぶ。その上、奏者は手弁当で活動に参加しているため、企業のように金銭的報酬によって奏者の満足度やロイヤルティを高めることはできない。すなわち「活動がつまらなければサボる、あるいは辞める」のである。一度この悪循環に陥ると、組織の維持は非常に困難になる。

 このような組織において、奏者の満足度やロイヤルティを高めるための方法は何か。それは「活動に参加することが楽しい」という状況を、継続的に維持することであろう。ごく当たり前のことのようだが、奏者の活動動機は多様であり、「楽しさ」に対する感覚も様々であるため、実際には容易ではない。

 わたしの所属するオーケストラでは、「日々の練習を楽しくする」ことが「活動に対する楽しさ」につながる、という仮説を立てた。地域オーケストラの活動の大部分は週に一度のリハーサルであり、これが楽しくない限り参加意欲は高まらず、満足度やロイヤルティは高まらないと考えたのである。具体的には、演奏する曲の周辺情報(作曲家の生涯・作曲時期・場所など)や基礎的な音楽理論の解説などをリハーサルに取り入れ、「毎回何か新しい気付きがある」と奏者に感じてもらうことを心掛けた。

 この取り組みは功を奏し、奏者の参加率向上と退団率減少が目に見える成果として現れた。業績に相当する聴衆の増加との関係は未だ明確に把握できていないが、奏者の高い満足度とロイヤルティは、オーケストラの安定した活動の基盤となっている。


 長期的に業績を向上させたいと考える企業にとって、顧客満足と従業員満足の両方を同時に高めることが重要であること、およびこのコンセプトが非営利組織においても適用可能であることを述べてきた。企業の場合、従業員の間に金銭的報酬が介在するが故に、従業員満足の向上は容易であると考えられがちである。しかし、金銭的報酬は従業員の満足度やロイヤルティを高め続けはしない。長期的に従業員の活動意欲を維持するものは、やはり日々の活動、つまり「仕事の楽しさ」なのだ。

 あなたの会社の従業員は、仕事に楽しさを感じているだろうか。「給料を払っているのだから熱心に働いて当然」と考えるのは危険だ。従業員の満足度とロイヤルティを高めるために真に必要なものは何か、この機会に改めて考えてみてはいかがだろうか。
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