コンサルティングサービス
経営コラム
経済・政策レポート
会社情報

経営コラム

コラム「研究員のココロ」

政策形成・意思決定ツールとしてのシミュレーションモデル

2005年06月20日 小松啓吾


 私は最近、国や自治体向けのコンサルティングの仕事において、人口や財務などの数字を扱う「シミュレーション」という予測・分析作業に頻繁に携わっています。世の中には数字を扱う作業に対して苦手意識をお持ちの方もいらっしゃると思いますが、この「シミュレーション」というものは必ずしも高度で複雑なものではなく、私たちの日々の暮らしとも少なからず関わりのあるものです。

 また、シミュレーションは、様々な計画づくりにおいて重要で便利なツールですが、使い方を誤ると計画主体を間違った方向へ導いてしまう可能性もあります。客観的で現実的な予測結果をもとに将来を正確に見通し、課題を解決するためにどのような手段を講じるべきかを見出すことが重要です。

 本稿ではこうした問題意識にもとづいて、計画づくりにおけるシミュレーションの活用方法はどうあるべきかについて、日頃思うところを述べます。

そもそもシミュレーションとは何か

 皆さんのなかで、普段、家計簿をつけておられる方はどれくらいいらっしゃるでしょうか。クレジットカードや消費者金融が世の中にずいぶん普及して、おこづかいをやりくりする手段は増えたように感じますが、日頃の現金の管理が大事であることに変わりはないと思います。かくいう私の場合、それほど厳密な管理ではありませんが、月単位くらいでお金の出入りをチェックするようにしています。毎月のお給料と家賃、光熱費、通信費、クレジットカードの請求額、などなど。家計簿に比べれば大雑把な管理ですが、お財布のひもを締めたりゆるめたりするには、それなりに役に立つものです。

 こうした具合でお金の管理をしていて、「自分が管理しているデータをもとに、将来のお金のやりくりをうまく予測できないだろうか」と思うことがあります。将来発生する収入や支出の中身がある程度分かっていれば(あまり分かりすぎるのも夢のない話ですが)、それらをもとに、少なくとも数ヶ月先の家計を予測することは可能でしょう。過去の収入や支出をもとに予測すれば、より正確な見込みを立てることもできます。

 我々は、このような一連の作業を「シミュレーション」という言葉で表現することがあります。シミュレーションという言葉の定義については、私よりはるかに専門の方がおられることと思いますが、自分なりの解釈によれば、ある客観的な事実や仮定の条件に基づいてモデルを作成し、将来起こりうる事柄を模擬的に予測することを指します。

 シミュレーションのとても便利なところは、実際に起こってからでは取り返しがつかない、あるいは実際に起こるまで待てないような事柄でも、前もってその結果を予測し、対策を講じることができる点です。しかも、あくまでも架空のものですから、色々なケースを設定して複数のシミュレーションを行い、より深い考察を導き出すこともできます。

シミュレーションは万能選手

 シミュレーションの対象は様々です。個人向けで言えば、先に述べた家計はもちろん、保険、年金、住宅ローンなどが挙げられます。一方、ビジネスの現場においては、企業の会計のほか、新規事業を立ち上げる際の収支見通しなどを行うことも多いでしょう。

 また、公共政策の分野でも、シミュレーションは幅広く行われています。国家財政、地方財政、医療、年金、介護といった、お金にかかわるシミュレーションもあれば、人口や高齢化率などもあります。一方、環境・エネルギー・気象といった自然科学の分野でも、例えば「地球上の石油資源はあと何年で足りなくなる」「温暖化がこのまま進むと何年後に海面が何メートル上昇する」といった予測結果を時々耳にします。

 私にとってのシミュレーションの作業は、コンサルティング業務におけるお客様からの要請という形で発生します。例えば、ある自治体の計画策定を支援する場合、そのための基礎資料として、その地域の人口や財政の見通しは不可欠です。人口が将来にわたり増加することが見込まれれば、税収の安定的な確保という意味では安心材料ですが、高齢化が極端に進行する場合は、高齢者福祉が政策として非常に重要になります。また、近年は国からの財政支援が縮小する傾向にあるため、計画的に節約を図っていかないと、高齢者福祉に必要な費用を確保することがままならなくなってしまいます。

 また、国や自治体が民間活力を導入して都市開発プロジェクトを実施するような場合も、そのプロジェクトの前提条件を整理したうえで、長期事業収支のシミュレーションを行います。これによって、民間活力を導入することで公的財政負担が軽減される、あるいは、民間の独立採算とした場合でも一定水準の効率性や収益性が確保される、という結果が得られた場合は、そのプロジェクトは実施する意義があると結論付けることができます。

 このように、自分の家計のやりくりと同じかそれ以上、実務におけるシミュレーションはとても大事です。特に我々コンサルタントは、客観的なデータや分析結果に基づいてレポートをまとめ、お客様に提言することが仕事ですから、「文系だから」「理系だから」といった出身分野と関係なく、数字に強くなることも大事な素養の一つだと思うのです。

当たるも八卦、当たらぬも八卦

 ところで、シミュレーションというものは、果たしてどこまで頼りになるのでしょう。よく「当たるも八卦、当たらぬも八卦」と言いますが、計画づくりは占いのような訳にはいきませんね。企業戦略であればその企業の命運を、公共政策であれば市民の生活を左右しかねないものなので、簡単に外れてしまっては困る、というのは確かです。

 ですが、100%確実なシミュレーションなどというものは、この世の中に存在するのでしょうか?答えは「NO」でしょう。シミュレーションは仮定の条件に基づいて将来を予測する行為なので、最初に設定した条件が時間の経過とともに変化すれば、予測結果は当然に変わります。これは、シミュレーションの宿命と呼ぶべきものかもしれません。

 むしろ大事なことは、実績が予測とずれた際、その「ずれ」が生じた原因を正確に突き止め、適切な予測を再度行うとともに、ずれていた予測に基づく計画を素早く見直すことです。計画論においては広く一般的に「PDCA(Plan:計画、Do:実行、Check:検証、Action:改善)」という言葉が用いられていますが、このPDCAサイクルを計画にあらかじめ組み込んでおく方が、精度は一見高そうだが硬直的な計画を作るよりも、はるかに実現性に富んでいます。特に近年のように、変化の激しい時代においては。

シミュレーション不振=計画不信?

 このことは私自身、自治体の人口予測に関わるたびに強く感じることです。最近になって「日本の人口は近いうちに減少傾向へ転じるだろう」と言われるようになりましたが、少なくとも現時点では、多くの地域において「人口が減少する=地域活力が低下する」という意識が根強く残っています。

 それゆえ、正直なシミュレーション結果をもとに現実的な計画を新たに作ろうとしても「人口減少を前提とした計画を作るなんてあり得ない」「『夢のない計画だ』と反発されるのが目に見えている、議会にどうやって説明するのか」といった意見が出て、もともと「予測対象」であったはずの人口が「新たなまちづくりによって人口の維持を目指します」という「目標対象」に変わってしまうことがあります。

 ですが、人口の維持を図ることは非常に至難の業で、結果的に計画の目標を達成することができないが、次に見直すときも、やはり減るとは言えない・・・。これはあくまでも一例であり全てではありませんが、そのような矛盾を繰り返すことで、計画自体に対する信頼性まで揺らいでしまうとすれば、とても残念なことだと思うのです。


シミュレーションとは小説のようなもの

 計画においてPDCAサイクルが重要だとすれば、シミュレーションにおいて重要な点は何でしょうか。シミュレーションの計算上の精度を高めることはもちろん重要ですが、それだけではなく、予測結果をより効果的に活用することも大切です。シミュレーションの利点として、架空のケースを自由に設定できる点を挙げましたが、その利点を利用して複数のシナリオを描くことができます。あたかも小説のように。これは、企業の財務シミュレーションにおいてはほぼ常識と言えるものでしょう。

 ある企業が事業計画(例えば商品の製造・販売計画)を実行に移す前、「地道な営業努力によって完売を目指します」の一点張りでは、期待通りの収益を得られる可能性は十分ではありません。販売戦略には複数の選択肢があるでしょうし、消費者のニーズも確実に読みきれるものではありません。製造計画に関しても、製造原価が理想的な金額に収まる場合もあれば、部品や運転資金の調達コストが増加する可能性もあります。このような状況では、計画の実行可否を判断する経営者はもちろん、その企業に資金を提供する金融機関や投資家も、二の足を踏んでしまいます。

 そこで、それら一連の事象を体系的に整理し、いくつかのシナリオにまとめます。簡単に言えば「楽観ケース」「標準ケース」「悲観ケース」といった括り方ができるでしょうか。それらのケースごとに製造・販売の収支見通しを立てれば、「標準ケースであればこのくらいの収益率が期待できる」といった見通しや「悲観ケースに陥った場合でも、製造計画のここを見直してコストを切り詰めれば、最低限の売り上げは確保できる」といった戦略をあらかじめ構築することができます。

 発生する確率がほとんどない稀なケースはともかくとして、ある程度可能性がありそうな需要減少やコスト増加を悲観ケースに組み込み、その場合でも最低限の収支が確保されるかどうかを確認します。これは「シナリオ分析」あるいは「感度分析」と呼ばれる手法を活用したものです。金融機関や投資家の立場から見れば、提供した資金が回収できなくなる確率を限りなくゼロに近づけることが望ましいわけですから、ここでいう「悲観ケース」がどの程度の実現性を有しているかが、重要な投資判断基準の1つとなります。もちろん、事業の実施主体である企業にとっても、「悲観ケース」における実現可能性や対応方策の有無が、事業計画そのものの実現性に直結するわけです。

長期見通しや計画はもっと悲観的でよい

 こうした点を踏まえて、わが国の公共政策、特に自治体の計画策定プロセスを振り返ると、もっと悲観的で現実的な長期見通しや、もっと弾力性に富んだ計画があってもよいのではないか、と思います。もちろん、公共政策は企業戦略と本質的に異なり、収益ではなく市民の社会的便益の最大化が目標ですから、企業の事業シミュレーションほどに単純ではありません。ですが、市民の税金を投入して行う政策である以上、その実現性の確保はとても重要な命題であると思うのです。

 過度に悲観的な見通しを立てる必要はないにしても、予測結果と目指したい目標との間にギャップがあれば、まずそれをきちんと提示すべきでしょう。そのうえで、ギャップを埋めるためにはどのような施策が必要かつ十分か、計画の実行中に目標達成の見通しが立たなくなった場合にどのような方向転換を図るのか、という戦略を分かりやすく提示することが大切であると考えます。そうすることで、市民と行政との対話に必要な共通認識が図られ、合意形成が効果的に進む、といったことも期待されます。

 予測と計画の本質とは何か、という点を今一度振り返り、自分自身、計画づくりに今後携わっていきたい。そう思う今日この頃です。
経営コラム
経営コラム一覧
オピニオン
日本総研ニュースレター
先端技術リサーチ
カテゴリー別

業務別

産業別


YouTube

レポートに関する
お問い合わせ