Business & Economic Review 2008年08月号
【REPORT】
被用者医療保険制度における格差是正システムの再検討
2008年07月25日 飛田英子
要約
- 2007年8月、政府管掌健康保険(政管健保)への国庫補助を組合管掌健康保険(組合健保)と共済組合(共済)が肩代わりする法案が提出された。これは、財政再建に向けて社会保障関係費の抑制が求められるなか、他に有効な手段がなかったという事情による。同法案は成立見送りとなったが、国庫補助の限界を表す一例といえよう。
- 保険者間の財政力の格差を是正する手段として、日本では国庫補助が採用されているのに対し、海外ではリスク構造調整での対応が一般的である。リスク構造調整とは、加入者の年齢や収入等、保険者の責に負えないリスクについて、条件が等しくなるように保険者間で財政調整することである。例えばドイツでは、被保険者に加入する保険者を選択させる政策を実施する際、保険者間で公平な競争条件を整備する目的でリスク構造調整が導入された。保険者はリスク構造調整による格差是正を根拠に自主・自律的な財政運営に責任を負う一方、患者や医療機関と対等の立場にある主体として様々な活動が展開される等、「保険者機能」が発揮されている。
- 国庫補助とリスク構造調整の違いを整理すると、以下の通りである。
第1に、国庫補助では給付費の確定後、その一定割合が事後的に補填されるのに対し、リスク構造
調整では、標準的な一人当たり医療費や全制度共通の保険料等に基づいて標準的な給付費や保険料収
入が計算され、実績値との差額が調整される。この意味において、国庫補助が後ろ向きな(retrospective)対応であるのに対して、リスク構造調整は前向きな(prospective)調整であるといえる。
第2に、国庫補助では非効率な保険運営によって医療費が膨らむ場合でも公費で一定割合が保障されるため、財政規律の面で甘くなる傾向がある。一方、リスク構造調整では標準的な医療費のみが調整対象となる。このため、効率的な保険運営を行う保険者ほど余剰が生じることになり、効率化インセンティブが働くことが期待される。
第3に、国庫補助は国家財政の影響を受ける。
第4に、リスク構造調整ではリスクの選定や調整の方法等、技術面でのハードルが高い。
こうしたリスク構造調整のメリットを踏まえ、日本においても、少なくとも被用者制度については国庫補助ではなくリスク構造調整で対応すべきとの指摘がある。 - 仮に、現行の国庫補助を縮小・廃止してリスク構造調整を導入する場合、公費と保険料率への影響は避けられない。そこで、加入者の年齢構成と所得水準をリスクとした場合の2008年度と2025年度における影響を試算してみた。
これによると、リスク構造調整の導入によって政管健保の保険料率がわずかに軽くなる一方、組合健保と共済では2008年度と2025年度ともに各々最大0.7%ポイント、1.0%ポイント上昇する。公費は2008年度には最大6,786億円、2025年度には同9,138億円減少する。 - リスク構造調整への転換は、保険者の財政責任を明確化するという意味で、保険者機能が発揮されるための基本的な条件である。今回、被用者健保へのリスク構造調整の導入は財政健全化計画のノルマ(社会保障給付費を2011年度まで毎年2,200億円削減)達成の視点から浮上してきた面があるが、医療制度全体の効率化の観点からも本格的な導入を検討すべきであると考える。