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アジア・マンスリー 2019年7月号

台湾製造業に「中国離れ」の動き

2019年06月27日 成瀬道紀


中国での事業環境の悪化を受けて、台湾製造業が中国から台湾へ生産拠点を回帰させている。ただし、台湾への回帰は一時的で、今後は人件費が安い東南アジアへの生産シフトが進む見込みである。

■台湾回帰の背景
台湾の製造業は、2010年代半ばにかけて中国への生産シフトを積極的に進めてきたが、近年は生産拠点を台湾に回帰させる動きがみられる。台湾製造業の海外需要に対する生産拠点の地域別シェアをみると、2015~16年頃まで中国の比率が右肩上がりで上昇した一方、台湾の比率は低下の一途をたどった。ところが、近年は、その動きが逆転している。
この背景として、中国の事業環境の悪化が指摘できる。

まず、大きな転機となったのは、環境規制の強化である。PM2.5による大気汚染などをはじめとした環境問題が深刻化するなか、中国政府は2014年に「環境保護法」を25年ぶりに改正し、違反企業に対する厳罰や行政の監督責任を定めた。これを受けて、罰金、生産停止命令、設備の押収など、厳しい取り締まりが行われ、企業の生産活動が制限されるようになった。

次に挙げられるのが、人件費の上昇である。2010年時点では、中国の人件費水準は沿海部においても台湾の3割以下であった。しかし、その後の最低賃金の引き上げなどもあって、足元では台湾の約6割にまで上昇している。

さらに、台湾特有の中国生産拠点の位置づけも、台湾への回帰を促す要因として働いている。中国での生産環境の悪化は、どの外資メーカーにとっても共通した逆風である。しかし、わが国製造業では、ここ数年で生産拠点を中国から国内に回帰する動きはさほど見受けられない。

両者の違いは、中国で生産した製品の販売構造に起因している。わが国企業は中国で生産した製品の過半が現地向けであるのに対し、台湾企業は8割近くが第3国向け輸出となっている。わが国企業の中国生産は「地産地消」という側面が強いため、現地の生産環境が悪化したから撤退する、という選択肢は簡単には採らない。これに対して、台湾企業にはそうした制約が小さいため、生産拠点を比較的柔軟に選択することができるという事情がある。

■米中貿易摩擦の影響
さらに、ここにきて米中貿易摩擦も中国離れの新たな要因として浮上している。台湾企業の輸出受注において米国向けは3割弱のシェアを占めている。このため、米国による中国製品に対する関税引き上げは、中国で生産する台湾企業にとって大きな負担となる。現状、米国向け輸出の主力であるスマートフォンやノートパソコンは関税引き上げの対象外であるため、台湾企業が中国生産を直ちに縮小するような動きはみられない。もっとも、米中対立が長期化するなか、将来的に米国がどのような対中制裁を課すか分からないだけに、中国への生産拠点の集中は大きなリスクとなる。このため、今後新たな生産能力の増強は中国以外で行うなどして、相対的に中国への依存度を低めていくと予想される。

■今後の展望
もっとも、このまま生産拠点の台湾回帰が加速していく公算は小さい。中国との賃金格差は縮小しつつあるとはいえ、台湾の人件費は先進国並みに高いため、もともと輸出拠点としての魅力度は低い。足元の動きは、中国離れの一時的な受け皿として、余力のあった台湾の生産拠点の稼働率を高めたものと考えられる。

今後はむしろ、中国・台湾以外の地域、なかでも東南アジアでの生産能力を強化する動きが進むと見込まれる。
その理由の第1は、人件費が安いことである。例えば、ベトナム、フィリピンなどの賃金は中国の半分以下の水準にとどまっている。

第2は、IT関連の生産拠点が東アジア地域に集積していることである。電子機器の製造には非常に多くの部品を必要とするため、その大部分を製造している日中台韓など東アジア諸国の近くに生産拠点を設けることで、部品調達のコストやリードタイムを節約し、競争力を維持することができる。どんなに人件費が安くても、南アジアなどの遠距離で生産するメリットは小さい。

実際、台湾企業の東南アジアへのシフトの兆しは、既に統計上にも現れている。台湾製造業による東南アジアへの投資件数は、2018年に前年の2倍以上に急増しており、東南アジアの生産拠点を急ピッチで新設・増設している様子がみてとれる。

電子部品・機器で大きな世界シェアを持つ台湾製造業が本格的に東南アジアでの生産を拡大していけば、IT関連のグローバル・サプライチェーンがさらに広がるなど大きな構造変化が進むと予想される。わが国企業も、そうした変化に対応した生産・輸出・物流の最適化が求められることになりそうである。
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