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アジア・マンスリー 2019年6月号

中国の対米輸出はどこまで代替されるのか

2019年05月28日 三浦有史


米中貿易摩擦はグローバル・バリュー・チェーンの再編を誘発し、周辺アジア諸国の対米輸出を増加させると見込まれる。しかし、中国の輸出規模は大きく、再編は一朝一夕には進みそうにない。

■「第4弾」で中国の成長率は0.6~1.2%ポイント下押し
米中貿易摩擦は最悪のシナリオに向かって動き始めた。米政府は、5月10日、10%としていた2,000億ドル分の中国製品への関税を25%に引き上げた。これを受け、中国政府も報復措置として、2018年9月に関税を引き上げた600億ドル分の米国製品に対する関税を5~25%に引き上げると発表した。両政府は6月末に予定される首脳会談で着地点を探るとみられるが、米政府は制裁関税の対象外としてきた約3,000億ドル分に対する関税率を25%に引き上げる「第4弾」を発動すると表明しているほか、安全保障上の懸念から中国大手通信機器企業との取引を禁止する措置に踏み切るなど、中国に対する圧力を強めており、首脳会談で通商関係正常化に向けた道筋をつけることができるかは不透明である。

貿易摩擦長期化の様相が色濃くなるのに伴い、世界経済の減速懸念が強まっている。国際通貨基金(IMF)は、4月に発表した「世界経済見通し」において、米中両国が全ての輸入に対する関税率を25%に引き上げた場合、実質GDP成長率がどの程度低下するかについて、IMF独自の計量モデルGIMF(Global Integrated Monetary and Fiscal model)と、関税の変動が世界経済に与える影響を分析する際のスタンダードな分析ツールとして定着しているGTAP(Global Trade Analysis Project)を用いてそれぞれ推計し、中国の成長率は0.6~1.2%ポイント、米国は0.1~0.2%ポイント下押されるとした(右図表)。米国より中国の方が関税引き上げの影響が大きいのは、中国の貿易依存度が高いためである。
一方、IMFは関税引き上げの応酬は両国以外の地域の成長を押し上げる効果があり、これらが米中の下押し効果を減殺するため、世界経済に対する成長下押し効果は0.1~0.2%ポイントにとどまるとしている。これはあくまで関税引き上げの影響を推計したものであり、中国政府は積極的な景気刺激策によって成長下押し効果を相殺するとみられることから、実際の影響はIMFの推計より小さくなる可能性がある。

■米中以外の地域は成長押し上げ効果
アジアやNFTAで成長押し上げ効果が働くのは、中国の対米輸出がASEAN諸国やメキシコに振り替えられると考えられるためである。中国製品に対する関税が25%に引き上げられると、アメリカ市場における中国製品の価格競争力は大幅に低下する。企業は中国に代わる生産拠点を探し、そこから米国に輸出しようとするため、中国の対米輸出は第三国の輸出に振り替えられる。これは貿易転換効果と呼ばれ、IMFはGTAPで計算すると、中国の対米輸出が71.3%減少する一方、アジア、ユーロ、NAFTAの対米輸出はそれぞれ10.6%、8.4%、7.5%増加すると見込む。

中国を対米輸出の最終拠点とする東アジアのグローバル・バリュー・チェーン(GVC)の見直しは、米中貿易摩擦が表面化する前から進んでおり、かねて「チャイナ・プラス・ワン」の有力候補として脚光を浴びてきたベトナムでは、中国から素材や部品などの中間財を調達し、米国に輸出する動きが顕在化している。国境を越えて取引される財・サービスの付加価値がどこの国・地域のどの産業に由来するのかを明らかにした経済協力開発機構(OECD)の付加価値貿易(Trade in Value Added: TiVA)統計をみると、2005年時点で4.3%に過ぎなかったベトナムの対米輸出に占める中国の付加価値は2015年には15.7%に上昇した。ベトナムの二大輸出産業である繊維産業と電気・電子産業ではこの傾向が一層鮮明である。

ベトナムの対米輸出に含まれる中国の付加価値は、中国の地場企業によるものとは限らない。2002年から2019年4月までのベトナムの対内直接投資の累計認可額の国・地域別内訳をみると、中国は96億ドルと、韓国(405億ドル)、日本(370億ドル)、シンガポール(282億ドル)に及ばない。これは韓国や日本などのベトナムに進出した外資企業が中国に進出した系列の外資企業から中間財を調達している可能性を示唆する。米中貿易摩擦が長期化すればこうした動きはベトナムだけでなく、他のASEAN諸国やインドにも広がると思われる。中国を対米輸出の最終拠点に据える企業は、これにより米国の関税引き上げの影響を緩和するすることができるが、これまで対米輸出の最終拠点として圧倒的な存在感を示してきた中国の地位は次第に相対化されていくことになる。

■容易に代替できない中国の輸出規模
米中貿易摩擦は、中国を対米輸出の最終拠点とする東アジアのGVCの再編を促す。しかし、それにより米中以外は「第4弾」の影響を受けないとするIMFの推計はかなり楽観的であるようにみえる。GVC再編のスピードは、産業によって異なる生産拠点分散化の費用や、分散化の対象となる国・地域の労働力人口を含めた受け入れ能力によって左右されるため、IMFが想定するほど円滑に進まないと思われるからである。

実際、中国の対米輸出の規模は第三国が簡単には代替できないほど大きい。TIVAによれば、中国は2015年の世界の製造業の対米付加価値輸出の25.5%を占め、インド(2.6%)、台湾(2.2%)、ベトナム・タイ(1.2%)、マレーシア(0.9%)、インドネシア(0.8%)、シンガポール(0.7%)、フィリピン(0.5%)を圧倒する。中国の製造業は約1億人の就業者を擁する。アジア諸国・地域は生産拠点の全てではなく、組み立てなどの最終工程だけを担うとしても、中国の生産能力が短期間で別の国・地域によって円滑に代替されるとみるのは非現実的である。

こうした状況下で「第4弾」が発動されると、貿易転換効果が期待されたほど働かないだけでなく、関税引き上げの費用を①外資を含む中国企業、②米国の輸入企業、③米国の消費者の誰かが負担することとなり、米中両国はIMFの推計を上回る成長下押し圧力を受ける可能性がある。関税引き上げの各国および世界経済への影響は、GVCの再編がどの程度進むかによって左右されるため、生産拠点移転先の有力候補であるベトナム、インドネシア、インドの対内直接投資や対中貿易の動向を注視していく必要がありそうだ。
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