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JRIレビュー Vol.9,No.70

【特集 実装段階に入った社会・経済のデジタル変革】
個人起点のデータ流通システムの形成に向けて-イギリスのmidataの取り組みから得られる示唆

2019年08月08日 野村敦子


「パーソナルデータ」は21世紀の石油と称され、その経済的な価値に対する注目が高まっている。プラットフォーマーと呼ばれる事業者による個人に関する情報・データの囲い込みや、これに対抗するデータ保護主義の動きなど、企業間、国・地域間でデータ資源を巡る競争が激しさを増している。
一方、わが国では、消費者の不安感・不信感や企業の躊躇などから、「データが動かない・使われない」状況にあった。そこで、消費者・企業の双方が安全・安心にデータを提供・共有し、利活用できる環境の整備が進められている。制度面では、2015年の個人情報保護法の改正に加え、2016年には官民データ活用推進基本法が制定された。一方、仕組みづくりに関しては、従来、企業が保有・管理していた顧客データを顧客自身の管理下に置き、本人の意思に基づき共有や利活用を決定するPDS(Personal Data Store)や情報銀行などが提案されている。

個人起点のデータ流通システムの取り組みで先行するのが、イギリスである。2011年より政府主導で、midata(マイデータ)と呼ばれるプロジェクトを推進している。消費者が、企業の保有する自分のデータに容易にアクセス・利用可能とし、データに基づいたより良い意思決定や行動に役立てることを目的とする。企業に対しては、消費者の立場を強化することで競争やイノベーションを促し、事業の効率化や製品・サービスの質の向上、消費者との信頼関係の構築、ひいては経済成長や新市場の創出に繋げる狙いがある。初期のmidata Innovation Lab(mIL)による実証実験のほか、寡占市場(銀行、エネルギー)におけるスイッチングプログラム(サービスプロバイダーの乗り換え)と組み合わせた取り組みが実施された。

midataの開始から8年近くが経過したものの、現在までのところ、期待していた成果が得られるまでには至っていない。その要因として、企業から消費者にデータを移行することに重点が置かれ、①技術面:消費者にとって自分でデータをダウンロードする必要があるなど使い勝手が悪く、デジタルデバイド(デジタル格差)を生じさせている、②サービス面:データの分析結果に基づきプロバイダーを容易に切り替えできないなど、サービス全体を考慮した設計がなされていない、③リスク面:データ提供に関連するリスクや提供先の信頼性について、技術面・体制面で適切な対応がされていない
など、データ利活用に対する消費者のニーズやメリット、体制のあり方まで十分に配慮されていなかったことが指摘できる。企業にとって、midataのデータ整備や提供するシステムの開発、顧客への告知などに負担がかかる一方で、取り組みによるメリットが見出せないことも、普及の阻害要因となっている。

イギリスにおけるこうしたmidataの経験や教訓は、関係者からのレビューなどを経て、次のプロジェクトに活かされている。オープンバンキング・イニシアチブでは、標準オープンバンキングAPIの策定、推進団体(OBIE:Open Banking Implementation Entity)の設置、サードパーティの認定制度の導入など、midataの反省点を踏まえている。エネルギーセクターのmidataの取り組みにおいても、データの標準規格やコンプライアンス・推進体制、サードパーティの認定制度など、改善策が検討されている。
また、より信頼性の高いデータ流通を実現するスキームとして「データトラスト(Data Trust)」の実証実験が実施されているほか、「スマートデータ・レビュー」として、消費者がデータ利活用の恩恵を享受するための課題について、議論が進められている。

イギリスのmidataに始まる一連の経験は、現在わが国が取り組んでいる「個人起点のデータ流通システム」にも活かすことができよう。検討すべき主なポイントとしては、以下の点が挙げられる。
第1点目として、データの提供・利用のインセンティブが働く仕組みづくりである。イギリスの経験を踏まえれば、消費者にとっては金銭的なメリットばかりでなく、データの取り扱いが技術的に簡便・容易、データを提供するサービス全体の利便性が高い(あるいは課題解決に繋がる)ものとなるように設計、データの共有・利用に関わるリスクや苦情に対応する体制の設置、などが重要になると考えられる。
第2点目として、データの円滑な流通・利用に向けた制度やルールの整備である。具体的には、データ流通基盤の運営事業者ばかりでなく、データ利用者となるサードパーティの信頼性の担保、データ主体である個人のデータポータビリティやデータトレーサビリティの確保、データの形式や質に関する一定の基準の策定、などが求められる。
第3点目として、データ主体である個人と、利用者である企業の意識の変革が挙げられる。個人に対しては、啓発や教育活動を通じて、データ流通・利活用のメリットとリスクなど正しい理解を醸成していく必要がある。一方の企業においては、個人の信頼を得るためにも、「プライバシー・バイ・デザイン」の考え方と取り組みを浸透させていくことが求められる。
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