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アジア・マンスリー 2019年5月号

曲がり角にあるマレーシアの経済政策運営

2019年04月23日 塚田雄太


独自の開発独裁体制を背景に堅実な経済政策で成長してきたマレーシアの政策が近年大衆迎合化している。次期首相と目されるアンワル氏がマレーシア的開発独裁を再構築できるかが将来の成長を左右する。

■間近に迫る高所得国入り
ASEAN5(インドネシア、マレーシア、フィリピン、タイ、ベトナム)を見渡した時、マレーシア経済の成功が頭一つ抜け出している。実際、1995年に4,132ドルに過ぎなかったマレーシアの一人当たりGNIは、2017年に9,684ドルに達した。これに伴い、マレーシアはASEAN5で唯一、高所得国(一人当たりGNIが12,055ドル)入りが目前に迫っている。

これは、過去の経済政策運営が奏功してきたからにほかならない。例えば、アジア通貨危機の際には、低金利、財政出動、国際資本規制によってIMFの介入を回避したことで、いち早く高成長に復帰した。また、その後に輸出主導型成長の限界に直面した局面では、サービス業の外資開放、ITインフラの整備、労働者のスキルアップにより、内需主導型成長への転換を成し遂げた。

■マレーシア的開発独裁体制という背景
経済政策運営が成功した背景として、独自の長期的視野に立った開発独裁体制を指摘できる。開発独裁体制自体は、マレーシアに限ったものではない。むしろ、第2次世界大戦後のアジア新興各国の発展の多くは開発独裁の中からもたらされた。ASEAN5では、インドネシアのスハルト政権や、フィリピンのマルコス政権がその代表例と言える。

インドネシアやフィリピンとマレーシアの大きな違いは、その開発独裁体制が擁する政治理念とも言うべきものにある。振り返ると、インドネシアやフィリピンの開発独裁体制はどちらかといえば短期的視野に基づく政策と言えるものであった。これらの国々の開発独裁は指導者のカリスマ性に大きく依存したものであり、そうした体制下では、政権の最大の目標は政権の存続や指導者としての地位維持となる。そのため、国民からの歓心を買うために補助金など大衆迎合的な政策を採る傾向が強くなり、産業育成策でも政権の支持層の反応によりその時々で大きく揺れ動きがちとなる。また、政権の長期安定化のために近縁者などへの利益誘導など汚職も蔓延しやすくなる。

一方、マレーシアの開発独裁体制は長期的視野を伴っていた。これは、マレーシアの開発独裁が「民族対立を表面化させない」という国民共有の価値観に立脚していたためである。マレーシアは建国時から人口の7割を占めるマレー人の多くが貧困にあえぐ一方、少数派の華人など非マレー人が比較的裕福であるという格差構造を抱えていた。実際、1970年の民族別貧困率をみると、華人とマレー人の間には倍以上の差があった。こうした背景のなかで1969年には国家崩壊に繋がりかねないマレー人の大規模な暴動が発生した。これを受け、マレーシア国民全体が自国の発展には民族間格差の縮小が不可欠という認識を共有し、政府にそれに最優先で取り組むことを求めた。国民からこのような信託を受けた政府は、必然的に民族間格差の是正という視座のもとにすべての政策を考えるようになった。こうした経緯から、マレーシア政府は将来の格差問題の解決を目指して、長期的な政策を立案しそれを辛抱強く着実に実現していくというスタイルを確固たるものとしていった。そして、これらの結果として、マレーシアの経済政策は近隣諸国と比べて軸がぶれることなく、長期にわたって安定的かつ適切に運営された。

■失われた国民共通の価値観
しかし、堅実な運営がなされてきたマレーシアの経済政策にも、2013年頃から不安定化の兆しが見られるようになった。大づかみにいえば、近年のマレーシア政府の政策は、かつてのインドネシアやフィリピンに似た短期的な利益を追求するものへと変化している。

まず、2013年に始まった第2次ナジブ政権では、政策方針が第1次政権時の公正中立な貧困削減対策から、支持基盤であるマレー人へのバラマキ政策へと急転換した。また政権末期には、首相自身の汚職疑惑が持ち上がった。さらに、その後を引き継いだ現マハティール政権も、政権支持層である都市部住民向けの税優遇などを優先し、産業政策では外資製造業の誘致で大きく発展させたという成功体験の再現を狙ったように製造業重視のスタンスを強めている。

この不安定化の原因として「民族対立を表面化させない」という国全体で共有していた命題が失われてしまったことがある。2010年代に入ると、マレー人と非マレー人の所得格差は統計上ほとんど解消されたと言える状況になった。国民の多くがこの事実に気づくようになると、国民は各々の立場で自らに有利な政策の実現を政府に要望するようになった。一方、政府も民族間格差是正という政策の大義名分がなくなったため、支持獲得に繋がるバラマキ政策や、製造業重視という過去の栄光にすがるような政策へと急激に傾斜していった。

■アンワル次期首相に期待されるマレーシア的開発独裁体制の再構築
このように、健全な経済政策運営が特徴であったマレーシアは、最近5年ほどでポピュリズム色の強い国家へと大きく変化した。南欧や南米諸国の経験を踏まえると、ポピュリズムへの傾倒を強めた国家の先行きは暗い。このままマレーシアがポピュリズムへの傾倒を続けた場合、今後の経済発展は非常に厳しいものになる恐れがある。

今後もマレーシアが安定した経済成長路線を辿るためには、かつてのように国民が次に目指すべき国のあり方を共有し、それを旗印に政府が長期的な視野に立った政策を推進するという構図を取り戻すことが求められる。カリスマ性が非常に強く、現時点で内外からの評価も高いマハティール首相が現在の方針を曲げてまでこの大変革をやり遂げる可能性は低い。そうなると、その役回りが期待されるのは、かつてのマハティール政権時にアジア通貨危機の対応を巡って首相と対立し下野したものの、再びマハティール氏と組み、次期首相と目されるアンワル氏となろう。
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