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【次世代交通】
第1回 次世代型の都市交通システムによる都市部の交通課題解決
~深セン市での取り組みを例に~

2019年02月26日 石川智優


 現在、日本全体として地方部では過疎化、都市部では過密化が顕著に進んでいる。人口減少の先行する地方部では、公共交通の減少など住民の足をどう確保するかが問題になっており、交通に対する人々の関心も高い。その一方で、実は都市集中が進み都市部の渋滞も深刻化しており、その対応は急務となっている。

 地方部の郊外ニュータウンなどは丘陵地に造成され、生活圏に坂道が多い。そのようななかで高齢化が進み、移動に課題を抱えるようになった地域が多々見受けられる。そうした地域では、移動に便利な都市部に移り住むことを決断せざるを得なくなる住民も出現しているのが実情である。

 このような地域では移動の利便性向上、すなわち地域内での移動手段(ラストマイル)および地域外への移動手段(バス等公共交通の整備)の確保を急ぐ必要がある。そのような状況に鑑み、ラストマイル移動に関してはコミュニティを巡回する自動運転車による移動サービス、運転手不足が喫緊の課題となっているバス等公共交通に関しては自動運転による交通事業の展開……など、自動運転移動サービスの実現に向けて様々な取り組みが国を挙げて進められている。

 他方で、東京や大阪のような過密が進む都市部ではどのような交通課題・移動課題が生じてくるのか。容易に想像がつくのは、交通渋滞の一層の悪化、それによる交通事故の増加、渋滞による公共交通バスの利便性低下、バスの利便性低下による自家用車依存の増加、バス利用者数の減少による公共交通事業の採算性悪化という悪循環が生じることである。「まあ交通渋滞くらいなら、別にいいのでは?」と直感的に思った方も多いかもしれない。しかしこの交通渋滞、実はとんでもない額の時間・経済損失に結びついているのである。道路移動時間の約4割は渋滞に費やされている状況であり、これは年間約280万人の労働力に匹敵する(国土交通省「国土交通省生産性革命プロジェクト第1弾」参照)。また、渋滞のうちの約3割が首都圏に集中している状況である。

 渋滞の緩和を試みる対策は過去様々行われてきた。渋滞を緩和する手段で最もわかりやすく、かつ効果が出やすいのは車線数を増加することや新たな道路を整備することであるが、それはここまで整備が進んだ都市部においては、莫大な費用と時間がかかる対応策となる。日本は戦後、高度経済成長期を経て急速に経済発展し、それに伴い道路や鉄道などインフラも整備されてきたという経緯がある。

 そこで、参考になるのが中国深セン市の取り組みである。中国深セン市は約30年前まで人口約30万人の漁村であった。それが今となっては人口約1,300万人の巨大都市となり、世界の工場と呼ばれ、現在はIT企業が集積し中国のシリコンバレーとも言われる。注目すべきは急速に進んだ都市化である。人口が30万人からわずか30年で1,300万人にまで増加したのである。同時に道路等のインフラ整備も進み、自動車社会となった。インフラ整備も急速に進んだものの、深セン市は中国内で最も車両密度が高く(平均約530台/km。日本では221台/km)、渋滞発生が深刻な問題であった。
 
 そこで深セン市は人工知能による交通課題の解決を試みることになる。それが、次世代型の交通システム『Traffic Brain(トラフィックブレーン)』である。トラフィックブレーンの導入によって、交通渋滞は実に8%も緩和されたという。
 深セン交通警察と深セン市に本社を置くIT企業/ファーウェイが共同で技術革新研究所を設立し、同研究所を中心に、深セン市内の交通データの分析やアルゴリズムの開発を徹底的に行った。そしてトラフィックブレーンが開発されたのである。
 トラフィックブレーンとは、信号部に取り付けたカメラや信号現示情報などから、リアルタイムに交通情報を取得することで各交差点の状況を把握し、管理者等に伝達するというものである。各所(映像、信号等)から取得した交通データを統合プラットフォーム上で仕分けし、データをアルゴリズムに当てはめることで、リアルタイムに交通状況や走行車両の状態を判断する(正答率95%以上)。取得したデータ・判断結果は蓄積され、データを取得するほど正確な判断が可能になっていく。

 このトラフィックブレーンを導入することで、渋滞緩和による市内の輸送力改善や交通事故の減少のみならず、都市交通の設計・計画の策定支援、違法車両や違法行為の摘発などを効率的に分析・実行することも可能となったという。導入から約1年間で、交通渋滞を8%緩和(道路容量を8%増加)させ、重大な交通違反を37,055件摘発し、複製されたナンバープレートを持つ車両(不正車両)874台を摘発したという実績がある。
 中国では深セン市以外の都市でも同様の取り組みが行われており、日本がうかうかしているうちにトラフィックブレーンのような中国の取り組みがアジア諸国の都市交通のデファクトスタンダードになるかもしれない。

 日本でも特に過密が進む都市部において、都市交通の課題解決のために同様の取り組みを推進するタイミングが来ているのではないか。特に、個人情報を保護するとともに、交通データが国勢情報の根幹を担うことを考えれば、日本政府ならびに日本企業がリードする形で導入を進めていくべきであろう。

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※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。

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